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第一章 すべてのはじまり

近づく距離ー5

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 応接室へ二人で入り、お昼を広げて食べた。秘密倶楽部のバーみたい。あのときも休憩室のような応接室で食べたっけ。彼の顔を眺めながらコーヒーを飲んだ。

「……どうした?」

「ん?」

「じっと俺のこと見てるからさ。黒縁眼鏡のオタクが好みか?」

「そうね。最近そういうのが好みになってきたのかもしれない」

 私は素直に答えた。彼が私を見て息をのんだ。やっぱり迷惑なのかな。

「……冗談よ、大丈夫心配しないで。あなたを困らせたいわけじゃない、元いた所へいずれ帰るんでしょ?」

「里沙、お前……」

 私はサンドイッチをつまみながら彼に言った。

「この間のことは気にしないでいいわ。謝ってくれる必要もないから……」

 目を上げて彼を見た。彼はため息をついた。携帯が鳴って、彼は電話に出た。

「はい。ああ、どうだった?やはりそうか。いや、わかった。忙しいのにありがとう。こちらも今から帳簿を確認する。ああ、あとで……」

 電話を切ると、私を見た。

「何?」

「部長からだった。畑中専務が急に外出したのでつけて行ったら、峰山と長田に合流して食事しているそうだ」

 ということは、やっぱり……。本当にがっかりだ。

「間違いないな。とにかく、今のうちに帳簿をよく見て全体像を確認しよう。手伝ってくれ」

「ええ」

 私達はひたすら書類を確認して、取引相手を探し出した。

「ねえ、やっぱりこの大阪の美術館宛ての領収書が多いような気もするの」

「うん?どれだ?」

 彼が身を乗り出して、私の背中から書類をのぞきこんだ。

「これよ」

 背中越しに彼が私の前に手を伸ばして書類をつかんで見ている。

「ああ。梅田のこの美術館だろ?前もそうだった。やはりここがターゲットになっている。きっと美術館の方の警戒心が緩いのか……あるいは内部に誰か手引きする者がいるのか、そこがわからない……」

 私は振り向いて彼を見た。彼も私をじっと見た。

「あの営業二部の二人の知り合いがその美術館にいるのか、関根課長に聞いてみたらどう?知っているかもしれないし……」

「そうだな。俺も役員連中にここと繋がりがないか確認する」

 私は書類をおいてため息をついた。

「どうした?大丈夫か、疲れているなら少しそこで休んでいろ。後は俺がやる」

 ソファを指さして言う。

「うん」

 立ち上がろうとしたらふらりとして、彼に抱き留められた。

「おい、里沙。お前、大丈夫か?」

 彼にもたれてしまった。顔を上げられない。彼の背中に回った手が私を抱きしめた。そして、膝に手を入れて抱き上げるとソファへ運んでくれた。

 覆い被さって私をじっと見つめた。

「里沙」

 私は彼の首に両手を回して、引っ張ると自分から彼に軽く合わせるだけのキスをした。こんな衝動は初めてだった。自分でも驚いた。でも……欲しかったのだ。

「……っ!里沙」

「……謝らないで」

 彼の唇に人差し指を当てて微笑んだ。すると、眼鏡の奥であのときのように彼の目が光った。

「……っ!」

 彼が右腕で私の身体を引き寄せた。左手で黒縁眼鏡をあげると噛みつくように最初から深いキスをされた。

 お互いに身体を寄せ合い止まらない。キスをするたびに水音がする。もう隠せない……キスに私の気持ちが入ってしまう。

「は……あ……んっ……」

 私の声を聞いた瞬間、彼のキスが私の唇を離れ、首筋から耳元へ移っていく。耳元で彼が言う。手が私の頬を囲った。

「里沙……すべて片付いたら考えよう。今はまだダメだ。でも、もう謝らない……」

「うん」

「少し休んでろ」

 そう言うと、私の身体を横たえて腕を放した。そのままおでこにキスしてくれた。

 私はゆっくり目を閉じた。しばらくして目を覚ますと、頭がすっきりした。やっぱり寝不足だった。

 彼は心配していたが、起きると黙々と続きを計算した。少し眠れたので頭が冴えた。

 夕方まで私は彼に言われた金額を計算して大まかな流れをつかんだ。

「里沙。俺は明日本社に行って現状を報告してくる。気をつけてくれ」

「わかったわ。あなたは本社の人なのね?」

「ああ、そうだ」

 彼が初めて正面から私の目を見て話している。本当の彼だ。

「鈴木さんという名前も……もしかして違うの?」

「あとでいずれ話す。今は何も知らないほうが、万が一、誰かに里沙が何か聞かれたときに都合がいい。里沙は嘘をつけないからな。表情に気持ちがストレートに出る。ここ最近で君が正義感のある正直者だということはわかったからな……」

 そう言われたら聞き返せない。私を守る為ってことよね。

「うん。わかった。教えてくれるのを楽しみにしてる」

 ウインクすると、彼が私の頭を撫でた。

「いい子だ。よし、ありがとう。後はもう大丈夫だ。君も自分の仕事に戻ってくれ」

 そう言われて、応接室を出た。私を見ている眼があることにその時は気づかなかった。

 そのまま自分の部屋の仕事に戻った。

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