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老年編
恍惚公園(2)
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「このまま死ぬのかな?」男がつぶやきました。
「このまま…生きた証も…なにも…なく?」
突然顔をゆがめて下にうつむきます。
はじめて見せる男の生きた顔、その表情。
ポカンどころか、心には懊悩の嵐が吹いている?
人差し指と中指に挟んだタバコを小刻みにふるわせて…くやしいのか、悲しいのか、まるで地面に沈んで行くように、深く上体を曲げて行きます。そのまま自分の影とにらめっこ。
空にはぽっかり白い雲、男のことなど知らぬ、恍惚の雲であるばかり…
やがて、
影法師から最後通牒でも受けたのかしらん、
男は深く、且つ鷹揚に、影法師にひとつうなずきました。そして「そうだ」とひとり言ちます。
やがて上体を上げて、タバコを消しますと、
始めてまわりに気づいたかのように、辺りをぐるりと見わたしました。
近くで砂遊びをしていた、親子連れが目にとまります。顔にぎこちない笑顔を浮かべながら立ち上がり、立ち上がり、近づいて行って、
「やあ、ぼく、こんにちは」と男の子に挨拶をし、
「奥さん、こんにちは。いいお日柄で」と、その子の母親にも挨拶をします。
呆気に取られる母子に会釈して、男は歩き出し、歩き出し、‘恍惚’公園から、出て行こうとするのでした。
(――始めて受け身でなく、自分から――)
男は、「もう、もう、決して…」とつぶやき、「必ず、必ず、これから…」とも云うのでした。すると男の子が追いかけて来て、男に、「おじさん、こんにちは」と、挨拶を返すのでした。
男は嬉しそうに顔をほころばせて、男の子の頭を撫でようとします。
しかしお母さんが飛んで来て、男を睨みつけると、じゃけんに男の子を引っ張って行きました。
そのお母さんの背に一礼しますと、男はポケットからタバコを取り出して、
それをまるごと、公園のゴミかごに放り捨てて行きます。
空にはぽっかり白い雲、やっぱり恍惚の、雲?…
あれれ、なんだかその雲の形が変わって行きます。
風が吹いてきたようで、雲を帆船の姿に変えて行くのでした。どうもその風は地上から、この男から巻き上がったようでもあります。
人は風…
春風に吹かれて来た男はもういない。こんどはみずから世に風を吹かせようと、男は今、最後の人生航路に出航して行きます。同期した雲の帆船も男とともに勇躍出航して行くようです。「もう決して…」男の一言が、清しく公園を清めたようでした。
恍惚公園を…
【人は風…地に生(あ)れて…吹け】
「このまま…生きた証も…なにも…なく?」
突然顔をゆがめて下にうつむきます。
はじめて見せる男の生きた顔、その表情。
ポカンどころか、心には懊悩の嵐が吹いている?
人差し指と中指に挟んだタバコを小刻みにふるわせて…くやしいのか、悲しいのか、まるで地面に沈んで行くように、深く上体を曲げて行きます。そのまま自分の影とにらめっこ。
空にはぽっかり白い雲、男のことなど知らぬ、恍惚の雲であるばかり…
やがて、
影法師から最後通牒でも受けたのかしらん、
男は深く、且つ鷹揚に、影法師にひとつうなずきました。そして「そうだ」とひとり言ちます。
やがて上体を上げて、タバコを消しますと、
始めてまわりに気づいたかのように、辺りをぐるりと見わたしました。
近くで砂遊びをしていた、親子連れが目にとまります。顔にぎこちない笑顔を浮かべながら立ち上がり、立ち上がり、近づいて行って、
「やあ、ぼく、こんにちは」と男の子に挨拶をし、
「奥さん、こんにちは。いいお日柄で」と、その子の母親にも挨拶をします。
呆気に取られる母子に会釈して、男は歩き出し、歩き出し、‘恍惚’公園から、出て行こうとするのでした。
(――始めて受け身でなく、自分から――)
男は、「もう、もう、決して…」とつぶやき、「必ず、必ず、これから…」とも云うのでした。すると男の子が追いかけて来て、男に、「おじさん、こんにちは」と、挨拶を返すのでした。
男は嬉しそうに顔をほころばせて、男の子の頭を撫でようとします。
しかしお母さんが飛んで来て、男を睨みつけると、じゃけんに男の子を引っ張って行きました。
そのお母さんの背に一礼しますと、男はポケットからタバコを取り出して、
それをまるごと、公園のゴミかごに放り捨てて行きます。
空にはぽっかり白い雲、やっぱり恍惚の、雲?…
あれれ、なんだかその雲の形が変わって行きます。
風が吹いてきたようで、雲を帆船の姿に変えて行くのでした。どうもその風は地上から、この男から巻き上がったようでもあります。
人は風…
春風に吹かれて来た男はもういない。こんどはみずから世に風を吹かせようと、男は今、最後の人生航路に出航して行きます。同期した雲の帆船も男とともに勇躍出航して行くようです。「もう決して…」男の一言が、清しく公園を清めたようでした。
恍惚公園を…
【人は風…地に生(あ)れて…吹け】
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