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第三章 ※現在更新中のメインシナリオ
ただいま。そして、いってきます。─ 前編 ─
しおりを挟む「それっ…………」
「────。」
「ぬぅぅぅぅぅ…………」
指先に意識を集中する金と赤桃色の髪の毛が靡く、朱祝 叶逢。その様子を見るトレード。
叶逢は、自身の中にいる怪異【美しき愛生の女神】の力を使いこなすために、トレードのもとで修行を続けていた。最初は記憶の混乱や身に覚えのないここ数ヶ月の出来事、そのすべての整理で錯乱していたが、ようやく落ち着きを見せた。
記憶喪失した怪異使いの監視申請は、もう間もなくその効力を失う。そう、有効期限がそこまで迫っていた。
「やめだ、少し休憩にしよう空美。……っと、あたいとしたことが。叶逢、コンを詰めすぎてもダメもんはダメだ」
「はぁ……、はぁ……、でも。うち……、殺されちゃうんですよね?音雨瑠 空美って子の記憶は、まったく戻っている感じしないですし……」
「だから、新しい怪異使いとしての申請を出す。そのための修行だ。期日が過ぎても、この山でやり過ごしてあたいが推薦できるだけの腕に上達してもらえればいいさ。あいつの時もそうだったんだ」
トレードはこれが初めてではない。空美を怪異使いとするために、匿って居た時も同じように監視申請の期限を過ぎて、ようやくものにした力を確認してから噂観測課のメンバーへ、推薦を出して空美を入隊させた。
とはいえ、二度目となる相手も元を正せば同一人物であるというところに、複雑な気持ちを抱いていることは明らかであった。
休憩を終えて、叶逢が再び練習台の前に立ち目を閉じて、手をかざす。すると、指先に真っ赤な炎がチャッカマンから噴き出すように、燃え上がりはじめる。その聖火を練習台に用意された的へ、投げるように指先を差し向ける。
直撃の直前で指を曲げることで、火球は軌道を逸れ指が指し示した方向へ飛来する。羽虫のように、練習台の周りを飛び回っている火球が人型の後頭部に差し掛かった位置で、指を自分の方へ向ける。高速で降下して頭部を掠める。
「あっ!?」
「指の操作を忘れるなっ!!」
外れてしまった。しかし、まだ指先で操作して軌道修正が効く。だというのに、こちらに向かってくる火球に慄いて、指を完全に火球から離してしまった叶逢。
仕方なく、火球と叶逢の間に割って入るトレード。拳に死神のオーラを纏わせて、拳撃で火球を打ち砕く。
「まだまだだな……。悪ぃ、あたいこれから任務だ。車ん中でじっとしていてくれよ」
「は、はい……」
落ち込む叶逢の頭をポンっと、優しく叩いてトレードは練習台の片付けを済ませる。
車に荷物を詰め終えて、現場まで車を走らせる。道中、凄まじい精神力を使ったのかすぐに眠りに落ちる叶逢。静かにエンジン音だけをステレオ代わりに、トレードは現場へと向かう。
□■□■□■□■□
「龍生様!!」
「これはこれは、ラウさん。もう復帰しても大丈夫のご様子」
同時刻。
トレードとの合流を前に、再会を果たす者達がいた。脇目も振らずに、メイド服のスカートを揺らして飛びつく麗由。しかし、それを受け止めた辰上は口を噤んでいた。
「……?龍生様、申し訳ございません!あの時は、お傍を離れてしまって」
「…………、っ」
「龍生……様?」
「ごめん麗由さん。もう少しだけ、時間が欲しい……かな」
辰上はそれ以上は、何も言わなかった。
期待を裏切られた。というよりも深い、絶望感とまではいかない虚無感を前に、思わず自分から辰上から離れる麗由。同時に涙を堪えて一礼し、踵を返してラウとゴーマのもとへ走った。
特別遊撃隊としては、初顔合わせの二人は握手を終え世間話を始めているところに入ってきた麗由。一度は心配の声をかけるも、いつもどおりの凛とした無表情を装って「なんでもありません」と、返答を残して調査現場へと二人を連れて歩き出す。
手を引かれるまま、ラウは辰上には声もかけない麗由に戸惑いながら、後ろから静かに着いて来ていることを確認する。すると、不貞腐れている女の子の態度丸出しで、ラウの体を前に向かせるように腕を引き上げる麗由。
「おめぇら、遅ぇぞ?先に到着してたんじゃねぇのかよ?」
「トレード様の方が先に来ていたとは。それで?やはりこちらは?」
ラウの投げかけに頷くと、トレードはところどころが遺跡にも見える洞窟を指さした。
そこは政府から、調査を依頼された洞窟。なんでも、偵察に向かった隊員がインフェクターと複数の怪異を確認した後、連絡が取れなかったのだ。それによって、ここがインフェクターの拠点或いは、怪異の隠れ家としている可能性が高いとみて、派遣したのだ。
少し奥へ向かった先で、偵察隊員のものと思われる装備品が落ちていた。拾い上げたゴーマは、自身の長髪を触手のように扱い武器に突き刺した。これによって、ゴーマは物に残されていた思念を読み取り当時の状況を振り返ることが出来る。
「ほぉ、これはこれは……」
「何か分かりましたかゴーマ様?」
「っ────!?」
ゴーマの肩に身を乗り出すように、武器を覗き込む。それが麗由であったことに、辰上は眉間を寄せて目を向ける。すると、麗由もそれに気付いて視界に自身が入らないように、クルッとゴーマの反対側に回り込んで質問を続ける。
「居ますね、インフェクター」
「そうかい。んで、相手は何体だ?」
「怪異も含めて、ざっと10体ほど……」
「10体もっ!?」
辰上が驚きの声を思わず上げると、奥からした物音にトレードとラウは顔色を変え、みんなの前に立ち構える。
そして、トレードは怪異達はどこへ行ったかまでは分かるのかと、ゴーマに尋ねた。すると、ゴーマは当然そこまで思念を読み込んでいたため、口にする。
「ええ、居ますよ。我々の目の前────」
『『────ッ!?』』
「それと真上に♪」
ゴーマが何処か嬉しそうに武器を放り投げると、天井が崩れ落ちて怪異達が飛び出してきた。
トレードとラウ、麗由とゴーマと辰上。それぞれを分断することが、怪異達の狙いであった。ゴーマはそこまで読み込みを終えた時、すでに出遅れていることを察して思わず笑ってしまったのだ。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
トレードとラウは光が遮断された洞窟の中まで、瓦礫に巻き込まれないよう進むしかなかった。洞窟内は、松明が一定間隔にかけられていた。これは、人間と同じ思考性を持っている芸当であるため、インフェクターが居ることは確定だった。
決して、ゴーマが適当を言っていた訳ではないことは分かりきっていたが、敵の数まで的中させているのだとしたら、分断されたのはまずいと焦りを少し持ち始める。
「よぉ、此処を嗅ぎ付けられたってことは、ルンペイルも詰めが甘いってこったなぁ♪貴様らの相手はオレだ」
「アスモダイオス……」
「はっ、あれだけ痛めつけておいたってのにもう現場復帰かい?噂観測課ってのは、相当に人材不足らしいなッ!!」
互いに展開した、氷柱と雹石が激突して相殺する弾幕の中に飛び込み、両手を掴み合い激しくぶつかり合う。
ラウの上腕二頭筋が膨張し、力勝負で勝る。すると、アスモダイオスは舌なめずりをみせてゲストの名を呼ぶ。
「悪いな、馬鹿力には馬鹿力さ。来なッ!!【マンティコア】ッ!!」
壁を突き破り、出てきた巨漢の怪異に肩を掴まれ地面に押しつぶされそうな剛力を向けられる。
両脚で小規模なクレーターを作って、耐えると水平蹴りで脚を取り反撃に出るラウ。エナメルの軋む音が空洞に木霊する。そこへアスモダイオスが邪剣を携えて、乱入を試みるもトレードに邪魔されてしまう。
「貴様!?」
「てめぇが……、てめぇが空美を狂わせたインフェクターだったなぁ?」
「ああ、そうさ!性にヨがらせて、魔性へ引き込むつもりで堕性を注ぎ込んでやった。でもオレの計画も、貴様らのせいで台無しだぜ!!まぁ、もとからあの娘は怪異だったわけだから意味なんかなかったがなぁ」
「許せねぇ!!」
トレードの怒号が、自身の怪異である【地獄の沙汰を計る天秤】に感応し、水色のオーラを爆発させながら洞窟を突き抜けて外まで、アスモダイオスを連れ出す。
ラウは【マンティコア】に反撃を当て、トレードの加勢に入ろうとするが水に足を取られて転んでしまう。そこには、【ポーリュプス】のタコ足がへばりついていた。
「くっ……悪魔系統怪異がインフェクター含め、3体……」
「うんうん、4体だよ~♪」
ラウに自分の存在を教えながら、肉球盾に乗って飛翔するベルフェゴールは、欠伸をしながらトレードとアスモダイオスの向かった方へ消えていった。
後を追うにも、まずは目の前の二体の怪異を相手しなくてはないラウは、タコ足の拘束から逃れ気合を入れて立ち向かうのであった。
連続でアスモダイオスの顔面を殴打するトレードと、攻撃を喰らいながらも自身の得意フィールドを展開する準備をするアスモダイ。強めの一撃を受けて、仰け反りながらも地面を抉ってブレーキをかける。
そして、掌を天高く掲げ冥境暗黒亜空域を展開する。闇の瘴気と堕性気が蔓延する、捕らえた獲物に不快感を与える空間。同時に、性衝動を掻き立てるアスモダイオス本来の権能とも言える力が全開に発揮出来る時でもあり、全身から漲るような暗黒オーラを放ち眼が朱肉色に耀く。
瞬きの暇すら与えず、トレードにスカイアッパーを入れ浮き出した身体の上空に回り込み、邪剣アンラ・マンユを振り降ろす。それを紙一重のところで、鎌で退けつつ背中を地面に打ち付けてダメージを負うトレード。
「貴様の弟子かなんかだったのか、あの娘は」
「だったら何だ?」
「あいつはここで、オレとの夜を過ごしたことがあるぜ?調教の最終段階ってやつさ」
「────ッ!?聞きたかねぇ!!」
邪剣を押し退け、ぶん回した鎌の一閃がアスモダイオスの腹部。その薄皮膚を掠め取った。
舌打ちして、邪剣で斬り返し生じた隙にみぞおちを蹴りつける。吐血するトレードの顎を持ち上げ、背後にスルッと移動する。そして、露出しているトレードの腹部から内側に内圧をかけるように指を押し当てて、甘い吐息混じりに悪魔の囁きをする。
「貴様も堕としてやろうか?あの娘は、オレとやった時。直ぐに根を上げて、楽になったぜ?師匠なら、もっと楽しませてくれんだろ?」
「あたいにそういうのは、効かねぇんだよッッ!!オラァァァァ!!!!」
「何ッ!?チィィ……」
あっという間に拘束を解き、振り向き際に手の甲を斬られたアスモダイオス。意表を突くトレードの耐性に驚くこともそうだが、なによりもこの冥境暗黒亜空域に入ってから、かれこれ数分は経っているというのに一切のバテを見せない。
動揺している間も、トレードの連撃を身体に受け反撃はおろか、防御にすら徹することが出来ないアスモダイオス。そこへ、大きく振りかぶったトレードに不意打ちを当てて、助太刀にはいったベルフェゴール。
「邪魔すんじゃねぇ!!」
「天汝ちゃん、手を貸したげる~♪」
「サンキュー。気を付けろ、こいつこの空間に対しての耐性。いや、減退効果を受けていねぇみてぇだ」
それでも、この場で受けたダメージも与えたダメージも、自分達の強さの糧になるから冥境暗黒亜空域を展開し続ける、アスモダイオスとベルフェゴール。
頭を押さえて痛みを振りほどき、トレードは二体の悪魔を迎え討つべく鎌を再び構えるのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
分断され、崩れた天井の下敷きになった三人。
辰上は両手を頭の前に出して、防いだ状態で硬直していることに気付き目を開ける。
「大丈夫ですか辰上さん」
「これは、髪の毛……?ゴーマさんの能力ですか?」
「申し遅れていましたね。私の【変幻自在の化け髪】は、このように髪の毛を自在に操る能力。それはそうと、麗由さん。敵は相当数こちらに配置されたようです」
「はい、このまま瓦礫を退けたと同時に、わたくしが先陣を切って敵影に向かいます」
ゴーマはそれに頷き、瓦礫を支えている髪の毛を動かし頭上から移動させる。
タイミングを同じくして、網状に張っていた髪の毛を解き麗由が突破口を開くべく、走り抜ける道の邪魔とならないように優先的に解除した。そのまま振り向き背後に控えていた怪異を二体、辰上の頭上を超えて攻撃することに成功する。
蹴散らされた怪異のうち、一体が消滅するなか麗由の向かった方と攻撃を喰らわせた方向から、挟み撃ちでゴーマを狙う。髪の長さは伸縮すら自在に操り、体術と髪の毛で見事に挟撃を破り、正面に持ちかけてからの二対一に運んでいく。
辰上が呆気にとられていると、攻撃を避けて後退してきた麗由と背中がぶつかる。すると、首根っこを掴まれて壁に押し飛ばされた辰上。麗由は小刀で敵の攻撃を捌きながら、首だけ辰上の方へ少し向けて口を開いた。
「龍生様。はっきり言って戦闘の邪魔になります。どこかへ隠れていてください。この数を相手に、そちらの心配までしてあげられませんので……」
その言葉には、トゲがあった。戸惑いつつも、その場から遠ざかる辰上。しかし、その後ろに別の怪異が潜んでいた。怪異は大きなヒレの着いた鉤爪を光らせて、辰上に飛びかかった。
悲鳴をあげるよりも先に、麗由の声が反響する。周囲を囲っていた怪異を旋風を巻き起こして、寄せ付けない状況を作り駆け込み前転でその場を抜け出し、空から向かってきた薙刀を吸い寄せるように掴み、辰上を襲う【サハギン】に向けて投げる。
「【陽炎纏いし一閃】ッ!!」
「ギャアァァァァ━━━━━━ッ!!」
肩に直撃するも、刺さりが浅かった。
黒い血を流血させるものの、刺さった薙刀を引き抜き地面に叩き付けて辰上に襲いかかる。しかし、辰上も麗由の助けを借りたことと、これ以上負担をかけさせまいと【サハギン】の懐に体当たりする。
よろけたところをすり抜け、叩きつけられた薙刀を手に取り振り返って【サハギン】に立ち向かう。その様子を確認する間もなく、怪異達は麗由に襲いかかる。そのうちの一体を突き刺し、塵に還す。
「麗由さんっ!!もう1体、居ますっ!!」
「遅いよ♪」
「────ッ!?ル、ルンペイル────ッ?」
ゴーマの忠告とほぼ同時に、頭上からルンペイルが麗由を襲った。
そして、麗由と対峙していた怪異達は一斉にゴーマの方へと向かった。ルンペイルの背後から、新たに怪異の群れが押し寄せる。
「あの子達は、兵士みたいなもんだね♪でも、ここがぼくの根城だとよく突き止めたね?ここに居る童話軍団は、きみ達を相手するために用意した訳じゃないんだけどね♪」
「童話軍団?まさか、ゴーマ様が思念で読み取った怪異とは……」
麗由の予感がより確かなものとなる。
奥から現れた七体の怪異、それに加えてインフェクター三体。合計十体となる訳だ。そして、ルンペイルが怪異化させるのは、いずれも元人間であるということ。他人に対し、抱く嫉妬や憎悪、絶望がトリガーとなって童話に昇華されたもの達へと、変貌を遂げる。
狂気に満ちた、怪異を集めるに至った経緯を想像し一瞬手を緩めてしまった麗由。そこへ、【三匹の子豚】が突進を仕掛ける。避けきれずにまともに喰らい、そのまま洞窟の外へ吹き飛ばされてしまう。
「うあああ────────っ!!!!」
麗由の悲鳴を追って、童話軍団は駆け出した。
ゴーマは直ぐに救出に向かおうとするが、怪異達に行く手を阻まれてしまった。
地面を転がる麗由に、【三匹の子豚】、【シンデレラ】、【ワーウルフ】、【青ひげ公】、【カエルの王様】。述べ七体の怪異が襲いかかる。突進を喰らって、視界が揺れるなかでも鉤爪セクメトへと武器を変えて応戦する。
狼の一撃を踏み台にして、【シンデレラ】の目を突き刺した。悲鳴を上げながら、消滅するところに車輪が通過する。麗由毎轢くべく、【カエルの王様】が戦車を引いている手網で馬を鞭打ち旋回するが、麗由は戦車に乗り操舵を叩き落とす。
戦車を飛び降り、他の童話軍団の攻撃に備えようとした時、ルンペイルがまたしても乱入する。そして、麗由の動きがいつもよりもキレの無いことを指摘した。
現に、ルンペイルとの交戦で気を取られた隙に【青ひげ公】が背後に忍び寄っていた。これに気付くのが遅れて、羽交い締めをされてしまい【ワーウルフ】の滑走しながらの爪攻撃を受けてしまう。
「うっ……ぐっ……」
「ひぃ、ひぃ、ハァ……聖女のニオイ……。貴女はワタシが愛した、聖母そのものだァ……♡」
胸を切り裂かれ、裂傷している箇所からの出血。それを嗅いで興奮し始める【青ひげ公】の鼻息が、麗由の髪を靡かせていた。
締め付けが強くなる前に、【金烏】の力を身に纏った黒ドレスへと姿を変え、小刀で【青ひげ公】を刺し貫いた。そのまま、ルンペイルへと向かっていく。単調で直情的な麗由らしからぬ攻撃は、当然ルンペイルには当たらず易々と避けられてしまった。
「どうしたんだい?何を焦っているのかな?それとも、お仲間と上手くいっていないとか?」
「ち、違いますっ!このぉ!」
「よっと♪隙だらけ♪」
「ぐぅぅぅ!!??」
鍔迫り合いにもならない撃ち合いに、ルンペイルの押し返しが効き背後から爪攻撃と、三連続タックルを受け痛みに倒れる麗由。
休むことも許さずに、【カエルの王様】が地ならしを起こして麗由を宙に放り出した。落ちてくる麗由目掛けて、子豚達が順番に飛びかかった。【金烏】を身に纏う力を失い、金色の光を霧散させながら【ワーウルフ】とルンペイルの同時に攻撃を受けて、地に墜ちる麗由。
ところどころ、メイド服は破れ意識を朦朧とさせる麗由。最早、立ち上がる事さえ出来ないほどのダメージを受け、地を這うのがやっとの状態。すぐ近くに手放してしまった、小刀がある。
薄れゆく意識の中、手を伸ばしながら心の中で自身を叱った。その戒めが届いたのか、そこへ辰上が追いついた。倒れている麗由を見つけた途端に、名前を叫んでいた。
「麗由さんっ!!」
(ゴーマさんもラウさんも、みんな戦闘中でここへは来れない……)
「りゅ、う……せい────様…………っ」
(馬鹿です、わたくしは。龍生様はただ時間が欲しいと……そう申しただけでしたのに…………)
声を出せない麗由は、反省を内心で済ませている。しかし、それさえも許そうとはしない状況に立たされていること、その現実が目の前で繰り広げられようとしていた。
「面倒だね。子豚さん達、いいよ……殺っちゃって♪」
ルンペイルの指示を受け、張り切り出す【三匹の子豚】。鼻息は蒸気のように溢れ出し、三匹で騎馬を作り助走をつけ始める。その上に【カエルの王様】が乗り、騎馬戦の完成と同時に走り出す。
辰上は薙刀を構えるが、【ワーウルフ】が高速移動で目の前に現れ腹部を二度蹴りつけ、薙刀を手放した辰上の髪を鷲掴みにして痛ぶり始めた。爪を立てて攻撃すれば、一瞬で命を奪えるであろうところをトドメは子豚の騎馬に任せるつもりで、わざと痛みが充足するように痛めつけていた。
打撲痕や出血が見られるほど、ボロボロにされた辰上が子豚達の直線コースに投げ捨てられる。愛するものを目の前で、公開処刑にする。その状況を捻出させたかのように、鼻歌え奏でながら見守るルンペイル。その合図で、走り出す騎馬。
「ダ……ッ、ダメェェェ────ッッッッ!!!!」
麗由の虚しい叫び声が、盛大に響き渡った。それでも止まることのない騎馬は、辰上を容赦なく轢いた。
その時───、麗由は糸のように切れた衝撃を発し、暗闇の中に意識を閉ざしてしまうのであった。
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