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乱世下威区編 上

エピローグ:邪竜の鳴動

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 如何なる者も悟れぬ、魂の深淵。

 遠大な常闇に包まれた不毛の大地、若々しい命を輝かせて種子より生まれた新芽すらすぐに枯れ果てる暗黒の世に、とぐろを巻いて佇む一匹の怪物がいた。

 その怪物に、輪郭はない。全身が黒い靄のようなもので形成されたそれは、二つの眼だけが明確に存在し、その赤黒い瞳を半開きにして、深淵から覗ける景色を眺めていた。

―――``……愚カナ``

 二つの眼だけが存在する黒い靄が眺めているのは、自身の苗床になっている少年の姿だった。

 名を流川るせん澄男すみお流川るせん本家派当主にして、現代人類の武力の頂点``四強``の一柱。世間では``禍焔かえん``という二つ名で精通している強大な存在だが、黒い靄にとっては成熟には程遠い精神を持つただの少年であり、実の父親に身体を改造され己の苗床にされた、哀れな生き物の一匹でしかない。

―――``コノ程度ノ若輩風情ニ及バヌトハ``

 少年には死が迫っていた。絶大な力を持ちながら、それを使うことを拒み、間抜けにも敗残しようとしている。自身の不死性も貸し与えているというのに、その攻略法を見出され、今にも封殺されようとしている。

 愚か。実に愚か。軟弱にして惰弱、貧弱にして情弱。黒い靄から見て、相手に翻弄されている苗床が、心底盲目白痴に思え、鞭と金棒で殴りつけながら己の無知さと無能さを、怨嗟とともに徹底的に痛罵してやりたい気分に苛まれた。

 だが、これは好機でもある。

 苗床の意識が完全に停止したとき、黒き靄は深淵から目覚める。黒き靄にとって、苗床とは己の一部。苗床の意識が深淵に沈めば、己が苗床に成り代わり、己が武威をその者に示すことができるのだ。

―――``……時ハ満チタ。長キ年月、負ノ情ガ降リ積モルコノ世界デ、遺灰ト化シタソレラヲ用イ、肉体ヲモッテ現世ニ君臨シテミルノモ一興カ``

 灰が降り積もる、深淵。それらを少しずつ吸収する黒い靄は確実に着実に、その輪郭を明瞭に描きつつある。

―――``愚カナ弱小種。慄ケ、ソシテ震撼セヨ。我コソガ、煉壊レンカイ竜ゼヴルエーレ。コノ世ニ、災厄ト破壊ヲ、与エル者……``

 ``煉壊れんかい竜``ゼヴルエーレ。太古の昔、一文明を築き上げた大国を滅亡寸前に追いやった邪竜の王は、何者も察せぬ深淵にて咆哮する。

 雷鳴を呼び、不毛の大地を震撼させて―――。
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