クワンティエンの夢

多谷昇太

文字の大きさ
上 下
3 / 65
吉野の桜

吉野に到着

しおりを挟む
「吉野、吉野」。登って来た吉野山ロープウエイのゴンドラの到着に合わせて構内アナウンスが流れる。山頂は昨夜来の季節はずれの寒気のせいで薄ら寒く、小雪さえ舞っていた。桜のメッカとは云え訪れるにはいささか時期尚早であり、またこの天気とあってさすがに人の出足はまばらだった。然るに到着したゴンドラからはリュックを背負った娘ばかり9人が出て来、駅前の観光案内版に移動しながらてんでに赤い気炎を上げ始める。
「さあ、着いたぞ!吉野、吉野。東京からはるばるとやって来たぞ!」とまずはリーダーの亜希子が雄叫び(?)をあげる。「うわっ、ここが音に聞く桜のメッカ、吉野ですねえ。感激いっー!」と取り巻きの郁子が合わせる。他の面々もキャーとか、ワーとかそれぞれ気勢を上げるのだが三人ばかり逆らう者がいた。「何がキャー、感激い―っよ。寒くってしょうがない。雪が舞ってるじゃない。桜もまったく咲いてないし、こんな時に来た私たちって、まるっきりバカじゃん」とサブリーダーの梅子が云うと、その取り巻きの加代が「そうよ、そうよ」とさっそく応じ、いまひとり恵美という、名とはかけ離れた男まさりの豪気な娘が「ホントすっよね。リーダーは機転が効かないって云うか。中止にすればよかったんですよ。梅子さんがそう進言したのに」と聞こえよがしに大声で、且つあけすけに云う。しかし「まー、あんなこと云ってますよ、リーダー」とこちらは慶子とお嬢様コンビを組む匡子(くにこ)がおもねるように亜希子に云い、その相方の慶子が「そうよ。シーズン中の吉野なんて桜じゃなく人波を見に行くようなもんだから、ずらして行こうって、みんなで決めたくせに」とそれに合わせた。残った2人の織枝と絹子は皆の顔を見るばかり、いたっておとなしい性格と知れる。
 ここで恵美が慶子らへの反発代わりにみずからの歌才を披露した。「これじゃあさあ、源実朝の〝音に聞く吉野の桜咲きにけり山のふもとにかかる白雪〟じゃなくって、〝音に聞く吉野の桜冬枯れて山にかかるはホントの白雪〟じゃないのさあ」と歌を詠み「な、加代?」と妹分の加代に賛美を求める。「うめえ、恵美」とその加代。お人好し風の郁子も「うまいですう。狂歌の名人」とほめたのか皮肉ったのかとにかく一言。しかし各々に云わすだけ云わしておいてからリーダーの亜希子が断を下した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...