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第三章 ※現在更新中のメインシナリオ
観測課の存在意義 ─後編─
しおりを挟む今日もお見舞いへやって来た瞬姫は、花瓶に水をあげて窓際に置いた。女性は車椅子に乗せて、病院内の並木道に行きたいと瞬姫に告げる。瞬姫も断る理由がないと思い、担当医に外出許可を貰いに向かった。
病室を出て、担当医がいる診察室へと辿り着くと、ちょうど部屋のドアが開いてはち合わせした。担当医の隣りに男性医師がもう一人、なんとも眠そうな顔で首を触っていた。
「君……、あの女性のお見舞いに来ていた子、だね?」
「?そうですけど」
「彼女……不思議な状態でね……」
そう言うと、部屋の中へ瞬姫を招き女性の病状や親族のことを聞かされた。
すでに家族は、不慮の事故で亡くなっており親族に当たる人間は居ない。加えて、社会人であっても収入を得る手立てがないため、手術費用等持てるはずもなく、こうして刻一刻と死が近づいているのをただ待つのみの状態になっているのである。
最悪のシナリオは、喘息の症状である。彼女は、もう咳をする体力すらない。つまりは、静かに命を引き取る形でこの世を去ることが確定しているということであった。
「そ、そんな……」
「不思議な状態というのは、もう起き上がることなんて出来るはずもないんだ。それでも彼女は1人で、この病院を抜け出し。あろう事かバスに乗って水族館まで、向かったそうだから」
きっとそれだけ、そこへ行かないといけない使命感でもあったのかもしれないと、眠そうな医者は言った。
そう聞いて、瞬姫はそういえば女性と話したことは中途半端に終わったことを思い出す。恐らく、それが今彼女を生かしている理由。未練にならないよう、決着をつけてから安らかに眠りたい。そう思って、体に鞭を打っているのではないだろうか。
瞬姫は、担当医から許可を貰って車椅子に乗って待つ女性のもとへ向かう。そして、またバズに乗るのであった。
「それで喜久汰先生。あの子の身に起きている症状は、我々一般医の管轄外となっているということでよろしいのでしょうか?」
瞬姫達がバスに乗って、水族館へ向かう様子を見ていた担当医が欠伸をしている憐都に向かって尋ねた。すると、憐都は首を縦に振り、首に下げている認定証を差し向ける。
そこには、特殊医学研究科と書かれた文字があり担当医は、それを見るなり頭を下げて車椅子の女性を担当することから外れ、憐都に明け渡すのであった。
□■□■□■□■□
一方、その頃。辰上とラットは、見失った男性を探していた。
頭上にカウントが乗っているはずだから、簡単に見つけられるはずではあったが、少し苦戦した。しかし、辰上は男性が生前に立ち寄っていた場所の中から、特定するために依頼主の男性の父親へ連絡を取り、職業について聞いていた。
それと同時に、交友関係をラットに洗ってもらった。すると、ラットの検索結果と依頼主の情報によって、出現するであろう場所とその目的がはっきりと繋がった。
「なるほどなぁ……、外国語を覚える必要がある職業やね、外資系企業にお勤めとは」
「はい。でも、彼が外資系企業で外国語を覚えていたことは間違いないですけど、その目的は他にあった。彼の目的は───」
「せやね。ほんで、待ち合わせ場所を目指して彷徨っとるっちゅう訳やったんかぁ……。いやでも、それにしては変やな?」
ラットの疑問。それは、制限時間が迫っている男性は、生前の記憶を保って動いているはず。なのに、何故真っ直ぐに待ち合わせ場所へ向かわないのか。
待ち合わせしている時間か。いや、それだとしてもわざわざ回りくどいことして、時間を潰すようにも見受けられない。何か他に理由があるのではないか、ラットはその疑問を辰上に質問してみた。
「もしかして、僕達の尾行に気が付いて居るとかですかね?」
「あいや、それやったらこんな距離まで近寄った時点で逃げ出しとるはずなんや。せやけど、それは盲点やったな……。今日って、あん時から8年と1ヶ月経つ。残暑見舞いっちゅうやつやね?」
「はい?」
辰上はラットの言っている意味が分からないと言った様子でいた。
そして、ラットは車のエンジンをかけて辰上に降りるよう言った。そのまま、徒歩で男性の尾行を続けるようにと告げ、車を走らせた。サイドミラーで、辰上のことを見送って前を向き直り、対象の男性達がいる広場から離れた場所に位置している発電所へ向かった。
八年前の崩落事故によって、すでに閉鎖されている発電所の中へ入ったラットは、廊下をしばらく歩いた先に備えていた花束を見下ろした。
「やっぱりな。はぁ……、みみっちいプライドで人の仕事邪魔するんは、ええけど。今回ばかりは邪魔せんで欲しかったよ」
ラットは直ぐに引き返し、辰上と男性の後を追うのであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
水族館へとやって来た瞬姫達。女性にここへ来ていた理由、その確信を瞬姫は質問する。すると、女性は静かにクラゲの泳ぐアクアリウムを眺めながら、真相を語り出した。
家族を失った彼女は、どうしようもない絶望に駆られていた。不自由な体を治すこともできないまま、これから一人で生きていかなくてはいけない。いや、死を待つしかない人生。それなら一掃、自殺したって変わらない。そう思って、この水族館へ来た。
その時、時期を同じくして家族を失ったことにショックを受けていた男性に出会った。海外旅行に向かった両親と姉を飛行機事故で亡くして、生きる希望を見失っていた男性。女性は、まだ体が動かせるだけマシだと言って、自分の境遇を話した。
「そしたら彼、お仕事を頑張るなんて言い出したの。私を海外の医者に診てもらって、手術で治せるようにお金も貯めるし言語だって勉強するなんて……」
「でもその人、約束の日になっても来なかったのよね?もう……2年も前の事、だって……お医者さんから聞いたわ」
二年前に男性は、女性と待ち合わせしたこの場所で結果を報告するつもりだった。結局、来なかった。それでもまた一年後同じように、この場所へ来た。
そして、これが三回目。その男性とは、連絡先も教えて貰っていた。しかし、一度も公衆電話から電話をかけて見た事はないと、瞬姫にボロボロになった紙切れを差し出した。彼女自身、半信半疑だった。だから、本当なんですかと聞くような、みっともない感じがして電話をすることが出来なかった。
きっと、待ち合わせ場所を間違えてしまったのかもしれない。自分が何処の病院にいるのかも、名前さえも教えていなかったことで恐らく、男性側は連絡を取る術などなかったであろう。仕事にも精を出していたとなれば、病院を調べて名前も知らない口約束をした人間のことを探すなんて、出来るはずもない。
「ちょっと、これ借りるわ!!変な期待させちゃって、乙女心をなんだと思ってんのよ!!」
「あ、でも。私の方から連絡したことないから、探せなくても仕方ないよ」
それでも、三年も待たせているなんて許せない。そう言って瞬姫は、自分のスマホから通話をかけた。待ち合わせ場所を間違えている可能性もあると、女性は直ぐに電話を切るように懇願するが、見舞いにも来ないで仕事優先した無責任な男性に一言言ってやりたいと、女性から離れてスピーカーに耳を当てる。
すると、「おかけになった電話番号は現在使われていないか……」とコールが鳴り、ピタッと動きを止める。そして、逃げたんだと怒り心頭する瞬姫であったが、それと対照的に女性は当時言われた待ち合わせ場所のことについて、思い出そうと落ち着いていた。
「静けさの畔……。ひょっとして、ここの───触れ合いコーナーの話じゃない?」
「え?この触れ合いコーナーがその名前で呼ばれていたのって、確か3年前よ?今は《安らぎの雫》じゃない。その前は確か……《クラゲ牧場》だったわよね?……って余計なこと考えてもその男、ムカつくわ」
「瞬姫さん。この近くに《静けさの畔》と呼ばれる場所ってありませんか?」
「えっ?あるけど……?今日アタシ、そこで同居人達と待ち合わせしてるし……」
ごく普通な会話。
でも、瞬姫と女性はハッと目を見開いて顔を見合わせた。それは、男性が言っていた待ち合わせ場所とは、その広場のことであって、この水族館のスペースではなかったということだ。このアクアリウムの名前に使われた《静けさの畔》は、その広間の名前と被っていることから名前を変更になったのであった。
男性がそれを知らずに、このアクアリウムの名前を知らずに言っていたのだとしたら、お互いに待ち合わせ場所を間違えている可能性があってもおかしくはないことであった。
しかし、そうなると瞬姫は一つ不安を感じていた。さっき電話は、使われていないとコールがなり繋がらなかった。つまり、電話番号を使用していた男性は、もうこの世には居ない可能性が出てきたということ。このまま、その場所に向かっても出会うことなんて出来ない。
それでも、その場所へ向かいたいと女性が言ってきたため、電話が繋がらなかったことは気にしないようにして、水族館を飛び出した。
車椅子を押して、近くの噴水広場。《静けさの畔》を目指す二人。すると、このタイミングで女性は喘息を起こして、メプチンエアーを打ってその場で呼吸を整える。
「やぁ♪なにやらお困りのようだね?ボクで良ければ手を貸そうか?」
「っ!?ルンペイルッ!?」
喘息が治まらずに苦しんでいる女性に向かって、陽気なステップで近付くルンペイル。
そして、割って入ってきた瞬姫を押し退けて、女性の膝の上にホイッスルを置いた。それを吹けば、辛い咳も収まる。不自由な体ともおさらば出来るとほのめかし、怪異になるよう促すルンペイル。
瞬姫の忠告を聞き、躊躇する女性。苦しい。こんな状態で生きることがなくなれば、男性との口約束なんて信じずに元の生活が取り戻せるかもしれない。そんな甘い誘惑に、心が支配されたようにホイッスルに手が伸びる。ついに口元に吹き口を当て、息をゆっくりと吸い込む。
その光景に、人間は生に縋る瞬間の自分には勝てない生き物なんだと、狡く笑みを浮かべて吹き始めるのを見守っていた。しかし、次の瞬間女性はホイッスルを口元から離して、遠くへ投げ捨てた。
「な……っ、何故?」
「いりませんっ。例えこの体が、あの人に会うことなく朽ちてしまうとしても。私は私の命で、あの人と約束した場所へ向かいます」
ルンペイルの誘惑を振り切った彼女は、車椅子を運転するボタンを押して瞬姫に教えてもらった道を走って、その場から立ち去った。
女性が怪異となることを拒んだことを目の当たりにして、困惑するルンペイルであったが、すぐに振り返り女性に飛びかかった。直後に腹部を蹴られて、木に打ち付けられた。瞬姫がブレードスケートを展開し、構えていた。
「彼女の命を懸けた一世一代の歩みなのよ。アンタ達、インフェクターなんかに邪魔なんかさせないわっ!!」
「言ってくれるね?ボクは人助けをしてあげようとしただけなのに」
蹴り飛ばされたことで、乱れた帽子を正してリコーダーに見立てた剣を手に取ったルンペイル。
フットワークを温めて、回し蹴りでルンペイルと激突する瞬姫。以前は一方的に、敗戦を強いられていた彼女であったが、今の瞬姫の動きには明確なノリの良さがあった。噂観測課との闘いで、深手を負っていたとはいえ満足に戦闘ができない訳ではない。それでも、瞬姫の勢いに押さられるルンペイルであった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
時を同じくして、辰上とカウントダウンが残り僅かになっていた男性の怪異。
その二人の目の前にも、行く手を邪魔する怪異が現れていた。ダガーを投げつけ、男性を襲う。霊体であるお陰で傷は負わないが、怪異の攻撃を受けていることに変わりはなく、その場に蹲っているところを辰上が前に立って庇う形で乱入した。
「き、君は。俺が見えているのか?」
「はい。そんなことよりも、貴方がどうしてこの場所にすぐ来なかったのか。やっと今、僕にも分かりました。こいつに狙われていたんですね」
男性は、生前待ち合わせの約束していた。
約束当日、悪天候で運転していたトラックに跳ねられてしまい、そのまま帰らぬ人となってしまった。しかし、なんとしても約束した人間にもう一度逢いたい。逢って、約束を果たせなかったことだけでも伝えたい。そんな男性の意思が三年という時を経て、地縛霊の怪異として現世に現れたのであった。
辰上は真実を知り、時間稼ぎくらいならと怪異の注意を引くことを試みた。すると、怪異は目にも止まらぬ素早い動きで辰上のみぞおちを殴り、反対方向に居た男性の胸ぐらを掴んだ。
「ヌ───、ヤ───、……テツ…………。ドコ、ダァ……?」
「ぐっ……、やめっ……、ろぉ……」
腹部を押さえながら、立ち上がった辰上。
それを見越していた怪異は、男性の首元にダガーを回して人質にでもしているように見せ、黒い影を風に靡かせていた。傷は負わない幽霊であれど、怪異同士の攻撃が有効ということは、下手に刺激して男性を傷付けられればカウントダウンに関係なく、即座に消滅してしまう危険性があった。
なんとかして、解放させることが出来ないかと考える辰上。すると、そのすぐ横。耳たぶの真下を何かが通過する。それは怪異の手に突き刺さり、小さな爆発を起こし男性の拘束を引き剥がすことに成功していた。
辰上が振り返ろうとする前に、怪異はすぐに起き上がり咆哮を上げた。それは、ようやく標的に定めた獲物を見付けたことを知らせているようであった。それに遅れて、辰上の肩をポンっと叩き現れたラット。アイコンタクトで「ここは任せとき」とサインを送り、倒れている男性に肩を貸してその場から遠ざかる辰上。
「見つけたぞォ!!ヌルタヤ、ソテツゥゥゥ!!!!」
「あんな?今はワシ、ラットっちゅうんや。覚えときぃ。それと───、出てくるタイミングもせやけど、ワシの歳も考えてくれやなっっ!!!!」
細く閉ざしているような、ラットの目。それがギラっと、赤い閃光を散らしたように一瞬開き、指の間全てにダーツを挟んだ状態で怪異に向かっていく。
怪異もまた、ラットに明確な殺気を持ってダガーを逆手持ちに持ち替えて、勢いよく飛び出した。火花散るせめぎ合い、互いに闘いあったことがあってこその打ち合いを得て、ラットは確証を口にした。
「メインはあんさん。っちゅうより、あんさんしか生きてないやろな?夏の大三角形、残暑に再び現れるってこと。ワシは調べとったから、いつかこの日が来るとは思っとったで?なぁ?【忘れじ三角形の星屑】」
「カァァァ────ッ!!!!ソテツ……、キサマダケハ、コノオレガ……。このオレがアイツらの、仇をっ!!」
ラットの太ももを伝って、顎を蹴りつけ《わし座》を象徴とする鋼の翼を生やし、鉄の羽根を打ち飛ばす。ラットもダーツの的を盾にして、羽根をすべて受け止め押し返して爆破させた。
巻き起こして煙を突き破って、ビリヤードのショットで顔面を叩き遠心がかかった【忘れじ三角形の星屑】の中心に、ストロークを命中させて吹き飛ばした。吹き飛ばされながらも、今度は《こと座》の姿を宿したボウガンを使いラットの追撃を牽制で押し返した。
しかし、ラットはその頭上を取り奇襲をかけた。急いで、《はくちょう座》に戻り、アサシンダガー二本でガードするが口の中にサイコロを突っ込まれたことで、すぐにラットから離れ吐き出した。爆発されて、倒された経験がある怪異の反応。
「ムダだ!!」
「そいつはどうかね?ワシの狙いはラッキーセブン───、ただ1つや♪」
サイコロ吐き出して、後退した先で足を取られた【忘れじ三角形の星屑】。ブーツのそこには、ガムがベッタリと着いていた。もちろん、それはラットの怪異が見せる幻覚でそう見えているだけで、本当はもっと接着性の高いもので足を固められている。
これまでに使っていた娯楽のアイテムも全部、兵器であることをカモフラージュする術を使ってそう見せているだけで、ラット専用の武器というわけだ。そして今、かつてのラットに恨みを抱く怪異も知らないラットの新兵器が作動する。
細めでコインを太陽に透かして、トスをする。落ちてきたコインを脚で弾き、回転蹴りで怪異の背後に浮かび上がるスロットマシン。その投入口にコインが入り、スロットが回り出す。かけた枚数は一枚。つまりは横一列に並んだ場合に、効力が発揮される。
見事、横一列に絵柄が揃う。しかし、ラットは残念そうな顔をした。他ならぬ自分が、粋な演出しているだけで結果は変わらないというのに、ここから悲しんだ演技を含ませて口を開いた。
「あかんわ、スイカやと。ラッキーセブンでカッコよく決めたかったんやけど……まぁ?あんさんみたいな8年間も子どものように、ワシのこと思い続けて腐ってた怪異にはおあつらい向きなんと、ちゃうかね?ほななっ♪」
ラットが手を振ったと同時に、附着していたガムから発火して【忘れじ三角形の星屑】の体だけを焼き尽くす、ライトが当てられる。それは、当たり演出を発生させたスロットマシンのように、豪勢であった。
最後まで、ラットの名を。今は捨てた本名を口にして、燃え尽きていく【忘れじ三角形の星屑】。振り返ることもなく、辰上達が向かった方へ足を進めて行くラット。
□■□■□■□■□
怪異を振り切った辰上は、男性が噴水広場の中央に目を向けているのを確認した。そこには、車椅子に乗った女性が噴水を見つめていた。
その人こそが、この男性が待ち合わせていた人であると察した辰上は、肩を貸すのをやめて一人で向かうように言った。男性は辰上に頭を下げ、車椅子の女性の隣へ走って向かった。
「あの……」
「やっと───、逢えましたね?ごめんなさい、私……場所を───、間違えちゃってたみたいで……」
「あ、いいえ。実は俺……その───」
約束したあの日。事故にあってしまい、此処へは来れていないことを男性は告ようとした。すると、女性は男性の手を握った。その力は、とても成人の女性が今も生きているとは信じ難いほどに、弱々しいものであった。
「いいんですよ。この冷たい手……。私も一緒です」
「…………。そう、ですね」
「少しだけ遅れちゃうと思いますが、待っていてくれますか?今度は間違わないようにしますから……」
女性のその問いに、小さく頷いて男性の体が点滅し始める。
カウントダウンが一分を切っていたことで、消滅が迫っていた。そして、車椅子と同じ高さに屈んで、女性の顔を見つめながら笑った。
「はい。今度はちゃんと探しに行きますよ。だからお名前を────」
「ありがとう。████と言います────」
女性の名前を聞いた男性は、カウントが《0》となり消滅した。同時に女性も、心地良さそうな顔をして目を閉じた。
そこへ、ルンペイルを撃退した瞬姫が駆けてきた。動かなくなっている女性を何度か呼びかけるが、返事をしない。脈を確認すると、止まっていた。女性の膝に顔を埋める瞬姫。しかし、涙は流さずに近くにいた辰上に尋ねた。
「ねぇ。この人、待ち合わせしていた人には逢えたのかしら?」
「うん……。最後に名前を教えていたよ」
「……そう。じゃあ、今度はちゃんと逢えそうね。アナタ、噂観測課の人でしょ?────ありがとう」
そう言って、振り向きもせずにスマホを取り出し、病院へ女性が急死したことを連絡する。程なくして救急車がやってきて、搬送されることとなった。それを見送る辰上の背中を叩くラット、暗い顔をしているところに質問する。
「彼らのやったこと。他所様には、なんの関係もあらへんことや。それでも、ワシらは観測する必要がある。列記とした怪異やからね。ほんで、ワシが聞きたいんは意味はなかったのかねってことや」
生きていた頃の未練。
それが果たせずに、亡霊として暴れて怪異になるものもいる。怪異討伐をするのなら、それだけでもいい。寧ろ、明確な悪者になってくれた方が正当に始末する都合が取れる。
辰上達がやっていることは、怪異を無作為に殺戮することではない。悔しいことだが、悪事を働く怪異は撲滅できても人様の都合だけで無害な怪異まで、消していくわけではない。それが、観測課と呼ばれている所以であることを辰上は、ここで再認識させられる。
そして、同時に自分が噂観測課を続けると決心したもう一つの理由。それを思い出した辰上は、麗由の捜索に戻ってもいいかとラットに尋ねた。その目には、闇雲に探していた時には見られなかったものが宿っていた。
「ラウさんにも、それからラットさんや皆さんにも協力してもらうように、お願いします。頼らせてもらいます。だから───」
「はいよ♪そう言ってくれへんとな?怪異を知ることで、ワシらの助けになるっちゅう約束やからな?」
ラットと辰上は握手して、今回の依頼を終えることにした。
事後処理と、個別依頼の顛末は任せておけと言って、ラットは辰上をラウの待つ宿へと送るのであった。
□■□■□■□■□
━ 翌日。依頼主と面会するラット ━
「ありがとうございます。息子も浮かばれる。これは、前金にお渡ししていた半分。その残りの依頼料になります」
「そうかいそうかい。せや、ワシからもお渡しするもんがあります」
はてと、首を傾げている依頼主。
そして、ラットはタブレットを操作して画面を見せる。すると、依頼主のスマホの通知音が鳴り、依頼の前金で支払った金額が戻されていた。一体、なんのつもりだとラットを睨むと、目の前のアタッシュケースを突き返すラット。
「受け取れへんよこのお代は。あんさん、ワシの情報網を見くびりすぎやで?なぁ、リバーサルグロバルーン社、会長はん?」
「なっ……」
「あんさん、息子なんかおらんやろ。まったく、ええ会長さんやね?社員の地縛霊なんか見ちゃって、目的を知ったから父親に成り代わってワシに個人依頼するとは」
ラットは今回の依頼、赤の他人からのものであることは始めから、裏を取っていた。そのうえで、依頼を受けていたのだ。依頼料は、会長となって社長を退いた依頼主の使い道のないお金だからと、差し出されたものであることも調査済みであった。
その依頼料は、今回の男性社員と女性患者のような生活がままならないせいで、幸せを掴めない人間への寄付にでも使ってくれと言い残し、面会場に使っていた喫茶店の会計を済ませて出ていった。
駐車場に停めていた車。パーキングエリアの料金支払いに、駐車券を入れてタイヤロックを解除。車に乗り込もうとする前に、車のキーを指で回しながら一銭も貰わないのは、流石にカッコつけすぎたかもなと思っていた。
「おい。いつまで待たせんだよ?」
「わりぃわりぃ、ディフィートはん。はぁ……ほんま、人使い荒いブラック企業やで……」
「弱音吐いてないで、次の現場行くぞ。────、んで?あたしにそっくりな女が居たって話。もっと詳しく聞かせろよ」
「えぇ?ワシかて知らんよ。車椅子の女性と一緒におったんやけど、なんかどっかで見たことあるな思ったら、ディフィートはんっぽかっただけやで?喧嘩っ早い感じやったし───」
今回の依頼で出会った瞬姫。
一瞬でしかなかったか、見た時の印象や喋り方がディフィートに似ていたと、辰上と一緒に話したことをうっかり口を滑らせたことで、助手席の張本人は興味津々で聞いてきていた。
面倒なのは、昔から知っているラットは適当にあしらって、話題を総司のことに逸らすことで、自分語りを勝手にさせつつ次の怪異調査の目的地を目指すのであった。
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