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世にも無意味な物語

おみくじ、あみだくじ

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 今日は《大吉》だった。
 わたしは盛大に喜んだ。喜びのあまりに、隣でおみくじの結果を見ていた妻を抱き上げてしまった。

「やぁぁったぞ!!マァイ、ハニィィッッ!!!!」
「あ~~……。そうですか、よかったですね家小路さん…………はい」
「むっ?」

 妻のテンションが、いつもと比べて明らかに低い。わたしは妻がじっと眺めている、おみくじの方へ視線を向けた。
 運勢の欄に大きく、《大凶》と書かれていた。しかし、夫婦で《大吉》と《大凶》が出たのであれば、運の善し悪しは相殺されてバランスの取れた運勢になると、わたしは妻に説明した。

「あ、いえ。この大凶のおみくじに書かれている内容なんですけど……。ほら、見てください家小路さん、前にここに来た時に引いたおみくじ、私持ってきたんですよ……はい」

 妻がポーチから取り出した《小吉》のおみくじ、そこに記されていた内容と今回のおみくじの内容を比較するように、わたしの目の前に並べて見せた。
 なんということだ。一言一句、一緒ではないか。運勢の記された箇所を除いて、すべて同じということは────。

「貸してくれ、マイハニー」
「あ。いいんですよ、家小路さん…………はい」

 妻が良くても、わたしは納得がいっていない。

 わたしはおみくじを購入したカウンターに、妻のおみくじを叩きつけて苦情を言いに向かった。すると、中からサングラスをかけた小さな女性が、黒猫を大事そうに抱えて姿を現した。
 サングラスの女性は、わたしの言い分を聞きサングラスをクイッと弄りながら、おみくじの内容を比較していく。黒猫を抱き降ろして、要望を聞いてきたのでわたしは返金するように言った。

「ところでお客さん。見たところ名のある漫画家さんみたいですが、どのような漫画を手がけられておられるのですか?……はい」
「まさか、こんなものの数分でわたしが何をしている人間か当てるとは。さては、超能力者をやった方が儲かるのではないか?」

 言っていることがよく分からないと、肩を竦めたサングラスの女性は、レジを開けておみくじ二回分の代金。その五倍にはなる金額を取り出し、キャッシュトレーの上に乗せた。
 わたしは、満額返してもらえればいいと伝えようと息を吸い込んだ時、こちらを見上げてサングラスの女性は申し出てきた。今から、あみだくじをして到着した場所に書かれていた内容で、お詫びをしようと言うのだ。

「では、お好きなのを選んでください。言っておきますが、書いてあった内容は絶対にやりますし、起こりますからね…………はい」

 どこか不気味。それでいて、どうにも無意味な雰囲気を突きつけてきたまま、結果が居られた紙で伏せられているあみだくじを差し向けてきた。
 物凄くシンプルな作りで、①~⑦と書かれた選択肢が書かれているだけであった。わたしは、早く妻のもとへ戻りたいが一心で抵当に数字を選んだ。⑥の場所に指を置き、紙を捲って書かかれている線を伝っていくサングラスの女性の指先を見つめていた。
 ふと、自分の引いた《大吉》のおみくじに書かれていた、内容に適当に選択することは大切なものを失う可能性がある、が頭にひっかかった。もしかすると、今の何気ない選択によって、後悔することになるのかもしれない。そう思っているうちに、⑥の線が行き着いた結果を告げられる。

「解放、ですね……はい」
「解放?何だそれはっ!?」

 すると、黒猫がカウンターの上に上がり、わたしの手の甲に触れた。瞬間、わたしの中にあった、おみくじの内容が同じものを書いて、適当に運勢を記載して商売をしていたおみくじ屋への怒りや蟠りが、一切と言っていいほどに消え失せていた。
 サングラスの女性は、再び黒猫を抱き上げて返金額分だけを残したトレーを差し出す。しかし、それすら受け取る気がなくなっていたわたしは、返金を受け取らずに今後は気を付けるように忠言だけを残して、おみくじ屋のカウンターから離れようとした。
 去り際のわたしに一声かける。サングラスの女性の方を見たわたしは、背筋が凍った。そんなことはお構い無しに、彼女は口を開いて言った。

「その解放は、今貴方が置かれているストレスからの解放です……はい。あと、おみくじに記しておきましたよね?下手な選択は、貴方にとって大切なものを失いかねない。後悔すると…………はい。それでは────、さよなら…………家小路さん……」

 サングラスの女性は、わたしの妻の顔をしていた。
 それだけじゃない。何で今まで気が付かなったのだろうか。声も、背丈も、髪型も。ただサングラスをかけていたこと以外は、わたしの妻と瓜二つであったことに。
 戦慄恐々としている間に、黒猫を抱えたままサングラスをかけた妻はカウンターを出て、他の出店が並ぶ人混みが少なりつつある道へ歩いていった。必死に全身を奮い立たせて、わたしは後を追った。数メートル先で角を曲がったのを見て、わたしも同じ角を曲がった。
 しかし、曲がって視界に入った暗い道端には、人っ子一人もいない静かな通りであった。鈴の音が聞こえて、サングラスをかけた妻が抱き抱えていた黒猫が通った。

 わたしは来た道を戻り、おみくじに書かれていた内容の意味を理解した。わたしは確かにストレスを感じていた。妻が、同じ内容が書かれていた異なる運勢結果のおみくじに対し、不満を抱いていても店主に言いに行く気がない様子に。ひょっとしたら、そんなわたしを見かねた妻は、店主に成りすましてストレスから解放するために、こんな手の込んだことを───。
 一人寂しく、電車に乗り帰宅したわたしはシャワーを浴びて、気持ちの沈みを現してくれるように沈むウォーターベッドに顔をうずめて、深い眠りに就いていた。もう、明日からこの家で一人。離婚届は、どうやって出せばいいのやら。そんなこと、考えたって意味などないのに夢にまで出てくる始末。

「ちょっと、家小路さん?」
「ぅぅ……、遂にわたしはマイハニーの幻聴で目を覚ましてしまうとは……」
「何馬鹿なこと言っているんですか?朝ご飯出来たんですけど……はい?」

 いつも聞いていた会話。そんな追体験をするほど、わたしは妻に帰ってきてほしいと思っているのだろう。

 わたしは今日も、妻の幻影とともに楽しく暮らしている。今はこれでいいと思っている。おかげで、漫画を書く筆が止まることはなく、スランプを迎えずに毎日を生きていられるのだから────。


 □■□■□■□■□


「ダメですね、これは……はい」

 脚本をカメラに向けて、《トモシビ》さんはストーリーテラーパートを撮るのを中断した。そして、サングラスを取って家小路のもとへ向かった。

 なんと、《世にも無意味な物語》に出演して台本どおりに演技をしてもらう予定が、本当に妻である燈火が自分の元を去ったと思い込んでしまい、台本どおりになっていない終わり方を迎えてしまったのである。
 撮影は終わったことを《トモシビ》さんから、燈火の格好や声に戻して語りかけるが、一行に幻聴を聴いているしか思っていない様子。

「ぬあぁぁぁぁぁぁ!!!!わたしは、マァイハァァァニィィ────ッッッッ!!!!!!きみにどれほど、支えられて────生きてぇぇぇ、来たのだァァァァァァァァァァ!!!!」
「落ち着けです!!家小路さんッ!!私なら此処に居ますよっ!!!!ほら、もう帰りましょう?今日は家小路さんの大好きなお子様ランチ大人の楽しみver.にしてあげますから…………はいっ!!」

 スタジオをセットを自宅だと、勘違いしている家小路を引っ張ってスタジオから履ける燈火。家小路は最後まで、幻聴を打ち消すように大きな独り言を叫んでいた。

 これにて、《世にも無意味な物語》は一旦はおしまいとなります。
 しかし、次に無意味な世界の扉を開けてしまうのは、これをここまで読んでしまったかもしれません────。
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