上 下
33 / 93
裏ノ鏡編

主人とメイド 1

しおりを挟む
 弥平みつひらと別れ、本家邸新館の裏手にある道場へ足を運んだ俺は、上半身裸の状態で紅い刀身の剣を何度も、何度も振るう。


 剣を振るう度に、野太い掛け声と足で畳を擦る音が道場内を反芻する。



 エスパーダ戦が終わってからずっと素振りをやってるが、やはり相手がいないと締まらない。


 いつもならババアがいた、でも今はただの死体として分家邸に運ばれていった。他の奴等はなにかと忙しいみたいだし、声もかけづらい。


 御玲みれいは前に投げ飛ばして以来、更によそよそしくなった。久三男くみおは相変わらず部屋に閉じ篭ったまま。


 今のところ、弥平みつひらぐらいしか頼める奴はいないが、奴にはやるべき事が山積みだ。


 ただでさえ本家派当主は修行に没頭するしか芸が無いというのに、自分以上の芸当ができる奴を、こんな畳しかない所で燻らせておくワケにはいかない。


 ―――御玲みれいに頼んでみるか。


 いや。三月末にやらかした事を思い返すと、あまりに虫が良すぎる気がする。


『……分かったら、もう俺に鬱陶しく構うんじゃねぇ。テメェはメイドらしく黙ってメイドやってりゃあいいんだよ』


 本当は、こんなこと言うつもりなんてなかった。


 あのときは嫌な夢を見てムシャクシャしていて、何もかもが嫌で嫌で仕方なくて。


 その場にある何かに当り散らすでもしないと、どうにかなってしまいそうなくらいイライラしていた。


 あのときほど自分がクズだと思った日は無い。むしろ人間って追い詰められると飛んだクズに成り下がるんだなと身をもって思い知ったくらいだ。


 俺は英雄の血筋から生まれた選ばれし存在。だからクズとは無縁で、この世のクズを淘汰できるごく一部の人間。


 今までそういう特別製だと思って疑ったことはなかった。


 でも所詮、中身がただの人間なら、ふとしたことで廉価物未満に成り下がるのだ。


 クズを一方的にバカにしてた奴がクズに堕ちる。明日は我が身、なんて国語の勉強で覚えるただのことわざだと思ってた頃が本当にバカらしい。


 はぁ、と溜息を吐いて刀を地面に落とす。身体中汗に覆われ、身体からは湯気がたちこめていた。


 左手に血まめが大量にできて痛い。


 特に修行の成果も無し。でも修行を止めるなんざありえない。成果が無いならあるまでやり続ける。今の俺にはこれしか芸が無い。


 弥平みつひらの言う作戦決行まで数日ある。


 体力には余裕があるし、今日も徹夜で素振りだ。何か目新しい、どんな敵にも通じる新しい技を編み出さなきゃならない。


 もしかしたら何かの拍子に``皙仙せきせん``とか、``裁辣さいらつ``って奴とも戦うかもしれないんだ。


 もし戦う事になったとき、今の俺なら勝てるか。技もクソも無い、パワーしか取り柄が無い、この俺に―――。


「考えろ……考えろ、俺……! その凡愚の頭が潰れるくらい捏ね繰り回せ……!」


 であ、とあ、と掛け声の音量は一層強まり、手の平から朱色の液体がほんの僅かにほとばしる。


 血豆を幾重に潰そうとも、俺の修行に終わりは無い。


 十寺興輝じてらこうき、そして流川るせんに仇為した奴等を潰す。


 たとえ敵の首魁が流川るせんと立場が同格の大暴閥ぼうばつが相手であろうと。``四強``の一人が相手だろうと。


 ただ一心に、紅霞に満ちた剣を振るい続けるのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

無頼少年記 ~最強の戦闘民族の末裔、父親に植えつけられた神話のドラゴンをなんとかしたいので、冒険者ギルドに就職する~

ANGELUS
SF
 世界で最強と名高い戦闘民族の末裔―――流川澄男は、かつて復讐者であった。  復讐のために集めた仲間たちとともに、その怨敵を討ち滅ぼした澄男は、戦闘民族の末裔としての次なる目標のため、そして父親に植えつけられた神話級のドラゴンをなんとかするため、新たな舞台ヒューマノリアへ進出する。  その足掛かりとして任務請負機関ヴェナンディグラム北支部に所属し、任務請負人という職業に就職した彼だったが、ひょんなことから支部のエースたちと出会う。  名をレク・ホーラン、その相棒ブルー・ペグランタン。  新たに出会った二人とともに、専属メイドである水守御玲と複数の使い魔を引き連れて、当面の目標である本部昇進試験を受けるための下積みをすることになるのだが、何者かの意志なのか、自身の国で巻き起こる様々な異変を解決させられることになる。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...