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抗争東支部編
任務は突然に
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ある日の昼下がり。ふと任務請負証で月日を確認すると、気がつけば二週間が経過していたことに気づいた。
予想外に予想外が連なって大規模化した南支部とのスケルトン系魔生物合同討伐任務をこなしてから、特に変り映えもしない、昼飯食った後グダグダしながら御玲に背中を押され、本部昇進のための実績を積むためだけにクソ簡単な任務を消化するという、就職してから半ばルーチン化した日常を送っていた。
案の定、合同任務が終わってからポンチョ女は北支部のロビーの隅でずっと昼寝をブチかまし、金髪野郎は俺らが帰る夕方以外ではほとんど姿を現さず、``終夜``に至っては本当に北支部に就職しているのか怪しいくらい気配が感じられなかった。
まあ``終夜``はともかく金髪野郎やポンチョ女とは喧嘩別れみたいな感じになっちまったし、正直俺から声をかけるのはクッソ気まずい。そもそも話しかけるような話題もなし、こっちから話しかける道理もないのである。
話しかけない理由を探しているだけと言われれば、それまでなんだが。
はてさてそんな感じで今日も真っ昼間から昼休みという名目で飯をつつきながら空を見上げてタバコを蒸し、グダグダと時間を潰していたら、背後から嫌な予感が言い知れぬ寒気とともによぎった。
「うおおお!?」
視界に突然ダイアログが表示され、びっくりした勢いで椅子から転げ落ちてしまう。御玲もいくらかビックリしたようで、流石に椅子からは落ちなかったが、手に持っていたフォークを床に落としてしまっていた。
「な、なんなんだ一体……?」
早速、視界に表示されたダイアログを見る。というか目の前に唐突に表示されて無視したくても無視できない。なんか怖いし、読まないと何か良からぬことが起きそうだ。
【召集命令:流川澄男、水守御玲、使い魔軍団、ブルー・ペグランタン、テイムモンスター、レク・ホーラン。以上の者どもは至急北支部執務室へ集合せよ】
「あん……?」
集合せよとか誰に向かって言ってやがるんだろうか。こちとら数少ない休憩を謳歌しているってときに喧嘩売っているような文章送ってきやがってなんなんだろうか。命令されると集合したくなくなるんだが。
「澄男さま、行きますよ」
「チッ……マジで言ってんのか?」
「何怒ってるんですか……」
「いやなんか命令してきてるから舐めてんなーって思ってさ」
「緊急の要件かもしれないじゃないですか。というかどう考えても緊急ですよこれ」
「あー……めんどくせぇ!! わーったよ行くよ、行きゃあいいんだろ行きゃあ!!」
目の前にあったテーブルを蹴飛ばし、勢いよく立ち上がる。ぐちゃぐちゃといつまでも飯を食っていた澄連たちを引き摺り出し、わけのわからんまま北支部の二階、金髪野郎専用オフィスの扉の前に立つ。
「失礼しま……って、ちょっと!?」
「おいクソ金髪、テメェどういう了見で召集命令なんざ出してんだ? こちとら一日たった一度の昼休みを謳歌してるってときによぉ!!」
御玲が二回ノックしたタイミングで、オフィスの自動引き戸を蹴り壊す。
「藪から棒になんだよ……」
既にオフィスにいた金髪野郎は当然のことながら目尻を吊り上げて俺を睨んでくる。ソファで横になっていたであろうポンチョ女に至っては、既に敵意丸出しの視線を浴びせてきていた。
「いや、お前が召集命令だかなんだかわけわかんねぇ真似したんだろ? こちとら昼休み謳歌してたっつーのに」
「俺じゃねぇよ、本部からだ。俺らだって呼び出されたクチなんだよ」
「……ん……? どゆこと?」
「いや、言った通りの意味なんだが……」
カチキレながら入った手前、一瞬何を言っているのか分からず、その場で固まってしまうが、そのザマを見た金髪野郎は面倒くさげに頭を掻きむしり、事の経緯を説明し始めた。
金髪野郎とポンチョ女が北支部執務室に集まっているのも俺らと同じ理由で、突然なんの前触れもなく通知がきて、俺らが来るのを待っていた。
金髪野郎曰く、なんの前触れもなく唐突にダイアログが表示して召集かけるのは本部のスタンスらしく、昔は通知とかお知らせ欄から確認できる仕様だったそうだが、勝手な理由で無視する輩が頻出したため、無視できないように視界に突然ダイアログ表示するように仕様変更をかけたそうな。
確かに通知欄とかお知らせとかだと少なからず俺は確認とか逐一しないし、通知されても気づかない可能性が高い。気づいたとしても面倒だったり気分が乗らなかったりと色んな理由で対応しない場合もあるだろう。そう考えると突然視界に表示された方が今回みたく反応せざる得ない心境に追いやられてしまう。
正直そこまでされると強制されている感が否めないが、請負機関本部からしたら無視される方が堪ったもんじゃない。誰だって無視されたら不快な気分になるのは道理だし、この際仕方ないか。
「まあとりあえず座れよ。任務の説明すっからよ」
勘違いだった挙句、扉を蹴り壊したせいで空気が澱んでいる。自分がしでかしたことを悟り、かなりの気まずさを感じながらも、なんかスルーしてもらえそうな感じなので、ここは黙って従っておくことにする。
「さて、今回の任務だが……またかよ、と思う奴もきっといると思う。二週間前と同じ、他支部との合同任務だ」
ホント、またかよって言いたくなる話の切り出しだ。
合同任務といえば、二週間前にやった南支部でのスケルトン系魔生物討伐任務のことだが、また南支部からのヘルプだろうか。それにしても対応が前より大袈裟な気がするし、アンドロイド戦から一ヶ月くらい経っているし、もう南支部も人員が戻って平常運転してそうなもんだが、また問題でも起きたのだろうか。
「今回は東、南、そんで俺らの三支部合同任務。主催は東支部の連中だ」
南の次は、今度は東か。特に何もなかった変り映えもしない安息の二週間が、途端に恋しくなる。
二週間前の合同任務は色々と酷かったし、正直辞退したいくらいだが、確か名指しの任務は強制参加だとかそんなんだったような気がする。断るとか言い出したら面倒そうだ。
「で、どんな内容なんだよ」
気怠さを表に出しながらも、足を机の上に乗り出して俺なりに話を聞く姿勢を整える。
事の発端は、ちょうど二週間前。
東支部近辺の中小暴閥とギャングスターが凪上家とかいう暴閥に戦力を集中させ、軍事行動を起こしていることを東支部の連中が察知したのが、全ての始まりだった。
二週間前の時点で五万八千もの兵隊が集まっていたが、現在はその二倍以上、十三万七千もの兵隊が集結し、既に行軍を開始しているとのことである。
「十三万とは、これまた馬鹿げた数ですね」
「行軍方向からして、東支部を標的にしているのは明白ってんで、北、南、東支部が合同で事にあたることになった」
御玲が資料に目を通しながら、金髪野郎が頷く。
十三万の兵隊となると、完全に物量で押し切る魂胆が見え見えの作戦である。そういえば親父の復讐のときも、十万の手駒を相手にしたことがあったっけ。全員皆殺しにしたけど。
「要はソイツら全員ぶっ殺せばいいんだな?」
何気なく、さも当然と言わんばかりのテンションで問いかけてみる。
了承を期待しての確認の意味合いが強い問いかけのつもりだったのだが、何故か誰も返事してこない。むしろまた変な空気が漂い、金髪野郎とポンチョ女が怪しげな視線を向けてきた。
「……新人、そのクッソ過激な考え方に関してはひとまず置いとこう」
「別に過激じゃねぇだろ、敵は殺す。当然の事だ」
「ひとまず置いとこう!! それでだ、今回の相手は前みたく山ン中で魔生物狩りするわけじゃねぇ。居住区内で軍事行動を起こしてるってところだ」
意味が分からず首を傾げる俺に、金髪野郎は呆れ気味に溜息を吐く。
「前の任務みてぇに、辺り一面を焼け野原にしたり、況してや爆破して周辺建築物を破壊したりするのはナシなって話だ」
それを聞いて、俺以外の全員が首を縦に振る。特にポンチョ女からの視線がものすごく突き刺さる。
どいつもこいつも人を破壊魔みたいに失礼な奴らだ。俺も壊したくて壊しているわけじゃなくて、敵を倒していたら一緒に周りも焼き尽くしてしまうだけで、わざとやっているわけじゃあない。火力調整して半端に敵が生き残ってしまったら、それこそ問題だと思うのだが。
「返事は?」
「まあ……努力はしてみる」
「努力するとかじゃなくて、ダメだ。緊急任務になれば話は別だが、今回はそうじゃない。女アンドロイド戦のときと同じ心構えで戦われると困る」
「ンなこと言われても、そのときになってみねぇと分からんだろ……」
「分からんとかじゃなくて……あーもういい、分かった」
また盛大なため息を吐いて、俺を睨む。ただでさえツリ目なのに、その金色の瞳に睨まれると中々の威圧感になる。
一瞬根負けしたかと思ったが、金髪野郎から諦めが全く消えていないことを悟り、ほんの少しばかり身構える。
「じゃあ俺が許可だすまで霊力の使用を禁ずる。純粋に拳か蹴り、それかその腰に引っ提げてる剣で戦え」
「はぁ!?」
予想斜め上をいく発言に、思わずソファを転がす勢いで立ち上がる。
霊力使用禁止って、流石に横暴すぎるんじゃなかろうか。そもそもの話、なんで北支部の監督如きにそこまでの縛りを設けられなきゃならんのだろうか。全く意味の分からない話だ。
「お前、十分素手でもやれるだろうが。二週間前と違って今度の相手は人間なんだ、加減ってのを覚える良い機会だろうよ」
反論を捲し立てる前に、その口を見事に塞がれてしまう。
納得いかない、いくわけがない。他人に縛りを強要されるとか冗談じゃないし、どう反論して分からせてやろうかと考えた矢先、僅かな理性が待ったをかけた。
相手は人間なわけで、一々周りを焼き尽くさねぇと人間の一人も倒せねぇ無能呼ばわりされるのではないかという不服極まりない予想が頭をよぎったのだ。
敵の戦力が分からないが、相手が人間の軍ともなれば所詮物の数。御玲や弥平クラスが十三万ならいざ知らず、そこらの雑兵如き、確かに霊力なんて使わなくてもぶん殴るだけでも十分殺れる。見方を変えれば、格下相手に一々広範囲を破壊しないと敵一人も倒せないのかと思われても、文句は言えなくなってしまう。いわば加減する能がないと見做されるようなものだ。
北支部の監督如きに変な縛りルールを勝手に設けられるのは癪以外の何物でもないことに変わりない。何の権限があってと言い募りたい気持ちで胸が一杯になるが、能無し扱いされるのはもっと嫌だ。だったらあえて金髪野郎の言い分に従った方が賢明と言える。
頭皮を掻きむしりながら面倒くさげに、でも自信ありげに頷いてみせる。俺の食い下がり方が意外だったのか、金髪野郎は一瞬だけ目を丸くした。
「んで、最初の話に戻る。新人が言ってた敵軍を全員殺すかどうかの話だが」
「は? ンなもん皆殺し以外にないだろ」
「いや、必要ない。首領格を何人か捕虜として捕まえて本部に送り、後は撃退する」
金髪野郎のバッサリとした言い分に、また心の中でモヤモヤと湧き出す。
敵をみすみす逃がすとか、意味が分からない。敵は殺す。二度と同じ真似ができねぇようにするには、敵対させたことを後悔させる必要がある。
まあ皆殺しなわけだから後悔もクソもないが、死にたくなけりゃそもそも敵対とか舐めた真似すんなよって話なのだ。
勝てもしねぇ相手に数で押し切ろうとか考えている時点でアホだろうし、生かす意味も価値も感じられない。撃退とか舐めてんのか。
「……また攻めてきたらどうするつもりだ?」
「そんときゃあまた東支部の連中が対応するさ。俺らは俺らで北支部の仕事を全うする。そんだけだ」
「いやいや、向こうは敵対してきてんだぜ? 要は舐められてるわけだ。二度と同じ真似できねぇように周りに知らしめる意味でも、皆殺しにする方が手っ取り早ぇだろ。後々の面倒もねぇし」
「クッソ過激だが……まあ理屈は分からんでもねぇよ。だが逆に聞くぞ? そこまで俺らがする必要があると思うか?」
また意味が分からず、わざとらしく首を傾げる。
必要があると思うかとはどういう意味なのか。必要あるから言っているのに何故伝わらない。
舐められている。なら二度と舐めた態度とれねぇようにする。それがスジってもんだし、皆殺しにすれば周りの連中に「あんま舐めた真似してるとコイツらみてぇになるぞ、なりたくなきゃ身の程を弁えやがれ」と威圧することもできる。一石二鳥だ。
俺からしたら画期的かつシンプルで分かりやすく、すぐに終わる簡単な作業だと思うのに、なんでなんだ。
「任務請負機関じゃあ、敵が人である限り、生け捕りか撃退が基本なんだよ。まあ相手の出方や戦況次第では、その限りじゃねぇけどよ」
額に手を当て、深いため息を吐きながら寝言をほざいてくる。そしてまた、もはやお家芸とも言ってもいい金髪野郎講座が幕を開ける。
任務請負機関は敵が明らかな人外でない限り、無駄な殺生はしないという考え方である。その理由は人道に悖るってのもあるのだが、根本的な理由は至極単純で、皆殺しにはとにかく色々と手間がかかるからだ。
敵が単体ならばともかく、敵が組織として動いているならば全滅させるのは物理的に難しく、戦っているうちに何人かは撃ち漏らしてしまう。
雲隠れされると見つけだすのに凄まじい手間がかかるため、敵が対人、対組織の場合、敵性勢力が無条件降伏を宣言して潰走し始めた時点で、任務達成と見做すというのが機関則の一文``敵性勢力潰走誘導の原則``で定められている。
確かに雲隠れとかされると周囲の建物ごと破壊するとかでもしない限り、全滅させるのは難しい。久三男なら残党の的確な位置を把握可能だろうが、久三男の存在は異例だ。任務請負機関といえど、久三男のような天才オペレーターがいるわけもなし、敵の残党処理には限界があるだろう。
どうせ二次被害を出さずにとかそんなんだろうし、建物ごと手当たり次第に破壊とかはおそらくしようとしない。それこそ戦後処理の手間暇が凄まじいことになってしまう。
つまり皆殺しは面倒だし時間と労力の無駄だから、やる必要ないよねって話である。
「それに今回の任務の総指揮、総責任は東支部にある。現状にどういう対応を講じ、撃退した残党を今後どう対処していくかは、東支部の方向性に従うことになる。俺らがグダグダ考えることじゃない」
締めと言わんばかりに、すかさず反論の隙を糸で縫いつけて塞いでくる。
俺たちは東支部に頼まれて、協力する立場にある。だから任務の総指揮は東支部にあり、敵をどうするかも東支部が全責任を持って決める。
そう言われると筋が通っているし、俺からも反論することはなくなってくる。だったら東支部の連中が余程甘ったるい判断さえしない限りは、特に文句はない。
「なんか……アレだな」
「ん? どうした」
「いや、南支部のときと違って、なんか義務的っつーか、業務的っつーか。なんかこう、仕事って感じしかしないなーって」
とりあえず任務の内容も理解できたし、敵の処遇について納得はできないが、任務の総責任が東支部にあるってことでとりあえずは飲み込めた。
でもなんだろうか。南支部の合同任務のときよりも、ものすごく機械的というか業務的で、やりとりが無機質な気がするのは気のせいだろうか。
南支部のときは責任がどうのこうのとそんな話は一度もなかったし、猫耳パーカーやオッサンたちの雰囲気も相まって割とフレンドリーな感じだった。任務の総指揮も前もって決めていたわけじゃなかったが、その場のノリで金髪野郎がやっていたし、俺としては前の任務の方が、予想外こそあれどなんだかんだ言って楽しみ感があって良かったのに、今回の任務は心なしか盛り上がりに欠ける気がする。
「むしろこれが普通なんだよ」
俺の表情から読み取ったのか、金髪野郎は深くソファに腰かけながら、いつからか作っていたブラックコーヒーを啜った。
「南支部とは女アンドロイド戦のときに協力した義理があったし、向こうも差し迫った事情が色々あったからな。それにトトはああ見えてまだ新参者だ。そりゃ気持ちフレンドリーな対応をするさ」
「じゃあ今回のは?」
「東支部には、別に義理も何もない。向こうもそれは同じだし、完全にビジネス案件だからな。正直、今回が初絡みなぐれぇだし」
本部から正式に要請されたから受けることにしたまでさ、とコーヒーカップを片手に資料をもう一度目を通す。
言われてみれば、南支部とは女アンドロイド戦のとき、情報交換し合った義理があった。猫耳パーカーは新進気鋭の新人請負人、短期間で南支部代表としての地位を盤石なものにしたが、それでも現場経験値では金髪野郎に大きく劣る。
そして二週間前に南支部で出会った花筏家当代―――花筏百代を差し迫った事情があり正規の手続きを踏まず、自己責任覚悟で借用となんだかんだビジネスを超えた因縁もあった。
そう思うと、東支部とは語り草になるような因縁はない。
俺も弥平から前もって聞かされた、東支部の代表が``剛堅のセンゴク``って言われている情報と昔色々ゴタゴタしていたこと以外よく知らないし、顔や名前なんて当然知らない。
金髪野郎が東支部代表のツラを知っているのかは定かじゃないが、言い分からして友達って感じでもなさそうだし、となればよそよそしくなるのも当たり前なのか。
「任務実施期間は明日の午前十時から二日ほどかかる短期任務になる。泊まりの用意しておけよ」
「……は?」
「今回の相手はギャングと中小暴閥の大規模連合軍だぜ? 日帰り解散とはいかねぇだろ」
マジかよ泊まりとか聞いてねぇ。どうせ悟られないからと心の中で悪態をつく。
南支部のときの合同任務は相手が天災級魔生物だったのに、場所が山奥で相手が魔生物、突然巫女の救援など色々あって日帰り解散できていたが、今回は十三万の軍勢である。
一人一人はおそらく雑魚だろうから正直脅威度でいえばスケルトン系魔生物と比べるべくもないほどだろうが、当然二次被害をなるべく出さず、そしてなるべく殺さず、大規模破壊せずというクソ面倒な条件下で立ち回らなきゃならないから、二週間前の合同任務のようにサクサク速攻スピード解決―――とは絶対いかないだろう。
任務の総指揮、総責任は東支部にあり、今回は金髪野郎が音頭を取らない。そう考えると今回の任務、南支部合同任務より遥かにやりづらいんじゃなかろうか。勘弁して欲しいのだが。
「つーわけだ。明日はとりあえず北支部正門前に午前九時集合。遅刻すんなよ」
南支部合同任務のときと似たような文言を聞いた気がするが、また午前九時集合。午前九時って本来なら起床時間なんだが、またクソ眠たい状態から着替えやらなにやらをしなきゃならないのか。考えるだけで気が重くなってくるし、それに今回は一泊二日の泊まりで、今日帰ったら泊まりの準備をすぐにしなきゃならない。
面倒くさい。俺の心の中は、その言葉で埋め尽くされた。
「おいレク、こんかいのにんむのほーしゅーは?」
さっきまで黙って聞いていたポンチョ女が、ソファに横たわる。そういえば今回の任務の報酬をまだ聞いていなかった。合同任務だからそれなりの報酬がもらえると思うのだが、果たして。
「一支部銀冠川幣二十四枚。参加人数で等分配」
「うぇー……まじかよしょっぺー……」
「前の任務と敵のランクが全然ちげぇんだから当たり前だろ。むしろ支部勤めで金冠川幣とか銀冠川幣貰えるだけでもクソ稼げてる方だと思え」
口を尖らせてオッサンみたくソファに横たわり「うぁー」と言いながら明後日の方向を向くポンチョ女。かくいう俺も任務の規模の割に少ないなと嘆息すると同時に、いやそうでもないかと思い直す。
金髪野郎の言う通り、支部勤めで金冠川幣やら銀冠川幣を報酬として貰えるのは破格である。
前回の任務で当然の如く金冠川幣を貰っていたが、アレは異例中の異例だ。本来なら本部レベルの任務を支部の請負人が完遂したのだから、妥当な金額である。むしろあの任務は緊急任務レベルにまで難易度が跳ね上がったから、もっともらって良かったくらいの任務だった。
ともかく、支部に発布される普通のフェーズC以下の任務は多く貰えて金冠川貨数十枚、運がクソみたいに良くて銅冠川幣数枚の任務が週一であるかないかぐらいである。
当然銅冠川幣や金冠川貨が貰えるような高額報酬任務の競争率は他の追随を許さず、発布されても五秒目を離せばすぐに売り切れてしまう。残り物といえば銅冠川貨数十枚程度の採取系、銀冠川貨数十枚分の討伐系ぐらいになる。
支部の請負人の日常はとにかく数をこなすことにあり、一日で大量の任務をぶん回しまくることで、今日一日の生計を立てるのだ。俺たちの場合は本部昇進のための下積みの意味合いが強いが、それでも御玲のストイック勤務により、他の請負人よりもかなりの回転数で任務をこなせている。
御玲は既に高額報酬が発布されるタイミングを測れるほどになったようで、発布されて最速二秒で申請する技を身につけたほどである。
個人的にダラけていたい俺としては楽なようなしんどいようなって感じだが、それゆえ御玲も新人でありながら、支部勤めの割には中々稼げている部類に入ることができていた。
ちなみに俺は出勤三日目で同士討ち未遂をやらかした影響により報酬六割減俸処分を受け、達成したすべての任務の報酬が六割減額されている状態だ。
二週間前に受けた南支部合同スケルトン討伐任務の報酬は、北支部だと一人当たり百二十五万川であり、実際御玲や金髪野郎、ポンチョ女の三人は百二十五万川という大金をしっかり手にしていたようだが、俺はちゃっかり六割引されており、五十万川しかもらえなかった。
日夜ルーチンワークのようにこなしている任務でも同じであり、俺が貰える任務報酬の平均は日給換算でギリギリ千川いくかいかないかで、もし俺が流川家とか関係ないただの戦闘民だったら、下宿すらできない。ホームレス生活まっしぐらな未来が透けて見える酷い有様なのだ。
隣で御玲が平均日給数千、調子良いときは一万を少し超えることもあるところを考えると、クソひもじい気分に苛まれる。
金髪野郎はこれでもマシな処分だとか言っていたが、主人がメイドより稼げていないのは結構精神的につらいので、俺からしたらかなりの重罰である。解除までまだ一ヶ月近くあるし、ため息をいくら吐いても吐き足りない状況だ。
「さて、これで話は終わりか。んじゃ俺らはそろそろ……」
「おいおいちょっと待て新人」
任務の詳細も聞いたし、報酬も聞いた。俺からは聞きたいことも特にない。今からまたこなすだけクソ退屈なルーチンワークだし、家に帰ったら帰ったで今回の任務の準備をしなきゃならないし、やることは山積みだ。無駄に駄弁っている暇などないのに、金髪野郎は去り際に俺の腕をこれでもかという握力で握りしめてくる。
痛ぇな、と言いたくなったが、金髪野郎から放たれる眼力に思わず口をつぐんでしまった。
「お前、扉蹴り壊しといてシカトはねぇだろシカトは。今から修理費の見積もりすっから、まだ座ってろ」
そういえば、カチキレた勢いで自動引き戸を蹴り壊したんだった。今思えばその残骸が、俺たちが座っているソファのすぐそばに転がっているわけだが、今の今まで全く気にしてなかった。というか忘れていた。
まあでも、フツーに考えればスルーできるわけもない。アレは俺が勝手に誤解して勝手にぶっ壊したんだから、弁償するのは道理だろう。俺が逆の立場なら、修理費見積もる以前に身包み全部剥ぐだろうし。
こうして俺は執務室の自動引き戸修理代で、早速大損害をくらうハメになってしまったのだった。
予想外に予想外が連なって大規模化した南支部とのスケルトン系魔生物合同討伐任務をこなしてから、特に変り映えもしない、昼飯食った後グダグダしながら御玲に背中を押され、本部昇進のための実績を積むためだけにクソ簡単な任務を消化するという、就職してから半ばルーチン化した日常を送っていた。
案の定、合同任務が終わってからポンチョ女は北支部のロビーの隅でずっと昼寝をブチかまし、金髪野郎は俺らが帰る夕方以外ではほとんど姿を現さず、``終夜``に至っては本当に北支部に就職しているのか怪しいくらい気配が感じられなかった。
まあ``終夜``はともかく金髪野郎やポンチョ女とは喧嘩別れみたいな感じになっちまったし、正直俺から声をかけるのはクッソ気まずい。そもそも話しかけるような話題もなし、こっちから話しかける道理もないのである。
話しかけない理由を探しているだけと言われれば、それまでなんだが。
はてさてそんな感じで今日も真っ昼間から昼休みという名目で飯をつつきながら空を見上げてタバコを蒸し、グダグダと時間を潰していたら、背後から嫌な予感が言い知れぬ寒気とともによぎった。
「うおおお!?」
視界に突然ダイアログが表示され、びっくりした勢いで椅子から転げ落ちてしまう。御玲もいくらかビックリしたようで、流石に椅子からは落ちなかったが、手に持っていたフォークを床に落としてしまっていた。
「な、なんなんだ一体……?」
早速、視界に表示されたダイアログを見る。というか目の前に唐突に表示されて無視したくても無視できない。なんか怖いし、読まないと何か良からぬことが起きそうだ。
【召集命令:流川澄男、水守御玲、使い魔軍団、ブルー・ペグランタン、テイムモンスター、レク・ホーラン。以上の者どもは至急北支部執務室へ集合せよ】
「あん……?」
集合せよとか誰に向かって言ってやがるんだろうか。こちとら数少ない休憩を謳歌しているってときに喧嘩売っているような文章送ってきやがってなんなんだろうか。命令されると集合したくなくなるんだが。
「澄男さま、行きますよ」
「チッ……マジで言ってんのか?」
「何怒ってるんですか……」
「いやなんか命令してきてるから舐めてんなーって思ってさ」
「緊急の要件かもしれないじゃないですか。というかどう考えても緊急ですよこれ」
「あー……めんどくせぇ!! わーったよ行くよ、行きゃあいいんだろ行きゃあ!!」
目の前にあったテーブルを蹴飛ばし、勢いよく立ち上がる。ぐちゃぐちゃといつまでも飯を食っていた澄連たちを引き摺り出し、わけのわからんまま北支部の二階、金髪野郎専用オフィスの扉の前に立つ。
「失礼しま……って、ちょっと!?」
「おいクソ金髪、テメェどういう了見で召集命令なんざ出してんだ? こちとら一日たった一度の昼休みを謳歌してるってときによぉ!!」
御玲が二回ノックしたタイミングで、オフィスの自動引き戸を蹴り壊す。
「藪から棒になんだよ……」
既にオフィスにいた金髪野郎は当然のことながら目尻を吊り上げて俺を睨んでくる。ソファで横になっていたであろうポンチョ女に至っては、既に敵意丸出しの視線を浴びせてきていた。
「いや、お前が召集命令だかなんだかわけわかんねぇ真似したんだろ? こちとら昼休み謳歌してたっつーのに」
「俺じゃねぇよ、本部からだ。俺らだって呼び出されたクチなんだよ」
「……ん……? どゆこと?」
「いや、言った通りの意味なんだが……」
カチキレながら入った手前、一瞬何を言っているのか分からず、その場で固まってしまうが、そのザマを見た金髪野郎は面倒くさげに頭を掻きむしり、事の経緯を説明し始めた。
金髪野郎とポンチョ女が北支部執務室に集まっているのも俺らと同じ理由で、突然なんの前触れもなく通知がきて、俺らが来るのを待っていた。
金髪野郎曰く、なんの前触れもなく唐突にダイアログが表示して召集かけるのは本部のスタンスらしく、昔は通知とかお知らせ欄から確認できる仕様だったそうだが、勝手な理由で無視する輩が頻出したため、無視できないように視界に突然ダイアログ表示するように仕様変更をかけたそうな。
確かに通知欄とかお知らせとかだと少なからず俺は確認とか逐一しないし、通知されても気づかない可能性が高い。気づいたとしても面倒だったり気分が乗らなかったりと色んな理由で対応しない場合もあるだろう。そう考えると突然視界に表示された方が今回みたく反応せざる得ない心境に追いやられてしまう。
正直そこまでされると強制されている感が否めないが、請負機関本部からしたら無視される方が堪ったもんじゃない。誰だって無視されたら不快な気分になるのは道理だし、この際仕方ないか。
「まあとりあえず座れよ。任務の説明すっからよ」
勘違いだった挙句、扉を蹴り壊したせいで空気が澱んでいる。自分がしでかしたことを悟り、かなりの気まずさを感じながらも、なんかスルーしてもらえそうな感じなので、ここは黙って従っておくことにする。
「さて、今回の任務だが……またかよ、と思う奴もきっといると思う。二週間前と同じ、他支部との合同任務だ」
ホント、またかよって言いたくなる話の切り出しだ。
合同任務といえば、二週間前にやった南支部でのスケルトン系魔生物討伐任務のことだが、また南支部からのヘルプだろうか。それにしても対応が前より大袈裟な気がするし、アンドロイド戦から一ヶ月くらい経っているし、もう南支部も人員が戻って平常運転してそうなもんだが、また問題でも起きたのだろうか。
「今回は東、南、そんで俺らの三支部合同任務。主催は東支部の連中だ」
南の次は、今度は東か。特に何もなかった変り映えもしない安息の二週間が、途端に恋しくなる。
二週間前の合同任務は色々と酷かったし、正直辞退したいくらいだが、確か名指しの任務は強制参加だとかそんなんだったような気がする。断るとか言い出したら面倒そうだ。
「で、どんな内容なんだよ」
気怠さを表に出しながらも、足を机の上に乗り出して俺なりに話を聞く姿勢を整える。
事の発端は、ちょうど二週間前。
東支部近辺の中小暴閥とギャングスターが凪上家とかいう暴閥に戦力を集中させ、軍事行動を起こしていることを東支部の連中が察知したのが、全ての始まりだった。
二週間前の時点で五万八千もの兵隊が集まっていたが、現在はその二倍以上、十三万七千もの兵隊が集結し、既に行軍を開始しているとのことである。
「十三万とは、これまた馬鹿げた数ですね」
「行軍方向からして、東支部を標的にしているのは明白ってんで、北、南、東支部が合同で事にあたることになった」
御玲が資料に目を通しながら、金髪野郎が頷く。
十三万の兵隊となると、完全に物量で押し切る魂胆が見え見えの作戦である。そういえば親父の復讐のときも、十万の手駒を相手にしたことがあったっけ。全員皆殺しにしたけど。
「要はソイツら全員ぶっ殺せばいいんだな?」
何気なく、さも当然と言わんばかりのテンションで問いかけてみる。
了承を期待しての確認の意味合いが強い問いかけのつもりだったのだが、何故か誰も返事してこない。むしろまた変な空気が漂い、金髪野郎とポンチョ女が怪しげな視線を向けてきた。
「……新人、そのクッソ過激な考え方に関してはひとまず置いとこう」
「別に過激じゃねぇだろ、敵は殺す。当然の事だ」
「ひとまず置いとこう!! それでだ、今回の相手は前みたく山ン中で魔生物狩りするわけじゃねぇ。居住区内で軍事行動を起こしてるってところだ」
意味が分からず首を傾げる俺に、金髪野郎は呆れ気味に溜息を吐く。
「前の任務みてぇに、辺り一面を焼け野原にしたり、況してや爆破して周辺建築物を破壊したりするのはナシなって話だ」
それを聞いて、俺以外の全員が首を縦に振る。特にポンチョ女からの視線がものすごく突き刺さる。
どいつもこいつも人を破壊魔みたいに失礼な奴らだ。俺も壊したくて壊しているわけじゃなくて、敵を倒していたら一緒に周りも焼き尽くしてしまうだけで、わざとやっているわけじゃあない。火力調整して半端に敵が生き残ってしまったら、それこそ問題だと思うのだが。
「返事は?」
「まあ……努力はしてみる」
「努力するとかじゃなくて、ダメだ。緊急任務になれば話は別だが、今回はそうじゃない。女アンドロイド戦のときと同じ心構えで戦われると困る」
「ンなこと言われても、そのときになってみねぇと分からんだろ……」
「分からんとかじゃなくて……あーもういい、分かった」
また盛大なため息を吐いて、俺を睨む。ただでさえツリ目なのに、その金色の瞳に睨まれると中々の威圧感になる。
一瞬根負けしたかと思ったが、金髪野郎から諦めが全く消えていないことを悟り、ほんの少しばかり身構える。
「じゃあ俺が許可だすまで霊力の使用を禁ずる。純粋に拳か蹴り、それかその腰に引っ提げてる剣で戦え」
「はぁ!?」
予想斜め上をいく発言に、思わずソファを転がす勢いで立ち上がる。
霊力使用禁止って、流石に横暴すぎるんじゃなかろうか。そもそもの話、なんで北支部の監督如きにそこまでの縛りを設けられなきゃならんのだろうか。全く意味の分からない話だ。
「お前、十分素手でもやれるだろうが。二週間前と違って今度の相手は人間なんだ、加減ってのを覚える良い機会だろうよ」
反論を捲し立てる前に、その口を見事に塞がれてしまう。
納得いかない、いくわけがない。他人に縛りを強要されるとか冗談じゃないし、どう反論して分からせてやろうかと考えた矢先、僅かな理性が待ったをかけた。
相手は人間なわけで、一々周りを焼き尽くさねぇと人間の一人も倒せねぇ無能呼ばわりされるのではないかという不服極まりない予想が頭をよぎったのだ。
敵の戦力が分からないが、相手が人間の軍ともなれば所詮物の数。御玲や弥平クラスが十三万ならいざ知らず、そこらの雑兵如き、確かに霊力なんて使わなくてもぶん殴るだけでも十分殺れる。見方を変えれば、格下相手に一々広範囲を破壊しないと敵一人も倒せないのかと思われても、文句は言えなくなってしまう。いわば加減する能がないと見做されるようなものだ。
北支部の監督如きに変な縛りルールを勝手に設けられるのは癪以外の何物でもないことに変わりない。何の権限があってと言い募りたい気持ちで胸が一杯になるが、能無し扱いされるのはもっと嫌だ。だったらあえて金髪野郎の言い分に従った方が賢明と言える。
頭皮を掻きむしりながら面倒くさげに、でも自信ありげに頷いてみせる。俺の食い下がり方が意外だったのか、金髪野郎は一瞬だけ目を丸くした。
「んで、最初の話に戻る。新人が言ってた敵軍を全員殺すかどうかの話だが」
「は? ンなもん皆殺し以外にないだろ」
「いや、必要ない。首領格を何人か捕虜として捕まえて本部に送り、後は撃退する」
金髪野郎のバッサリとした言い分に、また心の中でモヤモヤと湧き出す。
敵をみすみす逃がすとか、意味が分からない。敵は殺す。二度と同じ真似ができねぇようにするには、敵対させたことを後悔させる必要がある。
まあ皆殺しなわけだから後悔もクソもないが、死にたくなけりゃそもそも敵対とか舐めた真似すんなよって話なのだ。
勝てもしねぇ相手に数で押し切ろうとか考えている時点でアホだろうし、生かす意味も価値も感じられない。撃退とか舐めてんのか。
「……また攻めてきたらどうするつもりだ?」
「そんときゃあまた東支部の連中が対応するさ。俺らは俺らで北支部の仕事を全うする。そんだけだ」
「いやいや、向こうは敵対してきてんだぜ? 要は舐められてるわけだ。二度と同じ真似できねぇように周りに知らしめる意味でも、皆殺しにする方が手っ取り早ぇだろ。後々の面倒もねぇし」
「クッソ過激だが……まあ理屈は分からんでもねぇよ。だが逆に聞くぞ? そこまで俺らがする必要があると思うか?」
また意味が分からず、わざとらしく首を傾げる。
必要があると思うかとはどういう意味なのか。必要あるから言っているのに何故伝わらない。
舐められている。なら二度と舐めた態度とれねぇようにする。それがスジってもんだし、皆殺しにすれば周りの連中に「あんま舐めた真似してるとコイツらみてぇになるぞ、なりたくなきゃ身の程を弁えやがれ」と威圧することもできる。一石二鳥だ。
俺からしたら画期的かつシンプルで分かりやすく、すぐに終わる簡単な作業だと思うのに、なんでなんだ。
「任務請負機関じゃあ、敵が人である限り、生け捕りか撃退が基本なんだよ。まあ相手の出方や戦況次第では、その限りじゃねぇけどよ」
額に手を当て、深いため息を吐きながら寝言をほざいてくる。そしてまた、もはやお家芸とも言ってもいい金髪野郎講座が幕を開ける。
任務請負機関は敵が明らかな人外でない限り、無駄な殺生はしないという考え方である。その理由は人道に悖るってのもあるのだが、根本的な理由は至極単純で、皆殺しにはとにかく色々と手間がかかるからだ。
敵が単体ならばともかく、敵が組織として動いているならば全滅させるのは物理的に難しく、戦っているうちに何人かは撃ち漏らしてしまう。
雲隠れされると見つけだすのに凄まじい手間がかかるため、敵が対人、対組織の場合、敵性勢力が無条件降伏を宣言して潰走し始めた時点で、任務達成と見做すというのが機関則の一文``敵性勢力潰走誘導の原則``で定められている。
確かに雲隠れとかされると周囲の建物ごと破壊するとかでもしない限り、全滅させるのは難しい。久三男なら残党の的確な位置を把握可能だろうが、久三男の存在は異例だ。任務請負機関といえど、久三男のような天才オペレーターがいるわけもなし、敵の残党処理には限界があるだろう。
どうせ二次被害を出さずにとかそんなんだろうし、建物ごと手当たり次第に破壊とかはおそらくしようとしない。それこそ戦後処理の手間暇が凄まじいことになってしまう。
つまり皆殺しは面倒だし時間と労力の無駄だから、やる必要ないよねって話である。
「それに今回の任務の総指揮、総責任は東支部にある。現状にどういう対応を講じ、撃退した残党を今後どう対処していくかは、東支部の方向性に従うことになる。俺らがグダグダ考えることじゃない」
締めと言わんばかりに、すかさず反論の隙を糸で縫いつけて塞いでくる。
俺たちは東支部に頼まれて、協力する立場にある。だから任務の総指揮は東支部にあり、敵をどうするかも東支部が全責任を持って決める。
そう言われると筋が通っているし、俺からも反論することはなくなってくる。だったら東支部の連中が余程甘ったるい判断さえしない限りは、特に文句はない。
「なんか……アレだな」
「ん? どうした」
「いや、南支部のときと違って、なんか義務的っつーか、業務的っつーか。なんかこう、仕事って感じしかしないなーって」
とりあえず任務の内容も理解できたし、敵の処遇について納得はできないが、任務の総責任が東支部にあるってことでとりあえずは飲み込めた。
でもなんだろうか。南支部の合同任務のときよりも、ものすごく機械的というか業務的で、やりとりが無機質な気がするのは気のせいだろうか。
南支部のときは責任がどうのこうのとそんな話は一度もなかったし、猫耳パーカーやオッサンたちの雰囲気も相まって割とフレンドリーな感じだった。任務の総指揮も前もって決めていたわけじゃなかったが、その場のノリで金髪野郎がやっていたし、俺としては前の任務の方が、予想外こそあれどなんだかんだ言って楽しみ感があって良かったのに、今回の任務は心なしか盛り上がりに欠ける気がする。
「むしろこれが普通なんだよ」
俺の表情から読み取ったのか、金髪野郎は深くソファに腰かけながら、いつからか作っていたブラックコーヒーを啜った。
「南支部とは女アンドロイド戦のときに協力した義理があったし、向こうも差し迫った事情が色々あったからな。それにトトはああ見えてまだ新参者だ。そりゃ気持ちフレンドリーな対応をするさ」
「じゃあ今回のは?」
「東支部には、別に義理も何もない。向こうもそれは同じだし、完全にビジネス案件だからな。正直、今回が初絡みなぐれぇだし」
本部から正式に要請されたから受けることにしたまでさ、とコーヒーカップを片手に資料をもう一度目を通す。
言われてみれば、南支部とは女アンドロイド戦のとき、情報交換し合った義理があった。猫耳パーカーは新進気鋭の新人請負人、短期間で南支部代表としての地位を盤石なものにしたが、それでも現場経験値では金髪野郎に大きく劣る。
そして二週間前に南支部で出会った花筏家当代―――花筏百代を差し迫った事情があり正規の手続きを踏まず、自己責任覚悟で借用となんだかんだビジネスを超えた因縁もあった。
そう思うと、東支部とは語り草になるような因縁はない。
俺も弥平から前もって聞かされた、東支部の代表が``剛堅のセンゴク``って言われている情報と昔色々ゴタゴタしていたこと以外よく知らないし、顔や名前なんて当然知らない。
金髪野郎が東支部代表のツラを知っているのかは定かじゃないが、言い分からして友達って感じでもなさそうだし、となればよそよそしくなるのも当たり前なのか。
「任務実施期間は明日の午前十時から二日ほどかかる短期任務になる。泊まりの用意しておけよ」
「……は?」
「今回の相手はギャングと中小暴閥の大規模連合軍だぜ? 日帰り解散とはいかねぇだろ」
マジかよ泊まりとか聞いてねぇ。どうせ悟られないからと心の中で悪態をつく。
南支部のときの合同任務は相手が天災級魔生物だったのに、場所が山奥で相手が魔生物、突然巫女の救援など色々あって日帰り解散できていたが、今回は十三万の軍勢である。
一人一人はおそらく雑魚だろうから正直脅威度でいえばスケルトン系魔生物と比べるべくもないほどだろうが、当然二次被害をなるべく出さず、そしてなるべく殺さず、大規模破壊せずというクソ面倒な条件下で立ち回らなきゃならないから、二週間前の合同任務のようにサクサク速攻スピード解決―――とは絶対いかないだろう。
任務の総指揮、総責任は東支部にあり、今回は金髪野郎が音頭を取らない。そう考えると今回の任務、南支部合同任務より遥かにやりづらいんじゃなかろうか。勘弁して欲しいのだが。
「つーわけだ。明日はとりあえず北支部正門前に午前九時集合。遅刻すんなよ」
南支部合同任務のときと似たような文言を聞いた気がするが、また午前九時集合。午前九時って本来なら起床時間なんだが、またクソ眠たい状態から着替えやらなにやらをしなきゃならないのか。考えるだけで気が重くなってくるし、それに今回は一泊二日の泊まりで、今日帰ったら泊まりの準備をすぐにしなきゃならない。
面倒くさい。俺の心の中は、その言葉で埋め尽くされた。
「おいレク、こんかいのにんむのほーしゅーは?」
さっきまで黙って聞いていたポンチョ女が、ソファに横たわる。そういえば今回の任務の報酬をまだ聞いていなかった。合同任務だからそれなりの報酬がもらえると思うのだが、果たして。
「一支部銀冠川幣二十四枚。参加人数で等分配」
「うぇー……まじかよしょっぺー……」
「前の任務と敵のランクが全然ちげぇんだから当たり前だろ。むしろ支部勤めで金冠川幣とか銀冠川幣貰えるだけでもクソ稼げてる方だと思え」
口を尖らせてオッサンみたくソファに横たわり「うぁー」と言いながら明後日の方向を向くポンチョ女。かくいう俺も任務の規模の割に少ないなと嘆息すると同時に、いやそうでもないかと思い直す。
金髪野郎の言う通り、支部勤めで金冠川幣やら銀冠川幣を報酬として貰えるのは破格である。
前回の任務で当然の如く金冠川幣を貰っていたが、アレは異例中の異例だ。本来なら本部レベルの任務を支部の請負人が完遂したのだから、妥当な金額である。むしろあの任務は緊急任務レベルにまで難易度が跳ね上がったから、もっともらって良かったくらいの任務だった。
ともかく、支部に発布される普通のフェーズC以下の任務は多く貰えて金冠川貨数十枚、運がクソみたいに良くて銅冠川幣数枚の任務が週一であるかないかぐらいである。
当然銅冠川幣や金冠川貨が貰えるような高額報酬任務の競争率は他の追随を許さず、発布されても五秒目を離せばすぐに売り切れてしまう。残り物といえば銅冠川貨数十枚程度の採取系、銀冠川貨数十枚分の討伐系ぐらいになる。
支部の請負人の日常はとにかく数をこなすことにあり、一日で大量の任務をぶん回しまくることで、今日一日の生計を立てるのだ。俺たちの場合は本部昇進のための下積みの意味合いが強いが、それでも御玲のストイック勤務により、他の請負人よりもかなりの回転数で任務をこなせている。
御玲は既に高額報酬が発布されるタイミングを測れるほどになったようで、発布されて最速二秒で申請する技を身につけたほどである。
個人的にダラけていたい俺としては楽なようなしんどいようなって感じだが、それゆえ御玲も新人でありながら、支部勤めの割には中々稼げている部類に入ることができていた。
ちなみに俺は出勤三日目で同士討ち未遂をやらかした影響により報酬六割減俸処分を受け、達成したすべての任務の報酬が六割減額されている状態だ。
二週間前に受けた南支部合同スケルトン討伐任務の報酬は、北支部だと一人当たり百二十五万川であり、実際御玲や金髪野郎、ポンチョ女の三人は百二十五万川という大金をしっかり手にしていたようだが、俺はちゃっかり六割引されており、五十万川しかもらえなかった。
日夜ルーチンワークのようにこなしている任務でも同じであり、俺が貰える任務報酬の平均は日給換算でギリギリ千川いくかいかないかで、もし俺が流川家とか関係ないただの戦闘民だったら、下宿すらできない。ホームレス生活まっしぐらな未来が透けて見える酷い有様なのだ。
隣で御玲が平均日給数千、調子良いときは一万を少し超えることもあるところを考えると、クソひもじい気分に苛まれる。
金髪野郎はこれでもマシな処分だとか言っていたが、主人がメイドより稼げていないのは結構精神的につらいので、俺からしたらかなりの重罰である。解除までまだ一ヶ月近くあるし、ため息をいくら吐いても吐き足りない状況だ。
「さて、これで話は終わりか。んじゃ俺らはそろそろ……」
「おいおいちょっと待て新人」
任務の詳細も聞いたし、報酬も聞いた。俺からは聞きたいことも特にない。今からまたこなすだけクソ退屈なルーチンワークだし、家に帰ったら帰ったで今回の任務の準備をしなきゃならないし、やることは山積みだ。無駄に駄弁っている暇などないのに、金髪野郎は去り際に俺の腕をこれでもかという握力で握りしめてくる。
痛ぇな、と言いたくなったが、金髪野郎から放たれる眼力に思わず口をつぐんでしまった。
「お前、扉蹴り壊しといてシカトはねぇだろシカトは。今から修理費の見積もりすっから、まだ座ってろ」
そういえば、カチキレた勢いで自動引き戸を蹴り壊したんだった。今思えばその残骸が、俺たちが座っているソファのすぐそばに転がっているわけだが、今の今まで全く気にしてなかった。というか忘れていた。
まあでも、フツーに考えればスルーできるわけもない。アレは俺が勝手に誤解して勝手にぶっ壊したんだから、弁償するのは道理だろう。俺が逆の立場なら、修理費見積もる以前に身包み全部剥ぐだろうし。
こうして俺は執務室の自動引き戸修理代で、早速大損害をくらうハメになってしまったのだった。
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