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ゾーイ11歳

宣戦布告

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父親にかつてここまで泣かれた事があっただろうか。

「家出なんて…家出なんて…儂の何が不満だったんだいゾーイや・・・ゾーイや・・・」
号泣である。鉄壁の宰相は末娘には弱々なのである。口調も普段と全く正反対なのである。
男女の別れの様なセリフを絶叫しながら父は私にすがって来た。
「髪の毛まで切るなんて、そんなに思い詰めていたのか?兄様にも言えず、ずっとお前は苦しんでいたのだね!?そうとは知らず兄様はっ!!!」
お兄様、貴方もですか?
「ゾーイちゃん、あんなに婚約を楽しみにしてた様に見えたのに実は苦しんでいたのね、何と健気なの…」
「ごめんなさい、ゾーイ、お母様を許してっ」
お母様も、お姉さまも…

私が目覚めた事を知って、家族は喜び、そして揃って号泣するわ、叫ぶわ、阿鼻叫喚と化していた。


「まぁ、超・超・超・超・箱入り娘が家出となりゃこうなるわな」
「ダニエル?私、家出は誤魔化したはずでしたのに…何故こうなってしまったのかしら?」
私の完璧なシナリオのお蔭で、まんまと父は国王を動かし、組織は壊滅したはずなのに…何故・・・


「君のせいだ」
医者の見立てではどこにも異常はなく、いたって健康というお墨付きを頂いたのでようやっと家族と対面できた訳だが、
「わ、私のせいですの!?」
ダニエルとの会話にルイスが割り込んで来た。
「君が俺と婚約したくない、と言った所為だ」
「それと家出がばれるのはどういう…?」
「君がぐーすか寝ている間、それでも婚約だけはしておこうという話になった。が、俺が止めた『あなたの娘は実は婚約をしたくなかったらしい。本当は婚約が嫌であの日、家出をしたのだ』と」
しれっとルイスが言う。事実を言ったのか。この男は。

「私たちもフォレスト卿に聞かれたから『そうです』と答えたわよ」
ソフィアもリリーも・・・なるほど。ここに私の味方は一人もいないということか。


「ゾーイよ、我が愛しき娘よ、お前の気持ちは良く分かった」
一言も会話をしていないのに勝手に話が進んでいる気がする。ダニエルが似てるな、と呟いたのが耳に入った。
「お父様が勝手に進めたのが気に入らなかったんだな。確かにそうだ。これじゃあ、無理矢理婚約した事になってしまうからね」
「え、えぇ、そうですわね、お父様。無理矢理婚約させるのは道理に反しましてよ?」
そう、無理矢理が嫌いですもの。そして私、殺されてしまうもの。
「それに、ゾーイ、お前がやりたい事、兄様たちもちゃんと理解したから安心しておくれよ」
「そうね、ゾーイちゃんがやりたい事は姉様も大賛成よ!」
その続き、なんだか聞いてはいけない気がします。止めようとした時母がとどめを刺した。
「ゾーイはから婚約したかったのでしょう!!」
キラキラと目を輝かせ、頬を赤らめて母が叫んだ。


「こっちはこっちで勘違いが加速してるな」
ダニエルがご愁傷さまです、と手を合わせた。
待って。誰も助けてはくれないの!?


分かってる。私はこの後どうなるのか。
私の家族は良くも悪くも私が大好きなのだ。ゾーイ至上主義なのだ。こうなってしまっては誰も止められない。
「違いますわ、お父様っ!?」
それでも止めようと頑張ってしまう私。あ、頭が痛くなってきたわ。めまいも…。
「皇太子殿下の前だからって照れなくても良いのだぞ。どうせいつかは正式に婚約するのだからな!はっはっは!」
「お前と殿下が恋愛して満足した暁には、婚約発表をするという事になったからね。安心して存分に今を楽しむんだよ」
「お、お兄様、私の話を…」
「これで家出はしなくても良くなるわよ!よかったわ本当に、ねぇ、お母様」
「その頃には髪も伸びるし、丁度良かったわよねぇ」



「あんたのお家、いつもあんたが関わるととんでもなくなるのよね」
「ソフィア…私は…」
まるで聞いていない。いつもそうだ。
私が一度『好き』と言ったものは全力で与えようとするし、『嫌い』と言ったものは全力で排除しようとする。そして基本的に全肯定なのだ。お前に悪い所なんて一つもない、だってお前は完璧なのだから、というのが家族の口癖だった。


「こんな感じで、俺の話は全く聞いて頂けなかったが、婚約発表を止められるという結論は一緒だから放置する事にした」
ルイスは少し呆れたような、気の毒そうな声で私の方を向いて言った。婚約はしていないという本当の意味が分かった。

「わ、私の家族がご迷惑をかけた様で…」
「これで良かったのか?」
「え、えぇ、そうですわね」
私の家族を止められる人なんていない。だから今はとりあえずこれで良しとしよう。これから先、きっとチャンスはいくらでもある、そう思う事にした。
それに私はとっても疲れていた。それにまだ考える事が山ほどあった。ヒロインが不在な事、物語が変わってしまっている事、あぁ、それにジョシュアに会いに行く事も。


「本当にそう思っているのか?」
「えぇ、そうですわね」
もしかしたら、ヒロインは今は不在だけれど学園生活で再開するという事なのかしら?本当の物語も12歳の学園生活から私はマリアに出会っている訳だし。マリアに手紙を出してそれとなく探ってみようかしら。
「どういう状況かしっかり分かって言っているのか?」
「えぇ、そうですわね」
もし、こちらに帰って来るつもりなら、学園生活が始まる前に私は姿を消せば良い。話が多少変わっていても私さえ居なければ問題ないのだ。
「これから、君と俺は恋愛する事になるのだぞ」
「えぇ、そうですわね」
「そうか。なら、1週間後体調が戻れば王宮に来い。庭園を共に散歩しよう」
「えぇ、そう…え?」

キャー、とお姉さまとお母さまが叫ぶ。デートよ、と。
リリーがゾーイお姉ちゃんってルイスお兄ちゃんの事嫌いじゃなかったの?とソフィアにこっそり耳打ちをして、それにソフィアがそっとしておきましょうと答えたのも、
ダニエルがほんっとこういう所残念だよな、というのも私の耳には聞こえていなかった。


今、何が、一体、起こったの?

「で、で、殿下…?」
「一度口にした以上、守るのが礼儀だ」
「いや、でも、あの、今、私、考え事を…」
「まさか、こんなに大切な話をしているのに『聞いていなかった』などと?」
じろり、とルイスが睨む。これ以上は不敬に当たってしまう。
「い、いえ。でも…」
「あぁ、そうだ。そう言えば君は『お前の事が嫌いだ』とか言ってたな」
そうよ。貴方は私の事が嫌いでしょ!?憎んでいる筈でしょ!


「そんな噂は信じるな。これから俺は君の事はこの目で見た事しか信じない事にした。それに少なくとも今、」
そう言って挑戦的な顔つきでルイスは続ける。



「俺は君の事は嫌いじゃない。君はどうか知らないが、双方合意した以上これからは恋人としてよろしく頼む」
こうして私はまるで宣戦布告の様な恋人宣言をされてしまったのであった。
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