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Ⅱ.クニツクリの涙
(5)怪盗ジューク捕獲作戦
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それからしばらく、ヒカルコの魔法石談義は続いた。
文殊の白毫を献上しただけでなく、イザナヒコへの力の集中を防ぐために、五つの魔法石は五人の重臣のところへ預けられる事となった。
『火産の首』は、キトウ家
『天竜の涙』は、ノノミヤ家
『雷神の牙』は、タジミ家――
「当時、みんな公爵だったんだけど、キトウ伯爵のところは不祥事があって爵位が下げられてるし、『嵐勇の剣』と『地母の要』を授かった公爵家は断絶しているわ」
「その魔法石は今どこに?」
「地母の要は魔法軍が保管してる。でも、嵐勇の剣は行方不明って噂よ」
さすが内務大臣の娘、情報通である。トウヤは感心しながらサンドイッチに手を伸ばした。
「オオヒルメのなんちゃらは、そのまま帝城に?」
「そうだと思うわ。それでね、私ちょっと思ったの」
ヒカルコは声をひそめる。
「――もしかしたら、怪盗ジュークの狙いは、五貴石を揃える事じゃないかって」
突然怪盗ジュークの名が出てきて、トウヤは焦った。
「ど、どうして?」
すると、ヒカルコは声を低めて囁いた。
「イザナヒコを倒すには、そのくらいの力が必要だと思うから」
……いやはや、このお嬢様は考える事が大胆すぎて困る。
トウヤは冷や汗を悟られないように反論してみた。
「だけど、奴はただの泥棒だぜ? そんな大それた事を……」
「昨日も言ったけど、彼は魔法軍の戦力を削ごうとしてるのよ。それが分かってるから、軍も必死になって彼を追っている」
「…………」
「そんな彼が目指すものの先にあるのは、やっぱり天照の宝鏡じゃない? いつかやると思うわ、いや、絶対、彼は帝城を狙う」
そんなにハードルを上げられても困るのだが……。
トウヤは首を竦めながら、ティーカップに二杯目の紅茶を注いだ。
「でもその前に、私が彼を捕まえるのよ」
「昨日言ってた、帝都博物館の魔法石展ってやつかい?」
「そう。それでね、私、作戦を考えたの。それを聞いて欲しいのよ」
そう言ったヒカルコが手を叩く。
すると、親衛隊の侍女四人が、敷布団ほどもある大きな紙の四隅を持って現れた。
それをタイルの床に置くと、タマヨがヒカルコに長い棒を渡して、四人は一礼して去っていった。
一糸の乱れもない動きを唖然と見送ったトウヤの前で、ヒカルコは立ち上がる。
「これはね、帝都博物館の見取り図」
言われてトウヤも前に出る。
コンピュータのないこの時代、手描きだから精密とは言えないが、トウヤにとってそんな事は問題ではない。様々な建物を見慣れている彼にかかれぱ、建物の形でだいたいの構造が分かる。
博物館は三階建て。
真ん中がエントランスホールのある、円形の中央棟。その左右に、中庭を挟んだ二本の渡り廊下と、その先に展示館が配置されている。複葉機を真正面から見て、両翼の先に箱を置いたような感じだ。
中央棟の奥に、左右に弧を描く階段があり、そこから二階に出入りできる。二階も、中央棟が吹き抜けになっている他は一階と同じ造り。
三階は、中央棟の吹き抜け部分の上のみにある。三階へ向かう階段は、二階の吹き抜けをぐるっと回った手前側。
その左右、通路の上は屋根になっているが、非常に勾配がきつい上に尖ったレリーフが並んでおり、足を置く場もなさそうだ。
侵入口とするなら、三階のドーム屋根にドローンで直接降りるのが最も……。
「何を真剣に考えてるの?」
ヒカルコが細い目でトウヤを見ている。
「いや……怪盗ジュークが侵入するとしたら、どこから来るかな……と」
「それなら、ここね」
と、ヒカルコは迷わずドーム屋根を指す。
「屋根にはぐるっと忍び返しが並んでるから、屋根から入ろうとしたらここしかないの。彼、空を飛ぶ魔法を使うみたいじゃない? 厳重な警備の正面玄関、通用口、搬入口を考えるより、ここの天窓を選んだ方が安全だもの」
……これは強敵だ。トウヤは思った。
「それで、展示会場は?」
「侵入口となる、三階の特別展示室」
「……え、それは危険じゃないか?」
「逆よ、逆」
「逆?」
ヒカルコは棒で三階の見取り図を示す。
「天窓を破って三階へ侵入した怪盗は、ここで天竜の涙を盗み、どうやって逃げるか」
「それなら、階段で二階へ下りるか、破った天窓から逃げるか……」
「そこよ! そこが罠なの!」
ヒカルコは庭木の葉を二枚ちぎって、一枚を図面に置く。
「まず、二階と三階を繋ぐ階段。この三階の特別展示室は普段あまり使われる事がないから、この階段は封じられてる事が多いのよ、壁で」
「壁?」
「そう。階段の出口に当たるここね、ここに可動式の壁があるの。ここを閉ざしてしまえば、二階へは下りられない」
「…………」
「そして、天窓。この博物館、以前にも何度か泥棒に狙われててね、屋根からの侵入も当然考えた設計になっているのよ。屋根じゅうに張られた忍び返しがその一部。だから、この天窓にも仕掛けがあるの」
と、彼女は二枚目の葉をそこに置く。
「二重窓になっていて、一枚破られても、鉄板で封じる事ができるのよ」
トウヤはゴクンと唾を呑む。
「つまり、うっかりここへ忍び込んだ怪盗ジュークは……」
「袋のネズミ。だからこそ、お父様の秘宝をここに置いて、怪盗ジュークを誘い出すのよ。名付けて……」
と、ヒカルコは顎に手を当てる。
「――怪盗ジューク捕獲作戦」
文殊の白毫を献上しただけでなく、イザナヒコへの力の集中を防ぐために、五つの魔法石は五人の重臣のところへ預けられる事となった。
『火産の首』は、キトウ家
『天竜の涙』は、ノノミヤ家
『雷神の牙』は、タジミ家――
「当時、みんな公爵だったんだけど、キトウ伯爵のところは不祥事があって爵位が下げられてるし、『嵐勇の剣』と『地母の要』を授かった公爵家は断絶しているわ」
「その魔法石は今どこに?」
「地母の要は魔法軍が保管してる。でも、嵐勇の剣は行方不明って噂よ」
さすが内務大臣の娘、情報通である。トウヤは感心しながらサンドイッチに手を伸ばした。
「オオヒルメのなんちゃらは、そのまま帝城に?」
「そうだと思うわ。それでね、私ちょっと思ったの」
ヒカルコは声をひそめる。
「――もしかしたら、怪盗ジュークの狙いは、五貴石を揃える事じゃないかって」
突然怪盗ジュークの名が出てきて、トウヤは焦った。
「ど、どうして?」
すると、ヒカルコは声を低めて囁いた。
「イザナヒコを倒すには、そのくらいの力が必要だと思うから」
……いやはや、このお嬢様は考える事が大胆すぎて困る。
トウヤは冷や汗を悟られないように反論してみた。
「だけど、奴はただの泥棒だぜ? そんな大それた事を……」
「昨日も言ったけど、彼は魔法軍の戦力を削ごうとしてるのよ。それが分かってるから、軍も必死になって彼を追っている」
「…………」
「そんな彼が目指すものの先にあるのは、やっぱり天照の宝鏡じゃない? いつかやると思うわ、いや、絶対、彼は帝城を狙う」
そんなにハードルを上げられても困るのだが……。
トウヤは首を竦めながら、ティーカップに二杯目の紅茶を注いだ。
「でもその前に、私が彼を捕まえるのよ」
「昨日言ってた、帝都博物館の魔法石展ってやつかい?」
「そう。それでね、私、作戦を考えたの。それを聞いて欲しいのよ」
そう言ったヒカルコが手を叩く。
すると、親衛隊の侍女四人が、敷布団ほどもある大きな紙の四隅を持って現れた。
それをタイルの床に置くと、タマヨがヒカルコに長い棒を渡して、四人は一礼して去っていった。
一糸の乱れもない動きを唖然と見送ったトウヤの前で、ヒカルコは立ち上がる。
「これはね、帝都博物館の見取り図」
言われてトウヤも前に出る。
コンピュータのないこの時代、手描きだから精密とは言えないが、トウヤにとってそんな事は問題ではない。様々な建物を見慣れている彼にかかれぱ、建物の形でだいたいの構造が分かる。
博物館は三階建て。
真ん中がエントランスホールのある、円形の中央棟。その左右に、中庭を挟んだ二本の渡り廊下と、その先に展示館が配置されている。複葉機を真正面から見て、両翼の先に箱を置いたような感じだ。
中央棟の奥に、左右に弧を描く階段があり、そこから二階に出入りできる。二階も、中央棟が吹き抜けになっている他は一階と同じ造り。
三階は、中央棟の吹き抜け部分の上のみにある。三階へ向かう階段は、二階の吹き抜けをぐるっと回った手前側。
その左右、通路の上は屋根になっているが、非常に勾配がきつい上に尖ったレリーフが並んでおり、足を置く場もなさそうだ。
侵入口とするなら、三階のドーム屋根にドローンで直接降りるのが最も……。
「何を真剣に考えてるの?」
ヒカルコが細い目でトウヤを見ている。
「いや……怪盗ジュークが侵入するとしたら、どこから来るかな……と」
「それなら、ここね」
と、ヒカルコは迷わずドーム屋根を指す。
「屋根にはぐるっと忍び返しが並んでるから、屋根から入ろうとしたらここしかないの。彼、空を飛ぶ魔法を使うみたいじゃない? 厳重な警備の正面玄関、通用口、搬入口を考えるより、ここの天窓を選んだ方が安全だもの」
……これは強敵だ。トウヤは思った。
「それで、展示会場は?」
「侵入口となる、三階の特別展示室」
「……え、それは危険じゃないか?」
「逆よ、逆」
「逆?」
ヒカルコは棒で三階の見取り図を示す。
「天窓を破って三階へ侵入した怪盗は、ここで天竜の涙を盗み、どうやって逃げるか」
「それなら、階段で二階へ下りるか、破った天窓から逃げるか……」
「そこよ! そこが罠なの!」
ヒカルコは庭木の葉を二枚ちぎって、一枚を図面に置く。
「まず、二階と三階を繋ぐ階段。この三階の特別展示室は普段あまり使われる事がないから、この階段は封じられてる事が多いのよ、壁で」
「壁?」
「そう。階段の出口に当たるここね、ここに可動式の壁があるの。ここを閉ざしてしまえば、二階へは下りられない」
「…………」
「そして、天窓。この博物館、以前にも何度か泥棒に狙われててね、屋根からの侵入も当然考えた設計になっているのよ。屋根じゅうに張られた忍び返しがその一部。だから、この天窓にも仕掛けがあるの」
と、彼女は二枚目の葉をそこに置く。
「二重窓になっていて、一枚破られても、鉄板で封じる事ができるのよ」
トウヤはゴクンと唾を呑む。
「つまり、うっかりここへ忍び込んだ怪盗ジュークは……」
「袋のネズミ。だからこそ、お父様の秘宝をここに置いて、怪盗ジュークを誘い出すのよ。名付けて……」
と、ヒカルコは顎に手を当てる。
「――怪盗ジューク捕獲作戦」
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