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第六章 桃畑
お見舞いするパンチの嵐
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それを見るや俺は心にガチっと火が入ったが、あろうことか廻りの通行人たちがいっせいに女を笑うのだった。俺は口をあんぐりと開けて〝こいつら〟を見廻すしかない。何なんだ?こいつらは…。すると例の悪想念が『臆病者め。街中の人間がお前の敵ということだ。どうだ?お前も笑ったらどうだ?あ?すればお前も町衆になれるぞ。ふふふ』と嘯(うそぶ)く。しかし俺は「ああ、そうかよ」と捨て台詞を吐いたあとで先に蹴飛ばしたチンピラの前に立つや否や「おい、この人に謝れ…」と云ったかどうかもわからぬままに左ストレートを顔面に打ち込んでいた。心の中で「助けてよ、田村さん」と云うミキの声が「あーっ!わたしの王様ーっ!」というイブの最後の叫びが響きわたる。霊界と現実が、魂と心と現実が今しも繋がると思われたその刹那チンピラの仲間たちが、突き飛ばしたサラリーが、他にも近くにいた男たちがいっせいに俺に打ち掛かかって来た。俺はフットワークやらダッキングやらを使ってそいつらをかわしかわし、顔面にボディに好きなようにパンチの嵐を浴びせる。云い忘れていたが俺は決して格闘の素人ではない。若い頃他ならぬこの鶴見にあるサクラボクシングジムに在籍していたことがあるのだ。ただしプロのライセンスがある分けではなく単に仕事帰りに練習をしていただけのこと。それなのになぜいま俺はこうも強いのか、正直自分でも合点が行かない。おそらく、ほんの刹那ではあっても甦ったイブやミキの言葉が俺をしてかくもスーパーマンにしている気がしてならない。とにかく、そんな俺の強さにひるんだ男たちの隙を見計らって俺は袋の女に駆け寄り、その袋を力いっぱいに引き裂いた。しかしその途端に異臭を嗅ぐ。中から現れたのがホームレス然とした実年に差しかかろうとする年配の女性で、その身に纏ったボロ服や体臭ゆえのことだったろう。女性は冷や汗をかいた顔を苦しそうに歪めて、手にした小銭を俺に示しながら「え、駅はどこですか?お願いだから教えてください」と哀訴する。何のことか分からず一瞬虚を突かれる俺を、廻りの男たちや女どもがいっせいに哄笑した。
【なぜかプロのボクサーの如く突然強くなり、容易に男たちを叩きのめす田村のイメージ。from pixabay】
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