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16 決意

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 ユイのアパートに着き、空きスペースに車を停車させる。

「大丈夫か?着いたよ」
 倒した助手席シートに横たわるユイを振り返って、声をかける。
「うん。大丈夫。ありがと」
「今日の事は、俺からミサコさんにきちんと報告するから」

 ユイが起き上がって俺の方を見た。「今日の事って?」
「決まってるだろ、そのケガの事だ。俺がやったと隠さずに話す」
「何で?そんなの言う必要ないでしょ。あれは事故みたいなものよ。先生は悪くない」

 心配性のミサコは、俺が娘に怪我を負わせたと知ったらどう思うだろう。間違いなく出入り禁止になる。だがそうなると怪我の治療ができなくなる……それは困る。

「先生は心配しないで。お母さんにもさせたくないの。大した事ないんだから!ね?」
 大した事ないはずがない。出血も結構あったし、数針縫ったのだ。
「今は薬が効いてるからそう言えるんだ。恐らく夜中に痛み出すだろう」
 ユイが動きを止めて顔をしかめる。「え……」
「心配するな。今晩はこの付近にいる。一キロ圏内ならばユイの声が聞こえる。口に出して俺を呼べばいい」
「先生って、ホントに耳いいんだね……。でもそうすると、お母さんに気づかれちゃう」

 どうあってもミサコには隠し通す気か。まあ、ここはユイの意見を尊重しよう。

「大丈夫だ。呼ぶったって叫ぶ必要はないぞ?普通にでいいんだ」
「先生、この辺で一晩中待ってる気?」
「問題ない。ヴァンパイアは眠る必要がないんだ」
「それって変じゃない?昼間は棺桶で寝てるはずでしょ」
 言われると思ったよ。「俺がいつそうしてた?そんな話はいい。窓の鍵、開けておいてくれ」
「窓から入る気?ウチ、二階よ?」
「問題ない。見つからないようにお邪魔するから」軽くウインクして答える。

 ユイは無言で瞬きもせずに俺の瞳を見つめていた。

「以上、理解してくれたか?」
「はい、一応……」
 いまいち信じていない様子だったが、首を傾げつつも車を降りて玄関に向かう。

「俺はミサコさんに挨拶して、一旦帰るから。さっき言った事、よろしくね」
 再度確認のために耳元で囁く。
「分かった。先生?お母さんに余計な事、言わないでよね?絶対よ?」
「了解」

 ユイがドアを開けると、ミサコが顔を出した。

「ただいま~!」
「お帰りなさい、新堂先生、今日はありがとうございました。上がって休んで行ってくださいな」
「いいえ、私はすぐに失礼します。……それより」ユイの体の事を伝えようとした。
 透かさずユイが俺の前に体を割り込ませて話し出す。
「あ!お母さん、私今日、ケガしちゃって。お風呂はいいや」
「まあ……また?先生にご迷惑かけてないでしょうね?済みません、先生」

 この時のミサコの頭の中には、キハラが浮かんでいた。どうやらミサコはキハラを良く思っていないらしい。
 首を横に振って否定の意を表してから、謝罪の意味を込めて頭を下げた。余計な事を言うなと言われただけで、行動を制限されてはいない。

「どうかしました?先生」不審がるミサコ。

 俺の行動に一瞬慌てた様子のユイだが、こんな弁解を始めた。
「新堂先生ね、スキー初めてだったのよ!腰が痛いってずっと言ってて!先生ももうすぐ三十だし、無理できないねぇ!」
 ユイの言葉に呆気に取られてしまった。
「それじゃ、お休みなさい、先生。今日は楽しかった、ありがと!また明日、学校で」
 そう言い残して、とっとと自室へ入ってしまった。

「まあ……ちょっとユイ!ちゃんと着替えてから寝るのよ!もう。困った子ね」
 ため息交じりに呟くミサコ。
 予想外な事に、心配性なはずのミサコからは、娘の怪我についての不安は何ら見えてこない。……不思議だ。
「ああ、それじゃ先生、お気をつけてね」
 まだいたのかとでも言うように、あっさりと突き放された。

 失礼しますと断りドアを閉める。

 二人を見ていると、自分が神経質すぎるのかもと思ってしまう。そのくらい、この親子は妙にサバサバしているところがある。
 だが惑わされてはいけない。俺が今日してしまった事は、決してあってはならない事なのから。


 深夜。食事のために一度離れて再び一キロ圏内に戻って来ると、ちょうどユイの声が聞こえた。〝……新堂先生、来て!〟
 すぐにアパートに向かい、軽々とジャンプして二階の窓枠に手を掛ける。
 窓の鍵は開いていた。

 静かに窓を開けて室内に入り(もちろん靴を脱いで)、月明かりの中をユイのベッドサイドへと進む。

「ユイ、痛むのか?」
「先生、本当に来てくれた!」そう言って俺に抱きついてくる。思ったより口調はしっかりしている。
「……おい、ユイ?」
「先生の肌、冷たくない。何で?」体を離して、今度は俺の手を握る。
 その手をそっと引き剥がしてから説明する。
「ああ、食事をして来たからな。食後一、二時間は体温が戻るんだ」

 すると見る間に笑顔になったユイは、またも抱きついてくる。

「ユイ、離れるんだ。痛み止めの注射を打つから」
「……いらない。痛くないの。先生が本当に来てくれるのか知りたかっただけ」
「何だって?」強がりで言っているのか真実なのか判断がつかない。
「来てくれて嬉しい……」

 怪我をさせた俺を、おまえはまだ受け入れるというのか。
 彼女のこの反応は、無意識に俺が掛けている魔力のせいなのだろうか?

「ダメだよ、ユイ。離れるんだ」
「ウソついた事、怒った?」下から見上げられてドキリとする。またも小悪魔の顔になっていたからだ。むしろ俺が魔力を掛けられそうな。
 青白い月明かりに揺れる潤んだ大きな瞳に、しばし見惚れた。

「怒ったよね、ごめんなさい……」
 ようやく体を離し、何も言わない俺に謝罪を始める。
「いや。痛みがないのなら良かったよ。ユイが苦しむ姿を見るのは辛いんだ」
「ホントに怒ってない?」
「ああ」

 本当はずっと側にいてやりたい。苦痛を与えてしまった償いになるのなら、俺は何でもする。だが呼ばれない限りは、ここへ来るつもりはなかった。
 自分の身勝手な欲求を押し付けるつもりは毛頭ない。

「念のため、傷を見せて」
 ユイは緊張の面持ちで頷くと、夜着の前を開いて肩を出す。
「暗いけど平気?電気、点けようか?」
「問題ない、暗闇でも見える。それに今日は、月明かりで十分明るい」照明を点けたらミサコに見つかってしまうじゃないか。

 晒されたユイの肌が、月の光で青白く輝いている。そこにできた痛々しい傷口に、自分の犯した過ちの深刻さを改めて思い知らされる。
 だが、目を反らしたりはしない。

「……大丈夫そうだな。注射が嫌なら、飲み薬を置いて行くから。痛みが酷くなる前に飲みなさい」
「助かった~!ありがと、先生」
 注射がそんなに嫌だったのか、途端にユイの表情は明るくなった。

「それじゃ、行くよ」
「え~?もう行っちゃうの?朝までいて欲しいな……」
「俺がいると室温が下がる。ユイが熟睡できないと困るからね。また明日な。……あ、もし痛みが酷かったら往診に来るから、学校は休む事。いいね?」
 ユイの要望を無視して立て続けに言い放つ。「俺が出たら鍵、閉めてくれ」
「はぁ~い……」

 残念そうなユイの声を背に、一瞬のうちに部屋を出た。

 この時、俺は決意した。この意思はもう揺らがない。

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