上 下
22 / 55

22 思わぬ告白(1)

しおりを挟む

 長らく放置していた愛車をメンテしながら、様々な事を思い出す。これにはかれこれ三年近く乗っているが、この助手席に一番乗っているのは断トツでユイだ。
 ほんの半年程の間で、急速に深まった俺達の関係。

 早く会いたい。逸る気持ちを抑えて朝になるのを待つ。そして頃合を見てアパートへ向かった。

 車を止めると、すぐさま玄関ドアが開いた。すっかり元気になったらしく、ユイが血色の良い顔で姿を見せた。

「新堂先生!良かった、来てくれて」
「様子を見に来た。元気そうで良かったよ」
「本当は会いに行きたかったんだけど、考えたら私、先生の家の場所知らないじゃない?連絡先だって知らないって……気づくの遅すぎ?」

 これまでは病院か学校に連絡すれば大抵は掴まったため、意識しなかったのだろう。

「呼んでくれたら聞こえたかも」
「え?まさか、またこの辺にいたとか?」
「冗談だよ。家に帰ってた。携帯の番号、教えておくよ」
 んもう!と体当たりしてくるユイ。予想以上に俺の体が頑丈で驚いたようだ。

「大丈夫か?不用意にそういう事するな。ケガするぞ」
「フンだ、お構いなく!それで?先生どこ住んでるの?お墓とかに住んでたら困るんだけど。私、怪談の類は苦手なのよねぇ」
「俺もその手は好きじゃないよ」肩をすくめて言ってみる。
「あら奇遇じゃない」

 こんな楽しい会話を続けながら、ユイを車へと誘導する。

「ならば、これから我が家に招待しようじゃないか。ユイが嫌じゃなければ?」
「お墓じゃないなら大歓迎」
「決まりだな」
 ユイに向かって微笑むと、静かに車を発車させた。

 車内にて会話は続く。

「なあ。ユイは、卒業して、何かやりたい事とかないのか?」
 彼女は未だ無職で大学にも行っていない。何も始められなかったのは俺に責任があるのかもしれないが……だからこそ気にかかる。

「あるにはあったけど……」
「けど?」
「いいの!もういいの。今は……特にないかな」
「それじゃ困るだろ。ユイの人生はこれからだぞ?」
「あ~、なら!都会に出て、街のパトロールでも始めよっかな!」

 なぜそうなる?何をどうしたらそんな発想が生まれるのか謎だ。

「そういうのはダメだ」
「どうしてよ」
「危ない事はダメだ」今度はきっぱり答えた。
「危なくないったら。まだ私の強さを認めてくれないの?」
「おまえの強さはちゃんと知っているよ」指先でユイの頬に軽く触れて伝える。
 その強さが逆に厄介だと、前にそんな事を考えた覚えがある。

「だったら何で?危険だなんて」
「そう感じるのは、ユイを大事に思い過ぎてるからかな」絶対に失いたくない存在だと。
「なら、箱に詰めて飾っとく?」
「いや。それじゃユイらしく生きられない。そんな事をする気はないよ。他にもっといい案があるんじゃないかな」
「どういうの?」
 目を輝かせたユイが、俺を見つめて返事を待っている。

「それについては時間をくれないか。考えておくよ」ユイには、いつだってユイらしくあって欲しいから。

 やがて車は町の外れに差し掛かり、森に入る。

「先生ってば、こんなに遠くに住んでたの?こっちの方って、家あったっけ?」
「ないよ。俺の家しかね」
「ふう~ん。何だか寂しい場所ね」
 ポツリと言ったユイの言葉が気になって聞いてみる。「……行くの、やめるか?」
「ヤダ!何でそうなるの?お墓はなさそうだし、来るなって言われても行くわ」
「確かに、墓はないよ。生き物だって虫一匹いないけどね」

 森の奥へ進んで行くにつれ、辺りは薄暗くなり日の光が届かなくなる。
 しばらく走ると、目の前がやや明るくなって白い建物が見えてきた。これも自分で建てた物だ。辺りの木を切り倒して。

「さあ、ようこそ我が家へ。配達業者以外ではユイが初めての客かな」
「そうなの?それは嬉しいんだけど……」
 こんなステキなお家なのに残念!と車から降たユイが呟いている。

 何か不満なのだろうか?
 少々不安に思いつつ、ユイの背に手を当てて中へ促すと、俺を振り返ったユイは一転して満面の笑みだった。さっきの悲しそうな表情は何だったのだろう。
 だがこんな疑問は、好奇心でいっぱいのユイを見ていて吹き飛んだ。 

「お邪魔しま~す。わぁ、広くて明るい!あ……あれ、高そうなピアノね」
 リビングの奥の窓際で、ひと際目立っている白いグランドピアノを指差す。
「先生、ピアノ弾けるの?」俺を見上げて、輝く笑顔で尋ねてくる。
 思わず自分も笑みが零れる。「ああ。弾いてやろうか」
「うん!聞きたい!」

 ゆったりとした足取りを意識してピアノの前に進み、椅子を引いて腰を降ろす。一度ユイの方を見て笑みを交わした後、そっと鍵盤に手を乗せる。
 何を弾くか迷ったが、ユイを初めて愛車に迎え入れた時に聞いた、モーツァルトの曲にした。

「先生ってば上手過ぎ!ピアニストでもやってけそうね……」
 ユイがこんな事を呟いているのが聞こえた。

 俺はピアノを弾きながら、自然と生い立ちを語っていた。
 生まれ育った国の事、母がこの楽器を好きだったと父から聞いて始めた事。母は俺を産んですぐに死んでしまった事など。 
 ユイはソファーの肘掛にちょこんと座って、俺をひたすら凝視して耳を傾けている。

「辛い時や悲しい時、良く弾く。音楽は唯一心を癒してくれるものだ。ユイ、おまえに出会うまではね」
「それって、今は私が先生を癒してるって事?なら嬉しいなぁ……!」
 ああ、その通りだよ。そんな意味を込めて軽く微笑んでから続ける。
「四人兄弟の末っ子でね。これといって優秀でもなく、父は俺に何の期待もしていなかったはずだ」
「何言ってるの?新堂先生はお医者さんでしょ。優秀な人じゃなきゃなれないのよ?」

 俺は答えずにピアノを弾き続ける。俺は優秀なんかじゃない。そう反論したかった。
 有り難い事にユイが話題を変えてくれた。

「新堂先生って、いつ生まれたって?」
 こういった話は何一つしていなかった事を思い出す。ずっと濁してきたが、今日はちゃんと答えよう。「十九世紀だ。詳細には一八一八年。驚いたろ」
「って事は、何歳だろ……ウソ!二百歳?!」指折り数えていたユイが声を上げる。
「トータルで二百一か。数えた事もなかった」もはや長いのか短いのか分からない。

 ここまで話してユイの様子をつぶさに観察する。恐れている様子はないか。……ない。
 むしろ興味津々といったところか。

「そんなに長い間、何して過ごしてたの?」
「最初の半世紀ぐらいは山に籠もっていた。そのうち人間と関わるようになって、と言っても今ほどじゃないがね。ずっと医者をやってたよ」
「ヒッキー経験者かぁ。私もだ。似てるね、私達。それで一人だったの?その間ずっと」
「いいや。仲間に遭遇する事もあった。しばし行動を共にしたりもした。だが、すぐに離れたよ」
「どうして?孤独がイヤだったなら……」

「俺には考えが読めてしまう。どうにも耐えられなくてね、その、ヴァンパイアの思考に?」人間といる方が、よっぽど精神的苦痛が少なくて済む。

 考え込んでいる様子のユイに尋ねる。「感想を聞かせて欲しいな」

「ヤ・ハチュー・ダイェーハチ・フ・ピェテルブールグ」
 突然飛び出したロシア語に呆気に取られる。ロシアに行ってみたいとユイは言ったのだが、これまでの感想がそれか?
 俺もロシア語でいくつか言葉を返した。

「先生は、ロシア語の方が慣れてるみたいね」
「そうでもない。感情を言い表すならば、日本語が適していると自分では思ってる」
「そうなの?」
「済まない、中断してしまったな」ピアノを見て言う。弾きながら話していたつもりだったのだが。自分はいつから弾くのをやめていたのだろう。
 あまりのおかしさに笑いが募る。

「何が面白いの?」
「やっぱりユイには敵わないなって、思ってね」まだ笑いが止まらない。
「何それ!」

 朝霧ユイには敵わない。きっと、他のどんなものであろうとも。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...