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第二章 中宮殿
七ノ巻ー戦い①
しおりを挟む中宮殿に戻ってきた静姫と私は驚きを隠しきれなかった。
「なんということか、良かったと言うべきなのでしょうか?」
「そうですね……」
藤壺尚侍が父親である神官に逆らってまで御上を守ろうとしていたこと、中宮様のことを心配していたこと、すべていいほうに考えればいいのだろうが、少し拍子抜けした。
「それにしても、兼近様は相当の力の持ち主なのですね。さすがです。尚侍様も驚いておられたではありませんか」
『夕月様の兄上様は噂以上のお力の持ち主なのですね。もう、父上の望みは絶たれるでしょう。御上がずっと夕月様の兄上様のご加護を受けたがっていたと中宮様からも聞いておりました』
尚侍様はそう言っていた。葵祭の祭祀を尚侍様の父上が手伝いたいと御上に奏上しても、もはや願いは叶いそうにありませんと付け加えた。
その一言は私の胸に残った。嫌な予感がした。
そんな私の杞憂とは正反対。静姫は戻ってからご機嫌だ。兄上を褒められて、自分のことのように喜んでおられる。
近頃、兄上様と直にお話なさるようになり、静姫様はとてもお美しくなられた。
恋する姫の威力はすごい。これで兄上が本当にお通いになったらどんなになるだろう。私はここにいたくない。
それにしても……私は少し心配だった。
「何をそんなに心配しているのです。おそらく、今晩にも中宮様への呪詛払いは終わるでしょう。兼近様のことです。きっとたやすいことなのです」
「……にゃ、にゃにゃあ(大丈夫か、色ボケしてる)」
「鈴ったら……」
「よかったですね。これで私は本格的に京極様の東宮宣旨の儀式のお手伝いをいたします。夕月も手伝ってちょうだい」
「あ、はい。もちろんでございます」
「まあ、今日は疲れたのでお互い休みましょう。下がっていいわよ。あ、そう。晴孝も心配していたから、簡単に文を書くけど、あなたの手紙も入れてあげるから少し書いて志津に預けなさい。うふふ」
「それでしたら、私も兄上に手紙を書きます。静姫様のお手紙も中に入れます。ご準備くださいませ」
「にゃんにゃんにゃー(お前ら、何遊んでんだ)」
ふたりで目を見て笑い出した。先ほど感じた杞憂を一瞬忘れてしまった。それは杞憂ではなかったのだ。
* * *
その日の夜のことだった。
兄上には夕方までに藤壺でのことを報告した。
おそらく、今日の夜の中宮殿での祈祷で兄上なら呪詛をすべて取り祓うことができるだろう。
月が陰ってきたころ、ふと気配を感じて私は身体を起こした。
鈴はすでに起きて毛を逆立てていた。
「夕月、まずい」
「うん」
すごい強い呪詛が遠くから聞こえる。
私の几帳の裏にいる女房達は煙か何かで眠らされている。
周りは知らぬ気配のあやかしに包囲されていた。
「こーん!(ぎゃあー)」
他の狐の鳴き声。御簾を巻き上げ白藤が本当の姿で入ってきた。
背中に引っかき傷がある。白い毛に血が滲んでいる。
「白藤!」
「姫様、敵がきました……鈴!」
「わかっている」
鈴が一声泣いた瞬間に三体の猫が入ってきた。
大きくなり、目を真っ赤にし、爪をのばして本来の姿になった彼らが私の周りを取り囲む。
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