自らを越えて 第一巻

多谷昇太

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マドンナ、大伴朗子(おおともあきこ)

マドンナの手を取った!

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「はーい、こちら注目!」と号令をかける体育教師が鬼に見える。もう一時限が過ぎたのか?そんな…早過ぎる!これでは浮かばれない、無念に堪えないなどと憤懣やるかたないが、しかしもとよりそんな表情を億尾にも出す俺ではない。マドンナと手を取り合える、奇跡の現出とも云うべき、千載一遇のチャンスだったのに…などと、無念の谺(こだま)が何度でも、心中で響きわたりはしたのだが…。
 せっかく目の前に来た大伴さんに背を向けて致し方なく朝礼台をふり返る。俺には珍しく反骨心を込めた三角眼で体育の先生を睨みつける。大伴さんにはその顔を見られないし朝礼台の先生からも離れているから気づかれないだろう。『なぜ選りによってここで、大伴さんが俺の前まで来ていながら、曲を止めるんだ?!』などと未練がましく先生を心中で責め続けた…のだが、しかしそれはいかにも拙速に過ぎたようだ。先生はここから曲目(と当然ダンスも)を変える旨を云い、先程同様に朝礼台から降りて来ては一名の女子生徒をつかまえて模範のダンスを披露した。それがオクラホマミキサーだったのであり、この踊りは肩越しに相手の右手を取り、手前で左手を取ってはそのまま並んでステップを踏み、次に片手だけは繋いだままで女性が離れながら一回転し、今度は向き合ってステップを踏んだあと手を離し、次のパートナーへ移って行くというものだった。何回か踊って見せたあと「では(当然今の)パートナーと向き合って暫時練習せよ」と宣わってくれた。こうなると今度は同じその先生が、神様か何かに見える。嬉しさと期待に充ちた心を顔に出さないように、必死に制御しながら、俺はやおら大伴さんに向き直った。そしてその大伴さんはと云うと、俺に微笑みながらひとつ頷いてみせてくれて、ではどうぞとばかり横向きになって右手を肩の高さに上げ、左手をウエストの位置に保っては俺を誘う。生唾をひとつゴクンと飲み込んだ後で俺は夢遊病者のように大伴さんに近づき、その手を…と、取った。触れた、握った…。マシュマロのように柔らかいその手の感触と、肩越しに抱くようにした彼女のその身体が、そのオーラが、俺を有頂天にさせ夢見心地にさせる。
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