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第一章 すべてのはじまり
地下室での出会い-4
しおりを挟む彼は足が速い。私は必死でついていった。一体何者なの?社内で見た雰囲気とのあまりの違いに開いた口が……。
しかし、連れて行かれたところはこじんまりとした喫茶店兼バーだった。ほら、こういうのもあったじゃない。バーで探偵とか……。やっぱりドラマみたいだよ。
「あれ、賢人。どうした?」
「文也。悪いが個室借りたい」
鈴木さんは文也さんという人の話を遮ると個室らしき所を指さしている。
「お前。悪いことに使うなよ。その女の子初めて見るし。ダメだぞ、最初から……」
最初から何?この人そういう人なの?ついてきたらまずかったのかな。
私は帰ろうとして一歩下がったら、彼が私の腕をつかんだ。
「おい、大丈夫だ。文也、変な嘘言うなよ、勘違いされただろ」
商売スマイルの文也という人が私を見た。
「あ、お嬢さん。大丈夫だよ。ごめん、冗談だよ」
そう言って、文也さんは鈴木さんに目配せするといなくなった。鈴木さんは私の腕を引っ張って個室へ入った。
「文也。何か夕飯になりそうなもの出して」
彼は部屋へ入る前に言い置いた。
「えー?ホットサンドとかでもいい?あんまり食べ物の材料がもうないんだ。お酒の時間だしね」
私に聞いてる?うなずいた。
「エビが苦手なのでそれ以外ならいいです」
「了解」
文也さんがいなくなった。
「さてと。まずは乾杯でもする?」
あ、いつの間にか生ビールが運ばれている。
「どんな乾杯?」
「そうだな。俺たちの衝撃的な出会いと秘密に乾杯」
ふたりでグラスを掲げてカチンと鳴らした。二人で一気飲み。あー、美味しい。
「……それで。鈴木さんは本社の会計部の人なんですか?」
「いや、違う」
「違う?会計士っていうのも嘘なの?」
「会計士は資格として持っているけど、あまり使っていない。仕事上、決算や監査はよく見てるから聞かれたら答えることは出来る」
「何なの、それどういう意味?」
「秘密だよ」
「ずるい。秘密はあなただけでしょ。私は何にも秘密がないじゃない」
すると彼が私をじっと見て、言った。
「そうでもないな。君がどんな女性かよく知らない。結構力持ちで好奇心旺盛で正義感あふれる女子ということしかしらない。大体、君は何歳?」
「秘密です」
「ふーん。いいね、秘密を少しずつ知るのも悪くない。そうだ、君の下の名前は?それくらい教えてくれよ」
「里沙です」
「里沙……ね。北村里沙さん。俺の秘密基地へようこそ」
「ご招待どうも。わあ、美味しそうなホットサンド」
文也さんがカーテンを開けて運んできた。チーズの香り、トマトが溶けてる。そして、追加で彼にはウイスキーのロック。私にはウーロンハイ。
「明日から会社で今日のことは誰にも話すなよ。ここのことも話すな」
「あなたは具体的には何をするの?ひとりで潜入捜査?」
もぐもぐと食べながら聞く。
「……まあ、そんなもんだな」
「私もその調査手伝いたいです!」
ピシッと右手を上げた。
「何だと?人の話を聞けよ。さっきも話しただろ。そういうのはいらない」
「あのね、私だって首つっこみたくなかったけど、会計部だからあの金額はすごく気になるの。例えばミステリー小説の入り口を読んでやめられる人いる?最後まで読みたいのは謎を解くためでしょ。あなたに制止されると、私はこのもやもやとずっと戦わないといけなくなるのよ」
彼はグラスの酒を回しながら、私をちろっとみて呟いた。
「君はこのグラスの中の氷だ。グラスの中で外を見ながらぐるぐる回っていればいい。そのうち、氷が小さくなるように、君もそのミステリーを時間と共に忘れていく。グラスの中にいれば、飛び出て氷が割れる危険はない」
「部長も、あなたも、私を信用してさっき話してくれたんでしょ?じゃあ、別にいいじゃない。専務を疑っているなら私を使う方が早い」
彼は私を睨み付けた。
「はっきり言う。君を守る余裕は俺にはない。自分のことだけで今のところ精一杯だ。しろうとの君が首を突っ込んで何か失敗したら全てがパーになる。わかったか?言うことを聞け!」
「守ってもらう必要はありません。そんなこと頼んでません!」
ふたりで顔を見合わせてにらめっこ。カーテンが開いた。
「おふたりさん、うるさい!お客さんがカウンターにいるんだぞ。いい加減にしてくれ」
「ああ、悪い、文也。裏から出るから。これ……」
そう言って、カードを渡した。
「あ、あの……私の分おいくらですか?」
「今日は特別にサービス。また、今度来てね」
文也さんはウインク。可愛い顔立ちだなあ。このモノトーンのバーテンの衣装がまた似合っている。きっとモテるだろうな。
「じゃあ、すみません。ホットサンドとお酒も美味しかったです。また、来ますね」
「文也、こいつはもう来ない」
また、ふたりでにらめっこしているのを、文也さんがたしなめた。
「はい、はい。わかりましたから。じゃあね」
そう言って、カーテンの中へ彼は戻っていった。私達は立ち上がって、荷物を持った。
鈴木さんが目配せするので、ついて行く。カーテンとは逆側にドアがあり、そこを開けると裏階段に出た。
階段を降りて、通りまで連れてきてくれた。
「タクシーでいいか?家はどこ?」
「教えてあげません。秘密です」
鈴木さんは片眉をあげてニヤリと笑う。
「そうか。いいんじゃないか?よく知りもしない奴に教える必要はないものな」
「……」
そう言うと、タクシーを呼んで私を中に押し込んだ。運転手にタクシーチケットを渡してる。この人……やっぱりただものじゃない……。
「……じゃあな、おやすみ」
「また、明日。色々ありがとうございました」
バタンとドアを閉めると私がいなくなるのを見ているのがバックミラーで見えた。
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