意味が分かったとしても意味のない話

韋虹姫 響華

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第一章

遠吠え聴こえし姿なきかみなり ─ 後編 ─ ★★★(グロ)

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「そんで、この方は……みのりさんのお子さんか何かで?」
「失礼しちゃいますね、いっぱちのレディに向かってお子さんだなんて……はい」

 宿に戻ってから少し部屋を外していたら、カヤコちゃん基。うちの部下の一人燈火ともびしちゃんが、忘れ物を届けに来てくれていた。

「いやぁ悪いねカヤコちゃん。それと刑事さん、大浴場行ってきなよ。なかなか湯加減は良いもんだね、此処♪」
「はい、では遠慮なくぅ」

 こういう刑事は長生きしそうだ。触れぬが仏というものを偶然にも引き当て続ける。それはそうと、オレはカヤコちゃんが持ってきてくれた物を受け取る。
 まさか、今回の怪異にはの力を借りないといけないとは思ってもみなかった。それでも、怪異の規模が分かっただけでそれが一体何なのか分からなくてカヤコちゃんに相談にのって貰うことにした。

まことちゃん。こっちは泣きじゃくってる旦那を家に置き去りにして休日削って来てやったですよ?手短によろしくお願いしたいです、はい」

 ちゃんと話は聞いてくれるんだから、良い部下を持ったもんだよ。さて気掛かりになっていることをまとめる。まず、この辺に伝わる伝承のことを振り返ろう。

────────────────

犬が遠吠えを上げる時、
姿なき者より裁きの光下される。
光に包まれしその身は、
生きていた痕跡すら残さず神の国へと昇華される。
姿なきその者こそ、かみなり──。

────────────────

 見れば見るほど、意味が分からなくなりそうになっているオレは、雷豹イナヅマとの戦いで着けていた木製のチョッキを取り出して解体した。
 どのみち、規模がデカい怪異を相手するのなら、雷を防ぐならこんな見せかけのものでは意味が無いとわかった以上使うことは無いわけで。
 睨めっこを続けているカヤコちゃんが口を開くと、その言葉を聞いて自分の盲点に気付かされた。

「これ……かみなりはという意味じゃないのではですかね?はい。この辺は落雷が酷い土地なんですよね?だったら、普通ならを指しているんじゃないですかね?裁きの光が全てという事ですよこれ……はい」
「おいおい正気かいカヤコちゃん?だとしたらこの怪異って────」

 またしても最悪だよ。それはどんだけを探したって、痕跡なんかありはしないよ。地上に落ちているのは精々を利用してビジネスにしていた犯罪の痕跡しか出てこないのもこれで納得だ。


 オレの探していた怪異ソイツに居るんじゃね───。


「それでも、引っ掛かる事があるんだけどさ。神隠しを演じるのは村を小突けば分かる事なんだけど……」
「なんですか?まだ、怪異が居るとでも?」
「いや……。オレはてっきり犬の遠吠えが怪異に関係していたと思っていたんだけど。どうやら、それはあくまでもあの村が『遠吠え村』と呼ばれるようになった事にしか繋がっていないみたいでさ。神隠しは人間の手で行なわれていたのなら犬が何故遠吠えを上げることが、神隠しを告げる事になるのか……」

 【雷豹】だった犬飼いぬかいを疑っていたのは、広大な面積を犬牧場としており、何処かに死体安置所があるのではないかと思ったからだ。だけど犬飼の奴は、オレを殺したあと豪邸に住んでいる連中を殺害すると言っていた。
 他にまだ何か、陰謀が渦巻いているのかとも思っていると、またしてもカヤコちゃんからの質問とその返答で踊ろろ過される。

「犬牧場ですか……。ふむふむ、それで?餌の持ち込み禁止とか、そういった誓約ってないんですか?牧場ってそういうの煩いですからね、はい。それと犬が遠吠えを上げる理由ですけど────」

 おかげで全て繋がった。そういうことだったのか。今回、怪異に紛れてとんでもないことがの手によって引き起こされていたらしい。そして、タイミングも見事なところに刑事が戻ってきた。
 入れ替わりで立ち去ろうとするカヤコちゃんが、オレと刑事の間にあるテーブルに風呂敷包みを置いた。何でも、新入りの龍生りゅうせいくんと旦那と食べていた煮物を作り過ぎたからお裾分けだとかで。
 本当、よく出来た嫁さんだよ...身長以外は。

「あ、そうだカヤコちゃん。あと一つだけ頼まれてくんない?」
「良いですよ。その代わり休日出勤手当て出してくださいね……はい♪」

 もう一つの依頼を伝えて、旦那の待つ自宅へと帰ってもらうことにした。これで明日また犬牧場に向かう必要はなくなったので、村へ行って絡繰を解いて事件の真相と怪異退治を両方するとしますかね。

「ところで刑事さん。今も実家暮らしってことはご結婚は?」
「はい?してますよ。家内にはうちの稼業を手伝ってもらってます。この辺じゃ洗濯屋も必要でして……」
「そうなのかい。八百屋やってたりとかではないんだね?そいつは良かった」
「八百屋と言えば、あの犬牧場の牧場長さん。何でも自家栽培で野菜を育てているんだとか?」
「そういえばそうだったね。さ、この話はもうこの辺にして、もう寝るとしよう。明日は村に赴いた後、またあの邸に行くから、さ」

 そうですねと消灯してから、お決まりのリアクションをしていたが刑事のことは無視して寝ることに意識を優先して眠った。


 この仕事してると、人間の闇ってのによく出逢うよ───。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 傷付いている彼女を見ていられない。犬飼さんは清掃に行ったきり戻ってこないし、ぼくは助けに行く勇気がなかった。別に力で勝てないからとかそんなじゃない。
 もっと単純なもので、彼女の傍を離れたくないから。ぼくはずっと。中学の時に出逢ったあの日、誰も見向きもしない飼育小屋で息を引き取った鳥に涙を流して死を悼む姿を見たあの時から...。

「ハル……くん?何してるのこんなところで」

 ふと後ろを振り返ると彼女が。クルミが立っていた。ボロボロにされたメイド服で胸元を腕で押さえながら。ぼくは直ぐに彼女に新しいメイド服を用意して、傷の手当てをしてあげる。
 痛々しい。きっとまたあの部屋で酷い目に合わされたに違いない。あの雷塚らいづか たけるに。手首に蚯蚓脹れが複数、背中にもまるで蛇が張った跡のように鮮明に残っている。それも全部また新しく付けられたものだ。
 クルミはいつも、カオリにも意地悪をされている。いつもそれを止めに行こうとすると師匠の犬飼さんに止められた。

「一人前の執事になること。あの子の傍に居るのが、君の望みなのでしょう?なら、今は耐えるしかありません」

 その言葉は最早、ぼくにとって呪いだった。大好きなクルミの傍に居たいけど、そのためにクルミが周囲から傷付けられているのを見て見ぬふりをし続けなくては行けないのだから。
 臀部にも痣が付くほど叩かれたり打たれた傷痕が目立つ。恥ずかしがって隠している胸部も手当ての為と手をそっと退かす。酷い傷であることに変わりはなく、消毒を済ませてガーゼや包帯を巻いていき傷口を塞いでいく。

「────ッ。ぅ……」
「この烙印……、消せないんだよね?」
「う、……うん。消したら、カオリさんに怒られちゃう、から……」

 包帯を巻きながら、クルミの下腹部に刻印された烙印を目の前にただ涙を堪えるしか出来なかった。こんなにまでなっている彼女をぼくはただ好きなんだという思いだけで、守ってあげようとなんてしていない。
 本当に好きなのなら、たとえ逢えなくなっても彼女をこの苦しみから解き放ってあげるべきなのに。


 ━ 二年前 ━


「いいこと?アナタは今日から、私の奴隷なのっ!アナタはあの雷塚の坊ちゃんの財産を狙って忍び込んだ淫売よ。ほら、股を開きなさい」
「────。」
「どうしたの?好きなんでしょ?幼馴染だかなんだか知らないけど、あのボウヤは何も覚えてないってさ。そんなボウヤに、乱暴にだったとしても犯して貰えるのよ?私の言うとおりにしていれば、ね……」

 従うしかなかった。だってわたしは尊さんのこと好きだったから。例え疑いをかけられても、彼が心に負った傷を理解してあげたいと数年ぶりに逢って直感したから。
 カオリさんは石の台座に寝そべり秘部を晒すように股を広げるわたしを観て、大歓びしていました。そして、男の人のモノではない疑惧で処女を奪われました。
 来る日も来る日も、その疑惧を相手に男性のソレを締め上げる訓練や娼婦のように身をこなして、男性の欲を満たす手練手管の技術を教え込まれました。

 そして、ある時のこと。

「良いわぁ♡アナタはもう淫魔よぉ♡ニンゲンじゃないわ。これまでの調教でアナタは痛めつけられるそれらも快楽に変えられるようになっているのだもの。どう?生まれ変わった気分は?」
「はい────、とても……有難きご指導ご鞭撻……でし、た……」

 日に日にエスカレートしていた責苦も終わりに行くに連れて、わたしは尊さんのお傍で雑事が出来るようになっていた。表の日課を唯一の安らぎに耐えてきました。
 カオリさんの望む回答が出来れば、責めが優しいものになると知ったわたしはそれも上手く使い、耐え続けました。しかし、それが脆くも儚く砕かれたのがこの時───。

「それじゃ、淫魔になれた記念よぉ♡♡此処に座りなさい♡」

 指さした椅子は、四肢を固定する拘束具の付いた台座。その台座に裸のわたしの手脚を固定されて、いつものように疑惧で穴を塞がれる。
 電動で蠢くソレをベルトで固定し、膣圧で押し返せないようにされたわたしは、駆け巡る偽りの快感に身を震わせてお腹を突き出す以外に、この快感を受け流すことが出来なくなっていた。
 そこへポールギャング。猿轡を付けられ声すら上げられない状態にされたわたしは、浮き上がった背中を前へ押し出すように、カオリさんが回ってきたところで目隠しをされて視界が途切れる。

「さぁ♡淫魔と言えば、淫紋よねぇ♡♡正体を顕しなさい♡♡♡」


━━━ ジュウゥゥゥ...


 熱い。熱い。痛い、痛い、痛い。でもそれよりも、これまでの責苦の中で覚えた────いや、覚えさせられた快感に浸る技術の方が勝っていたわたしは、その烙印を押し込まれた瞬間も快楽の蜜を意志とは関係なく垂れ流していた。
 悲鳴ならない声を上げながら、その狂気に満ちた儀式は終わり目隠しと猿轡は解かれる。息も絶え絶えになり薄れゆく意識の中で、わたしの希望を悉く破壊し尽くす一言を述べて、満足そうにカオリさんは出ていきました。

「あのボウヤ、本当に女嫌いが拗らせるくらいに酷くて。女の味を知らなかったわ。どうして私がそんなこと知ってるかって?奪って上げたからよ♡ボウヤの初めてを、ねっ♡ウッフッフッフッ……、このまま全部奪って上げるわ♡♡この財産も何もかもねぇ♡♡」

 視点が定まらないわたしの顎を救い上げて、笑っていたところまででわたしの意識はぱたりと途切れました。


 ━ 現在 ━


 この話を聞かされた時、現実のものとは思えず吐き気に襲われて動けなくなっていた。同時に、クルミのあの男を想う気持ちはぼくなんかよりも強大で、本気であの男を救いたいと今も想っている。ぼくには、もうどうすればいいのか分からない。
 このままいけば、クルミは人間らしい人生を送れなくなって一生、想い人に気持ちを理解して貰えずにその生涯を遂げることになる。
 だからといって、ここでぼくが無理矢理にでも連れ出すことがクルミを救うことになるのであろうか。ここまで信じて身を捧げ続けた彼女の苦労は、水の泡と消えてしまう。

「クルミ……ぼく。もう耐えられないよ……。君がこれ以上、苦しめられる姿を見続けるのは。だから、チャンスだと思ったんだ。あの日何者かが村の人を手にかけていたのを見た時に。顔まで見ておかなかったのは、尊様がそうだったらよかったと何処かで期待していたからなんだ」
「ハル、くん……」
「ごめん……ぼく……」

 最低だ。この神隠しが出回っている地域で、神頼みにも等しいそんなことを願っていたのだから。そうでもしないと、クルミはあの男を諦めないだろうと思ってしまっていた。そんな他力本願な考え方自体が、男として。愛したいと想っている人に向けていい心な訳なかった。
 そんな自暴自棄になっているぼくに、そっと姿勢を落とし顔を持ち上げる。自分はそうされる時は、酷い仕打ちを受けていたであろうにも関わず彼女はそのまま目を閉じて、ぼくの涙に咽び震えている唇にそっと口付けを交わす。

「────ぱぁ……。尊さんにも……、したこと……ないの」
「…………、いつか……出来ると、いいね……」

 そんな言葉くらいしか思いつかない。ぼくはクルミを抱き寄せて、泣きたいのはクルミの方だろうに情けなく感涙に咽び泣いていた。

 やがて、泣き止んだぼくに手を差し伸べて天使のような微笑みでクルミは「邸内の掃除、終わらせよっ」と声をかけてきてくれた。いつまで続くのか分からないこの瞬間をもう少しだけ耐えてみようとぼくは思った。クルミの想いが届くその日まで────。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 最初は恐かった。俺にとっては女なんて母親が見本となった以上、どいつもこいつも金目当てで意地穢い生き物にしか見えなかったから。
 そんな母親が何度目かに再婚した相手、それがいまの雷塚家だった。しかしこの男、母が最初から金目当てであることを知っていた。それを承知の上で、邸に招き入れると連れ子の俺に対しては酷いもんだった。
 母が席を離した瞬間に熱いスープの入った食器を顔にかけられ、またある時は執事やメイドにもやらせない、地下室の掃除を任せてきたかと思えば一週間も閉じ込められるといった仕打ちも受けていた。
 そんな俺に一人のメイドが声をかけてきた。

「大丈夫ですか?ご主人様は、雷塚家の立て直しに責任を感じておりますので、普通の富豪の持つ余裕が今はありません。いつ財産を手放すことになるかも分からないほど、雷塚家は停滞してしまいましたから」

 手を差し伸べてくれたとはいえ、不快なものだ。母はこういう状況すらも、その目を付けた男に財力があるかと、何処までも自分だけを見てくれるのか。
 そんなところしか見ておらず、それらの条件が満たせてない男が家を出て行った後に、グチグチと酷評を俺に浴びせるように口に出していた。
 だから、このメイドも母と同じようにこの雷塚家の財産目当てで仕えているに違いない。そう思っていた。

 そんなある日、売り払った邸に気に入っていた芸術家に書かせた家族の肖像画の絵画を取りに行きたいと、という集落が近くにある豪邸へ行くことになった。そこでは神隠しがあると言われて恐くなったあまりに、急遽荷物をまとめて、逃げ出してきたのだとか。
 同時期、俺はどの道この家には居られなくなると自立する方法を探して迷走していたこともあり、クラウドファンディングに手を出していた。しかし、目的が決まっていない俺の募集に融資などしてくれるはずもなく、その道も見切りをつけてる切り捨てようと思っていた。
 すると、邸に入り絵画を持ち帰ろうとしているクソ親父と、腕を組ませている母の背中を見ている俺にメイドが耳打ちをして来たことで、俺の目的が決まった。


───神隠しを使って、雷塚家を立て直しては?


「何ぃ?あの邸に住むだって?はんっ!お前のような連れ子の面倒なぞ見切れんからな。好きにしろ。神隠しに遭って消えてくれれば、此方としては有難いしな」
「では、私が召使いとしてお仕え致します」
「ん?まぁ……お前一人くらいなら、いいだろう」

 そうして俺は、神隠しの噂高い邸へとやってきた。言われたとおり、神隠しを利用して内容は少し真実性を帯びていた。ある富豪家系の立て直しに、御曹子が神隠しに挑むというタイトルで募集をかけた。目標金額は数億円と高く設定したが、金には余力のある富裕層はこんな事にも出資をしてくれる。
 メイド曰く、困っている人のためにお金を使うのが真の貴族。その心を坂手に取ることで、援助を得るとのこと。結果は見事に俺は自分が生きていくだけの財は手に入れた。
 でも、どうせならこの状態を維持したい。そう言うとメイドは近くに犬牧場と呼ばれる毛色の異なるテーマパークがあるとそれに目を付けた。

 そして、犬飼というその牧場主の息子を執事に迎え入れて計画を企てた。神隠しを自分たちの手で引き起こして、狙われていない自分を目立たせて出資者を更に募る。
 何もかもが上手く行っていた。メイドは一生懸命に俺のやりたいことを実現するために尽くしてくれた。時には、不安になる俺に寄り添って悩みを解消してくれた。これが、本来の母親にする甘えるという行為なのだろうか。

 しかし、平穏はいつまでも続かない。

「え……?」
「で、ですから……。霜矢しもや 尊 くん、だよね?」

 俺の旧姓。それも、かなり小さかった頃のものを知っている女が邸を訪れてきた。クラウドファンディングように、公開していた宣伝動画で俺だと分かり、ホームページに記載していた情報を頼りに一人やってきたと言うのだ。

 恐い。こいつは母親同じだ。
 狙いを定めた男を狙って、事前情報を漁り知人のフリをして気を引き、交際にこじつけるあの手口。
 この女は、俺から築き上げたこの楽園を奪い取るつもりだ。

 その時には、クソ親父も母親も神隠しを自作するための犠牲者第一号と二号になってもらっていた。俺に恐れるものはもうないと思っていた。
 しかも、クルミと名乗るその女は何処か懐かしさを感じさせる危険なものがあった。それに毎日門の前に来てはお辞儀だけして立ち去る。その繰り返しで精神的に追い込まれていた。そんな時だった。

「いいじゃないですか。あんまり執拗く大門に居られるのも評判に障ります。ここは一つ、メイドとして雇ってみても。尊様の女性嫌いがここまでのものとは思いませんでしたが、いざって時は私達で始末しますよ」

 犬飼のその言葉に従い、犬飼の指導のもと邸内の雑事に務めてもらうことになった。それでも恐かった俺は、やはり早くあの女をどうにかしないとこの夢が壊さられてしまうと、毎日怯えていたある日のことだった。


━━ コン、コン...


「入りますよ尊様。……お気持ちは分かります。ご懸念されていたとおり、彼女は出資者の回し者のようです」
「やっぱり……。なぁ、俺は……」

 不安に怯えて立ち上がる俺をそっと柑橘系の香りが包んだ。そして、部屋の内鍵をかけてきたメイドは唇を重ねる。ふと、腰が引けている俺をベッドへと押し倒した。

 俺はかけられた力に逆らうことなく沈むと、服のボタンに手をかけられる手首を掴んで止めた。心の奥底がグサリと刃物で抉られたように、拒絶反応が湧き上がった。
 でも、それも一瞬だった。自然に掴む手の力を解きされるがままに服を剥がされ、全裸になっていた。凍える俺の上にメイド服を脱ぎ捨て、女体を晒す彼女が肌の熱を感じさせるように張りついた。

「メイド長……」
「いいえ。カオリとお呼びください尊様」
「カオリ……俺、恐いよあの子が……」
「心配ありません。ここは一つ、私にお任せいただけますか?」

 鼻を突き抜ける柑橘系の香り。頭がグラっとくる中で、カオリの顔が遠ざかっていく。と同時に、俺の分身を優しく包む熱が広がった。刺激されたソレはみるみると硬さを帯びて強大になるとねっとりとした感覚。その初めての感覚に声も上げられずに腰が上がる。
 先端から竿にかけて丁寧に熱が伝わっていくと、血管の流れがその熱の正体に呼応するかのように集められていく。腰が上がるのとは別の力が、ビクビクと分身を上下に揺らす。果てそうになったソレの責めを止めて、出口に栓をするように人差し指を置く。
 クラクラする頭でもはっきりと分かった俺は、今自分達が何をしているのかを理解する。しかし、そんなことすらどうでもいいことだと思い知らせてくるように、吐く息を吸い出すように唇を覆ってくるカオリの蜜穴。
 母がいつも誑かした男にしているところは何度か見ていたが、自分がされるのは初めてだった。生臭い生命体であることを感じさせるそれを上回る柑橘系の香りが蜜穴を叩き付けてくる度に、体内に送り込まれて行った。

「ウフフ…♡尊様のここも猛ってまいりましたねぇ♡♡もう、限界でしょうか?私はまだ……うん♡上がってきたところですが……」

 その言葉遣いを不快に感じない俺は、確信する。このメイドは────、カオリは他の女とは違う。真剣に俺に寄り添い、優しさで尽くしてくれた。本当の女がどういうものなのか、そんなことなんてどうでもいい。俺はここまで尽くしてくれた。他の女のようににしないカオリを満足させたい。

 叩き付けてくる臀部を押さえて、自ら蜜穴に舌を入れていく。丁寧に手順を口で説明しながら、要望を言ってくれるカオリの指示で達するところまで持ち込むことが出来た。
 ベッドに絶頂の余韻で横たわるカオリの腰を掴み、果てないように弄ってくれていた分身を挿入しようと構える。
 分からない。何処に挿入れるのが正解なのか。そんな戸惑っている俺にも優しく導いてくれる。

「ココ……ですよ。────あぁん♡いきなり、奥までェェ♡♡」
「うっ。くっ……はぁ」

 初めてで力の加減が分からず、半分入った辺りで気持ち良さの勢いで、奥まで腰を突き入れてしまった。その後も、丁寧に腰の動かし方を教えてくれたカオリ。
 その手順をカラダに覚え込ませたところで、そろそろ本当に限界であることを告げてきた。ビクビクと震えて、今にも出そうになっていることに焦りを憶える俺は、腰を退こうとするがカオリが両脚を背中に回して逃がそうとしない。
 このままでは射精てしまい、妊娠させてしまいかねない。俺はカオリに達しそうであることを伝えると上体を起こし、肩に腕を回すと耳元で囁くように。でも何処か邪悪で危険な香り含ませて言った。

「いいんですよ。初めてはにお出しになって...♡」

 実の母よりも、母親らしい母性溢れるその声に甘えていいと思えた俺は、下腹部に激しく入る力に身を任せて達してしまった。
 数回にも波を迎えてはお預けされたからなのか、初めてのことで分からない俺はドバドバと音が聞こえてきそうな放出を腰を打ち付けて、カオリの腟内なかへ注ぎ入れていた。

 出し終えて、脱力する俺の聴覚が著しく低下していることに気付いた。息を整えようと深呼吸しているとガバっと仰向けの身体をひっくり返された。
 そして、蜜穴に出した欲望の液体を指に乗せて口の中へ送ると小悪魔のように笑ってカオリは俺の腹部に馬乗りになって言った。

「さぁ♡ここからがぁ……本番、ですよ♡」
「はぁ、はぁ、は……ぁ、え?」
「私は今から、あの女に体を求められた時に尊様が返り討ちに出来るように、鍛えて差し上げますのでェ♡♡」
「グぉぉあぁ!!??」

 今度は俺の分身を目掛けて、カオリが蜜穴をハメてくる。さっき出したばかりで疲れていることを訴えるが、カオリは腰の打ち付ける手を緩めてはくれない。
 しかし、これが性行為の本来の姿と知るしか出来ない俺は、ただひたすらにカオリの指導で犯され続けるしか出来なかった。

 途中、水分補給を重ねたこと以外もう分からなくまで、指導が続いていき何度も何度も連続で吐精出来るように、開発されたのはこの時からだった。今では、カオリが求める時に果てるようにカラダが覚えている。

「あんっ♡あんっ♡あ、あっ♡お、ぐ……ふぅゥ♡♡良いわよぉ♡これで何度目かは覚えていないでしょうけど、出しなさい♡♡全部、子宮に注ぐのよぉ?」
「わ、分かってるよ。これで、不安も消える、から……」

 クルミに手を出し手からというものの、恐くて夜も眠れない。自分のカラダが穢い女によって穢されたような気がして怯えていた。それでもカオリは、それらを上書きしてくれるように抱かせてくれた。

「別に、このセックスで……♡アナタの不安が消えないのでしたらぁ♡♡更に激しく、私を求めていいわよぉ、おっ♡ふ、ぐぅ♡いい硬さぁ♡」
「────────ッ!?」

 もう何を言っているのかも聴こえないし、目もまともに見えていない。不安を掻き消したくてただ腰を振って、不安を振り切るケダモノみたいになった俺は声を上げることも出来ない絶頂を迎える。
 お互いの身体中から流れ出す乱れたことの激しさを伝える汗が、部屋のカーペットを範囲で漆黒に染めていた。

 そのカーペットの上で倒れている俺に、バスタオルを渡してくれたカオリが体を起き上がらせると、耳元で今一番聞きたくない情報を知らせてきた。


───またあの男が、刑事とともにこちらへ来たようです。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 昨日と違って天気が悪いと来たよ。ま、オレ的にはその方が有難いんだけどね。ともあれ、カヤコちゃんに頼んだ方は連絡が来て確認終了したし村人からもやはり協力していたと言質を取った。
 もう逃げ道はないってことで、次いでにはなるけど今回の怪異の裏に潜んだ。いや逆だな。


──今回の事件の裏に隠れた怪異に出て来てもらいますか。


「何をしに要らしたのですか?」
「やあ♪えっと……美しい心の、あ、そうクルミさんだね?でもってこっちが執事見習いのハルくん」
「今日は面会のご予約にはありませんが、如何されましたか?」
「なぁに、ちょっとしたご報告だよ♪神隠し事件の犯人が見つかったって」

 二人が顔色を変えている様子を見えていると、広間の階段を降りてくる音。おいでになられましたか。とりあえず、立ち話も何だと客室に案内されたがお断りだ。こっちは報告に来たと言っているだろうに。
 今回の一件、神隠しを自作して村人を殺害したのは犬飼であったと伝えると、驚いた顔をしていた。特にハルという執事見習いは、相当にショックを受けてしまったようだが、メイド長だと村人から聞いていたカオリという女は安心しているようにも取れるリアクションをしていた。
 それもそうだろう。この話で終わってくれれば、オレは怪異を倒せて神隠し事件も犬飼という一人の人間によって引き起こされた殺人事件として幕引きになるのだから。

「それでもね……足りないのよ。犬の遠吠えを聞いて神隠しに遭う。そのことから『遠吠え村』という風に名前を変えたのは、あくまでもこの邸に君たちが来た後にそうなった訳であってね……」
「どういうことでしょうか?私とハルさんがこのお邸に来た時には『遠吠え村』と呼ばれておりましたけど?」

 そこなんだよ。だから、君達はこの人らにとって邪魔な存在なんだ。メイド長の顔色が少し変わってきたところで、一つ鑑定結果の書かれた紙を差し出した。クルミちゃんとハルくん。
 この二人には少々刺激が強すぎる内容だったようで、二人とも一度は席を外してしまった。

「どうして……これを?」
「私も驚きですよ実さん!?どうしてこんなものを?」
「簡単な事ですよ。腕の一部が見つかったのなら、死体の安置所がないか近辺を探すその場合、土地の中も法医学の観点から地検捜査が回るもんでしょ普通。でもおたくのとこの警察はやってない」

 ここの警察もあの村の村長たち同様に、から事件はいつまで経っても解決しない。そんな風に仕向けた犬飼ともう一人の企みに気付いてもいないのだろうな雷塚家の主人。
 彼はあくまでも、クラウドファンディングの甘い罠にかかった者たちから、搾取し続ける為の道具でしかなかったのだから。

「ね、カオリさん。あんた……オレが知る限りじゃ相当悪魔に近い存在だよ」
「な……何を仰られるのですか?刑事さん、カオリさんは────」

 そう言って必死に相手の身の潔白を証明するかのように、前に出て来たクルミちゃん。オレはその服を掴んで袖をまくった。
 勿論、そんな趣味がある訳でもないしメイドに劣情働いていたら、職場に専属メイド(?)が居るから毎日大変だし何より、妻に殺されてオレの人生が終了しちゃうよ。
 さて、冗談はさておき刑事も驚きだろうなこの痣。他ならぬカオリによって付けられたものであると告発させると、クルミちゃん────脱ぐのかい。まぁそれが他ならぬ証拠って奴なんだけど。

「こ、こりゃあ酷い。今どきの人間にこんな拷問に耐えられる人が居るんですかね?」
「何馬鹿なこと言ってるんですか?このクルミちゃんは、それに耐えたどころかこんな烙印押してくる張本人を庇おうなんてする程の鉄のメンタルの持ち主ですよ?と言っても、他にメイド長さんがやっていたことを知れば流石に持たないでしょうけど」

 俺は持っていたケースの中から、ある物を取り出し車に忍ばせていた警察本部から借りて来た警察犬を呼んだ。カヤコちゃんマジでサンキューな。
 取り出したある物とは、靴だ。それも唯の靴。これを手袋を付けて床に置き警察犬に嗅がせた。すると、警察犬はその靴の匂いの痕跡を辿って持ち主を探し出そうとする。そして辿り着いたのが────。

「え?私ですか?」
「この靴、刑事さんのなのですか?」

 正直に言ってこれの為だけに、今日も同行してもらったと言っても過言ではない。そして、もう分かりきっている事だが拍子抜けしている全員に対し冷や汗をかいているメイド長のカオリに指を指してちゃんと口で説明してやろうと思う。

「この靴は刑事さんのではありませんよ。刑事さんがの時に履き替えた靴です」
「あ、なるほど。そういえばそうでしたね。……で、それが何の関係がおありで?」
「そ、そうですわ。その靴と、私が犬飼の共犯者であった事をどう結びつけるのですか?」
「犬牧場の靴を履き替えるシステム……、あれは息子さんの意見でと牧場長はそう答えました。それでオレ……ものは見て見ないとと思って手配履歴を見てみたんだけど、どの年を遡ってもあんたの名前しかなかったんだ。それと、オレ犬飼さんに遭ってね。彼今、こちらで身柄を拘束させてもらったんだけど。掃除器具にしては随分どでかいものを持っていてね」

 身柄拘束は嘘なので、刑事も初耳という反応を示していたが、宿に戻る途中に発見した大きな箱のことは覚えていたらしくオレの代わりに口を開いて説明した。

「あ~、あの家庭用破砕機ですか?なんか中身が錆びていたんで鑑識に調べてもらったんですけど、なんと人間の血だったんですよね~。ってこれ犬飼さんがやったって話で昨日落ち着きましたよね?」

 そう。それで今日、『遠吠え村』に押しかけた警察方と共に、犬飼と村人ぐるみの殺人事件だったということで今しがた表向きの事件は解決してしまっている。
 これも警察は雷塚家から、口止め料で貰った大金を返さなくていい範囲での操作になるわけで。とそんな汚い話はさておき、粉砕機で遺体を粉砕するだけなら犬飼だけで犯行は成立するし、バラバラになったものに関しても、何処へ向かったかは説明が付く。

 もうお気づきかもしれないが、犬飼は神隠しでっち上げで殺害した人間の遺体をバラバラにしていた。唯そのバラバラにした遺体の骨は、畑の肥料に使われていることはカヤコちゃんへの依頼で犬牧場に向かった県警本部の鑑識から報告があり、簡易ではあるが書類を纏めて突き出している。
 その戦慄極まりないオレの口から出された真実と、それを受け入れたメイド長カオリの狂気ぶりには、流石に刑事も含め絶句の表情をしていた。ただでさえこの場に居ない犬飼のやってきた事でも、相当グロッキーだろうにこの女が仕込んでいた種はそれよりも根の深いものだった。

「犬の遠吠え────。それは集団で行動している時に、仲間へ危機を知らせる。或いは自分達の無事を知らせるものとしてあの牧場も大々的にアピールしていたよ。だから、『遠吠え村』に変えたのか『鳴神村』はとばかり思っていた。それにしては遠吠えが多すぎないか?」
「そうですね?私と実さんがここへ来てからも毎日遠吠えが聞こえていましたし、この3週間の間にも2人も犠牲者が……」
「勿体つけるのは嫌いでね……。カオリさん、あんた犬どもに喰わせていたんでしょ?粉砕機で砕いて破片になった肉を、さ?」

 結論を急ぎ伝えすぎたが、オレは口頭説明が下手でね。要するに、人間の死骸から得られる栄養は畑の肥料になる部分は限られている。田畑から人骨の成分が検出されたのは、骨に含まれているリンは辛うじて土の栄養になるからだ。
 なので、血液の混ざった肉片は唯地中で腐敗するのを待つだけで栄養とはなり得ず、またその痕跡を消すのには、微生物にタンパク質を分解してもらう必要があるため相当の時間がかかる。
 では、何故神隠しと称して連続殺人ともいえるペースになっても人の死体を探そうとしない限り痕跡一つ見つけられないのか。それが放し飼い状態にさせた犬に肉片を加工して食べさせていた。

「そんでもって、躾が受け入れられない犬は疫病にかかったと纏めて殺処分。靴を犬牧場に残すシステムは、それらターゲットとなる人間の臭いを覚えさせるため」
「────ッ!?」

 場内は凍り付いているよ。このおじさん何言っているんだろうってさ。それでも、言い当てられたメイド長は諦めがついているかのように狂ったように笑い始めた。
 ここまで隠してきてもう無理だと悟ってか、相方の犬飼を失ったことによる戦意喪失か。すると、オレの推理に穴があると指摘してきた。

「では、その『鳴神村』が『遠吠え村』に改名するように指示して本当に犬に遠吠えを上げさせていたのはどうしてと言うのです?それではまるで、私と犬飼が犯人であると主張しているようなものではないですか?どうせ犬を躾けるなら、そこまで手を回すものではありませんか?それとも……遠吠えを村人への犯行合図にしていたとでも?」

 刑事は何故かメイド長の味方につき、そうだそうだと反論してみろと言ってきている。まったく、どっちの味方なんだよこの刑事。でもまぁ、オレも村人への合図だとばかり思っていたんだよね...。カヤコちゃんの豆知識を聞かなかったらさ。


── 燈火との会話の続き ──

「それと犬が遠吠えを上げる理由なんですけど、基本的には周囲への縄張り意識を知らせるとか、生存確認や危機の知らせのために遠吠えを上げることが多いのですが...」


━━━鳴く時もあるんですよね...はい。

────────────────

「つまり、あの牧場にいる犬たちは誰よりも人間の死を近くに感じていた。食べたくないと必死に抵抗して殺されていった仲間を想い、自分達が生きるために口にしてきた人間達に対する懺悔を乞う声。それが日夜鳴り響く犬の遠吠えの正体って訳さ」

 タイミングがいいもんで、犬牧場の犬の犬歯から人間の血液が検出されたと鑑定の警官隊が邸に入ってきた。これでチェックメイトかな。膝から見事に崩れ落ちたメイド長のカオリは罪を認めた。

 結局、怪異よりも神隠しよりも。人間の方が恐いっていう凄惨な事件はこうして幕を下ろすこととなる。本性が剥き出しになった女の最期は見るに堪えないものがある。
 どうやったらしっかりと、カチューシャと髪留めで止めていた髪が手を使わずに崩れ乱れてと老婆のように、鬼の形相を作ることが出来るのかね。
 これ毎回思うんだけど、これに関しては怪異よりも触れない方がいい気がして妻にも聞けずにいる。まぁ、聞けたところでそれもまたなんだけど、ね。

「そんじゃ、刑事さん。このお2人のことも頼んだよ。後で挨拶には行くからさ♪クルミちゃんとハルくんね、覚えた覚えた」
「あの……邸内にはまだ尊様が……その……」

 ほんと、ここまで純新無垢な女の子を騙すってのは気が引けるけど、オレなりに傷付ずに済みそうな嘘を取り繕う。雷塚 尊にはオレから聴いておきたいことがあるから、今は一緒に此処を離れることは出来ない。
 我ながら最もらしくも胡散臭い騙し文句に思えたが、流石、鏡よりも透き通った心の持ち主でクルミちゃんはあっさり納得してくれた。
 悪運強い刑事とオレの乗ってきたオンボロ車に乗って、連続殺人犯の傍らであったメイド長のカオリを連行して行くパトカーに続いて、豪邸から遠ざかっていくのを見送った。


さて、ここからがオレのの時間ということね───。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 どれくらい意識を失っていたのだろう。カオリの体をあれだけ求めて、クルミという女に黒く穢されそうになる不安と、その淫売を一目惚れしたからと理由つけて、抱いたせいで制御が効かなくなった醜い欲望が、胸の底から侵食してくる感覚が迫る。
 あの銀髪の訳分からない男がまた来たと、カオリは言っていた。俺も一緒に行こうとしたのに、気絶してしまっていたみたいだ。そのせいか、なんか外が静かだ。

 いや、そんなことよりカオリは何処だ。抱きたい、抱きたい、抱かせろ...。

「もう、クルミに付けられた毒が回ってきたんだ……。カオリィィィ??また、浄化してくれ。君の優しいその言葉を浴びながら、カラダに入った穢れを吐き出させてくれぇぇ!!」

 自分でも何を言っているのか分からない。しかも俺は従者であるメイドのカオリに懇願しているのではないか。また激しく犯してくれ、と。
 そもそも何で俺は、カオリの体をこんなにも求めているんだっけ。俺の初めてを奪ってくれたからかな...。いや、彼女の中に本来の母を見たからだったかな...。それも違うな。

「俺はカオリが欲しい。カオリの肌の匂いが、艶かしいそのカラダが、何度イっても欲望を乱暴にぶつけても、俺以上に強い体力で俺が力尽きるまで面倒を見てくれる君を...」

 それなのに彼女が匂いがしない。正確には近くにいる時と違って非常に薄い。外に出ているのかもしれない行ってみよう────。

「何処に行くのかな?外はかなり、天候が荒れている」

 周りが見えずに玄関に向かう俺に声を掛けてきたのは銀髪の男。確か真実がどうとかって言ってた。というか呼び止めないでくれ。俺はもう限界なんだ。
 張り裂けそうになる不安とまたカオリを肌で感じていたい俺に向かって銀髪の男は有り得ない事を口にした。

「もしかしてメイド長のカオリさんをお探し?あ~、その人だったら少し前に警察が来てさ。オレも見てたけど、逮捕されちゃってさ。連れてかれたよ」
「は、……はぁ?」

 気でも狂っているのかこの男は。カオリが警察に捕まるなんて有り得ない。そうだ、犬飼が昨日から姿を見せていない。きっとアイツが何かをしくじってカオリに罪が着せられたんだそうに違いない。
 俺は目の前でヘラヘラと、電子タバコ吸っている男の胸ぐらを掴んで必死にそれを訴えかける。壁に頭を打ち付けているってのにずっとヘラヘラしてやがるこの男。

「あー、もう。痛いっての!というかその犬飼なら死んだよ。やむを得ずオレが消したとも言えるけどね」
「あ?だったらお前がカオリに罪を着せたのか?このクズ男がぁ?」
「────ッ!?目を覚ませぇぇ!!」

 頭に強い衝撃が走った。殴られた。視界が一瞬揺れたが、おかげで部屋の状況が確認出来るだけの冷静さを取り戻せた。でも信じられない。なんでカオリが捕まらなくてはならないんだよ。

「どうやら、何も聞かされてなかったみたいだな。あんたの神隠しクラウドファンディングを伸ばすために彼女たちが何に手を染めていたのか」

 男の話はにわかに信じ難いものだった。
 同時に、犬飼のあの時の言葉は既にカオリと共謀して俺の顔を立てる為に殺人に手を染めていたのか。カオリは俺にとって、女神のような優しい女性だった。そんな彼女が俺の為に犯罪を犯していたなんて。
 でも...、クルミっていう俺の幼馴染を騙ったあの女は、何故捕まっていないのか分からなくて男に再び掴みかかった。あの女は被害者と言ってきた。そんなはずはないのに...。

「それにしても、今日は本当に天気が悪いね」
「何が……言いたい?」
「いやぁさ。オレこの村に来たのは、ある噂の調査で来てたのよ。神隠し……人が突然消える。怪異って言うんだけどな」

 意味が分からない。その怪異だかって言う得体の知れない物を調査していたら、俺のカオリが犯罪者だったのを見抜いてしまったって言うのかこの男は。
 そう思うと、許せなくなった。冷静になって会話さえ出来るようにはなったものの、今すぐにでもあの柑橘系香る柔肌をこの手で抱きしめたい。乱暴に罵倒されながら、バテて優位を逆転されるあの快楽に染まりたい。
 正直、この男との会話なんてどうでもいい。俺から大切な人も居場所も奪ったこの男が憎い。すると、男が俺の頭上を指さして何か言っている。

「あんたはもっと、感謝すべきだったんだがね。あのクルミって子に」
(なんでクルミなんだ?俺が感謝すべきはカオリだ)
「彼女の純粋で真っ直ぐな、あんたに対する想いがからあんたを守っていたんだ」
(何を言っているんだ?カオリが居なければ俺はその女に殺されていた)
「でも、残念だ。あんたが一番嫌っていた男を食い物にする女を信じ、純粋にあんたの心を救いたいという想いに気が付けなくされたのだから。あんたは既に────」
(この男も俺を笑っているんだな?クルミと同じように)
「祟りに触れちまったんだよ」
(?空が光って……?)
「汝に下るは、雷。神隠しを食い物にされたその日から溜め込んでいた怒りさ」

 怒りなら俺の方が勝っている。そう思って見上げた空から、黄緑色の光が俺を包んだ。熱いと感じることなく眠りにつけるような気がして、意識は途切れたそこで綺麗に途切れた────。


 ✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳✳


 長い長い調査期間を経て、ようやく報告にあった怪異を目の当たりにした実は早速自己紹介と名乗り、今回の怪異を言い当てた。

「神隠しの如く、その雷撃で人を亡きものへと変えてしまう。この地でそれを悪事に使う者を容赦なく焼き払ってきた。しかし、今回狙っていた獲物である雷塚家の主人には手が出せなかった。それは説話の中には飢餓に苦しむ人々に鯨を与えたりと、澄んだ心には手を出せないからだ。彼女の純心な想いに姿を隠して待つしかなくなってしまったのなら、空に消えるのも合点がいくというものだよ」


────【雷鳴司しり幻鳥サンダーバード】さん。


━━━ ピシャァァァ、ビリビリ、バチリッ、ピショォアァァ!!!!


 鳴き声とともに雷鳴の嘶きが波長を生み、周囲が電磁場のドームへと変貌を遂げる。実はここまで深刻化。いや、神格化が進んでいるのに、姿が見えなくて検討もしてなかった自分を叱りながらも、燈火に届けてもらった例の忘れ物の封を解く。
 中には鎖と専用のケージケースに、厳重に縛り付けられた焦げ茶色の辞書のような分厚い本が入っていた。

「さぁて。こういう規格外の怪異と闘うにはのお力が必要です。それではお願いします♪禁忌大全イヴィロム先生!!」
「なんだ、おれの出番という訳かわたしのご飯の時間か?」

 男性的な声と女性的な声が混在する声を上げる、分厚い本は鎖のの封が外れると、表紙のボロボロになってしまっているように見える箇所から、大きな眼が開かれた。
 まるで、生き物の顔の皮で表紙を作ったのかと言うくらいに至るところに異なるサイズの眼が付いており、持ち手にした際に掌が着きそうな位置に不規則に開いている口が複数存在していた。

 イヴィロムと呼んでいるその本の正体は、世間でまことしやかに出回る禁術や黒魔術、魔導術。それらには偽装フェイクも存在しており、後から付け足された蛇足のみで創作されたが具現化した怪異であった。
 またしても、両性的声を二重にして実に語ってくる分厚い本イヴィロムであった。

「おい。コイツは喰ってもそんなに美味しくねぇぞ?アイツの怪異ランクはそこまで高くはないぞ?
「はいはい、そうですね。精々ランクBと言ったところでしょうよ。それと美味いかどうかに関しては、雷の塊なんて人間に食えるわけないので知りませんよ」

 返す会話が一つの質疑応答で倍になるのも、実にとっては慣れっこだった。とりあえず、大きさ的に自分ではどうしようもないと言って飛び立とうとしている【雷鳴司りし幻鳥】にイヴィロムを投げ付けた。
 やれやれと飼い主そっくりに無気力な態度を取りつつも、本を独りでに開き開いた頁の中から、まるで最初からそこにあったように無数の剣や槍が飛び出して怪異を襲った。

「これこそ、先生の為せるわざってね♪ほれ、ささっと決めちゃってください♪」
まったく、人使いの。いや本使いの荒いやつだもう、やっている。いや食べているが正解か

 正直に言ってこの怪異調査は難航が長引いたから、いい加減家に帰ってゆっくりしたい実にとっては、一秒でも早く終わりにして欲しいところであった。しかし、イヴィロムからしてみれば滅多に食事には有りつけないので遊びながらこの時間すらも味わうように堪能しているのだ。
 イヴィロムの本には真実も偽造も闇鍋状態で、人々が信じた魔術と呼ばれるものが敷き詰められている。その魔術や魔法を出すのには、それに近い代用対価。即ちは供物が必要になるものが大半だ。今回喰らっている【雷鳴司りし幻鳥】もまた、特定の魔術魔法を行使する際の供物として使われるのであろう。

 電撃が互いを打ち付け合うバチバチとした音と、羽根をもがれた大鳥のように甲高い悲鳴にも似た鳴き声を上げながら、自分の身の丈の十分の一にも満たない本の中に吸い込まれて行った。

ふう……。まぁ、食えたもんじゃなかったなぁはぁ……。チッ、こんな事に起こされちまうとはなぁ
「ご苦労さん、先生♪そんじゃ、またおねんねしててくださぁい♪」
おいっ!?お前はまた勝手にオイッ!?君はそうやって────」


━━ パタンッ♪


 こうして使用時以外はしっかりと封をしておかないと、イヴィロムの空腹を満たせるだけの怪異をしっかりと供給出来ないのと、シンプルに口煩いのが横に居て仕事はしたくないという実の拘りによって、また封印されてしまった。
 最後の言葉がどちらの性別の声も同じような事を言っていたことに、ニコニコしながらもとの風呂敷に包んで鞄にしまう。飛来した雷撃で全壊して、瓦礫しか残っていない豪邸跡地を後にしたのであった。

 約束どおり挨拶には向かった。しかし、ここに来て嘘に嘘を重ねるというのも気が引けては居たが、と割り切って出迎えてくれたクルミとハルに向けて口を開いた。

「雷塚くんね……。少し事情が変わっちゃって、犬飼くんと一緒にオレの方の仕事で連行することになってね。もう会うことが難しくなっちゃったよ」
「そう……なんですか」
「ああ、でも安心して。伝言は預かってるから」

 実はあの豪邸での人間関係なんて詳しくは知らない。ただ単に殺人事件を暴く過程で、怪異の怒りを買ってしまった尊という男にクルミが想いを密かに寄せている。そんなことは推理出来ても、その想いの強さまでは分かり兼ねる。だからこそのその落ち込みがどれくらいのショックなのかは理解に苦しむ。
 それでも、その隣にいる彼の想いを知っている彼女を呪縛から解き放てるのならでもいいと思った。

「俺は君に酷いことをした。本当にすまないと思っているが、もう会うことが出来ない。だから、一緒にこの屋敷に来た見習いとともにどこへなりと行け。だとさ。薄情もんだよな、少し」

 嘘だからこそ、ちょっとだけ悪く言うとクルミは何かを察したように、実の方にお辞儀して隣で想いを募らせていたハルの肩に頭を傾けて言った。

「そんなこと……ありません。私では、尊さんは……救えませんでした。理由は、私を想ってくれているハルくんを見てあげらなかった、からかもしれません」
「クルミッ!!ごめん、ごめんね……。ぼく、何にもしてやれなくて。ありがとう……刑事さんッ!!」
「おいおい♪そこは男が泣くところじゃないでしょうよ。あと、刑事さんじゃなくて、唯のおじさんだからオレ♪それじゃっ♪」

 こんなものを見せ付けられたら、自分の家族に早く会いたくなると思った実もようやく長きに渡る、直行勤務を終えることが出来ると、山道下のバス乗り場まで歩き始めた。

 一人歩道のない道を歩いていると背後からバイクがホーンを鳴らして来た。振り返るとメットを外したその人物が神木原かみきばら 総司そうじであると分かり、声をかけた。

「なになにどしたの神木原くん(兄)。わざわざお迎えかい?」
「そうです……。燈火が伝え忘れていたと……言っていたが、総会の日程が早まったのでな」
「えぇ?マジぃ?オレ今、こないだ拾った怪異を片付けたとこなんだけど?」

 そうは言っても上層部は待ってはくれない。仕方なく、総司のバイクのサイドカーに乗って急ぎ帰宅することにした。しかし、気がかりになっていることも勿論あった実は総司にいつもの陽気なおじさん口調で申し出た。

「あ、神木原くん(兄)。お願いなんだけど、やっぱり事務所で降ろしてくれない?気になるんだよ龍生くんがさぁ。溶けてたりしないかなぁ♪」

 そうして事務所に到着して、辰上たつがみの様子を見てゲラゲラ笑って安否確認を終えてから家族の待つ自宅へと帰る実 真なのであった。
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