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第二章
死を呼ぶ連鎖と怪異の死神と
しおりを挟む山奥に出現した巨大怪異、【孤高の巨神】の討伐に向かったディフィートとアブノーマル。地縛させる術で巨体を拘束させたところにお決まりの口上が届く。
━━終わりを砕いて始まりを刻めッ!!ドゥ───ムズ、デェェェイッッ!!!!
鈍く骨に響く低音の咆哮を上げ、崩れ去る【孤高の巨神】。降りたった勢いで乱れた髪をかきあげてひと息つくと、脚を渦巻き状になる回転速度でダッシュしてきたアブノーマルが、鼻息を荒げて俗に言うガチ恋距離まで顔を近付けてきて言った。
「どうでした?拙僧のバックアップは?ディフィート様のドゥームズデイが華やかに決まったこと間違いなしですね?嗚呼っ!?」
「うるせぇ!!顔近ぇんだよお前ッ!!うっ!?……相変わらず、お前の体臭……あたしは受け付けないわ」
蹴り倒して直ぐに、鼻を摘んでアブノーマルを見下ろす。アブノーマルの怪異【八百比丘尼】と【女王の蟻塚】が合わさって溢れ出すフェロモンの匂いがディフィートは苦手で、いつも嘔吐くほどの牝の香りが気持ち悪いと足蹴にしていた。しかし、アブノーマルはそんな暴力的なディフィートの蹴りがクセになっており、臀部をグリグリされるだけで痙攣してしまうほど快感を憶えていた。
「ったく。お前のその気持ち悪い性癖、彼氏さんは容認してんだから驚きだぜ……」
「────。…………、はぁ……」
呆れたように言い放ったディフィートのその一言で急にションボリとし始めるアブノーマル。実のところ、任務とはいえ数多くの男性と肉体関係を持つことになってしまう怪異の性質上の壁に当人は満更でもなく、大いに謳歌して乱れに乱れている。しかし、その行為を愉しんだ後に重く後悔としてのしかかっているというのだ。
「んなもん、自業自得だろ……。ま、あたしにしたらまだパートナーに愛されているだけでも、羨ましいけどな」
「嗚呼……、いつになったら彼の子を身篭れるのやら……ソワソワ、ソワカソワカ♡」
すでに意識はそこに向いているのかいとズッコケるディフィート。やれやれと頭を撫でながら起き上がるとスマホの着信音が鳴った。相手は神木原 総司。ディフィートは思わぬ連絡に飛び跳ねる気持ちを抑えて応答した。
「もしもし総司きゅん!?なになに?あたしに電話なんてぇ♪────え?」
舞い上がっていたテンションは太陽に翼を焼かれたイカロスもそうだったのではないかというほどの落胆ぶりだった。何でも、次の任務で同行予定になっていた辰上と麗由の枠を変更してくれという内容だった。
魂の抜けたリアクションで「ああ」と答えたことを確認し、総司は切話する。ツーツーという音を耳で聴きながら固まるディフィートを地に伏せた状態で見上げるアブノーマルが「ドンマイ……ですかね」と小言をかける。すると、その場で崩れ込んで大泣きして虹でもかかる勢いで涙を溢れさせていた。
「総司ぎゅ゛ん゛の゛ぉ゛……ばがぁ゛───────」
そのディフィートの上げた大声は【孤高の巨神】に負けないやまびこを発生していたのだとかいないのだとか───。
□■□■□■□■□
━噂観測課極地第2課 事務所内━
スマホをしまった総司は、話を続けるように合図を送ると燈火がホワイトボードに書いた内容に指示棒でバチバチと叩きながら話していた内容を再開していた。
「それで真ちゃん。インフェクターはこの噂観測課が発足される前から確認されていたんですね?……はい?」
「そうだ。オレの言い分はさっき言ったとおり。キミ達には通常の怪異に対しての処置に専念してほしかったために【ヘンゼルとグレーテル】の討伐後も、情報を共有しなかった」
「でも、総司さんと実課長だけは知っていたんですよね?なら、僕は仕方ないかなと……」
辰上のその言葉に右に同じくと首を縦に振り立ち上がる麗由を見て、顔に手を当てる燈火と茅野であった。
問題はインフェクターの存在を知りながら、新規で入った人間に知らせていないだけでなく、発足当初から居る燈火や麗由にも知らされていない秘匿情報があったということだと指示棒で辰上を指して指摘した。
このままではヒートアップしてしまうと辰上は冷や汗をかいていると、麗由がゆっくりと燈火の前に向かい唾が飛ぶのもお構いなしに騒ぎ立てている口にチュロスを突っ込んで黙らせた。
「燈火様。過ぎてしまったことは仕方ありません。それよりも、秘匿していたことを正直に話して頂けたのですから、真様を責めるのはこの辺にしておきましょう」
「神木原くん(妹)……」
珍しく自分の味方をしてくれた毒舌メイドを初めて女神様を見るような眼差しを向ける実。だが、その幻想は瞬く間に消え失せたのであった。
頭を上げた実の目の前に大量の領収証を置き、いつもように事務的な声質で絶望的な言葉を浴びせた。
「そうでないと、この領収証を経費にしていただけませんから……」
「────。」
(麗由ちゃん……末恐ろしい子……)
今回の実の失態はこうして、不問となったのであった。
領収証はそのほとんどが麗由の食事代で総額にすると、贅沢しなければ買える自動車の相場を超えていた。それもたったの二ヶ月分でと知って白目を向いてセミのぬけがらのようにその場に倒れる実であったが、見向きもされずに全員がもち場についていた。
そして、辰上と麗由が乗る車の後部座席に総司が乗り込んで三人で先日燈火達が発見出来なかった怪異調査を引き継ぎ、現場へと向かった。
(どうして兄様がご一緒なのでしょう?)
麗由は口を膨らませて兄である総司を睨んだ。総司もまた、睨み返すように視線を向けて車内はどんよりとした空気感のまま辰上の運転で現地まで移動することになった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
両親が自殺をして遺品整理も終えた頃、彼女の家に戻ったのだが逢えていない。何処に行ってしまったのか分からないが、部屋の埃の感じからして見送った後に帰宅をしてから不在続きであると見受けられた。
「静ちゃん……、どこに行ったんだよ?配信もあれから一回もやってないってことは、何かあったのか?ひょっとすると────」
それは考えたくなかった。両親に続いて静子までも自殺するなんて有り得ない。第一、部屋中探し回ったけど姿が見えないし、帰って来ている様子もない。でも、どうしてなのかと考えてしまう。いつも、身近な人が死んでいる日常を過ごしてきた。
最初は祖母だった。祖母はよく自分が危ないと注意されながらも木登りをして怪我をしたりした時も手当てをしてくれたり、両親が仕事で家に帰れない日は祖母の家で過ごしていた。そんなある日、祖母は亡くなった。死因は常備薬に使っていた睡眠薬の過剰服用によるショック死だった。
それからというものの、通っていた学校でいじめを受けた時に「コイツが死ねばいいのに」と心の中で念じていたら本当に死んだことで、自分にはとんでもない能力が備わっていることを知った。
つまり、幼いながらも当時口煩かった祖母に対して無自覚に死を渇望したことで祖母は死んでしまった。そう思うと恐かった。誰にも話せないまま、高校や進学校、果ては就職先でも自分の周りには自殺者が絶えなかった。以来、自分の無自覚な相手の死を望む思考の存在が恐くなり、休職期間を設けていた時期もあった。
「君に逢えたから、少しだけ希望を持てたんだ……」
静子とのツーショット写真に手を置いて泣き言を言った。そんな事をしていても静子が戻ってくる訳でもないのは分かっていた。けど、探しに行っても見つからない気がしていた。そうだ。きっと思ってしまったんだ。心のどこかで、両親にも死を願い愛することができたはずの恋人である静子に対しても「死んで欲しい」と心のどこかで願っていたのかもしれない。
そんな恐怖に怯えているとインターホンが鳴った。恐る恐るカメラを覗くと、メイド服を来た女性が立っていた。メイドカフェのデリバリーなんか予約を入れていたのだろうか。前に、そういった企画ものをやりたいとは言っていたが、そんなものを事前に予約しているのなら帰って来ていないのはやはりおかしい。
考えている場合ではないとインターホンに出る。
『こんにちは。こちら七種 静子様のご自宅でお間違いないでしょうか?』
「は、はい。俺は同居人の唐良早 詠と言います。とりあえず、中へどうぞ」
玄関の鍵を開けて部屋の中へ入れる。少し埃っぽいままになっていることに気付いて簡易的な清掃をするが「お構いなく…」小さくお辞儀をして案内したソファーに腰掛けた。
予約連絡で来てもらったのに家主が不在で申し訳ないといつつお茶を差し出して向かいに座る。聞くところによると、静子は行方不明となっているらしく自宅へ訪問するのも警察が出向くのではないかと思ったと言いながらお茶を啜る。その振る舞いにどこかサービス業でこなしているとは思えない手慣れたものを感じた。
「あまり長居するのも申し訳ありませんので、わたくしはお暇させていただきます。料金の方は事前にいただいており、追加オプションもございませんでしたのでこのまま失礼いたします」
「あ、はい。分かりました……あの────」
玄関で靴を履いているメイドさんに声をかけようとした時、こちらの言いたかったことを感じ取ったように振り返りメイドさんの口から忠告が届いた。
「静子様をお探しになるのは構いませんが、お気を付けください。貴方様も魅入られているかもしれません」
訝しげな一言を告げてスカートの裾を摘み上げてお辞儀すると、玄関の戸を開けて退室していった。どうにもその忠告は、聴き受けて静子を探さない方がいいような気がした。
でも、行方不明となった静子が生きているのかどうかをこの目で確認したいという衝動には勝てなかった。直ぐに身支度を済ませて静子の家を出る。例え何週間と掛かろうとも探し出すと決心してエレベーターへと乗り、自動ドアの出入口を出た。すると、メイド服のようなものが目に止まりすれ違った。直ぐに脚を止めて振り返るとゴスロリ服を着た男性だった。
先程のメイドとは違うことを知って安心したのと同時に、男のそういうサービスもあるのかと思ってしまったが、そんなこと考えている時間はないと走って静子の寄り添うな場所を片っ端から探して回ることにした。心做しかゴスロリ服を着た男性は見切れるその寸前までこちらを見ていたような気がしたが、特に気にもせず最初の思い当たる場所へと向かった。
✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳
車内で待機していた辰上と総司のもとへ麗由からの通信が入った。
『はい。龍生様のお考えは的中の模様です。芳佳様が目星をつけていらした配信者の自宅は七種という女性の部屋で間違いありません。そして────』
茅野が感じていた怪異は同棲していた唐良早 詠で間違いない。
ただし、気になる点があった。詠の怪異化は随分前に起きているはずなのにも関わらず、人間としての理性を持って生活が出来ていること。まるで自分が怪異であることに気が付いていない様子だったと麗由が伝えると、辰上はその点についての心当たりをすでに資料から見つけていた。
「この怪異は対象に影響を及ぼすのではなく、対象の思考をトリガーに表に出てくる怪異のようです。つまり、彼の意思ではなく彼に向けた意思がそのまま実現する怪異。資料に記されているところでは【他者を殺せる思念】とされています」
その説明に当然の質問を当てる麗由。怪異を討伐するべく、怪異に向けて殺意を持って接触すれば命を落としてしまうのでは討伐出来ないのではないかと。しかし、その心配はなかった。総司が会敵してしまうとその問題に直面することになるが、麗由であればその限りではないのだ。意識を怪異を鎮めることに集中して対処すれば、【他者を殺せる思念】との戦闘を行うことも可能となる。
そして、怪異の真名が判明したことで実と燈火が調査していた件である変死体の自殺も詠という男性が怪異としての能力によって引き起こしたものであったことが結びつき、真相は入れ違いを招くように巻き込まれた周囲が怪異化していたことで難航を極めたようにみえていただけであった。
通信を切って車を走らせる。程なくして助手席で俯いていた総司が顔を上げて刀を鞘に納めたまま辰上の喉元に差し向けていた。
総司は麗由との交際を認めていないといった表情で睨みを利かせていた。そして、信号で停止したタイミングで上体を向けて「怪異使いにもなれない奴に妹は任せられない」と視線で訴え鞘に手をかけて抜刀しようとしたその時、個別通信が総司の通信機に届いた。
『兄様。龍生様に向けている武器を納めてください。わたくしは兄様がなんと言おうとも、龍生様をお慕い申しております。もし、それでも危害を加えるのでしたらわたくしが兄様のお相手を致します』
「────ッ!?」
「あ、あの……総司さん?い、いきなり刀を向けたりなんてしないでくださいよ。僕が麗由さんとその……、お付き合いさせていただいていることを好かない気持ちでいることは麗由さんから聞いています」
「…………悪かった」
どこから見ているのかと周囲に意識を向けてみたものの、麗由が車内の様子を外から見ている感じはないことに若干の恐怖を感じつつ刀を膝下にしまう総司であった。辰上も麗由の個別通信を知らないため、また総司の気紛れに救われたのかと胸をおろすのであった。
やがて、麗由からの情報に映っていた男性。詠の姿を確認した辰上達は車を近場に停めて尾行を開始するのであった。
行方不明になった静子の目撃された情報を聞きつけた詠は近くで聞き込みをしていた。すると、そんな詠に近付く漆黒のヴェールに表情を隠した女性を見つけた瞬間、辰上は身を凍りつかせていた。その様子を総司も察して動けずにいる辰上を連れて茂みに隠れた。
雰囲気からして人間ではない気配を発しているその女性に、詠の聞き込みが始まった。そんな女性は見ていないと上品に返答すると会釈をして立ち去ろうとする詠の手を掴んで言った。
「あら、お待ちになって。こちらも貴方に質問がございますの」
「え?なんですか?」
「貴方、よく身近な人を亡くしておりますよね?その力────、意識を持って使っていらっしゃるのかしら?」
その質問に首を傾げる詠。しかし、隠れて聞いていた総司はヴェールの女性が何者であるかを見抜いた。インフェクターが直接怪異と接触していることに危機感を感じた総司は辰上の反応が行動に出るよりも先に抜刀して突撃していた。
突然の事で腰を抜かしている詠を辰上が背中を支えて立ち上がらせる。その間もバチンバチンと刀が金属と弾き合う音が響く。ヴェールの女性はクスクスと笑いながら両手に乾坤圏を持って総司の刀術を捌いた。
「あら?噂観測課さんですか?散歩がてら、はぐれ者の偵察をしていただけですのにお会いできるとは」
「貴様インフェクターだな?名は確か【贄と映しの幻影】」
「ご存知いただけて嬉しいですわ♪」
ヴェール越しでも微笑みかけて来たことが分かる仕草をした直後、総司が防御に構えた刀に吸われるように影を残す高速移動による攻撃を繰り出した。その生じた風圧に手で身体を覆うようにして身構える辰上であったが、ふと気が付けば腰を抜かしていた詠の姿がなかった。するとそこへ麗由が薙刀を持って駆け付け、総司とスケープゴートの戦乱に介入した。
「あらあら♪噂の兄妹でしたの?ですけど、いいのですか?あの怪異逃げてしまいましたよ?」
「こいつは俺が相手する。麗由、お前は辰上と一緒にやつを追え……」
「はい。兄様、ご無理はなさらず」
そう言って、走って逃げている詠の姿を見つけた麗由は辰上にサインを送り追跡した。追いかける麗由達の邪魔する様子はないスケープゴートは総司に向けて乾坤圏の一つをフリスビーのように投げ付けて、再び立ち向かうのであった。
□■□■□■□■□
回り込んで挟みうちで追い詰めようと、木々を飛び移って追跡する麗由に追い越されてしまう詠はさっきまで一緒にメイドの恐るべき身体能力に気を取られていた。しかし、詠の向かう先にこれまた先程見たゴスロリ服が立っていた。
「そこまでだ【他者を殺せる思念】」
「はぁ?なんなんだよあんたといい、あそこにいるメイドといい……」
「ん?ふん……。そんなことよりも、今私はお前に殺意を向けている」
会話にならない返答に混乱する詠であったが、その身体から伸びる影が光と照射に関係なくゴスロリ服の方へと巨大がしていった。そして、伸びた影の中から悪魔が姿を現した。それこそが、詠の中に棲みついた怪異【他者を殺せる思念】の正体であった。
ゴスロリ服を目掛けて悪魔は飛びかかる様子を見た麗由と辰上は『危ないッ!!』と声を揃えて叫んだ。
──ギヤァアァァァァァァァァ!!!!!!
その時聞こえてきた断末魔は、襲いかかった悪魔のものだった。全身を蒼い炎に抱かれて、塵となり消滅した。その塵が降り注ぐよりも先に、詠の前に降り立ったゴスロリ服の男性は、詠の心臓をいつの間にか手に持っていたトンファーをトンボ返しした状態で突き刺し、生命を奪っていた。
どさりとその場に力なく倒れる“唐良早 詠”だったものが、蒼い炎で火葬されていく様を見て戦慄する辰上と麗由を交互に見ると、ため息混じりに、ゴスロリ服は自らインフェクターの【蒼炎の先駆】であると名乗り、その役割りが怪異と人間の均衡を保つことだと話す。
「っ!?龍生様、お下がりください。この者、インフェクターである以上は只者ではありません」
「あ、はい。────って麗由さんっ!?」
辰上の方に、身体を向けて話している麗由の背後に迫るガイヤァルの棍撃。次の瞬間に、発生した衝撃で吹き飛ばされる辰上は、転がった先で直ぐに起き上がり麗由のいた方向を見た。
背面に構えた薙刀、【陽炎を纏いし一閃】で一撃を見事に防いでいた。無心貫く眼光でガイヤァルを睨み返し、打ち合いが始まった。
防戦に向いているように見えて、打撃攻撃の補助の効果しかないトンファーを見事防御に使いこなし、持ち手を上手く変えて反撃に出る。麗由も負けじと大きな振りを極力避け、子周りの効く姿勢を保ち肉弾戦での攻勢を試みた。
「ふっやるな……だがこれならっ!!」
「くっ。あうっ────、痛ッ!?……はっ!?」
「貰ったァ!!」
片棒を軸杖に飛び込み蹴りで、薙刀の持ち手を逸らした一瞬を突いてのシャフト部分から刃を展開し、麗由の心臓を抉った。しかし、その手応えがないことに気が付いたガイヤァルは、すぐに周囲を見渡す。どう見ても、麗由に刃が突き刺さったように見えていた辰上が、走り出しそうになった全身に急ブレーキがかかった。
ガイヤァルが眉を歪ませて手の甲を見つめると、微かだが切り傷を負わされていた。同時に背中に強烈な衝撃が加わり、地面のコンクリートを抉りながら数メートル身体を引きずって、突き飛ばされていた。
起き上がるガイヤァルと見守っている辰上の目には、黒いドレスへと装いを変えた麗由の姿があった。
するとガイヤァルは、突如肩を揺らすほどの高笑いをして「なるほど」と小言を零していた。対する麗由も、刀先に【金烏】を力を込め始める。
(スケープゴート様の仰っていたとおり、この女。このガイヤァルと対を為す存在のようだな)
(次の一撃で確実に決めに来ようとしていますね。しかし、こちらには龍生様がいます。これでは───)
「我、天啓を求むッ!!全能の陽ラーよ。今此処に絶界への門を開き、灰燼と帰す黒炎を我が力とせよッ!!汝の名は……」
「…………っ!?冥界を守護せしオシリス神、アヌビス神よ。冥界への扉を開き、命あるものを護る力をお貸しくださいっ!!汝の名は……」
【黒烏】ッ!!
【金烏】ッ!!
━━星が占めす狩猟の陽
━━清浄の調べを持つ黒点
闇と影烏の紫月纏う烏【黒烏】と黒点照り返す金色の烏【金烏】。両者の放った化身が、ぶつかり合い灼熱を発した。ガイヤァルが杖へと、変形させた武器を掲げて更にエネルギーを込めていくと、麗由の化身よりも一回りも大きな化身へと姿を変えて光輝を暗黒が呑み込んでいった。
「そ、そんな……。────っ!?」
「何っ!!??」
押されて後退していく麗由が、弱々しく持つ薙刀の持ち手に手が重なった。それは辰上が麗由の背後から、二人羽織の体勢で手を伸ばして添えてくれた手だった。麗由が辰上を心に感じた瞬間、【金烏】は暗黒の中から輝きを放ち、衝突していた力が弾け飛んだ。
麗由達の放った技は周囲を焼き払う熱量こそあるが、対象を異界へと送るものであるため、狙った生命以外を奪うことはなかった。加えて、麗由が清浄の調べを持つ黒点に込めたもとのまま、守り抜くという願いに呼応して、先の戦闘で壊してしまった構築物も元通りに戻っていた。
そんな激しい衝突が生じさせた閃光が、収まりきる前にガイヤァルが驚いた様子で立ち上がって言った。
「その男との共鳴が、貴様を強くしたと言うのか……?であるのならば、貴様達はここで────」
「うっ……。龍生様……はぁ、はぁ、はぁ……お逃げ、ください……」
「でも。麗由さんを置いてなんていけない」
満身創痍。
麗由は辰上との共鳴に、全力を注いで反撃に出たというのに、ガイヤァルはまともなダメージを受けることなく、衝撃を回避していた。
ただの人間が放った一撃にたじろいではいるものの、その危険性を肌で感じたガイヤァルは、トンファーの刃を構えながらゆっくりとその歩み寄った。立ち上がることも出来ず、息を整えることに専念している麗由を抱き抱えている辰上に、狙いを定めていた。
このままでは、辰上が殺されてしまうと入らない力を無理矢理に奮い立たさせて、薙刀を杖に何とか立ち上がる麗由。ならまずは邪魔をする者から、と標的を変えたその時、ガイヤァルは動きをピタリと止めた。
『お止めなさいガイヤァル。貴方と私の役目は果たせております』
「ぐっ!?しかしスケープゴート様ァ?この者は、人の身で怪異とあれ程にまで縁を結べてしまっております。今此処で処分しなくては────」
『うふふ♪可愛いガイヤァル。心配はいりませんよ。怪異と人間の均衡に乱れが生じることはないのだから。分かったら退きなさい』
不服そうな顔をして声の主の指示に従うと、トンファーが蒼い炎となって燃えてなくなった。「命拾いしたな」と去り際に一言告げて、ガイヤァル自身も蒼い炎に包まれながら姿を消した。
かくして、見逃してもらう形で戦いは決したが周囲から怪異の気配が消えた事を確認した麗由は、ふらついて倒れそうになった。それを辰上が支えると、身を委ねるように預けた。
時を同じくして、スケープゴートに逃げられてしまった総司が、二人に合流することになった。
休息を取りつつ、怪異調査はインフェクターの乱入で原因の鎮静化は出来たものの、自分達は何も出来なったことを報告書にまとめて、撤収作業を進める総司。ベンチに座っている麗由に、辰上が暖かい飲み物を手渡し隣に座った。
「あのガイヤァルってインフェクター。とてつもなく強かったですね?」
「いいえ。わたくしがまだ未熟だっただけです」
意外な返答に辰上が驚いた。
先の戦闘、最後の技の激突こそ遅れを取っていたようにみえたが、実は打ち合い自体は麗由の方が押していたのだ。
ガイヤァルは持ち前の再生力があり、ギリギリ上を取っている麗由を相手にしてでは勝敗を決することができないと判断し、【黒烏】を使っていた。その時、麗由も迷わずに【金烏】の力を解放していれば、押し負けることはなかったかもしれないと思っていた。
受け取った飲み物を飲み干した麗由は、またしてもインフェクターとの戦闘で助けてくれた辰上の方を見つめる。その目は明らかに、同じ職場に務めている同僚、習慣付いてしまった事務的なメイドの顔ではなく、恋人を見つめる時の表情をしていた。
勿論、付き合い始めたからにはそんなことに鈍感な訳もなく、しっかりと背中に手を回して顔を近付けると、唇をそっと重ねる。
「お前達……。帰りは俺の運転でいいな?」
「あ、兄様。は、はい。それで問題ありません」
(もう少しだったのに……。空気読んでください兄様)
「あはは……、総司さん。僕が運転するでも大丈夫ですよ?」
(キス───し損ねちゃったな)
総司の方を見て話す辰上のお腹と胸の間に、人差し指を当ててモジモジとなぞる。振り向いた辰上の耳元で「この後、お食事に行きましょう」と囁いて、不機嫌そうに立ち上がり後部座席へと乗車した。
道中、一切の会話もなく帰社した三人は調査報告書を提出して、実と茅野に今回起きたことを話した。
インフェクターの活動が活発化していることは確実。これから考えを改めて対策を練らないといけないとm実は予定表を組むことにしたなか、茅野はソワソワしている辰上を終始気にしていた。
やがて、退勤した辰上は麗由と待ち合わせしたレストランへと向かい、ディナーと二人きりの時間を過ごすのであった。
「後輩、大丈夫ですか?げっそりしていますけど……はい」
(麗由さんの匂いプンプンですね。こりゃあ、楽しんだんでしょうね……はい♪)
その後日、腰を痛そうにしている麗由を見て茅野が心配していたが、すっかり元気溌剌で上機嫌な様子を見るからに、蜜の濃いひと時だったことは語るまでもないことである。
□■□■□■□■□
━噂観測課極地第1課━
インフェクターの出没と、遭遇が多くなることに頭を悩ましていたのは、こちらも同じであった。トレードが怪異調査依頼で海外へ出張と重なって、第2課の実課長とともにラットも海外調査の応援に向かうことになっていた。
「せな訳で、海外の方にもインフェクターの手が回っとるみたいやから、ワシと実はんでちょっくら応援行ってくるで」
「応よ。────ん?ってことはよ、来週稼働してんのってあたしと新入りだけだな」
ディフィートは、背もたれに顎を付けるだらしない格好でそう言った。【孤高の巨神】を討伐した後、アブノーマルは婚約者の誉世 在砂と慰安旅行に行きたいと言って、有給休暇を取ったのであった。しかし、淫行に対して歯止めの利かないアブノーマルと、《3泊4日の旅行》は大丈夫なのかとトレードが冷や汗をかいていたが、ラットがそれなら心配ないと事情知った顔で説明していた。
そんな話をしているなか、ディフィートはもう一つ気になっていることがあった。それは、音雨瑠 空美とここ数日顔合わせていないことだった。
アブノーマル曰く、インフェクター【残念美形の魔将】との闘いで負った傷が相当深いらしく、出勤しても調査に行くこともなく早退が続いていた。そのため、精密検査も兼ねて療養休暇を与えた。
「今週まで休みのはずで、今日あたり精密検査が終わるはずだ。あたい明日出発だから、日本発つ前に家に様子見に行こうと思ってるさ。連絡がつかない日が何日かあったけど、病院で検査している時間帯だったのかもしれねぇしな」
なんとも不安が残る情報提供。
ディフィートが懸念しているのは、空美のコンディションでもあるが、復帰後に調査の同行者がいることだった。その同行者が、怪異を身に宿すことができない辰上であることが気がかりであった。
そうは言っても、当人である空美の個人連絡先を知る訳でもないディフィートは、直前に確認することが出来るわけでもないと、鼻の下にペンを挟んで退屈を持て余した女子高校生でも、今どきはやるかも分からないだらけようを見せていた。
「まぁ、当日のあたし。調査現場近いから、終わったら見舞いに行くとするかな。場合によっちゃ、手を貸すことにすればとりあえずは大丈夫だろう」
「────、だな。うっし、あたいは帰って準備するわ」
「え?なんで?」
友達のノリで質問するディフィートであったが、トレードの回答に一同騒然とした。あのアブノーマルですら、その騒然としている一人に加わっていた。
なんと、トレードは今回の海外怪異調査に、家族も連れて行くことになっていると言ったのだ。あくまでも、家族旅行で出向いたうえで、報告のあった怪異を探すという斬新な作戦にラットは「怪異のこと家族が知ったら不味いでぇ?」と答えていた。
「ま、まぁ……なんとかなるだろ。でなきゃ、インビジブル課長もさ……あたいに頼んだりなんてしねぇだろ?」
頭を掻きながらそう言って、事務所を後にしたトレードを見送った噂観測課極地第1課の所内は、不安な事だらけでどんより重い空気であった。
この時、空美の身に起きていることを知る者は課内には、誰もいないのであった。
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