92 / 106
乱世下威区編 上
生きる意味、助ける価値
しおりを挟む
何故私は戦っているのか。いつも、下らない問いに思索を費やすことがある。
答えは分かり切っている。私が死ねば、私が逃げれば、また違う誰かが虐げられる。擬巖家当主という絶対強者の前に、ねじ伏せられる。
別に自分と縁も所縁もない人間がどうなろうと知ったことじゃない。そう割り切れれば、どれだけ楽だったろう。でも自身の主、擬巖正宗という人物を知ったとき、心の底から割り切ることができるようになったなら、自分の中の何かが失われると、本能が恐怖したのだ。
「……こんなことなら、下威区で過ごしてたら良かったな……」
水守家の当主と戦いながらも、自分の半生を記憶の回廊から呼び覚ます。
私は``人類退廃地帯``と呼ばれた武市の最下層、下威区で生まれた。
親は知らない。物心ついた頃には、父も母もいなかった。気がつけば路地裏でゴミを漁り、生ごみと泥と蛆を食う毎日。それが当たり前で、特筆することも何もない、ただの日常だった。
私は下威区以外の世界を知らなかった。いや、知る気もなかったというのが正しい。知ったところで武ノ壁が立ちはだかっている。力がなければ、あの壁は超えられない。
当時の私には力がなかった。だから下威区の外には興味なかったのだ。
だが、日和見で生きていけるほど下威区も甘くない。油断すれば性欲に飢えた人型の獣に取り囲まれ、食われる。
別段食われても失うものとすれば自分の命ぐらいなものだったが、何故だろう。私は足掻いた。
守るものも何もない。生きる気力も目的も、何もないはずだ。だが己の命、何人たりとも渡さないと他に示さんとばかりに、私は足掻いた。
何故足掻いたのか。それは今の私にも分からない。足掻いて足掻いたその先に、何かを見出そうとでもしたのだろうか。前も後ろも、血に濡れた骸ばかりだったというのに。
「ぐは、げはぁ!!」
水守家当主は体内霊力を際限なく使い、身体強化、氷属性霊力の符呪、そして持ち前の槍術と、自分が持ちうる強みを最大限に活かし、果敢に攻めてくる。
戦い方を見る限り、剛の剣術。防御を捨て去り、攻撃に全ての力を込めることで防御を兼ねる捨て身の戦術。体内霊力を使い切るまでなら限界以上の力で戦えるが、要は体内霊力が切れたとき、水守家当主の敗北が決定する。
対して私は双剣のみ。他に何も使用していない。技能球をいくつか所持しているが、正直使うまでもなかった。いくら攻撃が激しく、一撃が重かろうと、当たらなければ意味がないのである。
そして空ぶった攻撃には必ず後隙が生まれる。攻撃に全振りしている以上、彼女は私に攻撃を当てない限り、この後隙を埋めることはできない。私は鍛え上げた双剣術と持ち前の敏捷能力、そして瞬発的な身体強化を用い、的確に後隙を突いては体力を削り、素早く槍の射程範囲から離れるヒットアンドアウェイを繰り返し、彼女の体内霊力と体力が尽きるのを待っていた。
「く……ぅ……!」
攻撃の手が緩む。
後隙を狙われ続け、メイド服は既に血まみれ。流した血の量が削られた体力を物語っている。彼女の真下にできた血だまりが徐々にその大きさを増していた。
「……もう終わりか?」
私は淡々と、低い声音で重たく告げる。
実力差は明白だ。肉体能力をいくら底上げしようと、氷属性霊力を駆使しようと、槍の射程範囲を有効活用しようと、私の敏捷を捉えるだけの動体視力と、対応できるだけの槍捌きができない以上、水守家当主に勝ち目はない。
低い声音で淡白に告げたのも、わざとだ。相手の士気を削ぐことで、剣戟を鈍らせる。戦意喪失してくれれば儲けものであるが、彼女の眼からは戦意どころか士気すら下がる様子がない。
西支部で戦ったときから、実力差は理解しているはずだ。なのに、何故。
「まだよ……!」
血を垂れ流しながらも、彼女はゆったりと立ち上がった。
血を流しすぎている。重心がズレていることから、意識を保つのがやっとの状態なのが手に取るように分かる。
それでもなお、戦うというのか。
純白色の槍が迫る。体力を削られ続け、満身創痍の身体でなお放たれる一撃は、今だ重い。当たれば私とてただでは済まないだろう。
だが虚しきかな、方向が先読みできる攻撃には、残念ながら当たってやれない。
「ごがっ……」
後隙に一撃。槍のカウンターが迫るが、来る方向が予測できてしまうがゆえに、やはり当たれない。即座に回避し、槍が届かない位置まで距離を取る。
水守家当主は既に肩で息をしていた。氷属性霊力の符呪が止む。体内霊力の余力も尽きてきたか。
「まだ続けるか」
体内霊力が尽きかかっている状況でもなお、彼女の士気に際限はない。むしろ窮地に追い込まれる度、瞳の輝きが増してきているように思える。
絶望し蹲るどころか、絶望を搔き分けて活路を見出そうとしているように。
「……何故だ」
分からない。彼女の考えていることが。彼女の意志が。この苛立ちは、何だ。
「……何故だ。何故矛を収めない!」
突き放しきれず、声量が高まる。苛立ちは、明確な怒りへ姿を変えた。
「もう勝負はついている! お前は負けて、私が勝つ! この戦局の行く末が読めないほど、愚かではないはずだ!」
血を流し、足元に血だまりを作る水守家当主と生傷一つとない私。この状況から戦局がどう転がるか、思索を巡らせる必要もない。
このままいけば、水守家当主は後隙を狙われ続け、私に一撃も与えられないまま地に沈むことになる。敗北を認めれば水守家の名誉を失う程度で済むというのに、何故彼女は死に急ぐ。何故彼女は足掻くのをやめない。
分からない。彼女のことも、どうして私が苛立っているのかも。
「勝手に決めつけないでほしいわね……」
槍を杖代わりに、もはや力も入らないはずの足を震わせながら立ち上がる。
やせ我慢しているようだが、無理がある。ただの虚勢だ。
回復も使い果たした今、このまま戦い続ければ、いずれ立てなくなり血も足りなくなって死ぬのは、彼女が一番分かっているはず。それでも彼女の青い瞳から闘志は消えない。捨て身の戦術だって長くは続かない、いつかは持久力を使い果たして戦闘不能になるのも理解できているはずなのに。
「私はね……目の前で助けてって叫んでる子を放っておけるほど、暴閥してないのよ……」
助けてって叫んでいる。誰が。
―――私が?
ありえない。そんなはずはない。今更助けを呼んだって、誰も私のような生きていようが死んでいようが関係ない生き物を助けようと思う奴は、この武市に存在しない。
助けたって得がないからだ。あるとしたら、``戦力``として使えるかどうか、戦争の駒として有用かどうか。その一点のみ。
暴閥やギャングスターとは、それだけが評価基準。
特に暴閥は血の繋がりも重要視する。ただ強ければいいというものではない。そういう意味では、力だけを重要視するギャングスターの方が、まだ希望があると言える。
相手は水守、その当主だ。数多ある暴閥の中でも重鎮に属し、その地位は流川や花筏に次ぐ強大な家格を持つ。
流川家に隠れがちではあるが、流川本家直系である水守と、流川分家直系である白鳥の地位は三大魔女を凌ぐ。それだけの社会的地位を持つ者が、ただの副官を助ける義理も理由もない。
ないはずなのに。
「……知ったような口を!」
魔導銃を取り出し、発砲。狙いは身体の中心、多少弾道がズレてもシングルアクションなら確実に当てられる、弾丸は衰弱魔法毒弾、当たれば肉体能力は大きく減退する。
終わりだ。
「な、なに……!?」
凶弾が肉を抉る音が、微かに鼓膜を揺らす。水守家当主の身体がよろけ、体勢が崩れた。
そこまでは予想通りだ。何の疑問も抱くこともない。銃を撃った、相手に当たった、当たった相手がよろけた。なんら自然なことだ。
しかし、問題はその後。撃たれた相手―――水守家当主は、撃たれた箇所を手で押さえながらも、槍を杖代わりに立ち続けていたことだ。
水守家当主が受けた弾丸は衰弱の魔法毒が含まれた魔法毒弾。天災級の魔生物であっても弱らせる真の凶弾であり、人間が受ければたとえ種族限界到達した肉体を持っていたとしても意識を保つことすら辛いはずだ。
なのに、何故。何故。
「何故……立っていられる!?」
ありえない。魔法毒弾が不発だった。それもない。魔法毒弾は、生物の体内に入った瞬間に魔法毒が体内霊力内で溶解し、瞬時に効果を発揮する。
相手が体内霊力を使い切っていたとしても、体内の栄養分を消費して効果を発揮するため、理論上魔法毒弾が不発になることはあり得ない。あり得るとしたら死体に撃った場合か、体内霊力を緻密に操作して魔法毒だけを体外へ排出できるような、存在するかどうかも怪しい化け物かのどちらかしかない。
水守家当主は実力的に後者ではない。生きているから前者もない。なら、一体。
「……気合よ」
「……何?」
「気合があればね、大体のことはどうにかなるのよ……」
ゆったりと立ち上がる水守家当主。無理矢理な身体強化で体内霊力のほとんどを使い果たし、魔法毒弾の直撃を受け簡単な魔術すら詠唱することも困難な容態、もはや喋るのも僅かに残った気力を振り絞ってのことだろう。
だが問題は、魔法毒をも受けた満身創痍の状態で、まだ立ち上がれるだけの余力があることだ。
もはや彼女は己の肉体がただの煩わしい重りにしか感じられていないはず。戦える状態ではないのは明らかな今、戦意が挫けないところが不思議でならない。
気合。そんな曖昧な概念で乗り切れるような、甘い状態ではないはずだ。
「それに、手を差し伸べたい相手がいるなら、尚更よ」
分からない。分からない分からない分からない。
「分からない!!」
拒絶。それしかできない自分が、何故だか凄く小さく思える。だが分からないのだ。そんな根性論で、自分の攻撃に耐えられている彼女が。
それも手を差し伸べたいなどという、意味のわからない理由で。
手を差し伸べたいだと。傲慢だ、驕りだ、ふざけるな。自分よりも弱い分際で、何ができる。何もできないくせに。何もしてくれないくせに。
暴閥なんてみんなみんな、嘘つきだ。
「わからなくていいわよ。信じて、なんて綺麗事も言わない……」
「だったら……」
「だから勝つ。あんたに勝って、あんたを勝ち取る。この世界は、弱肉強食なんだから……」
余裕なんてないくせに、挑発気味に笑う。
弱肉強食。物心ついた日から、その四文字を忘れた日はない。弱きは死に、強きは生き残る。それが自然の摂理であり、この世界の絶対のルール。
下威区に生まれ落ち、そのルールの歪さを私は痛いほど知っている。
この世界に希望なんてありはしない。好んで弱者に手を差し伸べるような馬鹿はおらず、自分より弱い者を虐げる強者だけが蔓延る絶望。人として生きることすら許されない。まるでお前は人ではないと、そう決めつけられているように。
死に物狂いで生きてきて、擬巖正宗にスカウトされて、でも結局都合良くこき使われてる駒としてしか見られなくて。大陸八暴閥の一角、その副官に任じられて、ようやく自分が世界に認められたのだと、そう思えたが、結局は他の暴閥と大して変わらないのだと、暴閥というものそのものに深く失望せざるえなかった。
この世界は、絶望に満ちている。命の価値は等価ではなくて、権利は強者が独占していて、弱者は淘汰されて当然と言われる。そんな世界。
それなのに、私を救う。暴閥の当主であるお前が。お前如きが。ありえない。嘘だ。もう、信じるに値しない。
もはや今の私は、強者だ。権利を独占する側にいる。水守家の当主すらも凌ぐほどの実力がある。弱者は、奪われる側にいるのは、水守家の当主だ。
―――面白い。
「……やれるものならやってみろ。お前が弱肉でないことを、この私に……!」
敵わないからと、どうせ無意味だからと、その太刀筋を鈍らせていたが、もはやその必要もない。
この世界は弱肉強食。命の価値は不平等だが、勝敗の決着は公平だ。
私が強くて、彼女は弱い。その状況を変えられるというのなら、見せてみろ。お前が肩書きだけの``弱肉``ではないという、その力を―――。
満身創痍のメイドに、容赦なく接敵する。躊躇なんてしない、大言壮語を吐いたのだ。その言葉が真実ならば、満身創痍でも私に勝てるはず。
私は全力の殺意でもって、死にかけの水守家当主に刃を向けた。
答えは分かり切っている。私が死ねば、私が逃げれば、また違う誰かが虐げられる。擬巖家当主という絶対強者の前に、ねじ伏せられる。
別に自分と縁も所縁もない人間がどうなろうと知ったことじゃない。そう割り切れれば、どれだけ楽だったろう。でも自身の主、擬巖正宗という人物を知ったとき、心の底から割り切ることができるようになったなら、自分の中の何かが失われると、本能が恐怖したのだ。
「……こんなことなら、下威区で過ごしてたら良かったな……」
水守家の当主と戦いながらも、自分の半生を記憶の回廊から呼び覚ます。
私は``人類退廃地帯``と呼ばれた武市の最下層、下威区で生まれた。
親は知らない。物心ついた頃には、父も母もいなかった。気がつけば路地裏でゴミを漁り、生ごみと泥と蛆を食う毎日。それが当たり前で、特筆することも何もない、ただの日常だった。
私は下威区以外の世界を知らなかった。いや、知る気もなかったというのが正しい。知ったところで武ノ壁が立ちはだかっている。力がなければ、あの壁は超えられない。
当時の私には力がなかった。だから下威区の外には興味なかったのだ。
だが、日和見で生きていけるほど下威区も甘くない。油断すれば性欲に飢えた人型の獣に取り囲まれ、食われる。
別段食われても失うものとすれば自分の命ぐらいなものだったが、何故だろう。私は足掻いた。
守るものも何もない。生きる気力も目的も、何もないはずだ。だが己の命、何人たりとも渡さないと他に示さんとばかりに、私は足掻いた。
何故足掻いたのか。それは今の私にも分からない。足掻いて足掻いたその先に、何かを見出そうとでもしたのだろうか。前も後ろも、血に濡れた骸ばかりだったというのに。
「ぐは、げはぁ!!」
水守家当主は体内霊力を際限なく使い、身体強化、氷属性霊力の符呪、そして持ち前の槍術と、自分が持ちうる強みを最大限に活かし、果敢に攻めてくる。
戦い方を見る限り、剛の剣術。防御を捨て去り、攻撃に全ての力を込めることで防御を兼ねる捨て身の戦術。体内霊力を使い切るまでなら限界以上の力で戦えるが、要は体内霊力が切れたとき、水守家当主の敗北が決定する。
対して私は双剣のみ。他に何も使用していない。技能球をいくつか所持しているが、正直使うまでもなかった。いくら攻撃が激しく、一撃が重かろうと、当たらなければ意味がないのである。
そして空ぶった攻撃には必ず後隙が生まれる。攻撃に全振りしている以上、彼女は私に攻撃を当てない限り、この後隙を埋めることはできない。私は鍛え上げた双剣術と持ち前の敏捷能力、そして瞬発的な身体強化を用い、的確に後隙を突いては体力を削り、素早く槍の射程範囲から離れるヒットアンドアウェイを繰り返し、彼女の体内霊力と体力が尽きるのを待っていた。
「く……ぅ……!」
攻撃の手が緩む。
後隙を狙われ続け、メイド服は既に血まみれ。流した血の量が削られた体力を物語っている。彼女の真下にできた血だまりが徐々にその大きさを増していた。
「……もう終わりか?」
私は淡々と、低い声音で重たく告げる。
実力差は明白だ。肉体能力をいくら底上げしようと、氷属性霊力を駆使しようと、槍の射程範囲を有効活用しようと、私の敏捷を捉えるだけの動体視力と、対応できるだけの槍捌きができない以上、水守家当主に勝ち目はない。
低い声音で淡白に告げたのも、わざとだ。相手の士気を削ぐことで、剣戟を鈍らせる。戦意喪失してくれれば儲けものであるが、彼女の眼からは戦意どころか士気すら下がる様子がない。
西支部で戦ったときから、実力差は理解しているはずだ。なのに、何故。
「まだよ……!」
血を垂れ流しながらも、彼女はゆったりと立ち上がった。
血を流しすぎている。重心がズレていることから、意識を保つのがやっとの状態なのが手に取るように分かる。
それでもなお、戦うというのか。
純白色の槍が迫る。体力を削られ続け、満身創痍の身体でなお放たれる一撃は、今だ重い。当たれば私とてただでは済まないだろう。
だが虚しきかな、方向が先読みできる攻撃には、残念ながら当たってやれない。
「ごがっ……」
後隙に一撃。槍のカウンターが迫るが、来る方向が予測できてしまうがゆえに、やはり当たれない。即座に回避し、槍が届かない位置まで距離を取る。
水守家当主は既に肩で息をしていた。氷属性霊力の符呪が止む。体内霊力の余力も尽きてきたか。
「まだ続けるか」
体内霊力が尽きかかっている状況でもなお、彼女の士気に際限はない。むしろ窮地に追い込まれる度、瞳の輝きが増してきているように思える。
絶望し蹲るどころか、絶望を搔き分けて活路を見出そうとしているように。
「……何故だ」
分からない。彼女の考えていることが。彼女の意志が。この苛立ちは、何だ。
「……何故だ。何故矛を収めない!」
突き放しきれず、声量が高まる。苛立ちは、明確な怒りへ姿を変えた。
「もう勝負はついている! お前は負けて、私が勝つ! この戦局の行く末が読めないほど、愚かではないはずだ!」
血を流し、足元に血だまりを作る水守家当主と生傷一つとない私。この状況から戦局がどう転がるか、思索を巡らせる必要もない。
このままいけば、水守家当主は後隙を狙われ続け、私に一撃も与えられないまま地に沈むことになる。敗北を認めれば水守家の名誉を失う程度で済むというのに、何故彼女は死に急ぐ。何故彼女は足掻くのをやめない。
分からない。彼女のことも、どうして私が苛立っているのかも。
「勝手に決めつけないでほしいわね……」
槍を杖代わりに、もはや力も入らないはずの足を震わせながら立ち上がる。
やせ我慢しているようだが、無理がある。ただの虚勢だ。
回復も使い果たした今、このまま戦い続ければ、いずれ立てなくなり血も足りなくなって死ぬのは、彼女が一番分かっているはず。それでも彼女の青い瞳から闘志は消えない。捨て身の戦術だって長くは続かない、いつかは持久力を使い果たして戦闘不能になるのも理解できているはずなのに。
「私はね……目の前で助けてって叫んでる子を放っておけるほど、暴閥してないのよ……」
助けてって叫んでいる。誰が。
―――私が?
ありえない。そんなはずはない。今更助けを呼んだって、誰も私のような生きていようが死んでいようが関係ない生き物を助けようと思う奴は、この武市に存在しない。
助けたって得がないからだ。あるとしたら、``戦力``として使えるかどうか、戦争の駒として有用かどうか。その一点のみ。
暴閥やギャングスターとは、それだけが評価基準。
特に暴閥は血の繋がりも重要視する。ただ強ければいいというものではない。そういう意味では、力だけを重要視するギャングスターの方が、まだ希望があると言える。
相手は水守、その当主だ。数多ある暴閥の中でも重鎮に属し、その地位は流川や花筏に次ぐ強大な家格を持つ。
流川家に隠れがちではあるが、流川本家直系である水守と、流川分家直系である白鳥の地位は三大魔女を凌ぐ。それだけの社会的地位を持つ者が、ただの副官を助ける義理も理由もない。
ないはずなのに。
「……知ったような口を!」
魔導銃を取り出し、発砲。狙いは身体の中心、多少弾道がズレてもシングルアクションなら確実に当てられる、弾丸は衰弱魔法毒弾、当たれば肉体能力は大きく減退する。
終わりだ。
「な、なに……!?」
凶弾が肉を抉る音が、微かに鼓膜を揺らす。水守家当主の身体がよろけ、体勢が崩れた。
そこまでは予想通りだ。何の疑問も抱くこともない。銃を撃った、相手に当たった、当たった相手がよろけた。なんら自然なことだ。
しかし、問題はその後。撃たれた相手―――水守家当主は、撃たれた箇所を手で押さえながらも、槍を杖代わりに立ち続けていたことだ。
水守家当主が受けた弾丸は衰弱の魔法毒が含まれた魔法毒弾。天災級の魔生物であっても弱らせる真の凶弾であり、人間が受ければたとえ種族限界到達した肉体を持っていたとしても意識を保つことすら辛いはずだ。
なのに、何故。何故。
「何故……立っていられる!?」
ありえない。魔法毒弾が不発だった。それもない。魔法毒弾は、生物の体内に入った瞬間に魔法毒が体内霊力内で溶解し、瞬時に効果を発揮する。
相手が体内霊力を使い切っていたとしても、体内の栄養分を消費して効果を発揮するため、理論上魔法毒弾が不発になることはあり得ない。あり得るとしたら死体に撃った場合か、体内霊力を緻密に操作して魔法毒だけを体外へ排出できるような、存在するかどうかも怪しい化け物かのどちらかしかない。
水守家当主は実力的に後者ではない。生きているから前者もない。なら、一体。
「……気合よ」
「……何?」
「気合があればね、大体のことはどうにかなるのよ……」
ゆったりと立ち上がる水守家当主。無理矢理な身体強化で体内霊力のほとんどを使い果たし、魔法毒弾の直撃を受け簡単な魔術すら詠唱することも困難な容態、もはや喋るのも僅かに残った気力を振り絞ってのことだろう。
だが問題は、魔法毒をも受けた満身創痍の状態で、まだ立ち上がれるだけの余力があることだ。
もはや彼女は己の肉体がただの煩わしい重りにしか感じられていないはず。戦える状態ではないのは明らかな今、戦意が挫けないところが不思議でならない。
気合。そんな曖昧な概念で乗り切れるような、甘い状態ではないはずだ。
「それに、手を差し伸べたい相手がいるなら、尚更よ」
分からない。分からない分からない分からない。
「分からない!!」
拒絶。それしかできない自分が、何故だか凄く小さく思える。だが分からないのだ。そんな根性論で、自分の攻撃に耐えられている彼女が。
それも手を差し伸べたいなどという、意味のわからない理由で。
手を差し伸べたいだと。傲慢だ、驕りだ、ふざけるな。自分よりも弱い分際で、何ができる。何もできないくせに。何もしてくれないくせに。
暴閥なんてみんなみんな、嘘つきだ。
「わからなくていいわよ。信じて、なんて綺麗事も言わない……」
「だったら……」
「だから勝つ。あんたに勝って、あんたを勝ち取る。この世界は、弱肉強食なんだから……」
余裕なんてないくせに、挑発気味に笑う。
弱肉強食。物心ついた日から、その四文字を忘れた日はない。弱きは死に、強きは生き残る。それが自然の摂理であり、この世界の絶対のルール。
下威区に生まれ落ち、そのルールの歪さを私は痛いほど知っている。
この世界に希望なんてありはしない。好んで弱者に手を差し伸べるような馬鹿はおらず、自分より弱い者を虐げる強者だけが蔓延る絶望。人として生きることすら許されない。まるでお前は人ではないと、そう決めつけられているように。
死に物狂いで生きてきて、擬巖正宗にスカウトされて、でも結局都合良くこき使われてる駒としてしか見られなくて。大陸八暴閥の一角、その副官に任じられて、ようやく自分が世界に認められたのだと、そう思えたが、結局は他の暴閥と大して変わらないのだと、暴閥というものそのものに深く失望せざるえなかった。
この世界は、絶望に満ちている。命の価値は等価ではなくて、権利は強者が独占していて、弱者は淘汰されて当然と言われる。そんな世界。
それなのに、私を救う。暴閥の当主であるお前が。お前如きが。ありえない。嘘だ。もう、信じるに値しない。
もはや今の私は、強者だ。権利を独占する側にいる。水守家の当主すらも凌ぐほどの実力がある。弱者は、奪われる側にいるのは、水守家の当主だ。
―――面白い。
「……やれるものならやってみろ。お前が弱肉でないことを、この私に……!」
敵わないからと、どうせ無意味だからと、その太刀筋を鈍らせていたが、もはやその必要もない。
この世界は弱肉強食。命の価値は不平等だが、勝敗の決着は公平だ。
私が強くて、彼女は弱い。その状況を変えられるというのなら、見せてみろ。お前が肩書きだけの``弱肉``ではないという、その力を―――。
満身創痍のメイドに、容赦なく接敵する。躊躇なんてしない、大言壮語を吐いたのだ。その言葉が真実ならば、満身創痍でも私に勝てるはず。
私は全力の殺意でもって、死にかけの水守家当主に刃を向けた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
スライムからパンを作ろう!〜そのパンは全てポーションだけど、絶品!!〜
櫛田こころ
ファンタジー
僕は、諏方賢斗(すわ けんと)十九歳。
パンの製造員を目指す専門学生……だったんだけど。
車に轢かれそうになった猫ちゃんを助けようとしたら、あっさり事故死。でも、その猫ちゃんが神様の御使と言うことで……復活は出来ないけど、僕を異世界に転生させることは可能だと提案されたので、もちろん承諾。
ただ、ひとつ神様にお願いされたのは……その世界の、回復アイテムを開発してほしいとのこと。パンやお菓子以外だと家庭レベルの調理技術しかない僕で、なんとか出来るのだろうか心配になったが……転生した世界で出会ったスライムのお陰で、それは実現出来ることに!!
相棒のスライムは、パン製造の出来るレアスライム!
けど、出来たパンはすべて回復などを実現出来るポーションだった!!
パン職人が夢だった青年の異世界のんびりスローライフが始まる!!
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※毎週、月、水、金曜日更新
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
※追放要素、ざまあ要素は第二章からです。
天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜
八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。
第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。
大和型三隻は沈没した……、と思われた。
だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。
大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。
祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。
※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています!
面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※
※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる