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マドンナ、大伴朗子(おおともあきこ)
す、すいません…大伴さん!
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その途端かつて花田からまた新河から受けたトラウマがいっぺんでよみがえり、俺の口はうわごとのように次なる言葉をつらねていた。「お、俺は…いや僕はその…実は人と待ち合わせてまして、ば、場所は横浜でして…ですからその、ご、ご一緒できません。すいません」と。それへ「本当?もしいまのカナとミカの戯言(たわごと)が耳に入ったのならそんなもん気にしなくてもいいのよ。(カナとミカへ)こら。カナとミカ。気に障ることを人に云うんじゃないの!」そう一括してから「ねーえ、ほら大丈夫よ、村田君。私をあなたのお姉さんか何かと思って、ドーンとぶつかってらっしゃい。この先輩に。すべて受け止めてあげるから。ね?」と〝男気〟を丸出しにして尚も大伴さんが俺を誘ってくれる。しかし一度口にしたことを言下に否定すれば嘘つきになるし、また依怙地と云うか偏屈と云うか何と云うべきか、一度こうとしてしまったことに俺は悉皆拘泥しないところがあって、いやそれどころかそれによってもし人が(特に好きな人が)俺に失望を催すとしたら、そこに一種快感のようなものを覚える奇形的な性癖があったのだ。フロイトの神経症論研究に好餌を具すような性癖だったが、思うにこれは長年の孤独遍歴から生じたところの、他人に自分をインプットする上での哀しくも自虐的な習い性、あるいは既に快感(…?いや、敢て命名すれば哀感)原則とさえなっていた節がある。まあとにかく、要はマルドロールであったということだ。
「い、いえ、その…横浜駅で友だちが待っているんで(嘘、友人など一人もいない!)…やっぱり駄目なんです。せ、せっかく誘ってもらったのに、す、すいません!」そう云い切ったところで左側から坂を上って来る綱島行きのバスが見えた。「あ、バスが…」と一言言い残し大伴さんに一礼したあと俺はバスの直前に近いタイミングで道を横切り向こう側のバス停に走って行った。
「い、いえ、その…横浜駅で友だちが待っているんで(嘘、友人など一人もいない!)…やっぱり駄目なんです。せ、せっかく誘ってもらったのに、す、すいません!」そう云い切ったところで左側から坂を上って来る綱島行きのバスが見えた。「あ、バスが…」と一言言い残し大伴さんに一礼したあと俺はバスの直前に近いタイミングで道を横切り向こう側のバス停に走って行った。
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