意味が分かったとしても意味のない話

韋虹姫 響華

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第二章

新たな存在

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    人々が寝静まった未明刻。四つの動物のシルエットが夜空を舞い、その後ろを追い掛けている一人の青年の姿があった。

「コイツら、瞬姫ときひめの言うとおりで、すばしっこいッ!?」
「コケッ、コココケッ!」
「ヒヒィ~~~~~ンッ!!」
「何ッ散らばった!?……なぁ~んてな♪薫惹くんじゃ、そっちに2体行った!!」

    青年は叫んだ。すると、二匹の動物が向かった先に首に下げた十字架へ祈りを込める金髪の女性的な容姿をした男性が立ち塞がった。

聖女天臨マリアルフォーゼッ!!

    神々しい輝きを放ちその身を銀鎧に包み、手には細く文字が彫刻された剣を持ち向かい来る犬と猫に向けて聖光解き放った。犬がその一撃を受けて地面に転がり、回避した猫が爪を鋭く立てて反撃に出た。
    薫惹は鎧を身にまとっているとは思えない身のこなしで素早い攻撃を躱し、剣で足払いをして後退させた。立ち上がった犬と並び立つところへ、ニワトリとロバが飛ばされて集められ包囲した状態を取った。

「流石だね水砂刻みさとき。ワタシの加護で怪異を拘束する。その隙に一気に決めよう」
「ああ!【ブレーメンの音楽隊】、悪いがここまでだ。俺達が生きるを脅かす前に消えてもらう」

    槍を持つ青年、日天文ひてんもん 水砂刻が大きく振り回しながら眼前のロバを突き刺し仕留めた。しかし、ニワトリと犬がロバの体を踏み台に水砂刻の頭上へと飛び込み襲いかかった。槍を引き抜き回し避けでニワトリが放った卵型の魔弾を弾き、犬の噛み付きを持ち手を前に突き出して防いだ。

「水砂刻ッ!?────ッ、通してはくれない……ようですね?」
「フシャアァァァアァ────、ニィヤオッ!!」

    加勢に向かおうとした薫惹の行く手を阻む猫が再び鋭い爪で攻撃をしかかけてきた。薫惹は味方のピンチに焦るあまり動きに乱れが生じ、上手く避けきれず剣で防ぐも持久力がないせいも相まって防戦続きになっていた。すると、そこへ槍が猫の首を捕え壁に叩き付けた。
    ロバに続き猫が黒い塵となり消えると、ニワトリが騒ぎ出して逃げ回り始めた。水砂刻が投げた槍を壁から引き抜き薫惹に手を差し伸べた。

「お前、本当に体力ないな。ほら掴まれ」
「あ…ありがとう、ございます……」
「あはは…。変身するといつも敬語なのも相変わらずっていうか」
「ッ!?う、うるさいですっ!どうしても、この口調になってしまうのですよ。そんなことよりも追いかけましょう」

    照れながらも逃げていった【ブレーメンの音楽隊】の残党を追うことを提案して走り始めた二人。とその前に壁を突き破って別の怪異が姿を現した。それは、以前空港で出会った怪異【掌握せし魔笛】ハーメルンだった。水砂刻を抱き抱えてそのままと出できた方と逆側の壁を着き壊した。
    水砂刻がハーメルンに蹴りを入れて、引き剥がすと薫惹の方を見て叫んだ。

「お前はブレーメンの方を追ってくれっ!!コイツは俺1人でも充分だからさ」
「……分かりました。どうか、水砂刻に聖なる加護を……」

    胸の十字架を強く握りしめて力強い視線を向けたあと、剣をケースにしまって【ブレーメンの音楽隊】が逃げた方へ姿を消した。それを見送っている水砂刻に隙ありと襲いかかるハーメルンであったが、槍で受け止められて反対方向に投げ返された。

「こないだは自分から逃げておいて、今回は奇襲とはな。汚い真似をするじゃないか?変異型の怪異ってのは……」
「オマエ──、アヤツッテ、ヤル。弱いヤツら、イラナイッ!オマエみたいに──な部下、欲シイッ!」
「なるほど。アンタ、の記憶に引っ張られてるんだな……。その苦しみもだっ!!」

    槍を深く持ち走り出した水砂刻は、咄嗟にスライディングをして砂埃で視界を奪い、砂煙を割って槍先を突き立てた。槍の上につま先を置き、華麗に避けて魔笛を鳴らし周辺の金属を操って水砂刻を全方位から攻撃した。
    金属同士がぶつかる音の中に、人の肉が当たる感触があったハーメルンは様子を見るために演奏を止めた。すると、集結した金属達の縫い目から水が溢れ出して金属達が力なくその場に崩れ、中には誰も居なかった。

「マルデ、脱出王だナ?」
「俺はフーディニではないッ!!既存の怪異あんな奴と一緒にするなあッ!!」

     天井から槍を振り降ろして突き刺すその一撃を飛び避けて踏み場にしていたマッドが槍に刺された場所を中心に折り畳まれた。挟まれた槍の少し飛び出した石突を掴み抜き取り、ムーンサルトの延伸力で勢いました薙ぎ払いでハーメルンの片腕を斬り裂いた。

「ググ、クアアァアァ────ッ!?」
「トドメだっ!!!!」
「クッ!!コンナ、トコで……死ねるかッッ!!」

    斬られずに残っていた片腕に握っていた魔笛を全力で吹いて、建物内にあるもの全てを掌握して水砂刻に投げ付けた。ありとあらゆる方向から不規則に向かってくるそれらを捌いている隙に逃げ出していた。
    またしても逃げられたことに悔しがり、槍を地面に突き刺す水砂刻であったが、直ぐに薫惹のことを思い出し後を追うのであった。

    車のディーラーショップへと逃げた【ブレーメンの音楽隊】を追ってきた薫惹は既に息切れを起こして呼吸を整えるのに忙しない状態になっていた。前かがみになっている自身の胸部に感じる重さ。勿論、鎧を着けているのもあるだろうが変身前にはないものであるが薫惹に複雑な心境を与えていた。

「はぁ……。女としての特徴こんなものなくていいのに……、肩が凝るのもきっとこれのせいですっ!!」

    そう言って追いかけていた怪異を見失ったと判断してか変身を解く。光の中に鎧が消えて女性向けな服を着てはいるが、確かに男であることが伺える体格をしている薫惹の姿。
    逃がしてしまったことを水砂刻にどう説明したものかと、途方に暮れている溜め息をついてトボトボと来た道を戻ろうとしたその時、背後に忍び寄る犬の影があった。息を殺して近付く犬が後一歩動くだけで薫惹に触れられる距離まで忍び寄ったところで、離れた場所に隠れていたニワトリが飛び出して来た。

「コケコッコォォォ────!!!!」
「…………ッ!!かかったね?」
「ワゥッ!!キャウン……!?」

聖女再天臨マリアゲインッッ!!!!

    薫惹の掛け声に十字架が先程よりも強く光を放ち忍び寄っていた犬を吹き飛ばすほどの衝撃波を生じさせ、ニワトリも空が飛べる訳でもないため煽られた強風に逆らう事も出来ずに地面に流れ着いた。
    今度は金色に彩られたサポーターのように最低限を護る防具に身を包んだ姿へと変身した薫惹は手に持つ剣を頭上に掲げると天に向かって伸びた持ち手に光のカーテンが風になびく装着された。

「主よ……、我が前に立ちし悪しき者に救済の聖光を与えたまえ!!」

━━儚き聖女の波動聖光ラ ルーチェ ディ オンダ...

    両腕を広げ、まるで己の身を天に捧げるかのように浮遊している旗となった剣に祈りを込めて囁いたその言葉を聞き入れた旗から直視することの出来ない程の眩い輝きを放った。光に包まれたニワトリと犬は、熱に耐えきれず溶けだすが如くその身を昇華させながら消滅して行った。

「────。……クっ、はぁ…はぁ…はぁ…、ふぅ…………」

    静かに降りて来た剣を杖代わりにその場に立ち尽くす薫惹は全身から溢れんばかりの汗をかき、息継ぎがやっとな程の疲労感に襲われていた。目を白黒させながら息の整うのを待っていると水砂刻が遅れてやって来た。

「薫惹~~、大丈夫か?お前、またアレを……?」
「はぁ…はぁ…、ふふっ。大丈夫です、よ……」
「あぁおいっ!?」

    心配して駆け寄ってきた水砂刻に返事をする途中で、無理に起き上がらせようとした上体が後ろに逸れて背中から地面に倒れてしまった。直ぐに水砂刻が抱き起こす薫惹は変身が解除していた。背中に背負って、病院に行こうと声をかけるが薫惹は首を横に強く振って拒否した。

「ワタシのこれは過労とはちょっと違う。病院に行ったって意味はないさ。それに、瞬姫様が待っているでしょ?」
「それはそうなんだが……」
「これまでも、ワタシがこうなって家に帰ったことは何度もあるだろ?」

    その言葉を聞いて「それはそうだが」と不満気な顔をする水砂刻ではあったが、瞬姫を家に一人置き去りにしっぱなしは確かによくないと思いこのまま薫惹を背負って帰宅するのであった。

□■□■□■□■□

━ 翌日 ━

「ったく……、何だってあたしらが駆り出されるのかと思いきや。が争った形跡だぁ?」
「そうなんです。嗚呼……早く臨床したくてウズウズしております……ソワカソワカ」

    先日、空港で集団パニックが発生したと大々的に報道されたものの噂観測課にも別途調査してほしいと依頼が入った。ディフィートとアブノーマルはその怪異調査に向かったのだが、警察からの事前情報が怪異同士で戦った可能性があるとのこと。その争いを目撃した一般人が集団ヒステリックを起こして暴動を起こすに至ったのではないかということなのだ。

「アァン♡いけませんよ刑事さん///まさか一発で拙僧の乳首を当ててしまうだなんて……♡」
「────。」
「あ、いったぁ~いッ♡ディ、ディフィートさん///皆が観ている前で乱暴なッ!?あふぅ~~~~っ」
「ばっか野郎がッ!!恥ずかしいだろうがッ!!何、刑事とっ捕まえて趣味に走ってんだよ?さっさと臨床しろよ?ええん!?」
「あぁ♡♡ディフィートさん///ブーツの踵が拙僧の臀部をグリグリと……///これでは臨床どころではありません……ソワカソワカ♡」

    刑事に色目をつかうアブノーマルをとっ捕まえて空港内の床に放り投げて、脚で踏み付けるディフィートであった。しかし、アブノーマルというコードネームを授かるだけのことはあると言うしかないことに、見事に何をしてもを感じてしまい裏目に出ていた。

「臨床、頼んだわ。じゃ、あたし総司きゅんの顔見に第2課に行ってくから。報告サボったらお互い減給だからな?」
「嗚呼……放置プレイだなんて……ソワカソワカ……♡」

    ピクピクと床に逆子体操で痙攣しているアブノーマルを放っておいて、振り返りもせずにディフィートは本当に調査現場を離れて第2課の事務所に向かうのであった。

□■□■□■□■□

「なんてことがあったわけよ。んで、どうやら【ヘンゼルとグレーテル】?だったか?あの2匹。アイツらがお前達に言ったインフェクターっての。1課の方にはというかあたしらは知ってるわけよ」
「怪異を生み出すことの出来る上級怪異……ですか」
「それで、ディフィートさんはどうして僕の席に座っているんですか?」

    背もたれに両腕を添えて逆座りしているディフィートに辰上が聞くと、しがみついて半泣き状態で口を開いた。

「だって、総司きゅん…居ないんだもんッ!!」
「兄は本日から燈火様と一緒に遠出をされております。そしてわたくし達はこれより、その報告にあった怪異と思われる存在を探しに調査に出向きます」
「ほいよ~。じゃあ、ここであたしがオトシゴちゃんの椅子温めておくわ」

    すっかり減なりして、情報提供を終えたディフィートは頭を垂れて落ち込みながら「総司きゅ~ん……」と寂しく項垂れていた。その様子を対応に困るという顔で見ていた辰上が立ち去ろうとした時に、ディフィートが二人に向かって顔を上げて言った。

「よかったな?オトシゴちゃん、あたしの1件あってから持ちになったから、これからはいつでもお楽しみになれる訳だからよ……」
「っ!?そんな、耐性なんてなくても龍生様はっ!!」
「り、麗由さんっっ!?そこはムキになるところじゃないですって!!」
「なってませんっ!ちょっと恥ずかしかっただけです。さ、芳佳様を待たせておりますから急ぎましょう」

    照れた様子で視線を逸らして前に向き直る麗由と、その足取りに早歩きで着いていく辰上を見て更に郷愁に駆られたディフィートは大きな溜め息を零して背もたれに顎をつけて凹んでいた。
    
    茅野の車に乗り、現地へと向かう三人。後部座席を一人で使う麗由は怪異の調査資料を確認していた。
    今回の怪異は移動が激しく、一箇所に留まったり好む場所がないのか居場所の特定が出来ないという異質を持っていた。もしかすると、【ヘンゼルとグレーテル】同様に上級の怪異なのかもしれないと頭を悩ませていると、助手席にいた辰上と運転している茅野も麗由の会話に入った。

「ディフィートちゃんの話によれば怪異と戦う怪異が居たかもしれないんでしょ?それって、案外私達の味方が居たりするってこと何じゃないの?」
「茅野先輩それは早合点な気がしますよ。とはいえ、僕達の追っている怪異はひょっとするとが習性そのものなんじゃないでしょうか?」
「移動することが?だとして……、どうして移動する必要があるのでしょう?」

    麗由の意見も一理あった。怪異は人知れず蠢く闇。噂話や都市伝説であるものが具現化された存在であるため、敢えて目立つ行動をとる必要は普通に考えてない。しかし、その怪異は目撃情報が出回っていないことも気掛かりであった。
    噂観測課への依頼の際も書き込み情報は一切なく、監視カメラに写った映像のみ渡されてくるという異例の状況となっていた。

「何だろうね?アイドルの怪異とか?ほら、お歌で魅了しちゃうぞ的な?」
「茅野先輩は黙っていてください……ん?」
「何よ?急にきょとんとしてどうしたの辰上くん?」

    茅野の言葉に自然といつもの調子で反応していた辰上がピタリと動きを止めた。かと思えば後部座席に手を伸ばして麗由が観ていない方の資料を取ってページを捲り始めた。
    また始まったよと運転に意識を集中する茅野の隣で黙々と資料の内容に目を通していく辰上は読み終えて直ぐに後ろを向いて麗由に「それも貸してください」と言って資料を手に取る。

「は、はぁ……」
「麗由ちゃん。そうなったら辰上くん、止まらないわよ?放っておきなさい」
「…………かっこ、いい……」

    麗由がボソッとそういうのを口を半開きにしてリアクションする茅野。その間も読了に向けて手を止めない辰上は、バンっと資料を閉じて二人の方を見て「分かりました」と自信に満ちた顔で言った。すると、茅野に次に怪異が現れる場所を伝えそこへ向かうようにお願いして、麗由には小刀の【冥府桜】を装備しておくことを伝えた。

「他の武器はいかがでしょう?」
「念の為に、僕が薙刀を持っておきます。トドメには必要かもしれません。そして、今回の怪異はおそらく中級クラスの今までの怪異と変わりません。ただ、その怪異と戦ったであろう怪異の方は上級怪異かもしれません」
「なんでそんなことまで分かるの?」
「今から討伐する怪異は使他者を操る怪異です。それも、きっと例のインフェクターによって造られた怪異」

    そういうことになれば、インフェクターの中に音に纏わる逸話が関わった上級怪異がいるということであると全員が認識を改めつつ、目的地へと向かうのであった。

    辰上が着いた場所はゴミ処理場。辺りには粗大ゴミが積み置きされていて、焼却炉に投げ入れた廃棄物を焼いて生じた煙で鼻を刺すような臭いが立ち混んでいた。

「これじゃ、満足戦えないわよ?」
「だから茅野先輩がいるんじゃないですか?」

    辰上がそう言うと、茅野はそうだったとノートパソコンを取り出して入力を始めた。Enterキーを押して、息苦しくないぞとアピールする茅野。これは、茅野の持つ怪異【嘘から出たまこと】によって、入力したコードを辰上達に有効にした言わばバフ能力のようなものであった。

「これで問題なくやれそうですね?そして、流石は龍生様。お相手の方からいらしてくれましたよ」
「あらまそうみたい……。ごめん、私も能力3人に共有でかけてるから援護は出来ないわよ?」
「構いません。わたくし1人で対処いたします」
「頑張ってください麗由さん。僕に出来るのは、怪異の特定くらいしかないですけど……あ…?」

    自身に出来る事の限界を申し訳なさそうに言った辰上の手を取って麗由は笑顔で「充分です」と返して、真剣な顔で向かってきた怪異【掌握せし魔笛】ハーメルンの方を向き歩いて行った。

「オマエ……怪異のニオイ、スルなぁ?オレ、モット色んなヤツ……オレを馬鹿にしてキタヤツ……この笛でアヤツッテ、消してヤル……」
「残念ながら、それは叶わぬ願いとなりました。ハーメルンの笛吹き───、貴方に冥府への扉は開かれております」

    そう言って麗由が小刀を構えると、ハーメルンは此処へ来る途中で失った腕を補強するべく魔笛を吹いて周辺の鉄クズから義手を造って肩にはめた。コキコキと関節を鳴らして指を一本ずつ動かし、身体に馴染んだことを見せ付けて襲いかかった。
    魔笛で呼び寄せた冷蔵庫をぶつけて飛躍した麗由にテレビをぶつけて地面に叩き付けた。砂煙掻き分けて反撃に出る麗由に魔笛の音色を浴びせるが聞いている様子がなく、懐に潜り込んだ麗由は脚で蹴り上げて吹き飛ばした。

「ガァ……、何故?」
「耳栓です。それも芳佳様の特注品をいただきました」

    耳を指さしてみせるがそこには実際の耳栓は付けられていなかった。正確には茅野が怪異の出す音波を遮断するコードを打ったことである程度を無効にしているだけではあったが、ハーメルンに操ろうとしてくるのを辞めさせるには充分過ぎる効果であった。
    舌打ちをしつつ、ハーメルンはならば物体を操って戦えばいいと二番煎じを仕掛けてくるが、先程までと違い周辺のゴミを駆使した戦術に麗由は少しずつ押され始めてしまった。

「あらら?これヤバい感じなんじゃ?」
「────。」
「トッタァ……」


     タンスをぶつけた時に後ろに仰け反った麗由のメイド服。そのリボンの位置が丁度心臓か肺を貫いてくれという位置にあるので、ハーメルンは手にした鉄の棒を鋭利に変えて突き刺そうとしたその時───。

━━キィィィ────ン...

     突如として麗由の足元から金色の炎が湧き起こりハーメルンを吹き飛ばした。その溢れ出した炎が行き場を失ったように空をぐるぐると飛び回っていた。
    麗由は薙刀を持って使用出来る自身の怪異【金烏】の炎であると見抜き、【冥府桜】を差し向けてみた。すると、そこを居場所とした金色の炎が小刀に集まってきた。

「りゅ、龍生様!?こ、これは……いかがいたしましょうか?」
「いかがって?」
「ほら、辰上くん!名前をつけて欲しいのよ麗由ちゃんは」
「な、名前?」

    戸惑いながらそう言って麗由の方を見ると力強く首を縦に振っていた。そんなこと咄嗟に言われてもと辰上が焦っていると、ハーメルンが起き上がって再び複数の廃棄物を魔笛で操りながら向かってきた。

「プ、プロミネスチャージッ!!」
「え?ダサっ!?」
「って!!茅野先輩はじゃあ、なんかいい名前思いつきますか?」

    その問いに頬を掻きながら目を逸らして、答えずにいる茅野に対して絶賛戦闘中の麗由は持ち手を腰元に構えて叫んだ。

「はいっ!では、それでいかせていただきますっっ!!」
「えぇ?いいの麗由ちゃん?」
「はい。龍生様が名付けてくださいましたから」
「ナニ、フザケタコト、イッテンダァァァ!!!!!!」

     咄嗟に起きた現象の技名が決まった最中、ハーメルンは深刻化が進み人と思しき見た目が完全に消え四足歩行となって角笛になった魔笛を頭に刺して周辺の物体を操りながら、唾液を零しながら口を開いて襲いかかっていた。
    麗由は迫り来る凶器と化した廃棄物達に向かって新技である武器強化を声に出して行ない一刀両断で薙ぎ払って行った。

━━閃きの陽光纏いプロミネスチャージ...

    金色を纏いし【冥府桜】は、最早小刀ではなく太刀のように長い刀身へと姿を変え麗由が奮った空を目掛けて焔を巻き起こして熱で切断して行った。そして、いよいよハーメルンだけとなった眼前に向けて一突きして炎が燃え広がり苦しむなか、後ろに退いて麗由は言った。

「やはり、慣れるまでには少し鍛練が必要なようです。龍生様ッ!!陽炎纏いし一閃ラ エクレール デ リュミエールをこちらへッッ!!」
「う、うん。そぉれッ!!」

    槍投げのように勢いをつけて投げた薙刀を受け取ると、麗由は小刀を鞘に納めて地面に置き薙刀を構えた。

「冥刻です。冥土への介錯────、わたくしがして差し上げます」
「ギギィ!?ガァァアァァア────ッ!!」

    苦し紛れに全身を振り回して火を振り払ったハーメルンは両腕で麗由を叩き潰そうと頭上で掌を組み振り下ろした。しかし、それよりも先に麗由の薙刀から放たれた光によってその身を焼かれて浄化していった。

━━━清浄の調べを持つ黒点ターシュ ソレイユ ピューリファイッッッ!!!!

    金色に光り輝く【金烏】の両翼に灯る太陽の黒点が霧散していく【掌握せし魔笛】ハーメルンを送り届けるように静かに風を起こしてその姿を消した。
    麗由もまた、それに続いてお辞儀をしてから手を合わせて挨拶するように口を開いて言った。

「冥界に居りますアヌビス神様。どうか、彷徨える子となった怪異を冥土へとお導きください」

    一連の行動は麗由にとっての感謝と祈祷を込めたものであった。するとそこへ辰上と茅野が駆け寄ってきた。茅野はハイタッチを求めてきたので二人はそれに合わせてハイタッチをし、タッチして直ぐに視線を逸らした麗由を見て茅野が言った。

「もう麗由ちゃん♪職場内の全員にバレバレなんだから、素直になっちゃいなさいよ♪」
「…………っ。別に、恥ずかしいのではありませんっ!!行きますよ?龍生様ッ!!」
「あ、えぇ……はい。あぁぁ……」
「こりゃあ、また1つ壁が出来ちゃってるわねお二人さん♪」

    我が子を見るような目で笑いながら、撤収作業に入る茅野はノートパソコンで今回怪異となった人間の死因を入力して報告書をメッセージで送った。辰上は一つ気に掛かっていたことがあった。
    それは、ハーメルンの行動パターンが不規則であったことだ。わざわざ他の怪異と小競り合いをするようなが現れたというのは、やはりインフェクターは人間と同様に思考を持って行動しているとしか思えないと断言せざるを得なかった。

「ちょっと辰上くん?置いていくわよ?女の子だけに片付けさせるなんて、ねぇ?麗由ちゃん」
「そうですね。帰りの運転は龍生様にしていただきましょう」

    クスクスと口元を押さえて笑う二人は後部座席に乗って運転を任せてきた。助手席に人なしなのかと内心ツッコミを入れつつ車へと乗り、エンジンをかけてその場から移動して帰社したのであった。

✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳

━ 同時刻 ━

    噂観測課極地第1課の事務所へと戻ってきていたディフィートは、結局総司に会えなかったと自席で項垂れていた。その隣で爪を研いでいる空美が顔を向けて口を開いた。

「どうしちゃったんですか先輩?失恋を引きずったような顔して」
「ようなじゃねぇよ。NOWで引きずってんだよ……」

    死んだように机に突っ伏しているディフィートを困った表情で見て、関わるだけ無駄だなと感じた空美は爪研ぎに戻った。そして、静まり返った所内の扉に寄りかかる物音がした。
    それは、臨床から戻ってきたアブノーマルと別件の任務を片付け終えたラットであった。ラットは報告書を課長の机に置いて退社しようと荷物をまとめ始めていた。「ほな、お先」と言って出ていこうとするラットであったが、瞬きもしない刹那に近くの壁に正面を押し付けられて腕を腰上に固められていた。

「な、なにすんねんディフィートはんっ!?」
「ちょっと……聞きたいこと、あんだよ?アブノーマル、お前にもだ」
「あら?何でしょうディフィートさん?」

    声色からして穏やかな話ではないと肌で感じとった空美は部屋の隅に隠れていた。ラットもディフィートがいつにも増して不機嫌な態度であると思ってヘラヘラ笑いをやめた。アブノーマルが自席に座り珍しく姿勢を正しているところから、その緊迫感は異様なものであった。そして、ディフィートが二人の顔を交互に見るようにして聞きたかったことを口にした。

「【スレンダーマン】……。最近、この名を聞いてたりしないか?言っとくけど、嘘言ったら例え戦友であるお前であってもただじゃおかない」
「はぁ……。もう耳に入ったんかいなディフィートはん……」
「ええ。情報はいただいております。ですが、拙僧達も発見には至っておりません。ディフィートさんを捜査から外しているのも、が得られていないからです」
「────。そっか……。あたしが気にしてんのは、この事……総司きゅんは知らないんだよな?」

    張り詰めた声からいつもどおりのディフィートに戻ってラットを離し、客人用のソファーに腰掛けて脱力したように溜め息を零した。
    【スレンダーマン】。かつて、上級怪異0号と呼ばれたその怪異をはじめて目撃したのはディフィートと総司であった。そして、唯一二人がコンビを組んで取り逃した怪異で、今現在もそれ以降の行方が分かっていない。それが、最近のゴタゴタに紛れて目撃されたかもしれないと噂話程度に第1課に舞い込んでいた。
    それをたまたまアブノーマル宛に情報を渡しに来た情報屋から知ったディフィートは総司がこの事を知っていないかを確かめたくて、第2課にしょっちゅう顔を出していた。

「もし知っとたら、今頃は他の調査ほっぱらかして血眼になって探しとるやろ総司はんやったら。まだ、見つかってないうちはディフィートはんにも内緒にしときたかったけど、それは無理っちゅうことやな……。せやけど、仮に見つけたとしてや。あんさんにはあるんかいな?」
「あるさ。例え、と本当に別れることになっても……あたしはもう逃がさない」

    ラットも珍しく、冗談抜きで心配している表情を向けていた。流石にこの今までに見せないシリアスな空気に居られないと空美はこっそり部屋を出ていこうとしていた。その時、空美が肩をトンと叩かれて「ひゃんっ!?」と変な声を出して飛び跳ねた。

「空美さん。これから、明日からの調査の準備に参りましょう」
「アブノーマルさん……。あの2人、いつにも増してガチじゃないっすか?」
「まぁ……因縁深いお相手なのですよ……【スレンダーマン】は。ささっ♪拙僧もこんな哀愁漂う空気は吸っていたくはありませんので、参りましょ参りましょ♪あ、ディフィートさん。新情報がありましたら、今度から共有いたしますので……それでは、ソワカソワカ」

    身体をクネクネさせながら空美を押して外へと出て行くアブノーマルは、ラットが置いた書類の上に臨床降霊で得た情報を入れて置いたUSBメモリーを置いて行った。「今どきUSBってぇー」と空美がツッコミを入れながら連れて行かれてしまった。

「ま、あたしは総司きゅんが知らないうちに片付けたいだけだから……。ラット?」
「あん?なんや?」
「…………頼んだ」

    静かにそう告げてお互いの腕を組んで、取り押さえて怪我させてないか周りを見るディフィート。それをシメシメと思いラットが胸を押さえて苦しみ始めて言った。

「ああ、あかんっ。これ肺に来てるやもしれん。という訳で慰謝料300万な?」
「なんだよそれっ!つか、今度お前と調査行く予定決まってただろ?ならその時の報酬は全部お前にやるよっ!」
「マジかいなそれ?となると1000万は堅かったから、丸儲けやなぁ♪」
「えっ?嘘ッ!?やっぱなしっ!!そこっから300万引いて200万は頂戴ッ!?」
「ややねぇ♪男に二言はないねんで?」
「あたしは男じゃねぇしっ!!」
「阿呆抜かせ♪ここでの男はワシの事やて♪なはははぁ、カマかけてみるもんやわ~~♪」

    ラットの芝居に見事乗せられてしまったディフィートは、今度は総司に会えず終いに終わった焦燥感とは別の自分の軽率さに対する憤りも込めた嘆きを心の中で呟いて、膝ついて落ち込んでしまった。
    その落ち込んでいる姿をただ一人、課長のインビジブルが見ていたことも知らずにディフィートは立ち直るまでに半日はかかったのであった。
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彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
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