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第一章 入社と出会い
決意ー1
しおりを挟む彼の指図通り、とりあえず巧に連絡して話す時間を作った。
午後から外出の彼に合わせ、打ち合わせ室で巧と向き合う。
彼はさっきの話以降、冷たくなった。菜摘は手のひらを返したように彼の態度が変わり、怖くなった。
それで、とりあえず言うことを聞いておいた方が身のためだと思い直して、引き継ぎの打ち合わせをすると彼に言ったのだ。
「……そうか」
外出前にそれしか言わない。目も合わせない。
こんな彼は初めてでどうしたらいいのかわからなかった。恋愛経験値が低いとこういうときにどうしたらいいのかわからないのだ。
巧を前にため息をついていると、じっと彼女を見ていた彼が口を開いた。
「何かあったのか?」
はっと気付いて目の前の巧を見る。
「……ごめん。ちょっと考え事」
「菜摘。仕事の前に言っておきたいことがある。本部長のことだ」
菜摘は驚いて彼を見た。
「宣戦布告された。菜摘が好きだから自分のものにすると言われた。もしかしてすでに本部長のものになったのか?」
どうして、次から次とこう嫌なことが起きるのだろう。泣きたくなった。
自分は巧に返事もしないで好き勝手していた。よく考えなくても最低だ。
目をつむり、意を決した菜摘は巧に話し出した。
「巧。本当にごめんなさい。私は最低だわ。あなたをこんなに待たせて、嫌われても何も言えない」
「……そうか。そういうことなんだな」
「本部長からいつその話が?」
「二週間前だ。クリスマスも、お前を誘うか悩んでいた。だが、お前と本部長の雰囲気が変わってきているのに一ヶ月以上前から気付いていた。前とは違う距離感だったり、特にお前の彼を見る目が違ってきていた。嫌な予感がしていたところへ、本部長から切り出された」
「……巧。私……看病しに行ってから距離が近づいて、別に何があったってわけじゃなかったの。一ヶ月近く頼まれるとたまに食事を作りに行っていただけ。ホントにそれだけだった。接触してきたのはここ一週間以内のことなの」
巧は彼女を見ながら天を仰ぎ、脱力した。
自分の弱さを呪った。彼女を前にずっと友人から飛び出すのを恐れていたのは自分自身の弱さだったと後悔した。
「本当にごめんなさい。きちんと先にあなたへ返事もせず、こんなこと……。軽蔑されても文句の言えないことをしていると自覚してる。許して欲しいとも言えない。彼に惹かれています。巧とは付き合えない。ごめんなさい」
目の前で頭を下げる菜摘をじっと見つめる。
「……はー。わかったよ。というかわかってた」
菜摘はそっと顔を上げてうかがうように彼を見た。
「返事が二ヶ月ないんだから、馬鹿でもわかる。お前にとって俺は親友であって、男ではない。わかっていたんだ。でも切り出せないのは俺の弱さ。お前ひとりのせいではないから気に病むな」
「巧は悪くない。いつも私に気を遣わせないようにしてくれていた。甘えていたのは私。本当にごめんなさい」
「謝るなよ。つらいんだ。謝らないでくれ、頼むから……」
しばらく、ふたりで沈黙する。
「菜摘。お前秘書一本になること、納得したのか?」
「……ううん。嫌だって言った」
「まあ、そうだろうな。俺はお前がうなずくとはどうしても思えなかった」
菜摘は巧を見た。
「だってそうだろ?この仕事を楽しいと言ってずっと働いている。結果も残した。正直秘書をやりたがっていないお前を目の前で見ている。いくら本部長でも説得できるのかと実はお手並み拝見だと思っていた」
「嫌だって言ったら……彼がものすごく怒ったの」
「え?」
「はっきり言うと、秘書より業務の仕事がしたいと言うようなことを口にしたら、ものすごく怒って、それ以降目も合わせてくれない……」
「……そうか。本部長は本気なんだな」
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