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裏ノ鏡編

白皙の仙人、禍災の焔竜 1

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 戦い始めて、もういくら時間が経ったか分からないが、太陽の位置が低くなっているあたり、もう夕方になりかけている頃合だろう。


 裏鏡りきょうとの戦いは、未だ白熱している。尤も、不利である事に変わりないが。


「ち、TIくしょう……」


 俺は体に無数の切り傷を受けながらも、巨大な何かに呑みこまれそうになる引力に耐え忍ぶ。


 案の定、裏鏡りきょうにはこっちの攻撃が全然効かない。


 ビームを撃っても、火球を撃っても、突進しても、噛み付いても、殴っても、アイツはすぐに傷を治してしまう。


 腕を引きちぎったり、首を飛ばしたりもしてみたが効果なし。何をしても、奴がダメージを受けた様子は毛程もない。


 正直、頭を粉々にして生きてる時点で、もうコイツが人間かどうかも疑わしいレベルだ。


「どうした。切り札を使うがいい」


 今まで与えた傷だけでなく、服まで元通りになっている裏鏡りきょうは平然と挑発してくる。


 くそが。余裕ぶりやがって。こっちがどんな気で戦ってるかも知らないで。


 切り札を使えるモンなら使いたい。だが無理だ。使えば奴の罠に嵌り、ジ・エンドになる。


 裏鏡りきょうは魔法や魔術だけでなく、超能力ですら跳ね返せる。ゼヴルエーレから教えてもらった``破戒``は強力ってモンじゃない。


 もしアレをこっちに跳ね返されでもしたら、こっちがお陀仏だ。


 でも向こうも鏡術きょうじゅつが打ち砕かれる可能性を持ってる。もしかしたら跳ね返せない可能性もあるが、それを試すには余りに危険だ。


 跳ね返すだけじゃなく、模倣もできる。さっきは不意打ちでなんとか通ったが、二回目が通じるほど、甘い相手じゃないだろう。


 どうしたものか。無い脳味噌をこねくり回しても、答えは出ない。だから考えるのは嫌いなんだ。


 俺は深く息を吸い、悠然と佇む裏鏡りきょうを見つめる。


「はぁ……。いいよな、テメェは。暇そうで」


「何?」


「万物の深淵だか、森羅万象の何とかだかしらねぇけどさ。ンなもんだけでここまで強くなれたのかと思うと、正直羨ましいよ」


 俺は何を思ったのか。心に浮かんだ事を口にした。


 普通はみんな、強くなろうと思って強くなれない奴は沢山いる。


 況してや超能力なんて持ってる奴はコイツ以外で見たことないし、魔法だって使える奴は世界で数えられるぐらいしかいない。


 大半がみみっちい魔術と僅かな霊力で人生の荒波を凌いでる。そんな中でも、俺はまだ恵まれてる方だという自覚はないワケじゃない。


 火の玉ポンポン撃てるだけでも、俺はやっぱ恵まれてる方なんだなって思うときはある。


 でもコイツは、よく分からない理由一筋で、あらゆるものを淘汰する力を手にしてる。反則級の力を。


 誰かに復讐したいワケでもなく、社会に貢献したいワケでもなく、なにかしら大義を成したいワケでもない。


 完全に己の為に動いてる。社会も世界も関係なく、自分という流れの中で生きている。


 それは誰にも侵されない唯一無二であり、何者も容赦無く粉砕する刃。実際、俺の信念は見事に粉砕された。跡形も無く、粉々に。


 正直、もし許されるのなら。敢えて一度捨てた理想を、もう一度述べるなら。


 ―――俺は、コイツみたいに強くありたかった―――。


「ならば修行すれば良かろう。超能力を使えるなら、それを突き詰めるだけの事だ。魔法をこなしたい場合でも同じ事。何故羨望する必要がある」


 切実に呻いても、案の定の返し。同情も温情も無い。ただひたすらに正論を、淡々とブチこんでいくスタイル。


 そんな当たり前の事は誰だって分かってる。でもテメェみたいになんでもかんでもやろうと思って有言実行するほど、みんな強くないんだ。


 俺なんて正直自分の才能におごれてたぼっちゃんだ。修行とかは欠かさなかったが、それは自分に超絶能力があると思ってやってた。


 そこに信念も無ければ、拘りも無い。ただただ子供のチャンバラごっこが精々自然災害ぐらいのスケールになる程度のものでしかない。


 俺は弱いのだ。ただ自分の才能に依存してただけの凡愚。復讐という概念に縋らないと生きてる意味や価値を見出せなくなった無能。


 挙句、人に図星突かれたら逆ギレして相手の粗探しをし、揚げ足取って自分の無能さを正当化しようとするクズだ。


 だから、だからこそ俺は、お前の``正論``には従わない。何故か。


「気に入らないからだよ、クソッタレがァ!!」


 体の奥底から、腸が飛び出すくらいの大声で叫んだ。


「何故羨望する必要がある、だ。羨ましいからに決まってんじゃん!! テメェみたく何もかも思い通りに全てを捻じ曲げて生きてたいからに決まってんじゃん!! 自分だけが死に物狂いで努力してるとか思うなよナルシが!!」


 俺の中の、何かが弾けた。爆弾が破裂するように。爆竹が炸裂するように。


「テメェの言う事には中身がねえ!! 正論ばっかふりかざしやがってよォ、ンな当たり前の事なんざ分かってんだよォ!! でも何かに縋って、何かに依存しないとやってらんねぇんだよォ!! どうせテメェには毛程も理解できないんだろうけどさァ!!」


「当然だ。発展性のない生き様ほど、見ていてつまらんものはないからな」


「そうやって人の化けの皮ひっぺがして楽しいか? 綺麗にいようと取り繕って着てる服をさ、破いて晒し上げんの楽しいか? 俺だって復讐っていう化けの皮着てんだよ、着たくないけど着て生きてんだよ、そうでもないとやってらんねぇんだよォ……分かれよォ……!」


 声がどんどん掠れていく。もしかして俺、泣いてるのか。人前で。今日会ったばっかの奴に。


「ああそうだよ復讐なんてやりたくてやってるワケじゃねぇ。やらなきゃ気がすまねえからやってるただそれだけだ。それ以上も以下でもねぇ。でもそれの何が悪いの……大切な人を殺されて、やり返したくなるのはみんな同じじゃんか……なんでお前にはさ……温情ってのがないんだよ、なんでそんなに冷たいんだよ……」


「大切な人間など俺にはいない。仮にいたとしても生き返らせる算段を編み出す、もしくは異なる生き様に身をやつすなど、手数は色々ある。余計な思索をする要素など存在しない」


「はは……嗤えるほど同情してくれねぇ……。それにここまで言っても伝わらない……。そんな話してるんじゃないのに……」


「それほどまでに大切な人間などという概念に固執するのであれば、最初から作らないようにするなり、絶対に守りきるなり、指針は千差万別であるし、指針が決まれば自ずと何をすれば必要十分条件を満たせるかは判然とするはずだ。結論、余計な作業に精神と気力を費やさないようにすれば、全ては解決する」


 それだけの事だろう、と勝手に話を締め括る。俺は涙を拭った。


 絶望的なまでに身勝手。人の話をロクに聞かず、自分の価値観で全て捻じ曲げて解釈して勝手に結論を出す。


 もう俺の話を聞いてないも同然じゃないか。俺が恥を忍んでらしくもなく泣きながら本音を吐き散らしたのに、全く届いてない。


 会話はしてくれてるが、対話になってない。コイツには、泣いてる人間の本音でさえ、ただの言い訳にしか聞こえないのかよ。


 そんなの、あんまりだ。酷すぎる。やってることは泣きながら助けてと叫んでる奴に容赦ないドロップキックをブチかますのと同等の辛辣さだ。


「そうか。そうかよ……分かった。テメェの言いたい事は」


 俺は、さっきまでやってたアレを放棄した。それは理性の維持。


 何かに呑みこまれないように一生懸命蓋をしようとしてたものを解き放つ事に決めたのだ。


 もうコイツと無意義な語り合いはしない。何言ったってコイツの考えは変わらないし、同情もしてくれない。だったら語ること自体が無駄。


 余計な作業を省けば全部解決する。だったら省いてやらぁ、何かも全部綺麗さっぱりと。反論も議論もする余地も無いくらい全部。


 って言ったら無駄って言われるんだろうから、言われた通り無駄を省いて言うなら―――。


 ―――テメェに一発ブチこんで、この何の面白味の無い戦いを終わらせる。


「ぐおおおおあああああああAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 俺から真っ赤な霊力が噴出す。空気が沸騰し、更地がひび割れ、体感重力が数倍以上に膨れ上がる。


 まだまだ膨れ上がる霊圧。体の奥底から溢れ出てくる何かは、身体を通して空間を震撼させた。


「テメェGAそういうなRAかまわNEE。DEもおれHAおRENOやりKAたでなすBEきをNASITEYARU……てMEぇNOりKUつにしTAがUきはNEぇ、おれGAたDANOぼNぐじゃねEとKOろをミセテYARAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 意識が呑まれた。巨大な何かに。まるで嵐の海に抜錨してまんまと津波に呑み込まれたかのように。


 どぼん、と水の中に投げ込まれた感覚が襲う。体が回転するような感覚とともに、視界は砂嵐のような情景を経て常闇に包まれた。


 身体と自分が切り離されたかのような離脱感。


 今、俺はどこにいるのか。周りは暗い。右も左もわからない。ただただ真っ暗な海の底へ、ひたすらに落ちていく。


 深い深い海の底。日の光もほとんど通らない水の中。


 いいんだ、これで良かったんだ。後は破壊衝動に全てを任せてしまおう。もういいや。俺は楽になりたい。


 大口叩いてみたけど、まあ、これでいいだろう。


 静かで、余計な雑音が全く無い。水の中ってより、空虚の中にいるような気分だ。


 暗くて落ち着く。ちょっと前までは、暗い所より明るい所の方が好きだったし、変わり映えのしない日々より、常に何かしらの変化がある日常が好きだったのに。


 今じゃ右も左も分からない闇と、時間が幾ら経とうと変わらない風景が酷く安心する。この何にも無いのが心地良い。


 だってそうだろ。ずっと此処にいれば、もう傷つかなくたって済むし。辛いことも痛いこともない。


 面白くもないけれど、辛い事や痛いことがあって、どうせ失敗するんなら、絶対失敗しないこの世界を漂い続ける方がいい。


 俺は現実を思い知った。もう良いんだ。どうせ俺には何も無い。あるのはただの、破壊だけ。


 ―――``……み……``


 何だ。なんか聞こえる。


 ―――``す……お``


 はぁ。もういいよ。飽きたよ。ほっといてくれ。俺はここで一生、復讐と憎悪、無能感と劣等感を抱えて漂うだけの人生を送るんだ。


 それが楽で、楽な方に逃げてるのは分かってる。でもいいじゃんそれで。どうせ自分の国ぶっ壊したクズだしさ。


 このまま破壊衝動に呑まれたまま、何もかも破壊してしまえば、正直何もかも上手くいくんじゃないんだろうか。


 完全に人生舐めてる言い分だけど別に構わない。だって実際そうだしさ。人生舐めてるぼっちゃんだもん。


 ぼっちゃんはぼっちゃんらしく、初志貫徹させてくれって話よ。守るべきもの無いし、それで自我持ったまま戦うのは正直辛い。



―――``すみお!``



 そのときだった。俺の視界が、突然黒から白に塗り潰される。あまりに唐突で、思わず目を細めた。


 眩しい。まるで灯台の光を直接見てしまったくらいに眩しい。というか熱い。


 やめろ。水が沸騰するだろうが。


 眩しいし熱いしなんなんだよほっといてくれよ邪魔すんなよ俺は此処でずっともう破壊と憎悪と復讐で生きるんだよそれの何が悪いって―――。


―――``澄男すみお``


 暖かな声。眩しさと暑さが俺を見舞う中で、俺の中の荒々しい何かがゆっくりと、ゆっくりと沈んでいくのを感じる。


 なんだろう、この感覚。芯まで冷えた身体を、奥底から暖めてくれる声音。バツの悪い事をして、それがバレて、叱ってくれるお姉ちゃんみたいな。


「……澪華れいか澪華れいかなのか?」


 俺はふと思い浮かんだ名を言い放つ。


 木萩澪華きはぎれいか。俺が人生最初に好きになった女。


 出会ってたった一年しか経ってないけれど、そのたった一年でこんなにも愛おしく感じるようになっちまった。


 ときにはお姉ちゃん。ときには友人―――とかく、色んな側面を持つ奴。


―――``澄男すみお!``


 呼ぶ声が強くなる。俺はもがいた。海の底に沈んでいく身体に鞭を打ち、俺は水を掻き分けながら、網膜が焼けてしまいそうな眩い光へと水をかく。


 光から放たれる熱気は尋常ではない。体が焼けそうだ。でも俺は自然と、その光に吸い込まれるように泳ぐ。


 姿形は見えない。刺々しい熱さの中、微かに感じる暖かさが心地いい事しか分からない。


 ただ声音の印象から澪華れいかじゃないかと思っただけ。その判断に根拠なんてものはない。


 もしかしたら澪華れいかじゃない誰かか、自分のクソザコなメンタルが作り出した、ただの幻聴かもしれない。


 でも、そんな事はどうでもいい。考えて答えを出す必要なんてない。この声音、もしかしなくても、きっと―――。


「分かった。澪華れいか待ってろ。今行く!」
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