大嫌いは恋の始まり

氷室ユリ

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第一章 大嫌いな人を守る理由

 目覚めたパイソン(2)

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 現場に到着した私は、コインロッカーから持ち出したある物を手に降り立った。

「そうはさせない!」
 すぐさま敵の構える拳銃を弾き飛ばす。何とか間一髪で間に合ったようだ。
「っ、……朝霧!」傷だらけの中里さんが私を見て叫ぶ。

 今この瞬間、大切な者の命を救うべく、ついにコンバット・パイソンが目覚めた。
 私の左手には、青みがかった黒光りする三インチの回転式拳銃が握られている。

「ユイ、なのか?なぜここに……」義男が驚いた様子で私を凝視している。
 その右手からは血が滴っている。弾は義男の右手の甲を掠めたようだ。
「お久しぶり、朝霧義男さん。相変わらず汚い仕事してるのね!」

「お前が銃など持つとは驚いたよ。あんなに拒絶していたのに!……それはコルト、コンバットパイソンか?」義男は何やら思案げに、私の手にする銃を見ている。
「そんなに驚くなんて予想外だわ。私に強くなれと、散々言っていたのは誰?これがお望み通りの姿なんじゃないの!」

「キハラの仕業か……まさかそう来るとはな!」
「彼を責めるのは間違ってる!あの人は仕事を全うしただけ。あなたの命令をね」
 義男が撃たれた右手を痛そうに庇う。
「ごめんなさいね、中途半端に当たったみたいで!」きちんと息の根を止めるべきだった、と続けるつもりだった。

 ところが、義男の口から予想外の言葉が放たれる。
「この場にお前がしゃしゃり出て来るとは思わなかったよ。今日のところは引き上げようじゃないか」
 引き上げると言うなら、私も今日のところは息の根を止めるのを待ってやろう。
「二度と中里恭介に手を出さないで!次はそんなケガじゃ済まないからね?」

 取り巻き達が固唾をのんで見守っている。私がボスの娘である事を知っているため、迂闊に手を出せないのだ。例え義男が命令したとしても、私に手出しはできないだろうが?

「ああ!もう、そいつなんぞに用はない。次のターゲットは、新堂和矢だからな!」
 その名を耳にして、思考回路が止まった。
「今、新堂、って言った……?」
 呟くように聞き返す私に加えて、「新堂だと?!」中里さんも続ける。

「あの男は前々から目触りだったんだ。おや、その男とも知り合いか?母親に似て男に手が早いな、学生の分際で!不良娘には全く先が思いやられるよ」
 母に新しい恋人がいる事を知っているらしい口ぶりだ。

 そのコメントを無視し、「知ってて言ってるなら、やっぱり今すぐ殺してやる!その人はお母さんの命の恩人よ?」と叫ぶ。
「……私にはもう、関係のない事だ」
 この言葉に、私の怒りが頂点に達した。
「何が関係ないよ!どんだけ世話してもらったと思ってるの!」

 撃つ気満々で銃口を向けるも、極度の興奮のせいで息が詰まる。挙句、急に出始めた咳が止まらなくなる。
「朝霧!」膝をついてくず折れた私の元に、中里さんが駆け寄る。
「くっ、こんな時に……」悔しいけれど、体が言う事を聞いてくれない。

「おやおや、風邪でも引いたか?冬はこれからだっていうのに!相変わらず、か弱いな、お前は!」
 こいつは相変わらず、私を不快にさせる天才らしい。
「う、る、さい!!」力の限りの声で怒鳴り返して、再び銃口を向けた。
 弱いという言葉が、私はこの世で一番嫌いだ。

 そんな状態から勢いに任せて放った弾は、的外れにも壁にめり込んだ。焦点が定まらない……。これ以上は無理か。
 弾の行方を確認し、義男達が去って行く。

「逃げられた……」力尽きてその場に倒れ込んだ。
「しっかりしろ。深呼吸だ、朝霧」私の背中を擦って中里さんが言う。「とにかく、どこかで休むんだ」そう続けて、外に出て辺りを見回している。

 私が乗って来た車が目に止まったらしく、そこに誘導される。
 車内に乗り込むと、以前のように手慣れた様子で診察してくれる。

「ごめんなさい、助けに来たのに……」
「助けてくれたじゃないか。悪かった、具合悪いのに俺のために……」
「当然よ。誰も、アイツの餌食になる必要なんか、ないもの」

 しばらくして症状も治まってきた。すっかり日が暮れて、辺りは薄暗い。
「送るわ」

「いや。俺が運転する。朝霧は休んでろ」
 中里さんが私を押し退けて、自ら運転席に陣取った。
 返事もせずぼんやり見つめる私に、「聞こえたか?休んでろ!」と再度念を押す。
「……大体お前、免許持ってるのか?」と小声で続けた。

「え、何で?」この人には年齢を虚偽申告しているはずなのに。まさか新堂が話したのか。余計な事を!
「全く……。とにかく、お前は少しでも休んでろ。さあ行こう」
 年齢についての説明は何もなかった。

 あまりに疲れていて確認する元気もなく、私は後部席で目を閉じた。

「本当に助かった。礼を言うよ」走行中の車内で、中里さんが口を開いた。
「こっちこそ、迷惑かけたわね。元父が」力なく答える。
「……お前も大変だな。どうするんだ、今度は新堂が狙われてるって……」
 そんな言葉を遮って、「そんな事させない。だから今、息の根を止めたかったの!」
 拳を握りながら訴える。そんな私の左手がなぜか震えている。

 それを見たのか、中里さんが申し訳なさそうに下を向いた。
「まだ、体調戻らないんだな……」
「あなたのせいじゃない。もう大した事ないのよ、ホントに」
 この言葉の後しばらく、沈黙が続いた。

 研究所が目前に迫って、不意に中里さんが沈黙を破った。
「なあ朝霧。お前いつも、拳銃持ち歩いてたのか?」

 この質問、やっぱりきたか……。一瞬黙り込むもここは正直に話そう。
「いいえ。緊急の時にだけ使うの。何?もしかして通報する?」
「そんな訳ないだろ。俺だって同じ穴のムジナさ」
 バックミラーに映った姿は、いつもの中里さんだ。それを見て安心した。

 車から降りた中里さんに代わり運転席に移動した私に、心配そうな目が向けられる。

「本当に大丈夫か?何なら俺が家まで……」
「何を心配してるの?今さら無免許なんて、指摘されても困るんだけど」わざと悪戯っぽい笑みを浮かべて言ってみる。
 頭を掻いて返答に困っている彼に、それじゃ、と手を振る。
「気をつけろよ!」

 バックミラーに、中里さんの佇む姿がいつまでも映っていた。


 アパートへ戻り、寝るつもりで敷いてあった布団へ倒れ込む。
「……疲れた。ようやく一眠りできる」
 一気に気が緩んで、いつの間にか本格的に寝込っていた。

 目が覚めてぼんやり時計を見ると、もう七時半になるところだ。今夜は神崎社長と八時に約束がある。
「きゃ~!どうしよう、間に合わないっ!」

 慌てて着替えて外へ出る。手にしたバッグには、まだ拳銃が入ったままにも関わらず。


 店に駆け込んだ時には、すでに神崎さんが待ち構えていた。
「また遅刻だぞ?」

 私は何度か待ち合せに遅刻している。学校はほとんど遅刻。つまり常習犯だ。
「ごめんなさい!今さっき、そこでナンパされちゃって……?」
「モテモテだな!俺もご機嫌取りしないと、捨てられるかな?」
 私の下手な嘘に合わせてくれたというのに、「そうね……」と適当な返しをしてしまう。頭が上手く働いてくれない。

「何だ、随分疲れた顔して。何かあったか」
「ううん。別に何も」
 そう答えたものの、神崎さんに凝視され続ける。

 何とか別の事で気を引かなければと、わざと軽い調子で言ってみた。
「だけど、神崎さんて変わってるよね~!私みたいな女子高生じゃなくて、あなたなら、食事するステキなお相手が大勢いそうだけど?」
「そんな事はない」軽く肩を竦めて一言だけ返される。
「ま、私も人の事は言えず変わり者だけど。だから余計、他人に思えなかったり?」
「ああ……」

 この時、神崎さんの表情がやや硬くなった気がした。
 沈黙が続く中、料理が運ばれてきてようやく食事を始める。

「何だ、食欲なさそうだな。ん?ユイ、お前、左利きじゃなかったか?」
 右手で不器用にナイフを使う私に聞いてくる。
「え……、良く知ってるね。そうなんだけど、ちょっとね」
「知ってるさ。左手どうかしたのか?見せてみろ」

 左手をテーブルの陰から掴まれる。

「あっ、ちょっと!」
「偉く冷たいな、お前の手は」
 神崎さんの手に、私の左手の震えが伝わった。
「とっ……止まらないの、震えが……。銃、を……」

 次第に視界がぼやけて、周囲が揺れ始める。手にしたナイフが滑り落ちて皿に当たり、カシャンと音を立てた。
 体が冷たく固い場所へと吸い寄せられて行くのを、止める事はできなかった。

 私は体勢を崩して、椅子から崩れ落ちていた。


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