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第四章 娼婦殺人事件
わたしの気持ちよ
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うん、うん、うんと激しく頭(かぶり)をふってミキが応ずる。そのまま自分の置かれた状況と真のところを吐露すると思いきやしかしミキは「田村さん、何かひどい目に会ってらっしゃるの?聞かせてください。わたし…いくらでも受けるし、あなたを分かってあげられる気がするわ。ね?も、もう一杯どう?」と云いざまバックバーからオールドを取り出しほぼ空になった俺のグラスに勝手に注ぎ足した。「ありがとう」と鷹揚に受けながら「それを君のグラスにも注いで。そして両方ともちゃんと勘定に付けておいて」と云うのにイヤ、イヤとばかり今度は頭を横にふるミキ。「いいの、奢りで。わたしの気持ちよ。わたし…あなたに会えて嬉しい」「ちっ、しょうがないな」と云いながらもそんなミキがなおいじらしく思えてならない。会えて嬉しいのはこっちの方だし、買い被りでも何でもなく、フィーリングと云い中身のある女性ぶりと云い、時間の許す限りどこまでも付き合っていたいのは山々なのだが今はそうも行くまい。いまさっき「逃げて」と当のミキが俺に云っている。にも拘らずそれを失念しているかのような「もう一杯おごるわ」というこのミキの反応はどこかタガが外れている。普通なら質すべきところだがしかしその豹変の分けも俺には分かるような気がするのだ。なぜなら、彼女が(俺が断定したように)眼前の肉体を借りた霊存在であるならば、その霊に〝嘘はない〟からだ。本音を隠せる人間と違って霊は情動そのものが赤裸々になっていると俺は以前に聞いている。だからそれからすると彼女のこの反応は意外でもなんでもなく、彼女の真情を引き出すべく俺が仕掛けた一種の誘導尋問(同期尋問が適切か?)に、彼女がストレートに乗って来てくれただけの話である。但しそこには誤算もあった。被害意識と怒りの心に於て俺に同期してくれて、そのまま殺害時の真相などを吐露してくれると思いきや、彼女の、ミキの真情(と云うか情動)はそれだけではなかったのだ。彼女は自分よりもまずこの俺を思いやってくれた。
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