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第一章 すべてのはじまり
地下室での出会い-2
しおりを挟む入り口に戻って電気をつけた。
「君……何しに来たの?」
低い声でその男が私に言った。
「それは私の台詞です。社外の人なのに、ここにいるってどういうこと?あなたこそ何しに来たのよ!」
胸を張って睨む。どうして私が詰問されなきゃならないのよ。どう考えたってあなたの方が不審者よ。
すると、ふっと彼が下を向いて笑った。何なの?
「ずいぶんと強気なお姉さんだ。さっき会計部のフロアで部長と話してたの君だろ。えっと名前は……」
首から下がっていた社員証を彼の目の前に持ち上げた。
「ああ、失礼。会計部秘書の北村さんね。で?君の荷物はどこにあるのかな?」
「外にあります。変な話し声がしたので、隠して見に来たの」
驚いた顔をしてる。すぐに険しい顔に戻った。
「馬鹿だな。危ないだろ。さっきの連中に見つかってたらどうなってたかわかんないぞ」
「どうなってたかって?見られたらまずいのはあっちでしょ。なんでこっちがこそこそしなきゃならないのよ」
「だからだろ。ここで何かあってもこんな時間だし誰も来ない。男二人に君は女ひとり。何かされてそれをネタにゆすられたら君は何も言えないだろ。気をつけろよ」
「何それ。犯罪ドラマじゃあるまいし、そんなことあるわけないでしょうが」
「よく言うよ。君だって変だと思ったから忍び足で近寄って様子をうかがっていたんだろ?話している内容も少し聞いたんだろう?」
「そうよ、あの金額五千万以上計上してるって言ってたわよ。ちょっと何なの?ここにある書類でそれが載っているって事は……」
「ちょっと待て。落ち着け。とにかく君の書類を片付けよう。時間も時間だ」
「でも、あれって絶対不正よ。五千万隠したファイル見ないと……」
彼が私の腕をつかんだ。
「おい、落ち着け」
「私、数字オタクなの。この数字を知ってしまったら、最後まで追求しないと気になってしょうがない」
目の前でボサボサ頭を掻きながら呆れている。何なのよ、もう。そうだ、問題はそこじゃない!
「そうだ、えーっと、確か鈴木さんでしたよね?あなたは一体何の用があってここにいるんです?応援で入ったばかりの人がこんな時間ここにいるって変でしょ」
「俺のこと聞いたのか?部長だな……なんて言ってた?」
「会計士で関連会社から監査前の応援に来てくれた人……確か鈴木賢人さん、ですよね?」
「その通り。あと、ここだけの話だが、俺が今ここにいるのは、君と違ってあいつらをつけてきたからだ」
はあ?つけてきた?何言ってるのこの人?そんなわけないじゃない。
大体、あの二人が誰か私でさえ知らないのに、この人が知ってるなんてあり得ない。じーっと彼を見た。
「面白い顔してる。ククッ……」
口を押さえて笑ってる。初対面なのに失礼な人だな。何なのこの人!
「ちょっと、何なの?あなた探偵?だって応援とか絶対嘘でしょ。あの二人を追いかけてきた?知りもしないのに?」
「はは、探偵ってドラマか小説の読み過ぎ?探偵ではないが、監査前に調査したいことがあってね。君は秘書というからには秘密を守るのはお得意だろ?さっきの様子を見たところだと正義感もあるみたいだからな」
「調査って何?監査とは違うの?」
「監査とは全然違う。調べたいことがあってね。さっきの連中は俺が調べに来た部署のターゲットの奴ら。実はフロアの近くで話しているのを聞いて付けてきた。言ってる内容がおかしかったから……案の定だった」
何なの……?様子がおかしい?どうしてあの二人のことを知っているの?
「ねえ、どうしてあの二人のこと知っていたの?」
「まあ、ちょっとね。誰にも言うなよ」
「さっきの二人の話からいくと、どう考えても五千万円は少なくとも会社のお金を何かよからぬことに……聞いていてそう思わなかった?」
驚いた顔をして私を見た。
「君。結構鋭いね。さすがだな……でもそういうこと考えなくていいから。俺が調べるから君は忘れるんだ」
「どうして……そんな」
憤りながら彼を見ていたら、黒縁眼鏡の縁から私を見て笑っている。
「北村さん。今日見たことは誰にも言うなよ。そして聞いたことも誰にも話すな。それが君のためだ。それと、とりあえず君の書類を運ぼう。手伝うよ」
そう言って、外に出るとカートを引いてくれた。
「重いぞ、これ。こんなに重いのをよくひとりで運んできたな。君、すごい力持ちなんだな」
「そう?こんなの普通よ」
「いやいや、俺の周りの女性なんて三十枚の紙を持たせただけで手が痛いとか言うし、君はすごいな」
「その女性達って普段何をしている人ですか?三十枚程度で手が痛いって……」
「いや、君を見てるとつい比べたくなって口が滑った。これも内緒で頼むよ。それと俺の本当の姿は黙っていてくれ」
「本当の姿ってなに?とりあえず、知らないフリしますけど、条件があります」
彼が私の方を見た。
「何?」
「あなたがこれから調べてわかったことや先ほどの不正らしき金額がいったいなんなのかを私にも教えて下さい」
「……それはできないな」
「そうですか。では、私はあなたが誰なのか部長に聞いてみましょうか」
「部長に聞いても何も答えないと思うよ」
「嘘をついているみたいだと周りに報告しましょうか?」
鈴木さんは私をじっと見ると、段ボールを全部持ち上げて運んでくれた。
「わかったよ。君に話せることがあればいずれ話すよ。でも約束してくれ。自分からこの問題に首を突っ込むな」
ふたりで目を見つめ合って数十秒。私はため息をついて答えた。
「わかりました。でも、耳にしたことを忘れるとか私出来ませんので……特に先ほどの話の中に出てきた数字とか」
「数字オタクって言ったっけ?さすが会計部だな、面白い。まあ、とにかく約束を守れよ。変に好奇心があるようだから、ちょっと信用ならないな。あと、専務秘書ということは畑中専務のことも詳しいよな」
「それ、どういう意味ですか?」
「ああ、いや、秘書業務を話せと言っているわけじゃない」
「じゃあ、何ですか?」
「うん、そうだな。専務には今見たことを一切話さないで欲しいんだ」
「……それはどうして?」
「どうしてか、君ならわかりそうだけど……」
「あなたが専務より信用出来る人だということがわからないのに、指示に従えません」
「ふー。そうだよな。よし、ちょっと待ってろ」
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