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第二章

女神、堕つ ★★☆

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     デスクと睨めっこ、ではなくデスク上に置いた長剣と睨めっこするディフィート。その隣で、これまた同じく自分の怪異を武器にした状態で、デスクに置いて観察するトレードの姿があった。

「なぁ、お前のそれ……本当の姿を取り戻したんだって?」
「んあ?ああ。【死の商人】デッドマイスターから、【地獄の沙汰を計る天秤】ヘルズマスターゲートって言うんだとよ。おめぇのは、それラグナロッカーだよな?」

    お互いの怪異が、謎のバージョンアップを果たしたことに、眉を顰めるディフィート達。【終焉を刻む指針】ラグナロッカーツヴァイは、見た目こそ変化はあまりないのだが、刃の柄の部分に秒針、分針、時針の装填口があり、針の組み合わせによって幾つか派生系の技が存在するようだ。
     ディフィートは辰上達との調査のあと、一人試し斬りを人気のない場所で行なったところ、使っていて楽しいという感想に至った。

「おめぇな。格ゲーのキャラクターを操作している訳じゃねぇんだぞ?」
「わぁってるよ。────それよりよぉ……」

    ふと、事務所内の辺りを見渡すディフィート。トレードと二人きりになることが珍しく、お互いの怪異に変調があったのですっかり話し込んでしまっていたが、誰も出社していない。
    課長のインビジブルはともかく、ラットとアブノーマルが来ていないのは妙だと、連絡を入れてみるが二人とも反応なし。急な調査が入った可能性もあるからと、そこまで気にはせずにスマホを置くディフィート。しかし、トレードの方へ視線を向けて言った。

「新入りのことなんだけどよ?今日は第2課の連中と一緒に調査に出ている。けどな、どうも様子がおかしいぜ。聞くところによっちゃ────」

    ディフィートは、これまでトレードに知らせていない内容も含め、空美の現状を共有した。
    力に固執した戦い方、調査書類提出後の次の任務までの行方不明、調査依頼が来ていない怪異の無断討伐。未然に防ぐために、怪異討伐することはよくあることで、トレードも気にはしていなかった。だが、ディフィートが言いたかったのは、どうしてそう何度もを出来ているのかという話であった。

「なんでも、この【ファントム】って怪異。クラス的には中級怪異。新入りでも倒せないことはない相手のはずなんだが、今日オトシゴちゃん達とこいつの討伐に行っている」
「それの何が問題なんだよ?」
「接敵回数だよ。新入りが報告を怠っていただけとはいえ、15回も会ってるそうだ。それも毎度取り逃しているって。その前にも【バフォメット】って怪異相手に10回近く接敵して、ようやく倒している」

    ディフィートの杞憂に対して、インフェクターが裏で手を引いてるか探りを入れるために、敢えて泳がせていただけかもしれないとトレードはあくまでも、擁護する姿勢で返答した。
    その言葉を聞いて、ディフィートは悪寒がした。そして、トレードにもしもの可能性があると耳打ちで、内心に抱いた想いを伝える。

「はぁ!?空美がインフェクターと組んでいる可能性だぁ?おいおい、ディフィート?流石に、被害妄想も度が過ぎているぜ」
「でもな。前あたしが見かけた時、あたしだけじゃなく調査隊にすら挨拶もせずに、予定が決まってるみたいに立ち去ったんだ。そん時少しだけ後付けたんだけど、あいつ……歓楽街の方に向かって行ってよ……」
「そりゃあ、あれだろ。彼氏とか出来たんじゃねぇの?あっ!ひょっとしてディフィート?おめぇさては、総司の野郎と復縁出来なくて空美にヤキモチ妬いてんじゃねぇのか?」

    トレードはディフィートの顔をヘッドロックして、拳をグリグリと頭に押し当てた。目元と鼻がトレードの巨乳で覆い尽くされ、息が出来なくなったディフィートは肩甲骨をペシペシと、ギブアップの合図を送って拘束を解いてもらった。
    そんなに心配なら、加勢しに行けよとトレードに言われるが、途端に下に視線を落として溜め息をついた。
    この後、別件で渡されている任務があり、その会談で政府官邸に行かなくてはならないため、調査に加わることは出来ない。対して、トレードはというと同じく予定が入っていた。

「特別遊撃隊?何だそれ?」
「あたいも初耳だ。んでも、その遊撃隊のメンバー、今は1人らしいけど。日本……つまりは神風支部での活動許可を貰うために、申請をしにな。立ち会い人ってことだな」

    トレードもまた、政府へ用事があるという訳だ。

    すると二人は、重々しく席を立ちお互いの日程をこなすべく、事務所を出発するのであった。


□■□■□■□■□


    廃ビル街と化した跡地。辰上達は、怪異【ファントム】を追い詰めるべく四方向から追跡し、跡地に逃げ込ませることに成功させた。
    北は総司、東は燈火と茅野、南は辰上と空美、西は実の人選で作戦を開始していた。これは、空美の情報によって【ファントム】の背後に、インフェクターがいることが判明したため、インフェクターの乱入にも対応出来るよう陣形だった。

『早速、こちらは会敵したよ。悪いけど、ターゲットの討伐は君たちにお願いするよ』
「了解しました実課長。お気を付けて」

    通信を切った辰上は、一人車を降りて街中へ進入する。
    作戦では、空美と一緒に向かうはずであった。がしかし、空美から「先回りしているから現地で合流」と言われて、一人車で向かったのであった。
    現地に到着しても、空美の姿はなく通信も応答がない。それに、さっきの実との通信にもジャキ音が混じっており、通信状況が安定していなかった。

『こちら、総司。スケープゴート……と会敵、……した。インフェクターの数が…………、多すぎ、る気が……する』
『はいはい、こちら……火。おな、……じく……クターと…………』
「くっ……、通信障害!?まるで、こちらの進入を予期していたかのように……」

    辰上の焦りが声に出てしまう。急いで、車へと戻り全員の状況を確認するために、パソコンを取り出した。
    茅野と燈火が作り出した、ローカルネットワークでお互いの状況を、リアルタイムで確認することが出来るツールを立ち上げて、スマホと連携させて街中へ進入を開始する。

     そこには確かに、それぞれのもとに怪異反応があった。その全てがインフェクターであるかまでは確認出来ないにしても、最後に通信でのやり取りを聞く限り、誰も【ファントム】とは接触出来ていない。


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━ 実 真 VS ベルフェゴール ━


「お兄さん~、面白い怪異~~、使うんだねぇ?」
おいおい、余所見すんなよおいおい、舐められたものだな

    ベルフェゴールは、実に興味津々といった様子で、腰を弾ませながら【イヴィロム】の攻撃を、肉球の盾で軽々と防いでみせた。そして、眼を無邪気に輝かせながら、攻勢に出るべく爪を尖らせて実へ襲いかかった。
    紙一重で、爪を躱し【イヴィロム】の魔本から頁を一枚、自身の手に引き寄せて盾と剣を呼び出して応戦する。

「こりゃあ、オレも気ぃ抜かんでいかないとかな……。先生ッ!!」
任せろ獲ったっ!!!!」

    爪を展開したベルフェゴールには、肉球の盾がない。そのため、実と【イヴィロム】に挟み撃ちにあえば防ぐ術はなく、綴りの部分に無数の歯を生やした噛み付きが、ベルフェゴールの急所を捕らえた。しかし────、

「なん、だと……!?」
「おもしくないなぁ~~♪は~~いっ」
「ぐはぁ!?」

    瞬時に後ろに振り返り、爪を引っ込めて肉球で【イヴィロム】を弾き、お尻を突き出したヒップアタックで実を突き飛ばした。その威力はとても、幼気な少女の突き出した臀部から繰り出されたものとは思えないほど、おぞましい破壊力であった。
    老朽化が進んでいたとはいえ、軽く建物の壁を三つほど突き破って、打ち付けられてしまう実の身体。ダメージは吐血している量が物語っていた。
    直ぐに、実のもとへ魔本が駆け寄ると、回復魔術が記された頁を開き、回復を済ませて再び立ち向かう。しかし、すでに十分過ぎる時間【イヴィロム】を行使していたため、実の身体は外傷とは関係なく精神的ダメージを負っていた。

「ふぁああ…………。眠くなってきちゃったなぁ~~」
こいつ、寝ぼけまなこでこの強さだってのかまさか、これでも全力ではないというのか!?」
「何にせよ、【ファントム】を倒すまでの時間稼ぎが出来れば……」

    肉球の防壁を突破することも出来ず、ベルフェゴールは盾に囲まれた中で居眠りをはじめた。
    恐ろしいことに、ウトウトしているベルフェゴールの念で動いている盾すら、実の攻撃を一切受け付けていなかった。すると、実は【イヴィロム】を手に引き寄せて術式の詠唱を始める。

「大全に記されし禁術よ。我が精神力を代償に、その理を此処に────奇跡として起こしたまえ……」

暗黒火炎大放出ネガサラマンダーブレスッッッ!!!!

    漆黒の火炎がベルフェゴールを包んだ。一帯の金属すらも焼き尽くす灼熱が、肉球の盾に直撃する。次第に、形が歪み焼け落ちていく盾。
    やがて、激しい爆発音とともに盾がすべて消し飛んだ。禁術を使い終えた実はその場に膝をつき、心臓が鼓動する胸を押さえながら呼吸を整える。
    目の前には、ベルフェゴールが居眠りしていた縦の籠城跡地だけが、黒焦げになっている。跡形もなく姿が消えていることを息を切らしながら、確認した実に【イヴィロム】が近付いて残念そうに口を開いた。

上級怪異なんて、滅多に食えないだろうに、味見も出来なかったなあんな上玉、滅多にお目にかかれないだろうに、食べ損なったな
「はぁ、はぁ、はぁ────ぅ゛っ!!??」

    両性的な【イヴィロム】の言葉に返事をしようとしたその時、実の身体は持ち上がった。同時に、腹部に走る激痛。

「大丈夫だよぉ~~♪生きてるし~、食べられないし~♪」
「か、は……ぁ、ぁぁ…………」
こ、こりゃあ…………マズったな…………く、不覚…………無傷とは…………

    なんと、背後から爪で串刺しにした実と【イヴィロム】を軽々と、持ち上げておっとりした声で息のひとつも切らさずに、実を見上げてそう言い放った。

「人間ごときが~~、悪魔の魔将相手にぃ~~~~?…………ふあぁあ~~~~。むにゃむにゃ……、眠たいから~~~、もう……いいや」

    そう言って、二人から爪を引き抜いてしまう。
    瀕死の実へトドメを刺すことなく、何処かへと闇の霧となって消えてしまった。


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━ 燈火&茅野 VS ガイヤァル ━


「速いっ!?速すぎるわ!?」
「貴様らが遅過ぎるだけだ」
「はっ!?」
「やらせないです、はいっ!!」

    視認することが困難な素早さで動くガイヤァル。その攻撃が茅野のみぞおちをめがけたところへ、燈火の弾丸が割り込むように放たれる。
    即座にトンファーを軸に棒高跳びをして退き、起き上がると逆手に持ったトンファーで二人を交互に指差し、腰を落として構え直す。

「観測課の実力とは、連携力にあるようだな。ならば、その大元を断つっ!!!!」

    踵に力を込めて砂埃を巻き起こして、燈火をめがけて一直線に走り出す。旋風を巻き起こす速度で一気に、燈火の懐に潜ったガイヤァル。燈火の脇を締めた防御を見てニヤリと微笑んだ。
    狙いが茅野であると気付くも、すでに手遅れであった。声を発するより先に、ガイヤァルの蹴り出した脚が茅野の腹部に到達する。
    あっという間に数m先まで、吹き飛ばされて地面を転がる茅野。意識を確認するかのように、ダッシュで茅野に追討ちをかけるのを辛うじて、拳銃で牽制する燈火。

「ふん。貴様の腕では、このガイヤァルの薄皮1枚にも傷は付けられん」
「ぐぬぅ……言わせておけば────、はいっ!!」

    燈火は手元に自動操作で向かわせたキャリーケースから、マシンガンを取り出して射線上に茅野がいない角度から、一斉掃射してガイヤァルを蜂の巣にしようとした。
    しかし、ガイヤァルはトンファーのみで弾丸を弾き、ゆっくりとその歩みを燈火に向けて進めていく。残弾数を見ながら次の一手を考える燈火であったが、その間も涼しい顔で弾丸を捌いていたガイヤァルは、いきなり猛スピードで弾幕を掻い潜った。
    あっという間に燈火の前に到着し、キャリーケースを蹴り飛ばした。その瞬間、燈火がタックルを仕掛けて激突した。後退ったガイヤァルの胸部には、接触式爆弾が取り付けられていた。

「これはどうですか?……はいっ!!」

    手に持ったボタンを押して起爆させる。
    爆風の熱が燈火の頬にも伝わる。ゼロ距離からの攻撃であるのなら、ダメージにはなるはず。しかし、それは相手がガイヤァルでなければ、叶ったことであるかもしれない。
    巻き起こり燃え広がった爆風が、巻き戻しされていくようにガイヤァルの立っていた場所に、みるみるうちに集まっていった。次の瞬間、蒼い炎が爆風の中心に灯る。

「なかなか、いい起点だ。わたしでなければ、今のでも致命傷にはなったかもしれないな……」
「嘘……ですよね?……はい?」
「誇ってもいいぞ人間。この力を怪異使い相手に使ったのは、神木原 麗由に続いて貴様の2人だけだ」

    蒼い炎がガイヤァルの体内に戻っていく。何事も無かったかのように、トンファーを構えているガイヤァルに唖然とするしかなかった。
    拳銃を構える刹那。それより速くガイヤァルの回り込み攻撃が、燈火を宙へと浮かせた。

    何が起こったのか、頭が理解するより先に身体中に痛みが蓄積されていく。バレーボールのラリー、そのボールの気分を味わっている感覚を植え付けられ、圧倒的なインフェクターの実力を前に燈火は、恐怖すら感じていた。
    最後に背中に強烈な一撃を受けて、地面に突っ伏す燈火。そのまま真下に向け、トンファーを束ねて杖に変形させて突き立てる。眼光は燈火の脳天を捕らえ、杖先が目掛けた箇所へ落下した。


 バビュ───ン...スッ...


「へ、へへっ……。薄皮1枚は……もらった……です、よ────はい……」
「────、大した奴だよ……貴様は」

    隼の如く降下したガイヤァルの一撃を、寸前のところで寝返りで躱し持っていた拳銃の残りの一発で、互いに頬を掠め相討ちとなった。しかし、激しい損傷した燈火は、そのまま銃を持ち上げていた手がずり落ちて意識を失ってしまった。

    油断していたとはいえ、一撃をもらったことに頬を拭って痛感するガイヤァル。そして、この戦闘の最中に茅野が姿を消していたことに気が付いた。
    もしかしたら、これ自体が二手に分かれるための陽動作戦であったかもしれないと、ガイヤァルは舌打ちをしつつ、意識を失った燈火の胸ぐらを掴んだ。

    他のインフェクターの反応を嗅ぎ分けるべく、瞑想を始め次なる目的地へと燈火を担いだまま、向かうのであった。


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━ 総司 VS スケープゴート ━


    前回も戦ったのことのあるもの同士の戦い。しかし、その苛烈を極める戦いは他のところよりも、激戦となっていた。
     総司の見切りに合わせて、スケープゴートは乾坤圏けんこんけんで打ち合っていた。フラフープのバトンパフォーマンスの容量で返し技を入れ、その一撃をカウンターに更に強く重い一撃を繰り出す総司。

「うふふっ♪そちらの刀の冴え、なかなかのものですわ」
「っ……。そういう貴様も、俺の間合いによく合わせられる」
「こう見えて、ダンスは得意でして♪」

    舞踏と同じ感覚で、総司の剣撃を受け流していたスケープゴート。しかし、それを聞いて総司は、更なる一手に出た。
    連撃で無理なら、一撃。それも駄目なら、重く鋭い一撃。総司は納刀と同時に居合の型に持ち替えて、光速剣を繰り出した。

「煉獄に落ちろ!!煉獄業火烈火斬じ・いんふぇるのッッッ!!!!」

    烈火怒涛の一撃。
    しかし、スケープゴートは「あら、お上手♪」とほくそ笑みながら、乾坤を刀に輪投げのようにぐぐらせて、自身の体を切り裂くことが出来ないように、勢いを相殺した。

「くっ……」
「あら?ヴェールが斬られてしまいましたわ……」

    だが、総司の一撃はスケープゴートの顔を覆っていたヴェールに当たっていた。ふぁさっと静かに足もとへヴェールは落ち、素顔が明らかとなった。

「なっ!?お、お前は……?」
「おや?そうでしたわね♪このお顔は、そちらにはものでしたわね♪」

    力の抜けた総司に反撃せずに、後退するスケープゴート。上品に手の甲で口元を隠すように笑い、総司の動揺振りを楽しんでいた。
    総司は、インフェクターはを持っているものであると首を横に振り、平静さを取り戻して直ぐさまスケープゴートに刀を向けた。打ち出す攻撃も緩みない一撃を繰り出していることに、スケープゴートは関心しながら退いた。
    まるで、追いかけっこを楽しむように総司から逃げる。負けじと総司も追跡を続けるが、地の利を活かした逃走となれば、こちらがバテるのを待てばいいだけになる。
    そこで総司は、一度追いかける足を止める。そして、静かに眼を閉じて心眼を開花させるように、心の中に意識を集中させる。
    スケープゴートは追いかけて来ない総司が、瞑想に入ったことを確認するとそっと気配を消して近づいた。そろそろと周りを徘徊して、総司の様子を窺った。それでも、総司は精神統一を完成させピクリとも動かない。

(お前の芸当を使わせて貰うぞ……、ディフィート……)
「来なければ、こちらからいきますわよ♪」

    総司の周囲に四体に分身したスケープゴートは、一斉に総司の首目掛けて乾坤の刃を回し向けた。
    精神統一して、心眼で攻撃を仕掛けてくるのなら、四方向から同時に声が聴こえてきても本物を当てることが出来るのか。スケープゴートはそれが見てみたくなっていた。

「────ッ!!そこッ!!!!」

    総司は刀を抜き、投擲した。
    開眼させる先に居るスケープゴート、脳天を刺し貫くが透明になって消えた。本物は、総司が刀を投げた方角の反対側に居た。総司の首筋に鋭く銀色が照り返している刃を、数mmのところに止めて総司に敗北を知らせた。

「残念でしたぁ♪こちらは後ろを取っておりました。と言いましても、そちらがミスしてくれたおかげで後ろを取る形になったのですが……」
「────。」
「ん?どうかなさいました?もしかして、見知った顔をした女性に敗北したショックが、あまりにも大きかったのでしょうか?」
「どうやら……、お前にはないらしいな……」
「はて?」

    スケープゴートが頭上に《?》を浮かべていると、総司はその場に屈んだ。
    その瞬間、視線を総司に合わせていたスケープゴートの胸中に刀が突き刺さった。動じる間もなく、総司が振り返って起き上がりと同時に、スケープゴートの中心を射抜く刀を掴み斬り上げた。

「アギャアァァァァァアァァァ────────ッッッッ!!!!????」
「読み合いというものが、な……」

    総司は断末魔を上げているところに、スケープゴートになかったものを告げ刀を引き抜いた。穿った箇所から、ドス黒い血が噴き出した。口にも血を溜めて吐き出し、蹲って後退るスケープゴート。
    外傷は一瞬で再生させていくが、致命傷ではあったらしく目を白黒させながら息を整えていた。失血したところに、総司が追撃を行なおうとするが、タイミング悪く通信が入った。
    それは茅野からの通信で、燈火と実がやられてしまったという内容だった。燈火はガイヤァルに連れてかれてしまったが、実は瀕死状態となっていることを確認したため、急いで向かってほしいとのこと。

「チッ……。お前をここで、倒しておけないのは残念だが、課長を失うわけにはいかない……」
「く、くふふ……。命、拾い……しましたわ……。このお顔を見てから、そちらの呼び方が違った……あたり。このお顔は、もう少し使わせて……いただき、ましょう」

    腹部に手を当てながら、足元に布陣を作り出し転送魔法のように輝きを放ち、その場からスケープゴートは姿を消した。

    総司はすぐに刀を納めて、背中に背負って実のもとへと向かうのであった。


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    バイタルの低下を確認した辰上は、燈火の反応が移動していることに加えて、総司が実のもとへと向かっていることを確認して動き出そうとしたその時、金縛りにあって体が動けなくなっていた。

「ほぉ?本当に不思議な人間だ。まさか、オレの圧力を感じても金縛り程度で済むなんてな」
「うっ……、くぅ、インフェクター、か?」
「おまけに会話までなら出来ると来たか」

    後ろを振り返ることの出来ない辰上に、自ら目の前に立ち両頬を挟む形で顔を鷲掴み眼の奥を覗き込んだ。
    辰上は、データベースで確認したインフェクターの【残念美形の魔将】アスモダイオスであることを、すぐに理解した。その冷静さにも感服したアスモダイオスは、辰上が自身を見て情欲に溺れないことに興味を持っていた。

「普通、ただの人間がオレを見れば、生殖ザルのようにカラダを求める傀儡かいらいと成り果てるのだが、貴様はどうやら……、怪異をその身に宿すことない体質らしい。そのせいか、オレを見ても感情が湧かない。といっても、はさせられるとは思うけどな」
「ぐっ……。い、一体……何をするつもりだ……?」
(少し、頭がクラクラする……。それにこの格好、ディフィートさんに似てる)
「簡単に殺しはしないさ。まずは、その体を調べてみたい」

    そう言うと、アスモダイオスは両眼を邪悪な紫色に耀せて、辰上の瞳孔を視線で押し潰した。
    途端に全身から力が抜け落ち、膝から崩れ落ちそうになる辰上。それを、支えながら自身の胸に抱き寄せるアスモダイオスは、瞳孔から辰上の中身を覗き込むように見詰める。

「大人しくしていろ。今お前に、色欲の瘴気を流し込んでいる。何処まで理性を保っていられるか、試させてもらう」
「…………っ。ん、んん…………」
(目を離せないっ!?この光は……、あの眼を見続けてはいけない……そんな気がする)

    辰上の意志とは裏腹に、視線はアスモダイオスだけを捉えて動かない。甘い吐息が顔に当たるところまで、抱き寄せるアスモダイオスは耳元で囁く。
    欲望に忠実になれ、と。辰上は息を止めるように、蠱惑的な誘惑に耐える。
    ならば、さらに強くするまでと色欲へ呼びかける力を増大させていく。頭が割れるように痛み出す辰上は、心臓の鼓動を全身に感じ熱が溢れだし始めた。

    しかし、そこへ砂煙を巻き起こす戦闘音が鳴り響いた。

「ふっ♪わたしを倒す、ですか?出来ますか、貴女に?」
「倒す、絶対にっ!!本気マジで飛ばしていくしッ!!」

    空美が【ファントム】と接触していた。
    組み手を続け、お互いの強撃がぶつかり合って距離を取り、もう一度立ち向かってぶつかり合う。すると、そこで辰上がアスモダイオスに捕まっていることに気付いた。

「龍生先輩ッ!!くっ、邪魔ッ!!」
「ぐおっ!?」
「アスモダイオスッ!!先輩を離せぇ!!!!」

    空美は【ファントム】の顔面を蹴って、踏み台にして勢いよくアスモダイオスに拳を突き出した。
    しかし、アスモダイオスは辰上を盾にしたことで失速したところを、みぞおちに強烈な打撃を与え、拳を緩めて氷柱を作り出して空美を弾き飛ばした。

「うぐっ!!」
「空美さんッ!!」
「他人の心配している場合ではないだろ?ほら、貴様のオスである象徴が、すっかりオレの色欲によって目覚めさせられているぜ」
(どういうことだ?全開の色欲を喰らっても、正気を保ったままの勃起だけだと!?辰上 龍生というこの男……)
「ぐっ!?うあああ!!??」

    そうは言っても、無理矢理に性的興奮を誘発させられている辰上は、状況に反して膨らむソレに苦しさを感じていた。瘴気を吸わされても、理性は壊されなくとも、これでは身体が壊されてしまう。
     辰上のそんな苦しそうな様子を見ていた空美。すぐに、助けに向かおうと立ち上がったところに、背後から【ファントム】に抱きつかれた。

「離せッ!!お前の相手をしてる場合じゃ……ないッ!!」
「そうですか。今まで彼等に黙って、貴女が我々と何をしていたのか。今更、観測課の人間らしい振る舞いを装おうつもりですか?」
「ふざけるなッ!!あーしは、お前らなんかに屈しない!!屈してなんか、ないしッ!!!!」

    そう言うとガントレットの仕込み弾を展開し、【ファントム】に向けて撃つべく腕を上げた。

━━ビュシュルッ!!!!!!

「う、が、あぁぁぁぁぁ────────ッッッ!!!!」
「あ、空美さんっ!!??く、ぅ……あぁぁあぁぁ…………」

    なんと、空美の首筋に【ファントム】は噛み付いていた。
    突然の痛みで力が抜けた空美。口を首筋から離すと、【ファントム】は背部から無数の触手を生やし、空美の身体に巻きつかせた。首筋の傷口にも、注射針のように尖った触手が突き刺さる。

━━ギュロロ...ギュロロ...ギュポンッ、ギュポンッ、ギュインギュインギュウイイン...。

    触手達は、空美の怪異である【知恵の女神】ミネルヴァの力を吸い出していた。
    エナジードレインをされていることは、触手のカーテンに覆われていた辰上からは見ることは出来ない。そのため、辰上は空美の悲鳴を聴いて、中では空美が何をされているのかは想像することも恐ろしいものであった。
    勿論、辰上も他人の心配をしていられない状況であることに変わりはなかった。アスモダイオスによって、限界まで興奮させられた体に力が入る。

「さぁて、オレと貴様も次の段階にいこうか」
「あっ、ぐぉっ、か───、はぁ…………」
「なんだ、案外溜まってるんだな?貴様、それだけの性欲を持っていて発散口がないのか?」
「うっ……、生憎と……今、離れていて……会えてない。というか、余計なお世話、だ……」

    アスモダイオスの挑発に、返答する辰上。
    そうでもしないと、意識が飛びそうだったからであるが、それがアスモダイオスには、虚勢には思えていなかった。
    辰上の体を持ち上げて、今度は体の中に悪魔を憑依させられるか試すべく、簡易的に造り出した眷属を掌に乗せた。そして、辰上に眼力で口を開かせる指示を出し、無理矢理開かせた口の中に眷属を球体状にして押し込んだ。

    やがて、経過観察をしてみても互いに拒否反応を起こして、球体を吐き出してしまう形で、憑依も出来ないことが明らかになるだけであった。
    ぐったりとしている辰上を再び起こそうとした時、【ファントム】の方に異変が起きた。


✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


「さぁて、どうです?エナジードレインされる感覚は?」
「うっ、くっ……、力が……入ら、ない……っ!?」
「そうじゃありません」

    触手によるエナジードレインを受ける空美に、【ファントム】は質問しながら、戦いで被弾して破けたマリンセーラースーツ、そこから覗かせている淫紋を擦った。
    成長しきった淫紋は、度々蠢くような禍々しく耀き、空美はその度に身体疼いていた。そして今、その疼きは最頂点にまで達していた。エナジードレインされていることを悦ぶように、妖しく点滅する淫紋。力が抜けていくのに比例して、体がメスであることを幸福に思っているかのように、電撃が走る。
    口では必死に抵抗しているが、体は既にエナジードレインによる快感に溺れていた。定まらない視点で、情けないアヘ顔を晒しているが、幸いにも触手のカーテンで辰上には見られることはない。

「フ──ッ、フ──ッ、フ──ッ♡フ──ッ♡フ──ッ♡♡」
「その姿をお仲間に見せられますか?まぁいいでしょう。どのみち、此処で貴女の【知恵の女神】ミネルヴァの力はすべて吸い尽くさせていただきます」

    最早、自分の息を整えようと深く呼吸してかかる息にすら、快楽を見出している空美は、もう抵抗することはなくなっていた。
    全身から金色の火花を散らして、マリンスーツとガントレットが消え失せて、スポーツブラとランニングスパッツだけの薄着になってしまった。エネルギーを吸い尽くされた空美の体に、触手の粘液がまとわりつく。

「あんっ、ぐ……っ、お゛ぉ゛……ッ♡♡」
「ふふふっ。見事に堕ちましたね────、それではもう一体の女神様に、お目覚めになってもらいましょうか」

    悶える空美。
    それもそのはず。【知恵の女神】ミネルヴァなき今、空美は臨海に達した淫紋から放たれている、快楽波動を一身に受けているのだから。通常の人間なら、脳が焼き切れて絶命、良くて廃人となるソレを一気に全身を駆け巡っている。
     それでも【ファントム】は、悶絶する空美に手心加えることもなく、淫紋を指圧しながら魔に堕とす詠唱を囁く。一句を読み上げる都度、電撃を強めていく淫紋の波動に空美は全身を強ばらせることしか、やり場を見つけられずにいた。

    やがて、詠唱を終えた最後の波動を受けるところで、空美の心臓の鼓動が高鳴り、白銀の光輝を纏い始めた。
    それが、空美の中に眠っていたもう一つの怪異。【美しき愛性の女神】アプロディテの目覚めを意味していた。


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「ぬぐあぁ!?な、なんという力……!?」
「ほぉ?女神様はあくまでも、刃向かうってことか。【ファントム】、下がれ。そうなったら、オレが相手をする」
「はっ!!」

    覚醒した【美しき愛性の女神】アプロディテは、魔に堕ちていなかった。そして、空美が意識を失っていることで【美しき愛性の女神】アプロディテ自体が、暴走した怪異と同じ状態になってしまっていた。

    雄叫びをあげながら、知性も持たない戦闘スタイルでアスモダイオスに襲いかかる。アスモダイオスは、浮遊して攻撃を回避すると氷柱を降らせた。しかし、それらを破壊して飛翔し、その場に四つん這いになると、【美しき愛性の女神】アプロディテは"空美"の背中から、食い破るように翼を生やして空高く舞い上がり、空中戦に持ち込んだ。

「ウガァァ!!ウァァァアァ────ッ!!」
「ふんっ。まぁ、落ち着けよ……、慌てなくたって────貴様はすぐに我が盟友へと、その姿を取り戻すッッ!!!!」

    両手を掴み合い、噛み付いてこようと顎をカチカチ鳴らしながら、頭を突き出す【美しき愛性の女神】アプロディテに対し、掴み合いを解いたアスモダイオスは掌の紋様から、魔剣を取り出して両方の翼を意図も容易く両断した。
    全ての悪なる根源アンラ・マンユ
    アスモダイオスの魔剣は、禍々しい雷撃を起こし胸部にある刻印を焼き払った。そして、飛行能力を失った"空美"は、そのまま自由落下で頭から落ちた。
    その様を見送りながら、アスモダイオスはアブノーマルに刻印された、印のエネルギーを自らの紋様に集約させ、自身も紋様の中に姿を消した。

「空美、さん……」
「ウゥ、ウグッ、ウ、ァァ……ッ……」

    散々体を調べられ、体力を消耗仕切った辰上は近くに落ちた"空美"に向かって手を伸ばす。
    しかし、そこへ地上に降り立ったアスモダイオスが"空美"の髪の毛を鷲掴みにして、【美しき愛性の女神】アプロディテに紋様の持つ堕性エネルギーを注いだ。

「ウガァァァァァァァァ────────ッ!!!!!!」
「さぁ、目覚めの時だッ!!我らが魔将の同胞、【獄炎の皇女殿下】アシュタロスよ」
「アギッ!?ググォォ!!??」
「やめ、ろ……」

    何が起きているのか。辰上には、理解はできなかったが、それがまずいことであることは直ぐに分かった。
    容赦なく、堕性に変換した刻印のエネルギーを流し込んでいくアスモダイオスは、"空美"の身体を壊す勢いで更に追加で堕性を注いだ。それが応えたか、声にならない悲鳴を上げ始める【美しき愛性の女神】アプロディテ

━━パキリ───ンッッッ......。

「な……、にぃ……っ!?!?」

    辺り一面が禍々しい光に包まれていく。重々しい圧力に、肺が押し潰されそうになりながらも辰上はその場に体重をかけて、なんとか堪えた。

    やがて、禍々しい瘴気が晴れたところで辰上はそっと目を開いた。すると、そこにはスポーツブラとスパッツ姿の空美が横たわっていた。
    その近くには、呆然と立ち尽くしているアスモダイオスの姿もあった。
    何処で手順を間違えたのか、そんなことを頭に浮かべているアスモダイオスの目を盗み空美を連れて逃げるなら、今をおいて他にないと立ち上がり空美に駆け寄る。しかし、そこへ空から何かが辰上の近くに降ってきた。

「燈火っ!?」
「アスモダイオス。貴様の計画が台無しになったようだが、どうする?」

    現れたのはガイヤァルだ。
    戦闘不能になった燈火を投げて、アスモダイオスの隣に立ちこれからのことを確認する。まだ他に手はあるはずだと、気絶している空美を連れ帰るよう指示を出すアスモダイオス。
    そして、去り際に計画が失敗したことの腹癒せと辰上の方を睨んだ。燈火を抱えている辰上は、ただでさえ怪異を持たぬというのに、この上ないほど無防備。

「悪く思うな。今、オレの気が立ってるのが、貴様の死因だ」

    氷柱を展開して、辰上に向けて放った。
    辰上は、せめて燈火にこれ以上の傷を負わせないように、自分の背中を盾にした。これで間違いなく自分は死ぬとしても、インフェクターに立ち向かえる怪異使いを残せれば、まだ人類に勝算はある。

□■□■□■□■□

    しかし、辰上に氷柱が刺さることはなかった。そして、辰上の耳には今一番聞きたいと思っていた声が届いた。

「大丈夫ですか、龍生様?遅くなりました……」
「は────……っ!?り、麗由さんっっ!!!!」

    向かい来る氷柱をすべて斬り伏せるメイド服が、辰上の視界には居た。
    なんと、修行を終えて帰ってきた麗由が駆けつけたのだ。一体どうしてと、アスモダイオスも辰上も混乱するが、辰上の眼前にスマホが飛び出した。燈火のメッセージBOXに、麗由宛に送られたものがあったのだ。
     伝えること伝えた燈火は、再び意識を失い辰上に重さがのしかかる。

「さぁ、お下がりください。あとはわたくしがお相手いたします」
「チッ!!【ファントム】、すまない殿しんがりを任す」

    そう言い捨てて、アスモダイオスは飛び去ったガイヤァルの後を追ってその場を離れた。
    追いかけようとする麗由の前に、命令どおり【ファントム】が立ちはだかった。急降下で爪攻撃を繰り出すも、麗由は軽やかに一撃を避けて回し蹴りを肩に当てた。
    辰上の忠告より先に、触手攻撃を仕掛ける【ファントム】。麗由はそれすらも鮮やかなターンを決めて、すべて掻い潜り厚く束になっている集結部分に、一太刀入れて切断した。

「ぐぁぁぁあ!!??なんてことを────ッ!?」
「その如何わしいものを、か弱きレディに向けているとは迷惑千万です。冥刻が貴方をお待ちしております、音が先程から鳴り止みません」

    見違えるほどの手際で、【ファントム】を圧倒する麗由。それを見ていた辰上は、感動してその場から動けずにいた。そして、麗由に向けて思わず応援のエールを声に出していた。

「頑張ってください麗由さんっ!!へへっ」
「んッ//////……かしこまりました」
(ここは、カッコよくいくしかありませんね)
「ふっざけんなァァ!!」

    狂乱しながら、触手を再生させた片っ端から麗由に差し向ける【ファントム】。
    麗由は、耳下に垂れ下がった髪の毛を耳にかけるようにかきあげて、小太刀を逆手持ちして念を込めていく。
    今や、【冥府桜】は修行を経て《ホルアクティ》と名付けており、名前を呼んだうえで辰上が付けてくれた技名を口に出した。

「プロミネス・チャージッ!!」
「なんですか、あれ?はい?」

    お姫様抱っこしていた燈火が、辰上に向けて質問していた。
    顔を赤らめて恥ずかしそうにしている辰上とは裏腹に、真剣な表情で向かって来る【ファントム】の気を掴むことに集中する麗由は、刀身に金色の陽を纏わせ剣へと変え、向かい来る触手の群れと刺し違えた。
    途端に麗由は鞘にホルアクティを納めて、いつもの決め台詞をすでに倒されている【ファントム】に告げる。

「冥土への介錯────、わたくしがして差し上げましょう」
「ほへぇー、もう倒してるやつ相手に言うんですね……はい」

    すっかり辰上の腕の中で、元気を取り戻した燈火の茶々入れもありつつ、【ファントム】を撃破した麗由であった。

「あっ!麗由さん、足もとっ!!はいッ!!」

    戦闘態勢を解いた麗由の足もとを這いずるのは、辰上の体から拒絶反応を起こして飛び出した、アスモダイオスの眷属だった。しかし、当の麗由は振り返りもせず佇んでいた。すると、飛びかかった眷属の横を黒い影が横切り、眷属を細切れにした。
    その黒い影は麗由のもとへ飛来し、麗由は「セクメト、お疲れ様です」と頭を撫でるように、甲手部分に手を置いていた。黒い影の正体は、麗由の持つ鉤爪であった。
    怪異としての【夜叉反し】という名前自体、もともと麗由が名付けたものであるため、【金烏】の力を連携させた今、《セクメト》と呼んでいると真顔で淡々と二人に話した。

「龍生様……」
「麗由さん、来てくれてありがとう。燈火のメッセージに添付していた現在地を辿って来てくれたんですよね?」
「え、ええ、まぁ……。それはそうと、ですね?龍生様?」

    ソワソワし出す麗由。明らかにその視線は下を向いていた。辰上が首を傾げていると、抱き上げられていた燈火が恥ずかしそうにしている麗由に代わり、身体を弾ませながら言った。

「あのですね後輩?さっきからずっと、私の抱き抱えてもらっている腰に硬いのが当たってるんです。これは一体どういうことなのでしょうか?……はい?」

    そう言われてようやく気付く辰上。
    自分がついさっきまで、アスモダイオスにされていたことによって、すっかり興奮を抑えきれなくなっている分身に。指摘されて尚のこと熱を感じると、恥ずかしくなり内股になった。
    燈火に笑われるなか、顔を隠すことはないんじゃないかなと麗由に対して、内心涙を浮かべる辰上なのであった。

    しかし、窮地は脱したとはいえ、こちらにも損害は大きかった。
    まず、空美が連れされてしまったこと。そして、実が重症の傷を負ったこと。
    総司達が実を病院へ搬送した後、一同にもう一つ悪い知らせが届いたのであった。それは、ラットとアブノーマルが海上の怪異調査で行方不明となったこと。

    インフェクターとの戦闘で、噂観測課全体に混乱と損害を与える形で【ファントム】討伐の任務は終了することとなった。
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