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8 挑発(2)

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 食事を終えて車に戻り、ユイのアパートへと向かう。

「新堂先生って、何を考えてるのか、全っ然分かんないよ……!」
 車内でユイが口を開いた。

「私のこと避けたり、助けたり……。嫌いじゃないけど、好きでもないんでしょ?」
 俺を食い入るように見つめて答えを待っている。
「それはこちらのセリフだ。今日はずっとだんまりだが、何を考えている?俺を恐れてる訳でもなさそうだ。君の望みは何なんだ」こんな誘いにあっさり乗ったりして。
 魔力云々は別として、本気で拒めば考えてやらない事もなかったのに?

「それなら私も考えてたわ。先生が、何を求めているのか」
「そうか。で、何を求めてるって?」

 思わず楽しくなって真顔で聞き返してしまった。ヴァンパイアの顔、という意味だが。
 ユイが不安そうな目で俺を凝視している。さすがに今のはやり過ぎたか。
「済まない、怖がらせるつもりはなかった」目を反らして謝罪する。

「……俺達は本来、親しくなるべきではない」
「どうして?私は別に先生がヴァンパイアでも構わない。だって私、先生が……」
 ユイが言おうとした先を口にする。「怖くないから、か?君は何も分かっていない」
「そうじゃない!何よ、私が何を分かってないっていうの!」
「君のナイトに警告されただろう」

「……そうよ」弱々しくそう答えてユイは俯いた。

「……どうしてその事を、先生が知ってるのかなんて……野暮な質問はしない。けどこれだけは言わせて。破らせてるのはそっちでしょ!」
「ああ、そうだな」誘っているのは俺だ。
「どうして私に関わろうとするの?私が近づけば素っ気なく拒絶するクセに……!」

「それが俺にも分からないんだよ」
 これは本音だ。彼女ははぐらかされたと思っただろうが。
「どうしても、おまえから目が離せない。気づくとユイの姿を探している。抗いがたいその魅力に惹き寄せられてしまうんだ。人間だった頃にも経験がない。これは一体、何なんだろうな……」こんな小娘相手に!全く自分が信じがたい。

 ユイの表情をつぶさに観察して答えを探ってみるが、不安そうに瞳を揺らす彼女からは、何の答えも得られなかった。
 それでも俺は、ユイの魅力に惹き寄せられるままに、彼女を見続けた。


 どれくらいそうしていただろう。気づくとユイが小刻みに震えている。
 体調が良くないのかと、すぐに耳を澄まして心拍数や血流をチェックするも、異常は見当たらない。

「ユイ、寒いのか?設定温度は変えていないんだが……」
 車内のエアコンの調子を確認する。
「少しだけ。でも大丈夫、気分的なものかと……」
「顔色があまり良くない。ムダ話はもうよそう、俺も少ししゃべりすぎた」 
 いくら正体を知られた相手だからって、ここまで心境を暴露する事もなかった。
「ユイと話していると、余計な事まで口にしてしまいそうだ」
「そんな!私はもっと、話して欲しい。……先生の気持ちを」

「さあ、もう黙って。もうすぐ着くから」
「待って!これだけ教えて、その、キハラの事……」ユイは震える声で訴えてきた。
 例の男の事?
「先生、キハラを、こ、殺したの……?」
 思ってもいない言葉を耳にして驚く。「何だって?一体何を言っている。ユイ?おい、大丈夫か?」

 声をかけても答えは返ってこず、ただ小刻みな呼吸を続けるユイ。

「落ち着け。きちんと呼吸しろ。おい、聞こえてるか?返事をしろ」
「どうして……?先生の目的は私の血でしょ……なんでキハラを!私のを、飲んでよ」
 必死な様子で俺に訴え続ける。
「俺がいつそんな事を言った?体が冷え過ぎだ。おかしいな、ちゃんと暖房は入っているはずなんだが……」
 彼女の様子を見ながらも、しきりに車のエアコンを操作する。

 暑いくらいの車内で、ユイはなぜか凍えそうになっている。
「ヴァンパイアの側にい過ぎたせい、か……。これは申し訳ない事をしたな」

 俺の謝罪の言葉は、もうユイの耳には入っていないようだった。


 アパートに着いて、ユイを抱き上げて部屋まで運ぶ。俺達を見てミサコは酷く驚いた。
 事情を手短に説明してから、ベッドに寝かせる。

「済みません、新堂先生。ご迷惑をおかけしました」ミサコが深々と頭を下げる。
「お気になさらず。こちらこそ無理をさせて済みませんでした。疲れが出たんでしょう。少々体温が下がっていますので、十分に体を温めてあげてください」

 何かあれば遠慮なく連絡を、と言いながら玄関を出る。と見せかけて、人間の目には見えないスピードでミサコの横をすり抜け、ユイの部屋へ侵入した。
 不法侵入など朝飯前だ。だが、緊急時以外には決してしないので念のため。


「新堂先生、なの……?」ベッドで、まるで寝言のような声を発するユイ。
「起きてたのか?済まない、驚かせたな」
 部屋の照明は点いていない。俺が近づいて行くと大声を上げた。
「何でいるの?!」
 ようやく現実だと理解したらしい。

 そっと彼女の唇に人差し指を当てて制する。
「しっ……。ミサコさんには内緒でここにいるんだ。すぐに帰る。でもこれだけは伝えなくては、こちらとしても気が気じゃないんでね」
 笑顔で見下ろし、なるべく肌に触れないよう気を遣って、髪を撫でてやる。
 ヴァンパイアの冷たい手で、さらに彼女の体を冷やしたら悪いからな。

「君のナイトに、俺は指一本触れていない。今彼は、婚約者のところにいるようだよ」
 ユイのためにあの男の動向を探ったのだ。俺は別に興味がないが、ユイのために。
「婚約者の?キハラは生きてるの!」
「もちろん。俺が殺したとでも思ったのか」
「だって……!」

 声を上げようとしたところで、再び人差し指で口を塞ぐ。

「誤解させたなら悪かった。俺はもう長らく人間を殺めていない。まあ、彼が人でなく鬼か何かなら、話は別だが?」
 微笑みながら話す俺を、ユイは食い入るように見つめてくる。
 ヴァンパイアの肌は僅かに発光している。この暗闇でならそれが分かるだろう。そしてこの瞳の怪しげな煌きが。

 やがて、ハッとしたように言い返す。
「キハラは人間よ!だけど、とっても、強いんだから……」その勢いは次第に衰える。
「ああ、そうか。さあ、もう眠るんだ。また来週な」

 催眠状態に陥ったユイは、そのまま眠りについたのだった。

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