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第三章 氷室商事へ
研修開始
しおりを挟む私の目の前には陽樹さんが座っていた。
「独身寮はどうだった?」
そう、私は今日女子寮から氷室商事へ初出社した。俊樹さんは昨日からアジア三カ国に出張。二週間。
「ええ、とてもいいです。帰りたくなくなりそうなぐらい快適です。作られた方が女の子の気持ちを考えて作ってるとしか言いようがありません」
皆がくつろげるラウンジも共用部にあり、スイーツやカフェの飲み物などが手軽にとれるようになっている。そこに集まって夜ゆっくり話をしている住人を結構見かけた。調度品も女性向けでとても素敵なのだ。
「そうなのか?まあ、女子寮が非常に評判がいいのはそういうことだったのか。俺は男だからわかんないけどね……」
「それで、私はどこの配属になりますか?」
「そうだね、俊樹の管轄内だとすぐにばれる。ちなみに、あいつの子飼いが住んでいる部署は、営業三部。うちはね、営業四部まであるんだ。営業三部と四部は同じフロア。だから、君は四部も行かないほうがいいだろう」
「……」
「それから、営業部以外の事務方の部も必ず接点が出来てしまうからそれもやめた方がいい」
「……はあ」
「となると、消去法で営業一部と営業二部、あるいは役員付」
「……役員付って無理です」
「もちろんだ。秘書はやらせないよ」
「では、営業……」
「僕の管轄である役員企画室へ行ってもらおう」
「どこですか、それは?」
「男性しかいない部署。うちはね、秘書に仕事を依頼するいわゆる政策秘書を役員毎に置いているんだ」
なにそれ?政策秘書?議員さんか、なんかですかね?
「まあ、訳わからないかもしれないけど、そこは要するにその役員と営業部の間に立って、秘書にさせることを決める重要なパイプ役。影のエリートと言われる連中のいる場所だ。秘書より秘密が多い」
「そんなすごいところ、しかも、今女性がいないって言いませんでした?」
「だからいいんじゃないか。女子は噂好きだ。あることないことすぐに話す。俊樹にすぐにばれて大目玉だぞ」
「……なるほど」
「俊樹の戻る営業三部の仕事をとりあえずやっている担当者に君を預ける。今営業三部の役員は橋本常務。その下にいる部長以下役職付は俊樹の子飼い。あいつらは君が来るかもしれないと俊樹に言われているらしい。まあ、海外出張の間に君がこちらへ来ることくらい予想済みだろう」
「……そうですよね」
「あっちは会長秘書があいつを取り仕切っているからよそ見している余裕はない。君も安心してうちのことを勉強して下さい」
「はい、よろしくお願いします」
立ち上がり挨拶をすると、ノックの音がしてイケメンが迎えに来た。
「専務」
「ああ、梶原。彼女が森川菜摘さん。俊樹の秘書だ。そして婚約者。森川さん、彼は梶原営業企画副室長。今ちょうど室長が社外に出ている時期で、彼が実質室長をしている。彼に任せるからついて行きなさい」
「森川さん。お待ちしていました。梶原です。どうぞよろしく」
「はい、こちらこそなにもわからないのでよろしくお願いします」
「じゃあな、梶原。頼んだぞ」
「はい、専務」
陽樹専務は明るい笑顔を振りまいて出て行った。本当に名前の通り太陽のような笑顔を振りまく人なのだ。少し斜に構えた俊樹さんとは兄弟だけど違う。
「企画室の説明は受けましたか?」
「はい、政策秘書とか……」
梶原さんは苦笑いしている。
「まあ、結構難しい案件も営業の担当者から聞いて秘書を通じて役員にあげることもあります」
「あの。役員秘書と何が違うんですか?」
「そうですね、実務のことしかやりません。スケジューリングや予約、電話、お客様対応などは秘書の役割です。それ以前のことですかね。秘書が自分でたくさんの営業部の人から案件を頼まれて順番付けするのって難しいでしょ」
それはよくわかる。どの人も急ぎだと言うし、金額によって順番を付けるときもあれば、営業部の部長の力の差とか悲しい理由も実は背景にある。
「わかります。よーくわかります。結構、機嫌の悪い役員に怒られたり、取引の内容も知らないのに責められたり……」
「そうでしょうね。そういったことをやってあげるんです。秘書は楽になります。それ以外の仕事も多いですからね」
「いいですね。ミツハシフードサービスにはそういう部署ありません」
「この部署については、男性秘書室だと思っている人が大半です。あまり重要事項を扱っていると知られるのはマイナスなんです。だから配属されたものと担当役員ぐらいしか本質は知りません」
「なるほど。ご苦労が多いんですね」
「でもやりがいはありますよ。秘書は女性にさせているので企画室は男性ばかりです。あなたは逆ハーレム状態ですよ」
真面目な顔して面白いこという人だな。
「そんな重要なところに……私が入って大丈夫なんですか?」
「入るといっても二週間だけ。少ししかできないでしょうし、ここにいることを営業三部に知られないようやるにはそれが一番です。女性はいませんって言えばいい」
「なるほど……」
「森川さんは、秘書業務だけでなく、実務を俊樹さんに任されていたと聞いていますが違いますか?」
「そうです。どうしてご存じなんですか?」
「少し探りを入れてありました。あなたをうちに二週間預けると急に言われたので、こちらも失礼ながらあなたを調べさせていただきました」
「そうでしたか。俊樹さんは案件の中身について私に下調べさせたり、業務部で培ってきた知識を使って仕事を任されることもありました。正直秘書ではないと思います」
「それは誇っていいことですよ。お仕事ができるということですからね」
「やめてください、私はただの食品オタクなんです。家も喫茶店ですし、ミツハシだからこそ役にたつんです」
「俊樹さんの管轄である営業三部は農産品などを輸入し、ミツハシフードサービスのような食品会社に卸しています。だから、俊樹さんがあちらへ入ったんです。実情調査とパイプ作り。いずれあちらの達也取締役が上に立つ頃には大きくうちとの関わりが変わると思います」
なるほど……。そういうことだったのね。まあ、最近になって大体わかってきてはいたけれど……。
「では、ようこそ氷室商事、営業企画室へ」
扉を開けて入ると男性だらけ。ひえー、彼が知ったらキレるなこれは……。
私を見つめる人達が皆いい男なんだよね。はー、ある意味すごい体験ができそうだ。逆ハーレム万歳!
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