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第二章

死体と願うもの ★☆☆

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「あ~~……」
「ちょっと聞いてるかカヤ子ちゃん?」
「え?ああ、すみません。どうも最近、ヴァーチャル配信者にハマっておりまして……はい」

    調査現場へと向かっている燈火と実の何気ないような会話。助手席でスマホ画面を横にして眺めている燈火を横目に捉えつつ運転をする実は、話の続きに意識を戻させるように言った。

「今回の一家集団自殺。どうも変なんだと警察から連絡があったと言ったように、オレ達はこの後市街に戻って同時刻で息子1人残して自殺した夫婦の自宅へも向かわなければいかない訳よ?」
「おぉ!……はい」
「それでね?オレとしてはだね……。カヤ子ちゃんにそっち行ってもらって手分けして洗い出しをだね?────って聞いてないでしょカヤ子ちゃん」
「え?あ、はい」

    はっきりと話を聞いていないことを生返事で返している間も、画面から目を離さない。すると、音量を上げて配信を視聴し始めた燈火。呆れて開いてしまう口を塞ぐように電子タバコを咥える実。その脇から聴こえてくる音声は若い女の声。ヴァーチャルの2Dモデルで実写体を隠してのその配信にリアルタイムで視聴している所謂同接人数が『13,711』と表示されているくらいに有名なのかと煙を吐きながら覗き見ていた。

『それじゃあ、開封していきたいと思いまぁ~す♪ごめんなサイレント♪』
(なんなんだその「ごめんなサイレント」って前置きは?)
「さぁさぁ、レアカードは入っているんですか?………はい?」

    どこをどう見てもトレーディングカードに夢中な少年のように画面前で興奮している燈火の目は、まるでカードパック開封をしている張本人であるかのように目が血走っていた。

    やがて、配信で全てのカードパック開封が終わるまで車内ラジオ感覚で音声が垂れ流しにされながら、目的地に到着する頃まで燈火の配信視聴は続いていたのであった。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

「みんなぁ♪今日も配信に来てくれてありがとぉぉ♪────うん、うん……。コメントww────そうだね。今日は終始サイレントじゃなかったかもwww嘘ぉ!?可愛い?ありがとぉ♪────じゃあ、また明日も観に来てねぇ~~♪えぇ、サイレント・ジーンちゃんの本日の配信終わりまぁぁす♪それじゃ、おつかれ種ぇぇ~~~………」

    配信を切る。そして、ヘッドホンとマイクも切って配信用デスクから離れる。同時に防音室のドアが開けられる音に振り返る。

「お疲れしず。それと……ごめん……」
「んもうっ!!謝らなくてもいいってば。ねぇ、えいくん……?あのね?ワタシ、付き合ってる人居るって……リスナーさんに伝えようかなって思うの」
「え?で、でも……サイレント・ジーンとしてのイメージもあるんだし。同棲までさせてもらっている俺が言うのもなんだけど、やっぱり……俺達───別れた方がいいんじゃないかなって……」

    別に交際相手が居たって普通だと思う。七種さえぐさ 静子しずこ。自分の名前から《静か》と《種子》を文字って《サイレント・ジーン》って名前でヴァーチャル配信者として活動して、周囲のウケがよかったからこうして生活出来ている運がいいだけのことなのに、いつも唐良早からいさつ えいは腰が引けたようにへりくだって話していた。

    最初は字が読めない人が通い始めたフィットネスジムにいると思い声をかけたところから出逢い、何度か同じ時間帯にジムを利用する時に会話していくうちに上がったあとに食事をするようになり交際関係を築いた。ところが、相手が有名配信者であることを知った途端に詠の態度は一変した。それも決して悪い方向にではないものの、それを知るきっかけが交際して一年が経ち同棲することとなった後のことであった。

「でも、貸家見つかるまでは出れないんだから、別れるんなら住むとこ見つけてからでもいいんじゃない?ワタシは、このまま傍に居て欲しいんだけど……?」
「いや……俺なんかじゃ……その……」
「あ~もう煮え切らないなぁ!!ねぇ?じゃあ今日……外に食べに行った後にさ…………?」

    ここから先は察して欲しい。詠の方から言って欲しいそう思いながら外食に行く身支度を済ませて玄関に出る。静子は香水を着けてメイクもしっかりとしたことを玄関前の鏡で確認してからブーツの履き合わせを調節するために踵見ながらつま先をトントンと床に当てる。その様子を見ている詠の表情がいつもよりも暗かったことに違和感を感じながらも引っ張って行くように外へ出た。

    別に記念日とかそういう特別な日でもないからと高級でもないレストランで注文を頼むも、その間もずっと暗い顔をしている詠にむず痒さを憶えて思い切って声をかけた。

「何かあったの?なんか今日……、いつもよりも元気ないよ?」
「それは……その……」
「言い辛いことでも、ワタシに出来ることがあるなら手伝うからさ?だから……、そんな暗い顔してないでさ。話してみてよ?ねぇ」

    それでも表情も変えずに静子の方を見ようともしない。
    しかし、静子は詠の体が小刻みに震えていることに気付いた。それは何かに怯えているようで、きっと怖い目にあったに違いないと静子は話してくれない以上は自分でそう解釈することにした。
     気にしていても仕方ない。まずは、空腹を満たしてから考えることにしようと届けられたメニューを受け取り、詠の分もテーブルに置きいただきますと手を合わせてから食事を始めた。詠も食事を静子に続くようにフォークを手に取り食べ始めた。
     黙食が要求されている訳でもないのに、黙々と食べ進める光景に静子は別れ際のカップルにしか周囲には見えないだろうと気まずさを感じで視線が気になり辺りを見渡した。すると、カウンター席でウェイトレスが困った様子で一人の客を対応しているのに注目してしまった。

「お、お客様……本当に大丈夫なのでしょうか?」
「お構いなく。この壁掛けにあるメニューすべて1品ずついただきます。ご心配しなくとも、わたくしの腹六分目にもなりませんのでじゃんじゃん持ってきてください」
「かしこまりました。お隣の方は?」
「あ、私は要らないです……。麗由ちゃんが食べているとこ見てるだけで胃もたれするので……あははは」

    メイド服にOL服の女性。なんと、メイド服の女性が店内のおすすめメニューをすべて一人で食べると言っていたらしく、それは店員も確認するだろうと思うのと同時に静子はこれがもし本当に完食するのなら、配信の小話に出来るなとメニューが届いた後のメイド服の女性を見守っていた。
    食べ切ろうが食べ切らなかろうが若干誇張して話せば、笑い話にはなるしと軽い気持ちで見ていた自分が恥ずかしくなるとは知らずに───。噛んで食べて居なくたって一般人女性が食べる量ではないものをいとも簡単に完食して見せたのだ。

「ふぅ……」
「麗由ちゃん、足りたかしら?」
「はい。宣言どおり腹六分目です♪」
「そ、そう……。辰上君と居る時もいつもそうなのよね?」
「?……────。」

    静子の持っていた疑問をOL服の女性が聞いてくれていた。それに男の名前を聞いたメイド服の女性は俯きながら質問に質問を重ねて返していた。

「やはり、殿方を目の前にしての大食いは……よろしくないのでしょうか?龍生様も……よく食べる女は、お嫌いなのでしょうか?」
「いやぁね?それはもう暴食よ……。んでもって辰上君に嫌って言われたことあるの?あの子なら『食べている麗由さんも素敵だ……』とか内心で思ってそうだけど……」

    その一言を聞いて元気を取り戻したのかスッと立ち上がったメイド服の女性はガッツポーズを取るかのように握り拳を胸に当てて、凛とした表情で「会計に向かいます」と言ってレジ前に向かい支払いを済ませるとOL服の女性とともに店を出ていった。
    店内は痴話ばなしに花を咲かせている客と目を点にさせながらメイド服の女性が座っていた席の皿を片付けている店員、それを見て固まっている静子がいるという光景になっていた。

「あのさ……、俺……ちょっと実家に行ってくることにするよ」
「ふぇ?」

    間の抜けた返事をして向かいの席に座っている詠の方を見た。
    食事は食べ切っていないままフォークを置き、ため息を着いている様子を見ていると、さっきのメイド服の女性が羨ましくなった。

(きっと、頼りがいのある彼氏さんなんだろうな……)
「なんで、実家に行くの?」
「実は────…………」

    ようやく切り出してくれた話を聞いてこれまた驚愕した。
    しかし、同時にそれは言辛いのも無理もないことであったと静子は思った。詠の両親が死んだというのだ。それも自殺で、死亡する前に泊まりに帰っており両親にある事をうち明けたというのだ。
    確かに家に帰らないとその日連絡を貰った時で、いつもは仕事で主張先の一泊や異動勤務があって家に居ないことがあったため不思議には思っていなかったが、まさか実家に帰っていたとはと胸を撫で下ろした。その様子を見て首を傾げている詠に笑いながら答えた。

「だって、もしかしたら浮気相手でも見つけて別れようって言い出したのかなって思ってたからさ。ってあれ?ワタシ達、まだ結婚してないから浮気にならないね?うふふ……。でも────」

    静子はその続きを喉に押し込むように言葉を止めた。詠は両親が自殺したことでいつも以上に暗い雰囲気になってしまっていたのだと解った以上は、自分の欲を。願望を口にするのはやめようと思った。交際してから一度も性行為をしておらず肉体関係も持ちたいと言いかけた言葉に繋ぐように家族の方を優先するように、テンションもしっかりと哀愁を込めて言った。

「ご両親のこと……、ちゃんと知っておかなくちゃだよね……。ワタシ、タクシー代出すよ。行ってきて……」
「え?いいよ。自分で出すから。しばらくは戻って来れないかもだから。遺品整理とか終わったら、交際の話もちゃんと話そうと思う」

    その言葉に反応してあげることが出来なかった。
    やがて、会計を済ませてタクシーに乗る詠を見送った静子は一人寂しく自宅へと戻ることにした。しかし、沈んでしまった気持ちを落ち着かせるために酒の力を借りようと思い自宅への帰路にあるスーパーマーケットへと立ち寄った。

    不思議なもので、さっきまでは詠との関係に拗れが生じていることに打ちひしがれていた心がいざ買い物となると、明日以降のことも考えて食材や日用品を買い物カゴに入れていくものだ。静子はそろそろ周期的にも必要になると生理用品コーナーへと足を運ばせる。すると、手を伸ばした先で横から伸びてきた手とぶつかり身を引いてしまう。

「あっ、ごめんなさい……。貴女もこれ欲しいのね……?あは……ひとつしかないですし、いいですよお譲りします」

    先に口を開いたのは静子ではなかった。
    銀灰色の長髪にツンとしたような表情の少女だった。少女は戸惑っている静子の手に什器に入っていた最後の一個となった生理用品を渡して、少し力の籠った足音を立てながら食品コーナーの方へと向かって行った。
    本当は絶賛周期ど真ん中で今必要なのは少女の方ではないかと心配になり、静子は同じ食品売り場を見に行くふりをして後をつけた。少女が向かった先には、金髪のこれまた美肌を持つ人がカートを押しており、付き添いだったのか会話を始めた。

薫惹くんじゃ、後で薬局も寄っていいかな?」
「構わないよ。その様子だと、いつも使っているものは品切れだったのかい?」
「ち、違うわよ。ちょ、ちょっと高かったの!!あれなら、薬局で買った方が安いって思っただけ……。────?何よその目?」

    薫惹と呼ばれた中性的な容姿をした人は、話を聞く限りでは男性のようだ。
    しかし、静子はまったく家にない訳ではなく前もって補充しておきたいくらいの気持ちなだけで、少女に気を遣われた感じがどうにもむず痒くなり会話の輪に割り込んで譲り受けた生理用品を差し出して口を開いた。

「あの。ワタシ、まだ…家に少しあるから大丈夫です。それにそちらのお嬢さんは今すぐ手元にあった方がいいんじゃないかなって思えたので、これ……やっぱりアナタが買って」
「────。」
「…………ま、まぁ?あ、貴女がどうしてもって言うんなら?ありがたくいただき、ます……」

    そう言うと恐る恐る手を伸ばし静かに受け取ると、そのままスッと薫惹の持つカートのカゴの中に生理用品を入れた。その顔は恥ずかしさで真っ赤になっていたが、薫惹はそれに気付いていないのか静子の方をじーっと見つめたまま動かないでいた。
    流石に静子も薫惹からの視線は感じており、じろじろと見られている感じが不快さを憶えて顔を下に向けながら「じゃあ、ワタシはこれで……」と告げて踵を返した。

(何でなの?あの人に見つめられただけなのに、ワタシ……詠くんのこと考えちゃってた……それに────)

    慌てた様子のままレジへと急ぎ足で向かう静子は、全力疾走した訳でもないのに動悸が上がる胸を押さえていた。
    その様子を見ていた薫惹は、体を────瞼すら動かすことなく姿が見えなくなるまで見つめて、いや睨み付けていた。薫惹がそんな様子であるなか、少女は薫惹についた嘘がバレた恥ずかしさからようやく解放されて平静さを取り戻すと、落ち着いた声のトーンで言葉を発した。

「あの子……もう既に取り憑かれてたのね?」
「はい。しかし、貴女の煩わせるまでもありませんよ────瞬姫ときひめ様。ここは僕に任せてください。水砂刻みさときにも連絡せずに、明日は2人でお過ごしください」
「そう、分かったわ。でも気をつけてね────、どうにもが視えるの……」

    二人のどこか非日常的な会話はそれで終わり、カゴに入れたものを会計しにレジへと向かうのであった。

□■□■□■□■□

    結局買い物を満足に出来ないまま帰って来た静子は自宅へ真っ直ぐ帰宅した。薫惹に見つめられてから激しい動悸が収まらない。勿論一目惚れした訳ではなく、帰宅してくる間もずっと心の中にある想いは増大していた。

「な、なんなの……?とりあえず…お風呂準備して、防音室の机……片さなくちゃ」

    頭に響く内心の声を振り払うようにそう言って、風呂場へ向かい湯はりをさせるセットをしてから防音室の配信終了のままにしてしまった机の上を片付ける。
    今日の配信で開封した最近流行りのトレーディングカードゲームの最新弾のパックの袋をゴミ袋にまとめて、箱は綺麗に畳んで他の配信で使ったダンボール類と一緒に束にしてゴミ出しできるように端に寄せて置いた。

(詠くん……。早く、戻ってきてほしい……。アナタの愛のカタチを……)

────ワタシのココに...欲しい...

    気分を落ち着かせようと浴槽に浸かる静子は、気が付くと自分の秘部を慰めていた。指の出し入れを止める者はなく、ただひたすらに心の声に従って自分で自分自身を愛撫していく。
    水面を孕みながら反響する自分の声が絶頂へと駆け上がらせていき、身体を中心に引き寄せて達してしまう。だが、それでも動悸は増すばかりで静子はこれまで一人でシていた時でも連続で自慰行為オナニーに臨んだことはなかったにも関わらず、指の愛撫を止められない。

「どうして……、どうしてなの────詠くん……あっ///」

━━━プシャアァァァァ!!!!

    湯冷めしないように体表の水分を拭き取った風呂上がり後も、ろくに髪の毛を乾かさずにベッドへと寝転びクチュクチュと淫猥な音を茶立てでもするように指をこねくり回して膣奥に男性のモノを想像して強制絶頂オーガズムを迎える。
    ケモノのように息を切らし、同棲している彼の置かれている状況も省みずに名前を叫び海老反りになって綺麗なブリッジから放物線を描いて潮噴きまでしていた。

「イグッ────、イクイクイク……、あ、ぁぁ────い゛ぃ゛ぃ゛ぐぅ゛ぅ゛っ!!!!」

    寝室は防音ではないというのになりふり構わずに絶頂の声を掻き鳴らして果てる。ようやく、収まった頭の中の声。スローモーションで泥のように背中をベッドに着けると両目を覆うように腕を置いた。
    それは決してはしたない声を近隣に聴かれた恥ずかしさでも、見られたくないと感じて行なったものでもなかった。その証拠に既に10回は達して、寝室をビショビショに濡らしたことに構う様子もなくもう片方の手は今も慰める手を止めることなく隙あらばもうひと波起こそうと弄り続けていた。そして、口角を大きく開いて勝ち誇ったような笑みを浮かべて低めの声で愉悦に浸って手にした自分の本音に意識を差し出した一言を口にしていた。

シたいの...詠くん...♡♡♡

    突如、壊れた人形のように狂った笑い声を上げて目を見開いていた。
    自分の心にここまで素直になったことはなく、それがこんなにも気持ちのいいものだとは知らなかった静子は笑いながら解放されたことへの祝砲にド派手に先ほどよりも一際大きい快楽絶頂アクメをキメて気絶するように眠りへと落ちた。

    目を覚ました時、寝室の光景に驚愕し急ぎ慌てて掃除を始めていた。そして、帰宅してからの記憶が朧気のままどうしても詠のことが気になり、本当は向かう気はなかったが、過去に送られてきた仕送りに書かれていた住所を頼りに彼の実家へと向かうのであった。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

━現地調査を終えた燈火達━

「ところでさカヤ子ちゃん?なんだってそのサイレント・ジーンって子の配信にハマっているんだ?」
「はぇ?いや、別にこの子にハマってるって訳じゃないです……はい。私がよく観てる配信はですね…………はい♪」

    警察から情報を得て次の場所へと向かっている実達は、燈火が観ていた配信についての話を続けていた。そんななか、燈火が見せ付けてきたスマホの画面には最近気に入っているという配信チャンネルが映されており、そこには《家小路いえのこおじチャンネル》と書かれていた。

「あの……。オレの間違いじゃなければそれ……、旦那さんのチャンネルだよね?」
「はい♪そうですよぉ♪家に帰れない時はいつもこの配信をリアタイで観てますからねぇ、はい♪」

    とてつもない溺愛カミングアウトに実も少々引きつつも、冷静に質問した。何故、サイレント・ジーンの配信を食い入るように観ていたのか。すると、燈火は真面目な表情になって理由を答えた。
    同じ噂観測課の茅野 芳佳が持つ怪異【嘘から出た真】の能力は、怪異が忍び込んでいるネットワークを捜し当てることが出来るのだ。それに今回、配信サイトに怪異反応が微弱ながらあったということで燈火が個人的に配信サイトを利用していることもあるからと監視次いでに視聴していたということだった。

「それで、この子は怪異なのか?」
「いいえ。芳佳さん曰く、この配信者の家に出入りしている或いは同棲している者が怪異であると睨んでいるそうですよ?……はい」

    そう言ってスマホの画面をサイレント・ジーンのチャンネル画面へ遷移させて、今日の配信予定枠が削除されていることに気付いた。SNSの方を確認しても休みの理由は特になかったことを見て燈火は「ははぁん」と何かを悟ったように声を発していた。

    やがて、次なる目的地であった住んでいた夫婦が揃って自殺したという住宅へと到着し、車を降りて敷地内へと入る。バッジを見せた刑事に「子どもまで捜査に加わるのか?」と視線を向けられる燈火は、立ち去っていく刑事に舌を出してキィっと表情を向けていた。

「何が子どもですか……はい。それにしても、こりゃあ自殺なんですかね?……はい?」
「確かに。そのわりには、意図しているようにも見受けられる。自殺したというよりもという方が自然かもな」

    実の言うとおりに仏さんの状況から見て、自殺を望んでしたように見えなかった。お互いにお互いの首に手をかけたような手の跡。もちろん、お互いの首を絞め合っていたのならそれは他殺であるのだが、見つめ合ったまま自分の首を絞めて自殺したにしても不自然な倒れ方をしている。
   それに、首を絞めての自殺となると通常は吊るし紐に自身の体重をかけて行うものが一般的で自分の握り締めでとなるとタオルやビニール袋で息をその後出来ないようにしてでないと、こと切れる寸前まで首を絞め続けるなんて出来るはずもない。それをやってのけて自殺しているこの夫婦の遺体は間違いなく怪異が絡んでいると、実達は確信し敷地を出て車へと向かった。

    捜査線の外へ出ると、一人の女性が警察と話をしていた。女性は、この自宅で死亡した夫婦の息子と交際している者だと言って中へ入ろうとしていた。夫婦の息子であるのなら、この後現場調査が終われば遺品整理に来ることにはなるだろうが、今は葬儀等の手続きでこんなところへは来ないだろうにと思いつつ、実が会話に割り込むように入った。

「ちょっと失礼刑事さん。お嬢さん、ここの住宅の関係者ではないだろ?交際していても婚約していても籍を入れていないのなら、警察の言うことを聞いて諦めてくれないか?」
「そ、そんな……。詠くん、最近暗かったのにご家族まで亡くなられて落ち込んでいるの。だからワタシ……放っておけなくて」
「気持ちは分かるけどね。でも、これが本当に自殺でなかったとしたのなら、話は変わってくる。その時は、君のような素敵なお嬢さんが傍に居てやった方がいいかもしれない。だから、この場は諦めてくれないかな?」

   そう言うと、女性は頷いて実の説得を飲んだ。
   近くの駅まで送ると車に乗せようとする実に向かって「邪魔しないで……」と小声を出すも、気付かれる様子もなく後部座席へと乗車し調査現場を後にした。

    駅までの移動中に助手席に乗っている燈火のスマホ画面が目に入った女性は目を一瞬見開いた。それに気が付いた燈火が振り返ってサイレント・ジーンについて知っているのか尋ねた。

「え、ええ、まぁ。たまに観るくらいですけど」
「そうなんですか、はい。でも、本日はライブ配信お休みみたいです……はい」
「好きなんですか?サイレント・ジーンが?」
「はい。配信サイトのものであるのなら、リアルでもヴァーチャルでも好きですね……はい。ときにお嬢さん?こんなチャンネルなんて如何ですかね?はい?」

    薬売りの自宅訪問販売にきた営業のように食い気味に迫り、《家小路チャンネル》を勧めていた。圧に押されて背もたれの方へ身を引いていく女性であったが、その時車が急ブレーキをかけられて停止したことで燈火の身体が激しく揺れてスマホが足下に落ちていた。
    拾い上げる暇もなく助手席のシートにしがみついていた燈火は揺れが収まると同時に実に向かってなぜ停めたのか大声を浴びせた。しかし、視線を向けた先の実の表情が緊迫していることで何が起きたのか理解した燈火はすぐさま車を降りた。

「きゃっ!?」

    女性の悲鳴と同時に窓ガラスが割れる音が聞こえた。
    なんと、後部座席の背もたれにハサミが刺さっており、女性は肩から血を流していた。燈火はポケットから取り出したペン状のボタンを押し、トランクを開くと中からキャリーケースが飛び出した。同時にキャリーケースに付いている射出口から二丁拳銃が発射され受け取ると、気配の感じる方へ銃口を向けた。

「真ちゃんが車の停めたのは【彷徨う亡霊】レイスゴーストですよね?お前は誰です?……はい?」
「そ、そいつは【鋏を抱く幸薄】シザーハンド。第1課が取り逃したっていう怪異だ。なんでも、奇行に走っているらしいから気を付けろ。さぁ、早く」

    負傷した女性はショックのあまり気を失っている。幸いこれから起きる怪異との戦闘を目撃しないのであれば殺処分の対象にはならないため、近くの木陰に寝かせることにした。
    車から離れて行く実を狙って走る【鋏を抱く幸薄】シザーハンドを前に立つ燈火が発砲。五本指のハサミで全て弾き顔を目掛けて空を裂く反撃に出るが、頭上を飛び越えて避けた燈火の弾丸霰を浴びて仰け反った。弾切れとなった二丁拳銃を両サイドに投げ捨て、新たに射出されたサブマシンガンとショットガンを受け取り距離を詰めて撃射バースト。腕を交差して受け止めた【鋏を抱く幸薄】シザーハンド【彷徨う亡霊】レイスゴーストの方へ吹き飛ばされた。

「面倒ですね。どうやら、あの夫婦の未練が呼んだ怪異のようですが……はい。ハサミマンに関しては、男に見境ないようです───ねっ!」

    泣き言を言いながらも、【鋏を抱く幸薄】シザーハンドの攻撃を躱して肩を踏み台にして【彷徨う亡霊】レイスゴーストに銃撃を浴びせる。
    燈火の得意とする怪異は亡霊型の怪異である故に、放つ弾丸は霊体にも有効のものである。しかし、二対一になるとトドメを刺しにいくのが難しいと【鋏を抱く幸薄】シザーハンドの牽制をしつつ、確かなダメージを与える。

「すまん、遅くなった。頼みますよ先生!!」
面白くもないが、食ってやるとするかつまらない相手だが、退屈しのぎにはなるだろう

    ショットガンの銃身でハサミを防いでいる燈火から切り離すように黒い闇が【鋏を抱く幸薄】シザーハンドに飛びかかった。実の怪異【イヴィロム】が男性女性の声をハウリングさせた声をあげながら姿を現した。実が空虚に向けて頁を巡る動作をすると離れたところにいた魔本である【イヴィロム】の身体が
ペラペラとめくられていき、光を放つと水の槍へと形を変えて持ち主のない状況で独りでにまるでそこに使い手が扱っているような槍捌きで打ち込んでいく。
    これによって生まれたチャンスを逃す燈火ではない。サブマシンガンの弾切れを気にせずに全弾ゴースト体にお見舞いして助走をつけたステップを三拍子。空中を側転する身体が【彷徨う亡霊】レイスゴーストの脳天位置に逆さで差し掛かる瞬間に、ショットガンに込めた弾を一斉掃射フルバーストする。

「あのお嬢さんの同情に漬け込むのは、いただけませんね……はい」

    スタっと見事な着地と同時に「ふっ」と銃口の煙を吹き消して肩に担いで怪異の消滅を確認した。すると、実の方を見るやいなや感じたとてつもない気配に懐に隠していたワイヤーガンで実を引き寄せた。

ゴォォォォォォォ────ッ!!!!

    首根っこを引っ張られて宙に放り出される実の足下スレスレまで火炎が吹き上げ、車を焼き尽くしていた。降りかかった火炎を受ける【鋏を抱く幸薄】シザーハンドが両手で振り払うなか、ワイヤーでかかった引力を失って落ちてきた実を【イヴィロム】がキャッチし、燈火のキャリーケースもリモコン操作で離脱させておいたお陰で火炎に巻き込まれずに燈火のもとへ寄せると、実と燈火は火炎が飛んできた方向へ視線を向けた。

「おいおい【鋏を抱く幸薄】シザーハンド。自分の仕事、増やしてくれんなよ?」
「アア?オマエモ───、彼女ヲ傷付ケルッ!?ガァァァァ!!!!」

    蜃気楼すら生まれる高熱に揺れている視線の先で【鋏を抱く幸薄】シザーハンドが立ち向かったそいつは片脚で差し向けてきた両手を蹴り上げて、土手っ腹に重い膝蹴りを喰らわせて【鋏を抱く幸薄】シザーハンドを後退させた。

「それだよそれ。その区別つかないお前さんは、もうはぐれ者だ。……ガイヤァルのやつばっかに無理させれないからさ。自分が直々に始末しに来てやったって訳よ」

    そう告げると手に持っていたパイプたばこの中にあった蒸気を一気に吸い上げて頭上に吐き捨てて、パイプを叩き割るように地面に投げつけた。

「ゴールが近付く味って言っても大した事ねぇわな……。どうせ不死身の自分には効果なしということで────」
「死ネッ!死ネッ!シネ、シネ、シネ、シネェェェ!!!!」

    パイプたばこの感想を言っている間に【鋏を抱く幸薄】シザーハンドが八つ裂きにする。現れた男はあっという間に地面に倒れるが、【鋏を抱く幸薄】シザーハンドはそこへ馬乗りになって斬りつける手を休ませずに続ける。黒い血が大量に飛び散っていることから、襲われているのは怪異であることが窺えるが、何故仲間割れを起こしているのか油断出来ないと辺りの熱が冷めてもなお目を離せずにいる燈火達。すると、【鋏を抱く幸薄】シザーハンドが手を止めて立ち上がると大の字になって動かなくなった怪異の男を前に踵を返して再び実に狙いを定めて歩き始めた。
   二回戦目になると銃と魔本を構える両者と【鋏を抱く幸薄】シザーハンドであったが、そこに先程の怪異の声が聞こえてきた。

「やれやれ。これで満足してくれんなら、いくらでも面倒みれんのにな?なぁ【鋏を抱く幸薄】シザーハンド。自分はまだ殺られてないんだけど、それはいいのかい?」

    振り返るとそこには、確かに大量に切り傷を与えて動けなくしたはずの怪異が無傷の状態で何事もなかったかのように佇んでいた。あたかも今初めて声を掛けに来たといった雰囲気で近付いてくる。それに恐怖した【鋏を抱く幸薄】シザーハンドがハサミを投げ打つが、怯む様子もなく前進を続けるその怪異はかけていたサングラスが吹き飛ばされても、四肢にハサミが突き刺さりいくら裂傷を負わされようとも瞬時に蒸気を発する高熱で傷口を溶かし落として新しい皮膚を創り出すことで瞬間再生を繰り返して無傷の状態に戻る速度が傷を負う速度を勝っていた。
    勝ち目がないと悟った【鋏を抱く幸薄】シザーハンドは背を向けて逃げ出そうとした。向かう先にいる燈火達を振り切って森の中へと逃げ込もうと走っているのを追いかけようとするよりも先に【鋏を抱く幸薄】シザーハンドが車の焼け焦げた跡のある方へ吹き飛ばされていた。

「無駄無駄。自分の蜃気楼マボロシすらろくに見切れないお前さんに、逃げられるなんて選択肢────はなっからないんで。そんじゃ、ここいらで消えてもらうとしようか」

    ニタァっと戦いを遊びのように楽しんでいる笑みを作りながら、一瞬で殺気のみを残した態度へと豹変させると、実と燈火の瞬きすらしていない目でも捉えきれない刹那に【鋏を抱く幸薄】シザーハンドの目の前に立ち、あっという間に消滅させた。

──暴虐的欺瞞破壊アウトレイジ・バンブーズルッッッ!!!!

    地団駄で盛り上がった地面が竹槍のように鋭く【鋏を抱く幸薄】シザーハンドを串刺しにして霧散していく塵に合わさるように盛り上がった地面から生えた竹槍は火の粉と消え、盛り上がった地面も元どおりになっていた。
    そして、その何もかもが幻のような光景を見て実は小さくその怪異の名前を口にしてしまっていた。

「不死の……蜃気楼。イン……フェク────……」
「ん?お前さんら……、ひょっとして噂観測課の連中かい?いやいや、気付かなかったわ、すまんすまん」
「と、とんでもない……ですね……。…………はい……」

    今の今まで存在に気付いていなかったと驚いた表情をしている【不死の蜃気楼】に対して、圧倒的な力で【鋏を抱く幸薄】シザーハンドをねじ伏せたことに戦慄している実達であった。
    しかし、目的はあくまでも【鋏を抱く幸薄】シザーハンドであったと言い残してその場から立ち去ろうとする【不死の蜃気楼】に銃口を向ける燈火は、空かさず発砲し後頭部から頭蓋を射抜いた。

「おお、恐いね~チビちゃん♪やめてくれよ?自分、あんたらとはやる気ないんで。ここは大人しく見逃してほしいんだけど?」
「お前……インフェクターですね?真ちゃん、このインフェクターについて知っている様子ってことは、やっぱり何か隠し事してるですね?……はいッ!?」
「────。」

    実は何も答えない。
    その無言が隠し事をしていることを物語っていた。燈火は銃口はそのまま半目だけ実の方を向けて様子を見ていたが、実はその場に立ち尽くしていた。インフェクターの存在感に気圧されたわけではなく、機密情報を迂闊に口にしてしまったことに動揺してしまっていたのだ。

「はぁ……。内輪揉めなら、自分抜きでも出来んだろ?仕方ないから名乗っておいてやるよ──────自分はインフェクター。名を【不死の蜃気楼】ホウライって言うんで、以後よろしく……」
「待つです!!」

     燈火の呼び止めと発砲虚しく湯けむりのようにふわりと姿を消すホウライ。取り逃してしまったと思うよりも先に俯いている実の胸ぐらを背伸びして掴み問いただした。

「真ちゃん!?どうして今の怪異がインフェクターだってひと目でわかったんですか?それに顔、後輩達にも黙っていたことなんですね?なんとか言ってくださいっ!!はい?」

    怒りを向けるのも無理はない。辰上や茅野、麗由は勿論のこと自分も聞かされていない情報を実は持っていて、それが【ヘンゼルとグレーテル】に次ぐインフェクターが既にいた事を知っているというのであれば、共有されない理由を知りたいと思うことは不思議ではない。
    それでも何も答えてくれない実を手放すと気絶してしまっていた女性のことを思い出し、まずは安全確認が先決と頭を切り替えた。しかし、実が寝かせて置いた場所に女性の姿はなく、森の中へ向かっていった血痕が残っていた。

「とにかく、話は後です。今は女性を探しに行かないとです、はい……」
「分かった……。全員が事務所に集まるタイミングで……話すよ……」

    重々しくそう答えると、森の中へ伸びている血痕を辿り女性を探す二人。日も暮れ初めて見つけ出すのが困難になる前にと急ぐも、その後見つけた旧トンネル跡地で血痕が途切れていたため女性の捜索は諦めて帰社することになった。

□■□■□■□■□

━数分前━

    銃声を聞いて意識を取り戻した静子は傷付いた肩を押さえながらその場から森の茂みへと足取りを進めた。駅まで送ってくれると言っていた人達と乗っていた車から逃げ出すように走り出す脚を野草に取られて転がり落ちて窪みのある場所に身体を打ち付けた。
    悶絶するほどの衝撃が身体に加わるも、のそっと起き上がる静子。またしても、悶々とする動悸が込み上げて痛みどころではなくなっていた。ヨロヨロとした歩き方をしながら、トンネル跡地のような空洞の中に入っていき体のショックではなく抑えきれない興奮による吐息を漏らす息遣いで場もわきまえずに股座に手を突っ込んだ。

「あっ……。どうして……?ワタシ……シたいよぉ……、────詠、くん……。あっ、はぁ、はぁ…、はぁ……ダメっ────キちゃう//////」

    ブルブルと全身を震わせて、痛みを快感で上書きする絶頂に浸る。
    壊れていく理性への恐怖と芽生えた詠を支配したいという欲望への魅力に板挟みなって思考が欠如していく視界で、こちらに向けて近付いてくる足音の鳴る方へと首を傾ける。

「やはり、そこまで深刻化が進んでしまっていたか」

    そんな人ならざるものへと変貌しつつある静子の前に現れたのは、昨日スーパーマーケットで出会った中性的な男性。温田矢ぬるたや 薫惹くんじゃだった。視界に捉えたのと同時に激しい憎悪に駆られた。思えばこの男に見つめられてからずっと気持ちがおかしくなった心地がしていた。そして、静子は足下から黒い煙を立たせながら残された理性で強く念じた。

この男を殺せば、詠くんを取り戻せる。詠くんと性行為セックスがシたいッ!!シたいのぉぉ────【死体のA君】ッッッ!!!!

     心の奥底に秘めていた性への渇望に手を伸ばした静子はその姿を怪異へと変えていった。

     その始終を蔑むような眼で見届けた薫惹は腰に下げていた細剣に手を添え、胸元に吊るされている十字架を握りしめる。ケダモノのように口から涎を垂れ流して獲物へと食らいつこうとする怪異【死体のA君】を眩い光が弾き返した。

聖女天臨マリアルフォーゼッッ!!!!

    白銀の鎧に身を包む薫惹の姿が光の中から現れ吹き飛ばされた【死体のA君】に追い討ちをかける。はっきりと女性的な体つきとなったのを見て驚く“静子”の声が「女ッ!?」と告げるなか突き攻撃を繰り出して脇腹を掠める。

「そうですね。今この身体は私の怪異と戦闘するための状態。聖女としての力が宿っています。どうか、哀れにも私利私欲に負け邪魂へと身を堕とした貴女を救たまえ」

    近付けないよう上半身をタオルのように振り回した反撃を受け止め、トンネルの壁を蹴った。反り返した体勢のまま捕える【死体のA君】の左眼を就き貫いた。着地の余韻を与えるまもなく背面目掛けて斬りつける剣劇で背甲にもダメージを与え、一気に大技で畳み掛けるべくバックステップを取った。
    潰された片目を手で押さえながら背中の痛みに苦しむ怪異に情けもかけずに剣に光を集めていく────するとその時、

ガバッ!?

    突如背後から新たに現れた怪異に両脇から腕を入れられて剣を手放してしまった。その怪異こそが【死体のA君】の本体ともいうべき存在。言うなればである。

「うっ……く……っ……」
「アア、ァ……」
「ひうっ!?」

    拘束を振りほどこうとするも、A君は拘束して肩上に回した手を固定したまま肘をくっつける形で薫惹の控えめな乳房をたくし上げた。女の身体を体感するのは聖女天臨マリアルフォーゼをしている時だけの薫惹にとって、言いようのない感覚に声を上げてしまった。
    咄嗟の出来事で力が抜けてしまった薫惹の抵抗が弱まったことを確認したA君は肩を固定させていた掌えをたくし上げた乳房に伸ばした。薫惹はこれが“静子”の作り出したであることを感じ取るも初めて知る感覚が襲う。

(なんなの……この感じ。怪異に胸を触れているなんて、不快なだけのはずなのに……)
「ココカ?コウサレルト、キモチイイ?」
「ぬあ……、な、何を!?うっ…///んんっ……」
(こんな感じなんだ……。女の子の感じ方って……。────?私どしたことが、何を考えているのですか?今の私は。こんなことで……っ!)

    破廉恥な行為を強要して来るA君にされるがままの身体を取り戻すべく手を落としてしまった剣に向けて掌を開いた。吸い寄せられるように手に収まった剣から波動を放ち振り向きざまに縦に斬り込んだ。
    ヒリヒリしている胸部を風呂場で他人に見られないようにする時と同様の押さえ方で隠す。意識を戦闘に集中させようとする間に逆上したA君は殺気を込めて飛び上がった。同時に片目の再生を完了させた“静子”が覆い被さるように襲いかかる。薫惹は“静子”を受け止めて隙だらけになった背後をA君に晒してしまっていた。
    このままで追い込まれてしまうと焦るが、A君は落下地点を定めて飛びかかってきた。痛みに耐えるように目を閉ざすが、痛みを感じない。それどころかA君は跳ね飛ばされていた。

「まったく……。何が僕1人でいい、よ?見事なピンチじゃないの」
「と、瞬姫様ッ!?」

    薫惹の窮地に現れたのは瞬姫だった。
    助けてもらった薫惹も“静子”を押し返して、トンネルの両側入り口を塞ぐような配置となった【死体のA君】に向き合うべくお互いの背中を合わせる。何故、この場所が分かったのか聞くと、瞬姫は言われたとおりに水砂刻とのデートを満喫させてもらっていたが、本当に一人で大丈夫なのか心配になりゲームセンターで夢中になっている水砂刻の目を盗んで薫惹の後をつけていたのであった。
    着ている上着のポケットに手を突っ込んだままニーハイブーツの履き心地を合わせるためにトントンとつま先を突き、ヒール部分を覗き込みながら踵を叩くとリズムに乗ってステップをその場で刻み始める。

「1、2、3、シー…………、スタート」

    駆け出した瞬姫のニーハイブーツの底から刃が飛び出す。カチッと音を立てると同時にオーバーヘッドからの蹴り落とし。履いていたミニスカートが靡いて中に履いているスパッツを晒しながらA君の額に切り傷を負わせた。着地から回転蹴りを繰り出し、吹き飛んだA君の腹部に飛び乗って体重をかけて飛び降りる。地面に蹴りつけられたA君が錐揉みの状態で宙に浮き上がった。

「薫惹!!フィニッシュは同時じゃないと意味がないわ。女の子の方をお願い」
「はっ!承知いたしました。主よ……、悪しき気に触れた悲しき魂を────」

     長い口上と集約までの時間に「遅いッ!!」と文句を言いながら起き上がったA君の反撃を踊るように躱し続ける瞬姫は、でこぼこした砂利道をブレードスケートで地面を削りながら滑って横殴りの攻撃を敢えて両手で受け止めてトリプルアクセルで衝撃を受け流して着地した。
    身体の中のリズムを絶やさないように指を鳴らして再び滑り出す。エルボウをリンボーダンスのようにつけたスピードを殺すことなく状態逸らしで避ける。去り際にA君の腕を鉄棒代わりに掴んで逆上がりの要領で天井目掛けて飛んで、両脚のブレードを突き刺した。

「まだなの薫惹?」
「行けますっ!!」
「そう。それじゃ、リズムが崩れないうちに決めちゃいましょう」

    光の波動に足を取られ身動き出来ない“静子”と、天井に小柄な身体を張り付かせて手の届かないA君。薫惹は納めた細剣から作り出された輝く旗をなびかせ、瞬姫はブレードスケートの刃を一度ブーツにしまい真下に向けて落下しながら両者合わせての存在である【死体のA君】を狙った同時攻撃が放たれた。

━━儚き聖女の波動聖光ラ ルーチェ ディ オンダッ!!
━━静止時刻座標・絶対反響クロノクロック・リファレクトッ!!

    掲げた旗の先に立ち尽くす“静子”を神々しいオーラが包み込む。
    一方でA君に向けて逆さのまま開脚して再び取り出されたブレードスケートから斬撃を放ち、両手で着地を成功させたあともブレイクダンスで振り回した脚撃を浴びせて距離を詰め、180度振り上げた脚で時計の針が重なり合うように鋏込んでブレードで腹部を切断し粉砕していった。

「詠……くん……ワタ、シ……」
「恋人───、なのかしらね?その人……」

    地を這いずりながら手を伸ばして最後まで交際相手の名を口にして【死体のA君】は消滅していった。瞬姫は例え怪異として深刻化していたとはいえ、一時でも一緒に居た人間をその手にかけたことを杞憂に感じた表情を向けていた。
    変身を解いた薫惹がそっと瞬姫の背中に手を置いた。元は人間であるものを殺めることが辛いのなら自分や水砂刻に任せてくれと小さい声で言うと、「よ、余計なお世話……」と口を尖らせてぷいっと顔を逸らして腰に手を当ててトンネル跡地の外に指している夕陽を浴びた。

「さっ。そろそろ水砂刻もゲームに飽きちゃってアタシのこと、探しちゃってるかも?薫惹も一緒に行こ」
「そうですね。僕を見かけたということにすれば、水砂刻のやつも納得するはず。────、じゃ行きましょう」

    ひと息に斜面を駆け上がっていく瞬姫を見つめながら、薫惹は胸を押さえていた。少し考えるようにその場に立ち止まったが、瞬姫の呼びかける声を聴いて我に返り急いで斜面を登る。

「ちょっと薫惹……、いくらなんでも体力なさすぎ……」
「はぁ、はぁ、はぁ。すみません。でも、瞬姫様は一般的な女性よりも体力がございますので、僕がついていけないのも無理ありませんよ」

    そんな言い草に「なっさけない」とツンとした一言を浴びせてトンネル跡地から姿を消すのであった。

    やがて、実と燈火がそこへ辿り着くも既に静子は怪異となってこの世には居ない存在となり果てたことを知らずに帰社することとなったのであった。
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