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第八局 秘密への矢倉さんの守りは固い
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「遠慮しなくていいんだよ」
いちご先輩の声が優しく僕を誘う。
「い、いいんですか。先輩」
いちご先輩のリードに従いながら、僕はどきまぎとしながらその手を伸ばす。
「僕、こんなの初めてで……」
うまく出来るかどうか心配で仕方なかったけれど、経験豊富らしいいちご先輩は意外にも優しく僕を導いてくれる。
「いいんだよ。ほら、ここ。ここにのばして」
いちご先輩の声に誘われるように、僕は素直に手を差しのばす。
先輩はそれをうけて、微妙に「んっ……」と甘い声を漏らす。
「それならボクはこう……」
先輩の手に僕は敏感に身体を震わせる。
「ま、まさか……そんな……」
僕は荒い息を吐き出して、心臓をばくばくと揺らしていた。
いちご先輩の手が僕の大事なところにのびて――
「はい、これで詰みね」
にこやかにいちご先輩が僕に微笑みかける。
「先輩ずるいです。誘導ですか?」
「こんなのひっかかる方が甘いんだよ。相手が大駒差し出してきた時は注意しなくちゃね」
ため息まじりに答えるボクに、いちご先輩はからからと笑う。
「まぁじゃあ感想戦しようか」
先輩は言いながら初手から駒を並べ直していく。
何をしているかって、将棋ですよ。将棋。
感想戦というのは、いま指した将棋を振り返って、どこが良かった悪かったというのを話し合う事だ。指導対局では感想戦をすることで、いいところわるいところを学び取っていく。
「ここ。ここね。ここで君はこう指したでしょ。でもこれだと、このあとボクのこの手に備えられていない。指した駒の周辺だけでなくて、盤面を広くみないとね。特に君は角の利きをよく見損じているから、その点は注意しないとだよ」
いちご先輩は角の駒を手の中でもてあそびながら、それからびしっと小気味良い音を立てて盤に打ち付ける。
「これで王手飛車って訳。ボクの打ち込んだ歩を考えずにとってしまったから、こういう風にしてやられる。最後の詰みの場面もボクがただで飛車を差し出したように見えただろうけど、あえて駒をとらせて移動させることで王の守りがなくなるってわけさ」
いちご先輩の教えは非常にわかりやすい。確かに僕はぜんぜんそんなことは考えていなかった。わざと駒をとらせるのか。なるほど、覚えておこう。
「いちご先輩すごいですね。教えがわかりやすいです!」
「そう? ありがとね。ま、ボクはこうみても有段者だからね。君に教えるくらいなら、任せておいてよ。それに君には強くなってもらわなきゃいけないからね」
先輩はちらりと隣で観戦していた矢倉さんの方を見つめる。
矢倉さんは何か急に顔を赤くしてうつむいていた。
な、なんだろう。百合フラグとか?
矢倉さんと先輩が仲良くしている姿が脳裏に浮かんでくる。
『矢倉ちゃん、君には将棋では敵わないけど、こっちならボクがリードしてあげるよ』
『せ、せんぱい。……わたし、わたし、こんなの初めて……!』
うわぁ。何だ。僕は何を考えているんだ。
でもちょっといいかも、と思ってしまった。矢倉さんも美人だけれど、いちご先輩も綺麗だもんなぁ。二人がからみあうのはいけない世界に導かれそうだ。
「大会までには君をせめてもう少し引き上げないとね。私と矢倉ちゃんだけでもだいたいの相手には勝てると思うけど、中には強豪もいるからね。君にもしっかり勝ってもらわないと」
いちご先輩は腕を組みながら僕に向かって告げる。
「へ? 何の話です?」
「そりゃ全国高等学校将棋大会の地区予選に決まってる。もう少しで始まるからね。私が将棋部入ってるのだって、この大会に出るためだし。今年は菊水先輩と木村先輩は個人戦にでるから団体戦はでられないからさ。団体戦の出場者は私と矢倉ちゃん、そして君って訳。全国で勝ち上がるのはさすがに難しいと思うけどさ、地区予選なら矢倉ちゃんがいれば優勝も可能だと思うんだよね」
いちご先輩の話は唐突で頭に入ってこない。
なに、何の大会にでるって?
「どうも矢倉ちゃんはこの大会にでて君」
「わーーっわーーーっっ。先輩、だめですっ。秘密です。秘密っていったじゃないですかっ」
突然矢倉さんが大きな声を上げる。
び、びっくりした。
「おっと。そうだったね。ま、そんな訳で。これからも毎日君を鍛えてあげるよ。どうも矢倉ちゃんは将棋は強いけど、教えるのは下手みたいだしさ。ボクの方がその辺は向いてると思うんだよね」
言いながら先輩はエレキギターを背負って立ち上がる。どうやら軽音部の方にいくらしい。
「じゃ、またねー。矢倉ちゃん、あとよろしくね」
「は、はい」
嵐のようにいちご先輩は去っていった。
「じゃ、じゃあこんどは私と指しましょうか」
そういう矢倉さんの顔は真っ赤に染まっていた。
いったい何の秘密があるんだろう。
そのあとも大会の事について聞いてみたのだけど、なんだかはぐらかされて教えてもらえなかった。
秘密への矢倉さんの守りは固い。
いちご先輩の声が優しく僕を誘う。
「い、いいんですか。先輩」
いちご先輩のリードに従いながら、僕はどきまぎとしながらその手を伸ばす。
「僕、こんなの初めてで……」
うまく出来るかどうか心配で仕方なかったけれど、経験豊富らしいいちご先輩は意外にも優しく僕を導いてくれる。
「いいんだよ。ほら、ここ。ここにのばして」
いちご先輩の声に誘われるように、僕は素直に手を差しのばす。
先輩はそれをうけて、微妙に「んっ……」と甘い声を漏らす。
「それならボクはこう……」
先輩の手に僕は敏感に身体を震わせる。
「ま、まさか……そんな……」
僕は荒い息を吐き出して、心臓をばくばくと揺らしていた。
いちご先輩の手が僕の大事なところにのびて――
「はい、これで詰みね」
にこやかにいちご先輩が僕に微笑みかける。
「先輩ずるいです。誘導ですか?」
「こんなのひっかかる方が甘いんだよ。相手が大駒差し出してきた時は注意しなくちゃね」
ため息まじりに答えるボクに、いちご先輩はからからと笑う。
「まぁじゃあ感想戦しようか」
先輩は言いながら初手から駒を並べ直していく。
何をしているかって、将棋ですよ。将棋。
感想戦というのは、いま指した将棋を振り返って、どこが良かった悪かったというのを話し合う事だ。指導対局では感想戦をすることで、いいところわるいところを学び取っていく。
「ここ。ここね。ここで君はこう指したでしょ。でもこれだと、このあとボクのこの手に備えられていない。指した駒の周辺だけでなくて、盤面を広くみないとね。特に君は角の利きをよく見損じているから、その点は注意しないとだよ」
いちご先輩は角の駒を手の中でもてあそびながら、それからびしっと小気味良い音を立てて盤に打ち付ける。
「これで王手飛車って訳。ボクの打ち込んだ歩を考えずにとってしまったから、こういう風にしてやられる。最後の詰みの場面もボクがただで飛車を差し出したように見えただろうけど、あえて駒をとらせて移動させることで王の守りがなくなるってわけさ」
いちご先輩の教えは非常にわかりやすい。確かに僕はぜんぜんそんなことは考えていなかった。わざと駒をとらせるのか。なるほど、覚えておこう。
「いちご先輩すごいですね。教えがわかりやすいです!」
「そう? ありがとね。ま、ボクはこうみても有段者だからね。君に教えるくらいなら、任せておいてよ。それに君には強くなってもらわなきゃいけないからね」
先輩はちらりと隣で観戦していた矢倉さんの方を見つめる。
矢倉さんは何か急に顔を赤くしてうつむいていた。
な、なんだろう。百合フラグとか?
矢倉さんと先輩が仲良くしている姿が脳裏に浮かんでくる。
『矢倉ちゃん、君には将棋では敵わないけど、こっちならボクがリードしてあげるよ』
『せ、せんぱい。……わたし、わたし、こんなの初めて……!』
うわぁ。何だ。僕は何を考えているんだ。
でもちょっといいかも、と思ってしまった。矢倉さんも美人だけれど、いちご先輩も綺麗だもんなぁ。二人がからみあうのはいけない世界に導かれそうだ。
「大会までには君をせめてもう少し引き上げないとね。私と矢倉ちゃんだけでもだいたいの相手には勝てると思うけど、中には強豪もいるからね。君にもしっかり勝ってもらわないと」
いちご先輩は腕を組みながら僕に向かって告げる。
「へ? 何の話です?」
「そりゃ全国高等学校将棋大会の地区予選に決まってる。もう少しで始まるからね。私が将棋部入ってるのだって、この大会に出るためだし。今年は菊水先輩と木村先輩は個人戦にでるから団体戦はでられないからさ。団体戦の出場者は私と矢倉ちゃん、そして君って訳。全国で勝ち上がるのはさすがに難しいと思うけどさ、地区予選なら矢倉ちゃんがいれば優勝も可能だと思うんだよね」
いちご先輩の話は唐突で頭に入ってこない。
なに、何の大会にでるって?
「どうも矢倉ちゃんはこの大会にでて君」
「わーーっわーーーっっ。先輩、だめですっ。秘密です。秘密っていったじゃないですかっ」
突然矢倉さんが大きな声を上げる。
び、びっくりした。
「おっと。そうだったね。ま、そんな訳で。これからも毎日君を鍛えてあげるよ。どうも矢倉ちゃんは将棋は強いけど、教えるのは下手みたいだしさ。ボクの方がその辺は向いてると思うんだよね」
言いながら先輩はエレキギターを背負って立ち上がる。どうやら軽音部の方にいくらしい。
「じゃ、またねー。矢倉ちゃん、あとよろしくね」
「は、はい」
嵐のようにいちご先輩は去っていった。
「じゃ、じゃあこんどは私と指しましょうか」
そういう矢倉さんの顔は真っ赤に染まっていた。
いったい何の秘密があるんだろう。
そのあとも大会の事について聞いてみたのだけど、なんだかはぐらかされて教えてもらえなかった。
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