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6 探りあい(2)

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 その日の放課後。医務室に顔を出した朝霧ユイと共に、駐車場へ向かう。

「さあ乗って」
 愛車、黒のメルセデス・ベンツの助手席ドアを開けて促す。

「先生の車、これですか!?……また、なんで黒ベンツなのよ」
「そんなに驚く事か?親父さんがヤクザなら見慣れてるだろ」
 だから嫌なの!と彼女はぶつくさ言っている。全部聞こえているんだが?
「嫌なら、乗るのやめるか?」少々気分を害して言い放つ。
「え!何で?いいえ!乗ります、乗せて戴きます!」ボヤキを聞かれていたと知り焦っている様子。

 やれやれ。必要のないため息が無意識に口から出てしまった。
 しかし。自らこの娘と密室で二人きりになるなど、狂気の沙汰だな、新堂和矢!

 それはおまえにも言える事だ、朝霧ユイ。ヴァンパイアへの恐怖心は本当にないのか?

 彼女が乗り込んだのを確認後、自分も運転席に収まる。
「それじゃ出すよ」
「はい!」

 極力ゆっくりと発進させる。気を抜くとアクセルを踏み過ぎるので、人の目が多い日中は特に要注意だ。
 静まり返った車内に、朝霧ユイの心音だけが嫌という程鳴り響く。耐え兼ねてカーオーディオを鳴らし気を紛らす。

 音楽に朝霧ユイが反応した。「あ、これ、モーツァルトですね」
「正解だ。好きか?」
「別に!だってこの曲、有名じゃないですか」アイネ・クライネ・ナハトムジークだった?とやや自信なさ気に呟く。
「合ってるよ」
「また聞こえたの?さっきから先生に、全部聞かれてるんですけど!地獄耳……」
「耳はいいんだ。君の心臓の音まではっきり聞こえてるよ」
「ヤダ!ウソでしょ?!」

 俺は彼女をまじまじと見つめた。やや童顔だが、とても整った美しい顔だ。

「先生!前!危ないから、ちゃんと前見て運転してください!」
「問題ないよ」乾いた笑いを一つ零して、引き続き彼女を見続けた。
 安全確認などはね、前方を見ていなくても音や感覚で全て分かるんだよ。

「それで。俺と話をしたかったんだろ?朝霧ユイ」
「ちょっと……急に口調、変えないでください。ビックリするじゃないですか」
「ここは学校じゃない。別にいいだろ。……もうお互い、隠し事なしなんだから?」
 視線を彼女の顔から全身に向けて言った。

 しばし考えた末に、ユイは大きく息を吐いてから言った。
「なら、私も敬語やめる!ハダカを見た事は……先生だから、許してあげる」
「先生だから、ね……」こんな言葉は、どこか悲しい気持ちを呼び起こした。
 不思議だ。なぜこんな気持ちになったのか?

 こんなやり取りの後、彼女を見るのをやめて前を向いた。

「新堂先生?」
「何だ」前を見たまま答える。
 今度は彼女の方が俺を見つめているようだ。
「どうして私にこのお守りをくれたの?私、先生に嫌われてるんだと思ってた」

 胸元からチラリと覗く石を手に取り、ユイが下を向いたのが分かった。

「前にも言ったが、別に嫌ってる訳じゃない。それをやったのは、困っている生徒を助けるためだよ」
「困ってる生徒、か。私がケガしたら、先生の仕事が増えるものね」
「仕事が増えるのは別に構わない。ただ君の血が奪われるのは気に入らないんでね」
「血……。鬼の一種って言ってたけど、新堂先生は、吸血鬼なの?」
「そうだよ」ここで誤魔化しても意味はない。

「私の血、欲しい?」
 何をそんな当たり前の事を聞くんだ?くれと言ったらくれるのか!

 ここで思い切り脅かしてやっても良かったが、今はやめておこう。
「ヴァンパイアは皆欲しがるものだろ。あいつらが君を狙ったのは、その格別甘い香りのする血のせいだと思う」
「私、鬼に血を吸われてたのかな……」
「さあ、どうかな。その痕跡はなかったが」あの貧血の症状からして疑わしいものだ。
「だがもう心配ない。長い間、おまえも大変だったな」
「先生は私の命の恩人よ。あのね先生、私、先生の事が、その……」

 ユイがスカートの裾を強く握り締めた時、前方に白のメルセデスを発見した。

 そっとブレーキを踏み、静かに車を停める。
「さあ着いたよ。家はこの辺だったね。君に、客人が来ているようだ」
「……え?お客さん?」目を瞬かせてユイが前方に目を向けた。
「ウソ、キハラ!?」顔が紅潮している。

 腕を伸ばして助手席のドアを開けてやる。
「それじゃ、また明日学校でね。朝霧さん」
「先生、明日も学校に来る日?」気もそぞろといった様子で聞いてくる。
「ああ」

 心は穏やかでないが、穏やかな笑みでユイを見送った。
 心が波立つ理由はもちろん、県外ナンバーのあの白ベンツだ。その方角からは強烈な不審感が発せられている。それは俺へ向けられたものに他ならない。
 これは、ひと波乱ありそうだ。

 ユイと別れて車を走らせつつも、二人のやり取りに耳を傾ける。あまり距離は取りたくない。余さず聞き取りたいのでね。


〝キハラ!来てくれたのね!〟
〝ユイお嬢さん。今一緒にいらっしゃったのはどなたです?〟
〝あれは学校医の新堂先生よ。私の家遠いから、送ってくれたの〟
〝そうですか……〟

 この会話の後、激しい思考の波が押し寄せた。それは不審感から警戒に変わっている。
 また一段と強烈なヤツが現れたものだ!

 その後しばらくは、近況報告などが交わされている様子。

〝……あ、うん。キハラは相変わらずみたいね〟
〝恐れ入ります。これでも、あなたが出て行かれてからは落ち込んでいたんですよ?〟
〝イジメる相手がいなくなって、でしょ!〟
〝いじめだなんて滅相もない!あれは全て、父上様からの愛の鞭です〟

 やがて男がとても悔しそうに呟く。
〝……もう少し早く、来るべきだったかもしれません。自分はあなたを、こちらに行かせる事には反対だったんです〟
〝私だって!本当は、キハラと離れて暮らすのはイヤ〟
 この男は何者で、彼女とどういう関係なのか。あの時ユイはとても嬉しそうに男の名を呼んでいたように思う。

 なぜか胸にモヤモヤとしたものを感じる。

〝ところで、今年の節分の日は何事もなかったですか?〟
〝あのね、新堂先生……学校に、霊感の強い先生がいて!お守りくれたの。ほらこれよ。だからもう大丈夫〟

 鬼の存在に気づいているようだ。するとこの男が、これまで彼女を守って来たのか。

〝ユイお嬢さん。あなたはとてもお強くなられました。自分は本当に嬉しい限りです〟
〝あなたの訓練の賜物よ〟
〝ですが、この世の中には我々の力の及ばない未知の闇があるのです〟
〝だから、その事ならもう平気だってば〟
〝そうではありません。あの黒ベンツの男には……近づかないで下さい。これはお願いではありません。命令です〟
 最後に男はこうユイに言い放った。

 どこの誰か知らないが、精々その娘を縛り付けておいてくれ。こちらとしても、これ以上危険を冒してまで、人間に深入りしようとは思わないんでね。

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