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第二章 中宮殿
二ノ巻ー相談②
しおりを挟む彼は車の中に入るや否や、私をじっと見ると腕を引き寄せてそっと抱いた。
私は久しぶりの彼の香りに包まれて、頭が真っ白になった。
彼は胸の中から私を出すと、今度は私の手を取って、話しだした。
「夕月……お願いだから、出仕はしないでほしい……清涼殿の辺りはたくさんの三位以上の若いものたちであふれている。そして、中宮殿の女房は非常に美しく、心映えも優れた女房が多いので通う者たちが多いんだ」
「私はどなたとも情を通わせるつもりはございません。心の中に住んでいるのは、いつまでも晴孝様おひとりです」
彼はぎゅっとまた私を抱きしめた。
「君を娶りたい。でも父上は正妻として右大臣家の姫を勧めてくる。君に側室としての立場を強いるのは嫌なんだ」
「……私は立場など気にいたしません。晴孝様のお側仕えの女房でも構わないのです」
「君はそれでよくても、私は嫌なんだ。君には素の自分を出せる。父上の望む政権争いなど考えず一緒にいられる」
晴孝様は左大臣家の長男だ。
左大臣様の後継者であり、次期東宮の従兄。いずれ大納言様になるかもしれぬ方。
そんな方と自分が釣り合わないのは前からわかっている。でも、私にとって彼は特別で、兄はそれも知っている。
だからこそ、他の方からの縁談を蹴ってくれているのだ。
晴孝様は私を引き寄せるとそっと抱きしめじっとしている。
これ以上なにかすると止まらないし、君の兄には見破られるとつぶやいた。
「ああ、このままふたりでどこかに逃げられたらいいのにな」
「それは一生無理です。私には兄上の式神が常についています。隠れるのは無理ですよ」
「ここにもいるのか?」
「車の中には入らないよう、私が細工いたしましたのでご安心ください。ついては来ていますけれども……」
「……はあ。あいつも君の美しさに驚いて、急に備えを始めた。縁談が結構来ているようだな」
「それを言うなら晴孝様です。私は……」
「さっきはお仕え女房でもいいとか言ってたくせに、かわいいことをいうなあ」
私は真っ赤になった。
「それで?先ほどのあちらでの話だが、何が気がかりなんだ」
「文遣いの……清涼殿からの上臈女房についてきた女の童がおりました」
「それがどうした」
「……人ではございませんでした。人の形をした狐のあやかしです」
「……!」
「これが何を意味するのか。わざわざ静姫のところについてきた。しかも、お聞きしたところ藤壺の尚侍はご実家のお母上が巫女であらせられたとか……嫌な予感がしたのです」
ガタガタと音がして、ようやく車がついたようだ。私が乗っていった車は権太が引いて前を走っている。
この車は二人乗りで静姫が準備してくださったものだ。
* * *
「晴孝、いい度胸だな。それに、夕月。お前もだ。姫は一体何を考えておられる?私でさえ、彼女に直にここ10年以上お目にかかっていないというのに」
戻ってきたら、目を怒らせた兄上に叱られた。御簾中に入れられて、廂の間でふたりは顔を合わせている。あぐらをかいて彼はくつろいでいた。うちは実家である左大臣邸より落ち着けるといつも言っている。白藤が酒を運んできた。
「白藤。こんなやつに酒などださなくていい。その辺の水でも飲ませておけ」
「……兄上!」
「まったく、姉上に会えないことをねたんで私に当たるのはどうかと思うぞ、兼近。そんなに会いたいなら私が裏から手引きをしてやってもいいぞ」
「晴孝様!」
兄上はまんざらでもないのか、右眉を動かして彼と杯を合わせた。
「私はお前のように卑怯な手は使わず、正々堂々と彼女に求婚する」
「それなら、妬むのはやめろ。それに、彼女と急に会わせないようにしたのはお前だぞ、私はどれだけ我慢しているかわかっているのか」
「これは驚いた。正面からそういうとは、ようやく本気になったか」
「……兄上様、やめてください。そんなことより、大事なご相談があります」
「夕月。お前、また面倒ごとを抱えて帰ったな。式神から聞いている。狐のあやかしがいたとか?白藤。清涼殿に子供のあやかしが入り込んでいるようだが、お前管理はどうなっている?」
白藤は驚いたようだった。そして、小さな声で言った。
「申し訳ござんせん。子供に関してはそこまで見ておりませんでした。すぐにあらためますので、ちいとお待ちくださいまし」
白藤はボンという音を立てて、消え失せるといつの間にか庭を狐姿で横切って消えていった。
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