元禄大正怪盗伝

山岸マロニィ

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Ⅰ.トーキョー・ファントムシーフ

(7)探偵選考試験

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 一旦解散となった一同は、それぞれの目的に従い動いた。

 公爵令嬢の花婿候補だけが目的の者は、呆気なく屋敷を去った。
 お宝を盗まれた恥辱を誤魔化すために、怪盗ジュークは「神帝イザナヒコに匹敵する魔法使いだ」とか、「舶来の武器を多数所持している」とか、適当な尾ひれが新聞記事に書き立てられているから、恐れをなしたのだろう。

 そうして大半が姿を消し、屋敷に残った物好きは二十名足らず……もちろん、トウヤその一人だ。

 真面目に怪盗の侵入経路を検証している者もいれば、ひたすら文殊の白毫のを使用人から聞き出そうとしている者もいる。

 そんな男たちを尻目に、トウヤは礼拝堂の便所の個室で、リュウが撮影した画像データを見直していた。
「予告状のアップをもう一度見せてくれ」
「カシコマリでアリマス」
 リュウのまん丸な目から光が放射され、漆喰しっくいの壁を照らす……プロジェクター機能だ。
 もちろん空中にも投影できるが、より細かな部分まで観察するには、柄もシミもない漆喰壁が都合いい。

 すぐさま鮮明な映像が浮かび上がる。礼拝堂での一部始終だ。
 ワカバヤシ執事が予告状を胸ポケットから取り出した瞬間、トウヤは鋭く声を飛ばした。
「止めて」
 瞬時にリュウが反応する。
 ……胸ポケットから四つ折りの紙片を摘み上げ、手の内に移すまでのほんの一瞬。
 トウヤは目を細めて義眼の解像度を上げ、同時に指先で投影された映像を操作し、執事の手元を拡大する。

 すると、予告状のに、赤いシミがあるのがはっきりと見て取れた。
 このシミが、ワカバヤシ執事が掲げて見せた時に、表にまで透けていたのだろう。

「これは……」
 目視では絶対に気付かないこのシミを、トウヤはさらに解像度を上げて観察する。
 かすれたような赤い跡。その大きさは、ちょうど小指の先ほどだ。

「これは何でアリマスか?」
 リュウが首を傾げると、画像も傾く。それを睨みながらトウヤは答えた。
「多分――口紅」
「口紅……すると、予告状を出したのは女でアリマスか」
「いや……」

 口紅の跡は、ちょうど折り目に畳まれる形で付いている。
 という事は、口紅の主は折られた状態ではなく、状態でこの予告状に触れたという事だ。

 しかし、几帳面に並んだ切り抜き文字を見れば、口紅で汚れた手で作業をしたとは考えにくい。
 つまりは、誰かが作成したものを、化粧の途中で確認した……。

「偽怪盗が誰だか分かったでアリマスか」
 脳波を読んだのだろう。リュウがプロジェクターを閉じ振り返る。
 そのクリッとした目に、トウヤはニッと笑って見せた。

「あぁ、偽怪盗の正体も、その目的もな」




 ◇

  ――その日の深夜。

 ノノミヤ公爵邸は眩いばかりの光に照らされていた。
 庭じゅうに投光器が置かれ、屋根の隅々までをも照らしている。
 探偵選考試験への応募者の他にも、衛兵が各所に配置され、物々しい警戒ぶりだ。

「こんなところへ本当に怪盗が現れるのかねぇ」
 トウヤが呟くと、隣にいた男が掴みかかってきた。
「やる気のない奴は去れ! 足手まといだ」
「す、すいません……」

 適当に謝って解放され、トウヤは首を竦めた――怪盗ジュークが現れる事はないと、わざわざ教えてやったのに。

 何せ、本物がここにいるのだから。

 それを知っているのは、当然この場でトウヤだけ。
 真剣な面持ちで侵入経路はどこだと推理合戦を繰り広げる面々の横で、トウヤは大あくびをした。昨日の夜が遅かった上に、リュウにキッチリと起こされて寝不足なのだ。
 ……それに、この試験の真相を見抜いた彼にとって、議論が無駄なのは分かり切っていた。

 そもそも、と言っておきながら、『文殊の白毫』の在り処を教えないのは不自然じゃないか。少し考えれば分かりそうな事を。

 ……すると風に乗り、遠くから小さく鐘の音が流れてきた。
 カスミガセキの魔法省の時計台だ。

 ――午前零時。
 星読みたちの始業の合図は同時に、怪盗の予告した時刻を告げる。
 
 邸内に緊張が走る。
 怪盗がどこから現れるかと、一同は手杖を構えて屋敷の周囲をぐるりと守る鋭い鉄柵を見渡す。お宝の在り処が分からない以上、侵入を防ぐしかないのだ。

 怪しまれないよう、トウヤも一応棒切れを取り出した。そして、がどう出るかと興味を引かれて、二階建ての屋敷の屋根に目を遣る。

 ――すると、やはりはそこにいた。

 黒い影。トップハットにフロックコートのは、屋根裏の窓から現れると、身軽に屋根を走りだした。

 トウヤは叫んだ。
「いた! いたぞ! 怪盗ジュークが現れた!」
 その声に一同が振り返る。
「あそこだ! 屋根の上だ!」
「まさか、既に侵入を受けていたのか!」
「卑怯な! 予告の時刻より早いじゃないか!」

 そう口々に叫びながら駆け出す一同を、トウヤは黙って見送った。
 ……泥棒に卑怯も何もあるかよ。
 トウヤは心の中でそう呟くと、他の者たちに背を向けた。そして、怪盗が向かった正面ではなく、屋敷の裏へと向かう。

 すると、懐からリュウが顔を出した。
「トウヤは追いかけないでアリマスか?」
「見れば分かる――あれは男だ。ですらない、タダの疑似餌だよ」

 彼の義眼なら、それっぽい衣装に隠された体格までもを判別できる。
 怪盗ジュークが偽物であり、その正体が女であり、あの黒い人影は男。他の応募者に、それを見抜くのは不可能だろう。
 悪いが、未来の能力で正解に辿り着かせてもらう。
 チートであろうが何であろうが、持てる能力の全てを駆使するのが、怪盗の礼儀――。

 と、トウヤは木陰に身を隠す。そして義眼の広範囲サーモグラフィーをオンにする。
 こうすれば、木々や建物の向こう側にいる人物の存在をも感知できる。

 案の定、屋敷の中には、裏口に向かって早足に移動する人物がいた――その数、二名。
 トウヤはその動きに合わせ、木々を縫って裏口に向かう。
 そして、そのうちの一人が裏口から庭に出たところで、トウヤはサーモグラフィーをオフにし木陰から歩み出た。

 そして、杖よろしく棒切れを、その人物に突き付ける。

「お宝を持ち出されるのは困ります――ノノミヤ・ヒカルコお嬢様」


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