27 / 33
10年後への求婚
縁生の舟(1)
しおりを挟む
「時に任せながらも義を果たす男…かしら?」などと、なぜか無意識のうちに姓名判断的なことを惑香が口にする。それへ「うーむ、なるほど…ですね。確かに云い当て妙ですが、しかしもしそれならば義男の字が違ってくるかも知れません。それに姓も」
「は?字が違ってくる…?」
「ええ、そう。しかしそれを云う前に惑香さん、あなたのお名前をぜひ書いてみてくれませんか。そのぼくの名の横に」
「え?だって知ってらっしゃるんでしょう?私の名前を。あなたのお父様からうかがって?…」自分が中学生時来訪問がパタリと途絶えて、またその前からでもごく偶(たま)にしか我が家を訪れることのなかった一郎おじさんこと、時任一郎へのおぼろげな記憶をよみがえらせながら惑香が聞く。ただ偶にではあっても一郎おじさんが家に来たときの惑香への可愛がり方は尋常ではなく、「おー、惑香ちゃん、惑香ちゃん、かわいいかわいい。もう、小父さんの子にして家に連れて帰りたい!」などと云っては頭を撫で頬をさすり、そして必ずおみやげにお菓子や人形などを持参してくれたのだった。そんな一郎おじさんへの思い出に思わず顔をゆるめながらでも、ただ眼前にいるこの時任義男への記憶がないことを惑香は不思議がる。一郎おじさんに息子がいることは小父さん自身の口から聞き、母からも聞いて知っていたが(確か)一度も会ったことはなかった筈だ。それなのになぜ今こうしてその義男が自分の目の前に居、またさきほど来の告白によればだが、自分への思いハンパならずを告げるのだろう。そんな惑香の心中のモノローグを聞いたかのように義男はやさしい笑みを浮かべながら「ええ、知っています。ただ字面(じづら)と云うか、ご本人の手によるお名前をぜひ見てみたいのです。ぜひ…」と云ってペンを差し出し惑香に要求する。
「ええ?なんか嫌だわ、わたし…字が下手ですよ。ふふふ」と云いながらでも義男の名の横に自らの名、鳥居惑香を書いて見せる。それを受け取ってから暫し見つめたあとで「うーん、見事な筆跡」「嫌だ」「ははは。いや本当ですよ。それで、このお名前を説かせていただくなら〝自らの美しさに戸惑う水鳥〟…ですかね。ご存知ですか?若山牧水のこの歌を。〝白鳥は哀しからずや空の青海の青にも染まずただよふ〟」
「は?字が違ってくる…?」
「ええ、そう。しかしそれを云う前に惑香さん、あなたのお名前をぜひ書いてみてくれませんか。そのぼくの名の横に」
「え?だって知ってらっしゃるんでしょう?私の名前を。あなたのお父様からうかがって?…」自分が中学生時来訪問がパタリと途絶えて、またその前からでもごく偶(たま)にしか我が家を訪れることのなかった一郎おじさんこと、時任一郎へのおぼろげな記憶をよみがえらせながら惑香が聞く。ただ偶にではあっても一郎おじさんが家に来たときの惑香への可愛がり方は尋常ではなく、「おー、惑香ちゃん、惑香ちゃん、かわいいかわいい。もう、小父さんの子にして家に連れて帰りたい!」などと云っては頭を撫で頬をさすり、そして必ずおみやげにお菓子や人形などを持参してくれたのだった。そんな一郎おじさんへの思い出に思わず顔をゆるめながらでも、ただ眼前にいるこの時任義男への記憶がないことを惑香は不思議がる。一郎おじさんに息子がいることは小父さん自身の口から聞き、母からも聞いて知っていたが(確か)一度も会ったことはなかった筈だ。それなのになぜ今こうしてその義男が自分の目の前に居、またさきほど来の告白によればだが、自分への思いハンパならずを告げるのだろう。そんな惑香の心中のモノローグを聞いたかのように義男はやさしい笑みを浮かべながら「ええ、知っています。ただ字面(じづら)と云うか、ご本人の手によるお名前をぜひ見てみたいのです。ぜひ…」と云ってペンを差し出し惑香に要求する。
「ええ?なんか嫌だわ、わたし…字が下手ですよ。ふふふ」と云いながらでも義男の名の横に自らの名、鳥居惑香を書いて見せる。それを受け取ってから暫し見つめたあとで「うーん、見事な筆跡」「嫌だ」「ははは。いや本当ですよ。それで、このお名前を説かせていただくなら〝自らの美しさに戸惑う水鳥〟…ですかね。ご存知ですか?若山牧水のこの歌を。〝白鳥は哀しからずや空の青海の青にも染まずただよふ〟」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
渋谷少女A続編・山倉タクシー
多谷昇太
ライト文芸
これは既発表の「渋谷少女Aーイントロダクション」の続編です。霊界の東京から現実の東京に舞台を移しての新たな展開…田中茂平は69才になっていますが現世に復帰したA子とB子は果してあのまま…つまり高校生のままなのでしょうか?以降ざっと筋を述べたいのですがしかし叶いません。なぜか。前作でもそうですが実は私自身が楽しみながら創作をしているので都度の閃きに任せるしかないのです。唯今回も見た夢から物語は始まりました。シャンソン歌手の故・中原美佐緒嬢の歌「河は呼んでいる」、♬〜デュランス河の 流れのように 小鹿のような その足で 駈けろよ 駈けろ かわいいオルタンスよ 小鳥のように いつも自由に〜♬ この歌に感応したような夢を見たのです。そしてこの歌詞内の「オルタンス」を「A子」として構想はみるみる内に広がって行きました…。
流れのケンちゃん
多谷昇太
ライト文芸
〈お断り〉取りあえずこれはラジオドラマ用のシナリオです。‘目で聞く’ラジオと思ってください。配役はお好きな俳優を各自で当ててください。
以下あらすじ:25才の青年が九州は博多の街に流れ着きます。彼はここにいたる前の2年間をヨーロッパを中心に世界中(ロシア・ヨーロッパ・中近東・インド・タイ等)を単身で放浪して来た身の上でした。放浪のわけは「詩人・ランボーに憧れて」と「人はなぜ生まれたのか、また何のために生きるのか、現に生きているのか…を探る」の2点でした。つまり早い話がそんなことにかまけている、世間知らずの甘ちゃんだったわけです。そんな彼に人生の解答を与えてくれた女性がいました。彼より3つ年上の元・極妻だった女性。「ケンちゃん、運命(さだめ)を超えないけんよ。さだめ橋を渡らな。うちもいっしょに行ったるっちゃ」と云って諌めてくれます。みずからの身体をも与えて…。さて、あらすじより本編です。どうぞラジオドラマをお楽しみください。
エッセイのプロムナード
多谷昇太
ライト文芸
題名を「エッセイのプロムナード」と付けました。河畔を散歩するようにエッセイのプロムナードを歩いていただきたく、そう命名したのです。歩く河畔がさくらの時期であったなら、川面には散ったさくらの花々が流れているやも知れません。その行く(あるいは逝く?)花々を人生を流れ行く無数の人々の姿と見るならば、その一枚一枚の花びらにはきっとそれぞれの氏・素性や、個性と生き方がある(あるいはあった)ことでしょう。この河畔があたかも彼岸ででもあるかのように、おおらかで、充たされた気持ちで行くならば、その無数の花々の「斯く生きた」というそれぞれの言挙げが、ひとつのオームとなって聞こえて来るような気さえします。この仏教の悟りの表出と云われる聖音の域まで至れるような、心の底からの花片の声を、その思考や生き様を綴って行きたいと思います。どうぞこのプロムナードを時に訪れ、歩いてみてください…。
※「オーム」:ヘルマン・ヘッセ著「シッダールタ」のラストにその何たるかがよく描かれています。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
Go to the Frontier(new)
鼓太朗
ファンタジー
「Go to the Frontier」改訂版
運命の渦に導かれて、さぁ行こう。
神秘の世界へ♪
第一章~ アラベスク王国編
第三章~ ラプラドル島編
ダンス・バトル
オガワ ミツル
現代文学
或る街の中にある社交ダンスの教室には、様々な人が集まってくる。初心者や見学者。そして熟練者の男と女達は、更なる技を高める為に、汗を流している人たちの溜まり場でもある。この中では自分が最高と自負し驕る人、またレベルが高いのに誠実に振る舞う人、噂が好きな人たち。そんな彼等でそこはいつも活気があった。その教室には様々なドラマが始まっていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる