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第三章 愛と迷い

彼女の為に~賢人side~ー4

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「……文也、お前。彼女に言いつけるぞ」

「どうぞご自由に。こんな店やってるんだ、彼女は多少の事じゃ動じないように教育済みだよ。お前と違ってね」

 本当に文也には勝てない。こいつは昔、俺と同じ部署にいて働いていた。前社長から可愛がられて色んな隠密仕事を任されて結局ここへ落ち着いた。

 ここは氷室商事の情報部。こいつはその部長のようなもんだ。だが、社内に部署はなく、存在を知る者も限られている。

 何を言ってもこいつには勝てない。諦めた。だが、こいつの判断に狂いはない。そこがむかつくところだ。

「里沙を連れていく。どのくらい飲ませた?」

「それがさあ、少し強めのカクテル二杯。彼女弱いねえ。でも来たときも顔色悪かったから寝不足だったのかもしれないな、誰かさんのせいで最近眠れなかったんだろうし……」

 伏せて寝ている里沙の頭を撫でた。

「わかった。とりあえず、連絡してくれてありがとう」

 文也が片手を振っていなくなった。俺は里沙をゆすって声をかけた。

「里沙、起きろ」

「……ん、ん」

 目をゆっくりと開けて、パチパチと瞬きしている。

「里沙、大丈夫か?」

「……え?鈴村さん?どうして」

「文也に呼ばれた。出るぞ、歩けるか?」

「う、うん。文也さん、お会計は……」

 文也が遠くで彼女に向かって手を振っている。里沙は律儀に頭を下げた。

「行こう」

 彼女の腕をつかんで歩き出した。そんなに酔っているようには見えない。やはり寝不足だったのか?

「……寝不足だったのか?」

 驚いた顔をして俺を見た。小さく頷いた。

「……そうなの。ここ二日くらい寝てなくて」

「俺のせいか?文也に聞いた。心配させたようだな。だが、大丈夫だ。もう少しで解決するはずだ。連絡せず悪かった」

 通りに出たところで彼女は止まった。

「解決ってどういうこと?そんなに重要な縁談なら私じゃ相手にならない。あなたが今の立場や将来についてどう考えているのか聞いていないもの……」

 里沙の言葉に驚いた。彼女のこういう思慮深さに文也はやられたんだとすぐにわかった。

「里沙。お前を帰したくないんだが、俺の部屋はぐちゃぐちゃだ。お前のところに行くのもまずいならどこか泊まろう」

「だめ。ねえ、少しきちんと話をしたいの」

「なら、食事しよう。俺はまだ食べてないんだ」

「え?もうすぐ十時近いのに。お仕事そんなに忙しいの?」

「まあ、ちょっとな……」

 そう言って、彼女を引っ張り肩を抱いた。

「しょうがないわね。わかったわ。じゃあ、うちに来る?広くはないけど、何か買って帰って足りないものは作るわ。私もたくさんは食べたくないけど、お茶漬けが食べたくて。家で作って食べたい」

「……お茶漬け?お前、面白いな。大して飲んでないって聞いたぞ」

「文也さんに食べる前飲まされてしまって、少し強めのお酒だったと思うの。ちょっと不用心すぎた。反省してる」

「そうだな。相手が文也だったから良かったけど、反省が必要だな」

「……うん。寝不足で頭が回ってなかった」

「今日も寝不足になるぞ」

 彼女の顔を見下ろして宣言した。

「……そういうことなら連れて行かない」

「よく言うよ。わかっていて誘ったくせに」

「そうじゃない。外で話して誰かに聞かれたらまずいと思うから家にしたの。それなら、連れて行かない」

「わかった。とにかく話をしよう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 彼女とゆっくり買い物しながら帰った。

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