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第五章 隠された秘密を探れ!
善人のウラの顔(2)
しおりを挟む季節は一気に進み、木々がすっかり秋色に染まった頃。一本の依頼が入った。
虐待の疑いがあるそうで、児童福祉施設から調査の依頼だ。
出向いてみて驚いた。待ち合わせ場所に現れたのは、先日の男だったのだから!
喫茶店にて、出されたばかりのホットコーヒーを手に改めて挨拶を交わす。
「あの時は名前も聞かなかったからなぁ。あなただったなんて驚いたわ」
「名乗りもせずに申し訳なかった……って、そういう状況じゃなかったか」
それは警察に通報されてもおかしくない状況で、返す言葉もなく笑って誤魔化す不真面目な私。
そして今回はこの人も一緒だ。
「新堂先生まで来ていただいて、心強い限りです」
「たまたま時間が空いていたので」相変わらず素っ気ない。
「そうそう、先生はただついて来ただけよね?」この人に依頼するとゼロが二つくらい多くなるから!
若干不服そうな視線を向けられるも、余裕の笑みで受け流す。
「ところで虐待ってどういう事?」
「この間、子供達の定期健診をしたんだが、数人の子達にそれらしい痕があった」
聞いても何も答えないそうだ。
「なら、早速調べてみようじゃないか。その子供を連れて来い」
「って新堂さん、やり方が乱暴!」
「何を言う。乱暴などとおまえにだけは言われたくない」そうでしょう?と男に向かって同意を求めている。
当然同意されてしまうだろうと思っていたが、男は話題を逸らした。
「この件は極秘扱いです。くれぐれもスタッフ達に知られないよう動きたい。疑いのある子だけを連れ出したら不審がられる」
そして部外者の私達が施設内に乗り込んだら、犯人が警戒してしまう。
「今度、施設で遠足のイベントを予定しています。その時にそれとなく会っていただけるといいのですが……」
「でも、虐待って、体の普段目につかない場所にケガをさせるって言うわよね」
屋外で子供の姿を見ても無意味だ。初対面の人間に打ち明ける事も考えにくい。
「その虐待は常態化しているのか?」新堂さんが問いかける。
「健診を請け負った医者が言うには恐らく……」
新堂さんは何か考えているようだったが、それ以上何も言わなかった。
そうして遠足の日がやって来る。今日は施設のスタッフも総出のイベントとの事で、密かに日常風景が見られそうだ。
私と新堂さんはたまたまピクニックに来て居合わせたカップルという想定。依頼人である施設長との接触はNGだ。どこまでも他人を装う。
子供達で賑わっている場所から、やや離れた位置にビニールシートを敷いて腰を下ろしている私達。
「な~んか、新堂さんとこういうのって初めてじゃない?」
「そうだな。天気が良くて何よりだ」
見上げてみれば、澄んだ秋の空が広がっている。
新堂さんはコメントとは裏腹に、退屈そうに空を見上げる。
「そう言えば少し前に、何かに巻き込まれてるって言ってたが。まさかここに拳銃持った連中が乗り込んで来たりはしないだろうな?」チラリと私を見て言ってくる。
「ああ……ないない!あの件はもう片が付いたわ」
あの後、向こうのボスから連絡があってきちんと話を付けてきた。警察沙汰は避けたいはずだから、これ以上事を荒立てたりはしないだろう。
それにしても、よくこの人がついて来たものだ。どう見ても乗り気そうには見えないのに?本人にも伝えてあるが、この件が解決しても彼には一円も入らない。
それでもこうして付き合ってくれるのは、施設での虐待が気になっているからだ。
他人事とは思えない、とか普通は言うのだろうが。この人は果たして?
元気に駆け回っている子供達を眺める。
「だけど最近の子って、凄くマセてるよね!まなみといい、ユキといい……」
「まなみって、貴島のとこの娘か。あれは特別だろ!」
あの強烈な物言いを思い浮かべたのだろう、彼がそう言って笑った。
「毎日あんな子達相手にしてたら、手を上げちゃう気持ちも分かるかも?」
「気の短いユイには不向きの仕事だな」
図星を突かれて居心地が悪くなり、フンだ!と顔を背ける。
「こういう依頼は初めてか?」
「小学校のイジメは解決した事あるけど。虐待はないかな。ねえ?もしかして新堂さんは初めてじゃないの?」
こう問いかけた時、新堂さんの目が子供達の方に向いた。
男性スタッフ二名が子供達と遊んでいるのだが、その輪の中に入らずに立ち竦む子供が三人いる。
「あの子達を気にしてるの?休憩してるんじゃない?」
「……ああ、そうかもな」どこか上の空といった感じの答えが返ってくる。
やがてその三人は、別の女性スタッフとボール遊びを始めた。
「ほらね?」
不意にそのボールがこちらに転がって来た。
私が拾おうとすると、彼に制止される。「え、新堂さん?」
そうこうするうちに、子供がボールを取りに来た。
それを拾った新堂さんが、やって来た子供の前に立って静かに見下ろす。それはどこか威圧的な様子で!たちまち子供は震え出す。今にも泣きそうだ。
「ちょっと!怯えてるじゃない。ゴメンね、怖くないよ」慌てて子供に伝える。
彼からボールを奪って、しゃがんで目線を合わせながら差し出す。
女性スタッフが小走りでやって来て、私達に謝罪しながら子供と去って行った。
「もう……ダメじゃない、あんな態度で接したら怖がるの当然よ!」
「虐待されているのはあの三人だ。そしてやってるのは男だ」唐突に彼が言い出す。
「え?私もパッと見はそうかもと思ったけど……決めつけるのは良くないわ」
「いや。間違いない。虐待は心も蝕む。受けた子供は疑心暗鬼になる。周囲の同じような大人が手を上げてくるのではとね」
彼が言うには、私が語りかけた時に一瞬子供達のガードが緩んだとの事。さすがの観察眼だ。
「なら犯人はあの、茶髪のやんちゃそうな若者か、年配の厳格そうなあの人って事?」
男性スタッフは、施設長を除けばその二名だ。
若者の方はピアスまでしている。ケンカっ早そうではある。
対してもう一人は、見たところただのスタッフではなさそう。役職に就いていそうな雰囲気だ。
「私ができるのはここまで。あとはユイの仕事だ、犯人を特定してくれ。頼んだぞ?」
そう言っておもむろに立ち上がる新堂さん。
「えっ、ちょっと?もう帰っちゃうの?せっかくだからもう少し楽しもうよぉ!」
あっさり背を向けた彼は、背を向けたまま手を振りながら行ってしまった。
「ウソでしょ!こういう時、普通カノジョを置いてく?」
こんな嘆きの声を、子供に聞かれてしまう。
「あ~っ!あのお姉ちゃん、フラれたみたいだよ」私を指で示しながら子供が言う。
「はぁ?違うし!ちょっと?勝手に決めつけちゃダメでしょ、ボクっ」
自然に子供達の輪に入って行く。やっぱりマセてる!
しばし子供達と問答の末、半ば強引に私がフッた事で収めた。負けず嫌いなので!
「全く最近のガキは!……って、ゴメンなさい」横に施設のスタッフがいる事に気づき、慌てて謝罪する。
「いいんですよ。実際、際どい事言ってきますからね~、アイツ等!」
こう返したのは、茶髪ピアスだ。ついでに色々聞き出すとしよう。
「イラっと来る事も多いでしょ?」
「まあ。でも自分もきっとそうだったんだろうな~って。思うんです。あ、自分も施設出身なんで」
この言葉で、この男にかかる疑いは消えた。同じ立場にいた人間はやらない。
「で、ホントのところ、お姉さんフラれたんっすか?」悪戯っぽい目が向けられた。
「だっ!だから違うってば!あの人忙しい人だから。こういう時間、あんまり取れないの。……今日は、かなり貴重な日だったんだ」これは本音だ。
「そうなんっすね」茶髪が笑った。あどけない笑顔だ。
「ねえ?こういう仕事してる人って女性の方が多いでしょ」
「はい。でも今は昔に比べたら自由ですよ」
それとなくもう一人の容疑者に視線を向ける。「あそこの年配の人は……?」
「あれは副施設長です。どう見ても逆ですよね、ウチの施設長、若いから!」
「仲、悪かったりするの?」
「まさか!付き合い長いみたいだし、言い合ってるとこなんて見た事ないよって……お姉さん何でそんな事聞くの?」
さすがに突っ込み過ぎか。「何かほら、下克上ものの連ドラみたいな展開になってたら面白いなって?」肩を竦めて誤魔化す。
「ないない!残念っすけどね。そういうの求めてるなら他当たってくださいよ。じゃ、失礼します」
「引き留めてごめんなさい!お仕事頑張って」
茶髪は子供達の元に走って行った。
「副施設長か。厄介だなぁ」
それもあの厳格そうな様子から、早々尻尾は出さないだろう。
「虐待現場を押さえるしかないよね」
少し先の木陰で、子供と戯れながら朗らかに笑う男を眺めながら考える。
どう見てもあの人が虐待をしているなんて思えない。
「ウラの顔なんて、好んで見たくはないわね!」
私はすぐに施設の何ヵ所かを選定して、密かに監視カメラを設置させて機を待つ事にした。
そして、それはすぐに訪れた。
「どうして……副施設長が!信じていたのに」真実を知り、施設長は大いに嘆いた。
「あの人に全てを任せるつもりだったんでしょ?」
「ああ……信頼していたからね」
この人の意向で今回の事件は公にはせず、虐待犯は静かに連行されて行った。
「裏切られるって、辛いわよね」かける言葉が見つからない。
「まさかウチに虐待してる人間がいるだなんて……思いもしなかった。君のお陰だ、あの時出会わなければ、俺は死んで、あの男の思うつぼだった!」
「踏み留まったのはあなたの意志よ。私は何もしてない。ん?ああ、脅したか!」
こんなシーンにも関わらず、笑い声を立ててしまう不謹慎な私。
生真面目な顔で「感謝してる」と返されても、「なら、脅した件はチャラで!」と負けずにおどける。
この言葉に、ようやく私の悩める依頼人が笑ってくれた。
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