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第一章

八ノ巻ーその後①

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 ふと、目を覚ますとそこは見慣れた古部の自分の部屋だった。

 あの騒ぎのあった夜……私は晴孝様の腕の中で気を失った。出血が思ったよりもひどく、幻術で力の加減が出来ずに自分の左腕をかなり切ってしまったのだ。

 少し傷跡が残ってしまった。晴孝様は私が血だらけになっているのを見て、絶叫したらしく、大騒ぎになった。

 何かがその夜起きると予測した兄上に急遽頼まれて、晴孝様は東宮殿の私の所へ来たのだが、姉である姫に余計な心配をかけないため、そのことは黙っていたらしい。

 彼が最初女房姿で東宮殿に入ってきたのは、他の人達に不信感を抱かせず入るためだ。静姫と志津さんには事前に兄上の指示があったようで、彼をその姿で受け入れるため内密で中へ通したようだ。

 しかも、彼の女房姿が面白くてふたりは笑っていたそうだ。私を驚かせるため、囲碁をするというので中に入れたそうで、夕月が喜ぶだろうからと姫も思っていたようだ。そんなわけないのに……能天気は姫の方だ。

 あれほどのことが起きたのに、私がいた部屋の中だけの出来事で御簾の外には全く音が漏れていなかった。周りを巻き込まずに済んで良かった。

 全て終わって出てきた晴孝様と血だらけの私を見て、静姫は驚いて失神したと聞いている。とりあえず、姫に何もなくてよかった。白藤はずっと姫についてくれていたそうだ。

 あやかしの鈴、旭丸、権太も相当力を消耗したようで、終わった瞬間、三匹とも元の姿に戻り、倒れてしまったと聞いている。

 晴孝様は私の怪我の応急処置を終えるとすぐ、内密に牛車に乗せて私を東宮殿から出した。そして古部の家に戻ってきたのだ。

 そこできちんと怪我の手当を受けたのだが、三日ほど寝込んでしまった。

 傷口が化膿してしまい、思わぬ熱が出たのだ。傷口の周りを怨霊やら不可思議な風が舞っていた。それもよくなかったのだろう。

 晴孝様はどうして傷がついたのかわからなかったようだが、懐剣が抜かれていたことを知った兄上は私の考えをすぐに理解して晴孝様を落ち着かせたそうだ。

 彼は私の怪我を自分のせいだと思い込んでいたようだ。本当に悪いことをした。

「夕月。大丈夫か?」

 晴孝様は毎日顔を見に来てくれていたそうだ。私の好きな撫子の花を摘んできてくれていたそうで、たくさん部屋にあった。

「せっかくの撫子の花も、お前には似合わないな。何しろ我が妹は大和撫子にはほど遠い。懐剣を振り回して自分を傷つけるなど……」

 兄上がため息をついている。

「だって、あのときはああするよりなかったの。幻術に取り込まれてしまいそうになって……晴孝様を助けたくて……」

「私はそんなに頼りないかな」

 晴孝様が簀の子縁で悲しげに囁いた。そうじゃないのに。

「だって、晴孝様はあやかしを視えないし、正面に立っておられて、心配で……」

「剣を使っていただろ。怨霊が切れていたのは見えただろうに……」

「そういえば、晴孝様は怨霊が視えたんですか?」

「ああ、粉を蒔いたからね」

「そうだったんですね。それで、白い粉に黒い怨霊がよく見えたんですね」

「夕月」

 兄上が怖い顔で私を見た。

「はい」

「桔梗に話す時も慎重に話せと言ったのに、挑発したんだろ。だから、すぐに桔梗から幽斎へ連絡が行って、お前が狙われたんだ」

「……ごめんなさい。でもそれで良かったんです。姫様を守りたかったから。私に矛先を向けたかったの」

「「夕月!」」

 晴孝様と声を合わせて名前を呼ばれた。びっくりする。

「夕月。君が血だらけで腕の中で意識をなくしたとき、僕がどれほど心配したかわかるかい?胸がかきむしられるような苦しみを初めて味わった。もう、無茶はやめてくれ。僕が君に姉上のところへ入れたんだ。全部その傷も僕のせいだ」

「晴孝。それは違う。もう少しやり方を変えれば良かったのだ。作戦を立てた私が甘かった。幽斎のことも……」

「兄上、それでその僧侶はどうなったんですか」

「少し懲らしめた。今後、このようなことをしたら許さないと伝えたが、翌日あそこから姿を消してしまった。式神を見破られ、今どこにいるかわからない」

「……ええ?!」

 晴孝様が私に言った。
 
「今回のことは父に伝えて、内密に帝へ奏上してもらった。それに、気を失った姉上を心配した父は自邸に姉を引き取った。今までのことも明るみに出て、東宮には帝から厳しいお達しがあったようだ」

「それはどういうことです?」

「絹のことや、楓姫のこと。そして、今回の行幸で何か朱雀皇子が失敗をしたらしい。彼の東宮としての素質にやはり噂通り問題があると帝は思われたようだ。ここだけの話だが、東宮は弟君の京極皇子になる可能性が出てきた」

「……!」

 兄はニヤリと笑って言った。

「……まあ、左大臣家にとってはいいことだ。京極皇子は左大臣の姉の子。しかも、すでに静姫の妹である奏姫が正室として入る予定になっている」

 晴孝様が兄にふと呟いた。

「兼近にとって……何より良かったのは、姉上の結婚がなくなったことだろ?」

 結局、私が呪い札等の証拠品を返してしまったことが裏目に出た。すぐにそれを焼き捨てた忠信親子のせいで、幽斎の関与はうやむやになった。だが、多少調べればあの親子との繋がりもきっとわかることだろう。

 左大臣は掌中の珠である静姫を、問題のある朱雀皇子のところへ輿入れさせるのを辞退したいと、異例の申し入れを後宮を管理する皇太后にしたらしい。

 皇太后は姪である楓姫から、以前朱雀皇子に輿入れして起きた出来事について、詳しくすべて聞いたらしい。それで皇太后は後宮の主として意見を帝へ奏上してくれた。

 その結果、静姫の朱雀皇子への入内は正式になくなったのだ。まだ、朱雀皇子と対面前だったので、何の問題もなく東宮殿を彼女は退出した。

 姫はどれだけ喜ばれただろう。本当に良かった。是非とも今度こそ、兄上と縁を繋げて欲しい。

「彼女に何もなかったのは本当によかった。そして、平穏な日々に戻れたことも……」

「……兄上。姫様は兄上に会いたがっておられます。せめて文のやりとりから始められてはいかがですか?」

「そうだ。父も今回のこと本当に感謝している。姉上が出戻りのようになって、内外に知られてしまったし、お前に託したいと父も思っているはずだ」

「私のことはいい。急ぐ必要もないだろう。彼女とは意思疎通は出来ていると思っているからな」

 すごい、さすが兄上。

「そんなことより、晴孝。最初の約束通り、夕月の希望をひとつ聞いてやってくれ」

 そう言うと、兄上はちらっと私を見て立ち上がり、そっと部屋を出て行った。

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