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五.想いは突然に
45.大切な人
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「ひな。僕が聖を引きつける。だからその間に逃げるんだ」
こうなったらひなただけでも逃がすしかない。聖に組み付いてでも、ひなたに逃げてもらうんだ。
僕はひなたとひなたの家の方角を交互に指さす。そして自身を指さして、聖を抑える真似をしてみせた。つたない動きだっけれど、なんとかひなたも理解してくれたようだった。
「うん……」
ひなたはもはや反論するだけの気力もなかったのかもしれない。僕の言う事にうなづいて、それから僕の手を握る力が少しだけ強くなった。
聖は僕達の様子をみつめて、ただ再び抑揚のない声で僕達に話しかけてくる。
「さて、もう背中は海ですよ。もういちど飛び込みますか? この辺りの海は静かですから、よほど運が悪くない限り死にはしないでしょう。とはいえ、怪我一つしないという訳には行きませんよね。そのショックで何かを失ったとしても、自然なことですよね。お二人には前科があることですし、問題ないですよね」
笑顔だった。
だけど自分の望みを叶えられるというようないやらしい笑みを浮かべている訳ではなかった。作り笑顔をしようして無理矢理口角を上げたような、そんな崩れそうな笑顔を浮かべていた。
聖が本当は何を思っているのかわからない。だけど聖はただ自分の中のルールに従って、機械のように行動しているようにも思えた。
「だからここに追い込んだのか?」
「そうですね。そんなところです。俺、考えました。力を振るっても自然なように」
聖の顔はまるで仮面のようにはりついていて、全く様相を変えようとはしない。
ただ僕へと一歩だけ歩み寄ってくる。
ひなたを守るためには、もういましかない。聖を何とか抑えて、ひなたに逃げ去ってもらう。それしかない。そう思っていた。
だけど次の瞬間、巡らせていた思考は全てかき消されていた。
「聖、それ以上やったら殴るから。あんたがもう私の事を好きだなんて思えないくらいに」
美優がそこに立っていた。
聖のさらに向こう側に、美優の姿がある。どうしてこんなところに美優がやってきたのかわからない。この辺りは普段あまり人がくるようなところではない。
美優の顔は怒っているのか、それとも泣いているのかもわからない。ただ複雑な想いを抱えて、いま聖の目の前に立ちふさがっているのはわかる。
いつものように拳を握りしめて、聖だけをじっとにらみつけていた。僕とひなたの事は目にいれまいとしているようにも思えた。
美優の名前を呼びそうになって、だけど言えなかった。僕に彼女を呼ぶ資格があるだろうかと心の中で振り返る。
僕は美優を傷つけてしまった。美優が僕の事を好きでいてくれた事を知っていながらも、今もひなたとつないだ手を離さないままでいる。それはきっと美優を傷つけてしまうと知っていながらも、それでもやめる事はできない。
だから僕は美優の名を呼べなかった。
ひなたは美優と会った事はないはずだ。そして結局僕はまだひなたに美優との事を話せてはいない。だから目の前に現れた少女が何者なのかも理解していないだろう。
だけど聖は違う。美優に出会ってきっと慌てているだろうと思う。自分がしでかした事を知られたくないんじゃないかと思った。
それなのに聖は何も感じていないかのように、ただ美優に向き直って、ゆっくりとした言葉で告げる。
「美優さん。待っていてくださいね。もう少しで終わりますから。もう少しで全て終わりに出来ますから。また元のように戻るんです」
愛しく思っているはずの人の前で、なのに張り付いた笑顔が崩れない。
どうして聖はこんなにも平坦でいられるのだろう。どうして聖は変わってしまったのだろう。どんなに考えても答は出ない。出るはずもない。
だけど少しだけ理解できたような気もしていた。
きっと僕やひなたから失わせた代償として聖が失ったものは、聖の心、感情なんじゃないだろうか。聖は少しずつ元の心を失ってしまって、今はただ美優に幸せになってもらいたいという残った想いだけで動いているんじゃないだろうか。
聖にはもう言葉は届かないのかもしれない。僕は痛いほどに感じ取っていた。
「聖! あんた言ってもわかんないの!?」
美優の手が伸びる。いつもならここで美優の拳が聖を殴りつけるところだった。
しかし聖は美優の手を捕らえると、そのまま強く握りしめた。
「痛いっ」
美優が大きく声を上げる。それなのに聖は手を乱暴に振り払っていた。
「美優さん。まだです。まだ早いんです。もう少し待っていてください」
「聖! あんた」
美優が驚いた声をもらす。聖は今まで美優に力を振るった事はない。それどころか聖から触れた事すらない。聖がいつもと違う事に美優も気がついたのだろう。
「そう。あんたおかしくなってしまったのね。だから私にあんなライムを送ってきたんだ。急にこんなところにこいだなんておかしいと思った」
美優はため息まじりに誰に告げるでもなくつぶやく。
その言葉に僕は驚きを隠せない。
「本当はあんた私に止めて欲しいんでしょ。だから私をここに――」
美優がいいかけた言葉を聖は遮るように
聖は表情一つ変える事はなく、美優へと淡々と呟いていた。
「そうですか。待てませんか。わかりました。順番は逆になってしまうけれど、美優さん、まずあなたの記憶を消しましょう。忘れてしまった方が幸せな記憶もあります。だから、失いましょう」
聖は美優へと向き直っていた。
そしてゆっくりと美優へと向かって歩き出す。
「聖! やめろっ。美優に手を出すな!」
僕は大きな声をあげていた。だけど聖は聞きもしない。
思わず飛び出そうとすると同時に、美優の声が僕を止めていた。
「くんなっ。友希は私よりその子を選んだんでしょ。私の事は私がやる。これ以上、聖に間違いなんかさせないんだから」
美優は僕を睨み付けると、すぐに聖へと向き直る。
いつもよりもどこか厳しい顔をして、美優は聖と語りかけていた。
「きいたでしょ、聖。私はあんたを止めにきたの。あんたにおかしなことはして欲しくない。だから」
「美優さん」
聖がゆっくりと美優の名を呼ぶ。普段と同じような笑顔で、聖は美優へと微笑みかけている。いつもの聖に戻ったようにも見えた。
「わかってくれた?」
美優の問いにうなづくと、聖はどこか渇いた笑顔のままで告げていた。
「ええ。わかりました。美優さんには、やっぱり失ってもらわなければいけないんですね。美優さんは囚われている。だから全てリセットしないと」
聖はためいきまじりにつぶやくと、それから美優へと飛びかかっていた。
「聖っ、どうしてわかってくれないの」
美優の顔が少しだけ泣きそうにゆがむ。
一瞬のことだったから僕の見間違いだったのかもしれない。それでも心の中に、しっかりと刻み込まれた。
美優はつっこんでくる聖を避けると、そのまま軽く走り出す。
「あんたじゃ私は捕らえられないから。いまのうちにやめた方がいい。まだいまなら勘弁したげるから」
振り返って告げる台詞に、聖は微笑んでそれから右手をぎゅっと握り締めた。
「そうですよね。美優さんは綺麗で強くて賢くて。逆立ちしても俺、敵いません。でも、それは普段の俺ならです。今の俺は、力の副作用で筋力がいつもの数倍まであがっています。だから美優さんは俺には」
言った瞬間には、もう美優のすぐそばにいた。美優の顔が驚きで染まる。
聖は美優の手を捕まえると、美優の身体を捻り上げる。
「やっ……」
痛みからか美優が小さな声を漏らす。
もう僕はこれ以上、気持ちを抑える事は出来なかった。だけど。
「やめて! その子に暴力を振るわないで!」
僕が止めようとするよりも早く、ひなたの声が大きく響いていた。
ひなたが僕から手を離して、聖の方へと少しだけ歩み寄っている。
「ひな! だめだっ」
ひなたを止めようとして、その手を掴む。
ひなたは軽く首を振るって、それから聖を睨み付けていた。
「どうするおつもりですか? 失う気になりましたか? あなたが歌を失えば、もうこんなことにはならない。美優さんも笑っていられる。友希さんも迷いはしない。あんたはまるで魔女みたいだ。みんなから何もかも奪っていく」
聖の言い分はあまりにも勝手だと思った。
もし責められるべき人がいるなら、それは僕以外にはいない。僕が責め苦を負うべきで、ひなたには何の落ち度もない。
ひなたを好きになったのも、ひなたを選んだのも、僕が決めた事だ。聖のせいでも美優のせいでもないし、ましてやひなたのせいでもない。ただ僕がひなたを選んだだけの話だ。ひなたが聖と対峙する必要なんてない。
それなのにひなたは、聖とまっすぐ向かい合っていた。
「そうかもしれないね。私は、いろんな人を傷つけてしまっているのかもしれない。でも、私は私である事をやめないから。そう決めたんだから。だから」
ひなたは大きく息を吸い込んでいた。
そしてゆっくりと歌い始める。
僕とひなたと美優と、記憶を共有した、あのドラマの歌を。
「あの空のように儚いけれど、僕はその手を重ねていた。あの空のようにうつろうけれど、僕は君を探していた……」
ひなたの声が辺りに強く伝う。
不意に響いた歌に美優の目に涙が浮かび始めていた。
「あ……」
美優が唇から音を零した。
震えている。
ぎゅっと目を瞑った。
誰にとっても想い出の歌だった。
聖が拳を握りしめる。
「これ以上、歌うなぁ!?」
聖はひなたに向かって走り始める。
だがそれを止めたのは美優の手。
「聖っ。ばかはやめなさ……え!?」
美優の顔が一瞬にして歪んだ。
聖の手が美優を思いっきりなぎ払っていた。触れた相手が愛しいと思う人だとは思えないほどの勢いだった。
美優の身体が背中から地面へと叩き付けられる。
「やっ……!?」
「聖!? お前」
美優の叫びも僕の台詞も聖には聞こえていない。
僕の前にいるひなたの元へと走りだそうとしていた。
僕はひなたの前へと急いで回り込む。
聖が僕を殴り飛ばしていた。
なすすべもなく僕はごろごろと地面を転がっていた。
それでもひなたは歌っていた。
そうする以外には出来ないかのように、歌い続けていた。
こうなったらひなただけでも逃がすしかない。聖に組み付いてでも、ひなたに逃げてもらうんだ。
僕はひなたとひなたの家の方角を交互に指さす。そして自身を指さして、聖を抑える真似をしてみせた。つたない動きだっけれど、なんとかひなたも理解してくれたようだった。
「うん……」
ひなたはもはや反論するだけの気力もなかったのかもしれない。僕の言う事にうなづいて、それから僕の手を握る力が少しだけ強くなった。
聖は僕達の様子をみつめて、ただ再び抑揚のない声で僕達に話しかけてくる。
「さて、もう背中は海ですよ。もういちど飛び込みますか? この辺りの海は静かですから、よほど運が悪くない限り死にはしないでしょう。とはいえ、怪我一つしないという訳には行きませんよね。そのショックで何かを失ったとしても、自然なことですよね。お二人には前科があることですし、問題ないですよね」
笑顔だった。
だけど自分の望みを叶えられるというようないやらしい笑みを浮かべている訳ではなかった。作り笑顔をしようして無理矢理口角を上げたような、そんな崩れそうな笑顔を浮かべていた。
聖が本当は何を思っているのかわからない。だけど聖はただ自分の中のルールに従って、機械のように行動しているようにも思えた。
「だからここに追い込んだのか?」
「そうですね。そんなところです。俺、考えました。力を振るっても自然なように」
聖の顔はまるで仮面のようにはりついていて、全く様相を変えようとはしない。
ただ僕へと一歩だけ歩み寄ってくる。
ひなたを守るためには、もういましかない。聖を何とか抑えて、ひなたに逃げ去ってもらう。それしかない。そう思っていた。
だけど次の瞬間、巡らせていた思考は全てかき消されていた。
「聖、それ以上やったら殴るから。あんたがもう私の事を好きだなんて思えないくらいに」
美優がそこに立っていた。
聖のさらに向こう側に、美優の姿がある。どうしてこんなところに美優がやってきたのかわからない。この辺りは普段あまり人がくるようなところではない。
美優の顔は怒っているのか、それとも泣いているのかもわからない。ただ複雑な想いを抱えて、いま聖の目の前に立ちふさがっているのはわかる。
いつものように拳を握りしめて、聖だけをじっとにらみつけていた。僕とひなたの事は目にいれまいとしているようにも思えた。
美優の名前を呼びそうになって、だけど言えなかった。僕に彼女を呼ぶ資格があるだろうかと心の中で振り返る。
僕は美優を傷つけてしまった。美優が僕の事を好きでいてくれた事を知っていながらも、今もひなたとつないだ手を離さないままでいる。それはきっと美優を傷つけてしまうと知っていながらも、それでもやめる事はできない。
だから僕は美優の名を呼べなかった。
ひなたは美優と会った事はないはずだ。そして結局僕はまだひなたに美優との事を話せてはいない。だから目の前に現れた少女が何者なのかも理解していないだろう。
だけど聖は違う。美優に出会ってきっと慌てているだろうと思う。自分がしでかした事を知られたくないんじゃないかと思った。
それなのに聖は何も感じていないかのように、ただ美優に向き直って、ゆっくりとした言葉で告げる。
「美優さん。待っていてくださいね。もう少しで終わりますから。もう少しで全て終わりに出来ますから。また元のように戻るんです」
愛しく思っているはずの人の前で、なのに張り付いた笑顔が崩れない。
どうして聖はこんなにも平坦でいられるのだろう。どうして聖は変わってしまったのだろう。どんなに考えても答は出ない。出るはずもない。
だけど少しだけ理解できたような気もしていた。
きっと僕やひなたから失わせた代償として聖が失ったものは、聖の心、感情なんじゃないだろうか。聖は少しずつ元の心を失ってしまって、今はただ美優に幸せになってもらいたいという残った想いだけで動いているんじゃないだろうか。
聖にはもう言葉は届かないのかもしれない。僕は痛いほどに感じ取っていた。
「聖! あんた言ってもわかんないの!?」
美優の手が伸びる。いつもならここで美優の拳が聖を殴りつけるところだった。
しかし聖は美優の手を捕らえると、そのまま強く握りしめた。
「痛いっ」
美優が大きく声を上げる。それなのに聖は手を乱暴に振り払っていた。
「美優さん。まだです。まだ早いんです。もう少し待っていてください」
「聖! あんた」
美優が驚いた声をもらす。聖は今まで美優に力を振るった事はない。それどころか聖から触れた事すらない。聖がいつもと違う事に美優も気がついたのだろう。
「そう。あんたおかしくなってしまったのね。だから私にあんなライムを送ってきたんだ。急にこんなところにこいだなんておかしいと思った」
美優はため息まじりに誰に告げるでもなくつぶやく。
その言葉に僕は驚きを隠せない。
「本当はあんた私に止めて欲しいんでしょ。だから私をここに――」
美優がいいかけた言葉を聖は遮るように
聖は表情一つ変える事はなく、美優へと淡々と呟いていた。
「そうですか。待てませんか。わかりました。順番は逆になってしまうけれど、美優さん、まずあなたの記憶を消しましょう。忘れてしまった方が幸せな記憶もあります。だから、失いましょう」
聖は美優へと向き直っていた。
そしてゆっくりと美優へと向かって歩き出す。
「聖! やめろっ。美優に手を出すな!」
僕は大きな声をあげていた。だけど聖は聞きもしない。
思わず飛び出そうとすると同時に、美優の声が僕を止めていた。
「くんなっ。友希は私よりその子を選んだんでしょ。私の事は私がやる。これ以上、聖に間違いなんかさせないんだから」
美優は僕を睨み付けると、すぐに聖へと向き直る。
いつもよりもどこか厳しい顔をして、美優は聖と語りかけていた。
「きいたでしょ、聖。私はあんたを止めにきたの。あんたにおかしなことはして欲しくない。だから」
「美優さん」
聖がゆっくりと美優の名を呼ぶ。普段と同じような笑顔で、聖は美優へと微笑みかけている。いつもの聖に戻ったようにも見えた。
「わかってくれた?」
美優の問いにうなづくと、聖はどこか渇いた笑顔のままで告げていた。
「ええ。わかりました。美優さんには、やっぱり失ってもらわなければいけないんですね。美優さんは囚われている。だから全てリセットしないと」
聖はためいきまじりにつぶやくと、それから美優へと飛びかかっていた。
「聖っ、どうしてわかってくれないの」
美優の顔が少しだけ泣きそうにゆがむ。
一瞬のことだったから僕の見間違いだったのかもしれない。それでも心の中に、しっかりと刻み込まれた。
美優はつっこんでくる聖を避けると、そのまま軽く走り出す。
「あんたじゃ私は捕らえられないから。いまのうちにやめた方がいい。まだいまなら勘弁したげるから」
振り返って告げる台詞に、聖は微笑んでそれから右手をぎゅっと握り締めた。
「そうですよね。美優さんは綺麗で強くて賢くて。逆立ちしても俺、敵いません。でも、それは普段の俺ならです。今の俺は、力の副作用で筋力がいつもの数倍まであがっています。だから美優さんは俺には」
言った瞬間には、もう美優のすぐそばにいた。美優の顔が驚きで染まる。
聖は美優の手を捕まえると、美優の身体を捻り上げる。
「やっ……」
痛みからか美優が小さな声を漏らす。
もう僕はこれ以上、気持ちを抑える事は出来なかった。だけど。
「やめて! その子に暴力を振るわないで!」
僕が止めようとするよりも早く、ひなたの声が大きく響いていた。
ひなたが僕から手を離して、聖の方へと少しだけ歩み寄っている。
「ひな! だめだっ」
ひなたを止めようとして、その手を掴む。
ひなたは軽く首を振るって、それから聖を睨み付けていた。
「どうするおつもりですか? 失う気になりましたか? あなたが歌を失えば、もうこんなことにはならない。美優さんも笑っていられる。友希さんも迷いはしない。あんたはまるで魔女みたいだ。みんなから何もかも奪っていく」
聖の言い分はあまりにも勝手だと思った。
もし責められるべき人がいるなら、それは僕以外にはいない。僕が責め苦を負うべきで、ひなたには何の落ち度もない。
ひなたを好きになったのも、ひなたを選んだのも、僕が決めた事だ。聖のせいでも美優のせいでもないし、ましてやひなたのせいでもない。ただ僕がひなたを選んだだけの話だ。ひなたが聖と対峙する必要なんてない。
それなのにひなたは、聖とまっすぐ向かい合っていた。
「そうかもしれないね。私は、いろんな人を傷つけてしまっているのかもしれない。でも、私は私である事をやめないから。そう決めたんだから。だから」
ひなたは大きく息を吸い込んでいた。
そしてゆっくりと歌い始める。
僕とひなたと美優と、記憶を共有した、あのドラマの歌を。
「あの空のように儚いけれど、僕はその手を重ねていた。あの空のようにうつろうけれど、僕は君を探していた……」
ひなたの声が辺りに強く伝う。
不意に響いた歌に美優の目に涙が浮かび始めていた。
「あ……」
美優が唇から音を零した。
震えている。
ぎゅっと目を瞑った。
誰にとっても想い出の歌だった。
聖が拳を握りしめる。
「これ以上、歌うなぁ!?」
聖はひなたに向かって走り始める。
だがそれを止めたのは美優の手。
「聖っ。ばかはやめなさ……え!?」
美優の顔が一瞬にして歪んだ。
聖の手が美優を思いっきりなぎ払っていた。触れた相手が愛しいと思う人だとは思えないほどの勢いだった。
美優の身体が背中から地面へと叩き付けられる。
「やっ……!?」
「聖!? お前」
美優の叫びも僕の台詞も聖には聞こえていない。
僕の前にいるひなたの元へと走りだそうとしていた。
僕はひなたの前へと急いで回り込む。
聖が僕を殴り飛ばしていた。
なすすべもなく僕はごろごろと地面を転がっていた。
それでもひなたは歌っていた。
そうする以外には出来ないかのように、歌い続けていた。
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