矢倉さんは守りが固い

香澄 翔

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第二十一局 ボクが覚えた罪の味

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 外からほーほーと微かにフクロウの泣き声が聞こえてくる。

 矢倉やぐらちゃんも木村きむら先輩もさすがにもう眠ってしまったようだ。ボクは二人の寝顔をみつめて、それから思わず笑みを浮かべる。

 木村先輩は豪快に大の字になって眠っていた。布団もはがれてしまっている。とりあえず風邪ひかないように、後でちゃんと掛けなおしておこう。

 矢倉ちゃんは寝姿までしっかりとまっすぐに眠っていた。寝ている時まで性格が出るものだねと心の中で思う。
 そしてこうしてどこか眠れずにいるボクも、きっと性格が出てしまっているのだろう。

 将棋部と軽音部の掛け持ちで、曖昧なボク。
 一人称も男の子みたいで、曖昧なボク。

 ボクは少しだけ曖昧な存在だ。

 さっきの話でボクは嘘をついた。好きな人がいないのは本当。だけど実のところ気になっている人はいる。
 その人にはがんばってもらいたいと思う。その想いをうまくいってほしいと思う。

 だけどちょっとだけ、そうでなければいいのにと思う自分がいる。

 でも仮にそうなったとしても、ボクとつきあうことになったりする事は絶対にない。それだけはわかる。
 ボクの気持ちは誰にも知られちゃいけない。これ以上に好きになってもいけない。それは悲劇しか生まないから。

 だからボクはボクの気持ちを抑え込む。
 今ならまだ先輩と後輩の関係のままでいられる。

 矢倉ちゃんは自分の恋心に気がつきつつも、自分の気持ちに確証が持てないでいるようだった。でもボクは違う。ボクの気持ちに恋心が芽生えようとしているのはわかる。確かに好きになりかけている。

 まだ好きだとは言い切れるほど気持ちが揺れてはいない。
 今のままならまだ戻る事ができる。

 でもその人をみているとまぶしくて、憧れて、だからどんどん惹かれていく自分がいるのがわかる。

 一緒にいたい。触れたい。重なり合いたい。
 そんな気持ちがむくむくと芽生えてきている。

 だけどこの恋はしてはいけない。惹かれてはいけない。
 叶わない恋なんてするものじゃない。してしまえば、人魚姫のように声を失って泡となって消えてしまうのだろう。

 だからボクはこの気持ちを閉じ込める。閉じ込めようとした。
 閉じ込めようとするのに、あふれ出してしまう。

 もう手遅れだったのかも知れない。
 もう戻れないのかもしれない。

 ためいきをひとつ。だからボクは人差し指をのばす。

 ごめんなさい、と心の中でつぶやく。悪い事をしようとしている。それはいけないことだ。わかっている。わかっていた。だけどボクは手をのばした。

 その伸ばした指先をほんの少しだけ彼女の唇にふれさせる。

 んっ、と小さな声が漏れた。

 ボクは思わずびくんと身体を震わせる。

 起こしてしまったかと思ったけれど、でも気がついてはいないようだった。

 胸の鼓動を抑えきれないまま、ボクは伸ばした指先を自分の唇に触れさせる。
 それは罪の味がした。
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