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第六局 今日も矢倉さんの守りは固い?
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将棋部のドアが突如開いた。
「ほんとだ!? 新入部員入ってる!?」
見知らぬ先輩らしき女性がそこには立っていた。でも三年生の菊水先輩でも、木村先輩でもない。ということは、話だけ聞いていた二年生の先輩の誰かだろうか。
「わー。すごーい!」
なんだかとてもうれしそうに先輩が僕と矢倉さんの二人を見回していた。
「しかも、すごい綺麗! めっちゃ綺麗。うわーうわー」
矢倉さんのそばによっていくと、彼女の容姿を上から下までなめ回すように見つめていた。
「矢倉ちゃん、将棋強いんだって。すごい! ボクとも一局指してよ」
言いながら盤の前に腰掛ける。
今日はまだ矢倉さんと対局していなかったので、盤の前は空いたままだ。
矢倉さんは困惑した様子で、僕の方に助けをもとめる視線を投げかけてくる。
「あ、あの。どちらさまでしょうか」
何とか僕は先輩らしき女性に声をかけると、一瞬きょとんとした顔を向けたあと、慌てたような声を漏らした。
「あー、ごめんごめん。そういえば初対面だったよね。ボク、里見いちご。二年生。気軽にいちご先輩と呼んでね。これでもいちおう将棋部所属」
なぜかにこやかに微笑みながら、ぴんと立てた指先を口元にあててポーズをとっていた。先輩は矢倉さんとは違う方向で可愛い。サイドテールの髪型が、ちょっとアイドルっぽい感じがする。
「さてと。じゃあ最初だし十分切れ負け。振り駒でいいよね。ボクが振るよ。どのくらいの腕前なのか、楽しみだなー」
いいながらいちご先輩は盤上に並べられた歩を五枚とって手の中で混ぜると、盤上の上に転がしていた。
この時に歩、つまり表側の数が多ければ振った人、すなわち先輩の先手。と、つまり裏側が多ければ矢倉さんの先手となる。十分切れ負けは持ち時間十分ずつで、時間がなくなったら負けというルールだ。
矢倉さんは困惑していたようだけれど、将棋を指そうと言われてこばめはしなかったようだ。
結果、先輩の先手で対局が始まった。
そして五分後。
「負けました……!」
先輩が深々と頭を下げていた。
矢倉さんの圧勝で勝負はついていた。かといって先輩も決して弱くないはずだ。僕と比べれば雲泥の強さがある。いちご先輩も僕には見えていなかった手をばんばんと指してくるのだけど、矢倉さんはそれを軽くあしらうように勝負を決めていた。
「ちょ。この子強すぎる。なにこれ。ボク、これでもいちおう有段者なんですけど」
先輩が愕然としていた。それもそうだろう。正直僕も矢倉さんがこんなに強いとは思っていなかった。うすうす気がついていたけれど、やっぱり普段は手加減されていたらしい。
「え、なに。もしかして奨励会とか入ってたりするの!? いや、さすがにそれはないか。だったらこんなとこで将棋指してないよね」
先輩の言う奨励会というのは、プロ予備軍のすごい強い人達が集まる養成機関だ。僕も実態はよくしらないのだけど、とにかくすごいところらしい。
「えっと、そういうところには入ったことはないんですけど、もっと小さい頃に地元の将棋クラブのプロの先生には研修会に入ってみたらどうと言われた事はあります」
矢倉さんがなぜかすごく小さくなって、困ったようにほとんどつぶやき声のようなか細い声で答えていた。研修会というのがなんなのかは僕はよく知らないけど、話の雰囲気手的にはそれもたぶん何かすごいところなのだろう。
「そこでは段位どれくらいなの!? ボク、いちおう初段なんだけど」
「……よ、四段……です」
「マジで!? え、ほんとに? もっと強いんじゃないの!?」
答えづらそうに矢倉さんがぼそい声で答えて、先輩はそれにさらに驚いていた。
四段がどれくらいの強さなのか、ボクにはわからなかったけれど、とにかくいずれにしてもとても強いのだろう。
「え、女流棋士とか目指さないの!? 君くらい強いんならいけるんじゃない!?」
「えっとその…………」
矢倉さんはなぜか僕の方をいちど見て、それから先輩にだけ聞こえる声でぼそぼそと答える。
すると僕の方へと先輩がつかつかと近づいてきて、先輩は僕をにらみつけていた。
「十分切れ負け。振り駒でいいよね」
どうやら僕にも対局をしろということらしい。
仕方なく一局指す。
そしてあっという間に僕は打ち負かされていた。
「よわい。よわすぎる。たぶん良くて四級ってとこ?」
ため息と共に答えられた。
「だめ。ぜーーーったいだめ。もったいない。もったいなさすぎるよ」
どうやら何か怒られているらしい。何の話かはよくわからなかったけれど。
「でもそうしたいんです……!」
「はー……。まぁ本人がそうしたいって言うなら、止めようもないけどさ。君、美濃くんだっけ!?」
「え、あ。はい」
「もっと強くなってよね。今のままじゃボクは絶対許さないからね!!」
何がなんだかわからなかったけれど、先輩はボクをにらみつけながら言い捨てて部室を後にしていく。
「矢倉さん、先輩と何の話をしたんですか?」
「……ひみつです」
訊ねる僕の言葉に、なぜか矢倉さんの顔が真っ赤に染まっていた。
今日も矢倉さんの守りは固い、のか?
「ほんとだ!? 新入部員入ってる!?」
見知らぬ先輩らしき女性がそこには立っていた。でも三年生の菊水先輩でも、木村先輩でもない。ということは、話だけ聞いていた二年生の先輩の誰かだろうか。
「わー。すごーい!」
なんだかとてもうれしそうに先輩が僕と矢倉さんの二人を見回していた。
「しかも、すごい綺麗! めっちゃ綺麗。うわーうわー」
矢倉さんのそばによっていくと、彼女の容姿を上から下までなめ回すように見つめていた。
「矢倉ちゃん、将棋強いんだって。すごい! ボクとも一局指してよ」
言いながら盤の前に腰掛ける。
今日はまだ矢倉さんと対局していなかったので、盤の前は空いたままだ。
矢倉さんは困惑した様子で、僕の方に助けをもとめる視線を投げかけてくる。
「あ、あの。どちらさまでしょうか」
何とか僕は先輩らしき女性に声をかけると、一瞬きょとんとした顔を向けたあと、慌てたような声を漏らした。
「あー、ごめんごめん。そういえば初対面だったよね。ボク、里見いちご。二年生。気軽にいちご先輩と呼んでね。これでもいちおう将棋部所属」
なぜかにこやかに微笑みながら、ぴんと立てた指先を口元にあててポーズをとっていた。先輩は矢倉さんとは違う方向で可愛い。サイドテールの髪型が、ちょっとアイドルっぽい感じがする。
「さてと。じゃあ最初だし十分切れ負け。振り駒でいいよね。ボクが振るよ。どのくらいの腕前なのか、楽しみだなー」
いいながらいちご先輩は盤上に並べられた歩を五枚とって手の中で混ぜると、盤上の上に転がしていた。
この時に歩、つまり表側の数が多ければ振った人、すなわち先輩の先手。と、つまり裏側が多ければ矢倉さんの先手となる。十分切れ負けは持ち時間十分ずつで、時間がなくなったら負けというルールだ。
矢倉さんは困惑していたようだけれど、将棋を指そうと言われてこばめはしなかったようだ。
結果、先輩の先手で対局が始まった。
そして五分後。
「負けました……!」
先輩が深々と頭を下げていた。
矢倉さんの圧勝で勝負はついていた。かといって先輩も決して弱くないはずだ。僕と比べれば雲泥の強さがある。いちご先輩も僕には見えていなかった手をばんばんと指してくるのだけど、矢倉さんはそれを軽くあしらうように勝負を決めていた。
「ちょ。この子強すぎる。なにこれ。ボク、これでもいちおう有段者なんですけど」
先輩が愕然としていた。それもそうだろう。正直僕も矢倉さんがこんなに強いとは思っていなかった。うすうす気がついていたけれど、やっぱり普段は手加減されていたらしい。
「え、なに。もしかして奨励会とか入ってたりするの!? いや、さすがにそれはないか。だったらこんなとこで将棋指してないよね」
先輩の言う奨励会というのは、プロ予備軍のすごい強い人達が集まる養成機関だ。僕も実態はよくしらないのだけど、とにかくすごいところらしい。
「えっと、そういうところには入ったことはないんですけど、もっと小さい頃に地元の将棋クラブのプロの先生には研修会に入ってみたらどうと言われた事はあります」
矢倉さんがなぜかすごく小さくなって、困ったようにほとんどつぶやき声のようなか細い声で答えていた。研修会というのがなんなのかは僕はよく知らないけど、話の雰囲気手的にはそれもたぶん何かすごいところなのだろう。
「そこでは段位どれくらいなの!? ボク、いちおう初段なんだけど」
「……よ、四段……です」
「マジで!? え、ほんとに? もっと強いんじゃないの!?」
答えづらそうに矢倉さんがぼそい声で答えて、先輩はそれにさらに驚いていた。
四段がどれくらいの強さなのか、ボクにはわからなかったけれど、とにかくいずれにしてもとても強いのだろう。
「え、女流棋士とか目指さないの!? 君くらい強いんならいけるんじゃない!?」
「えっとその…………」
矢倉さんはなぜか僕の方をいちど見て、それから先輩にだけ聞こえる声でぼそぼそと答える。
すると僕の方へと先輩がつかつかと近づいてきて、先輩は僕をにらみつけていた。
「十分切れ負け。振り駒でいいよね」
どうやら僕にも対局をしろということらしい。
仕方なく一局指す。
そしてあっという間に僕は打ち負かされていた。
「よわい。よわすぎる。たぶん良くて四級ってとこ?」
ため息と共に答えられた。
「だめ。ぜーーーったいだめ。もったいない。もったいなさすぎるよ」
どうやら何か怒られているらしい。何の話かはよくわからなかったけれど。
「でもそうしたいんです……!」
「はー……。まぁ本人がそうしたいって言うなら、止めようもないけどさ。君、美濃くんだっけ!?」
「え、あ。はい」
「もっと強くなってよね。今のままじゃボクは絶対許さないからね!!」
何がなんだかわからなかったけれど、先輩はボクをにらみつけながら言い捨てて部室を後にしていく。
「矢倉さん、先輩と何の話をしたんですか?」
「……ひみつです」
訊ねる僕の言葉に、なぜか矢倉さんの顔が真っ赤に染まっていた。
今日も矢倉さんの守りは固い、のか?
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