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覚醒自動人形編 上

緊急作戦会議

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 未知の殺人ロボット的なやつのパーツを全回収した俺たちは、本部にサンプルを提出するため、スタンピートの討伐任務はひとまず保留し、北支部へ戻ってきていた。

 正門の自動ドアをくぐると、俺はいつもの空気の違いに眉を顰める。

 支部内のロビーがやけに騒がしい。いつもならこの時間帯、ほとんどの奴らは討伐任務に出かけていて割と過疎っているのに、今は昼勤と夜勤の奴らが入れ替わる夕方と同じぐらい人がごった返している。

 よく見れば、そのほとんどが怪我人だ。大なり小なり様々だが、誰かにコテンパンにされたかのような奴らしかいない。怪我をしていない奴を探し出す方が難しいくらいだ。

 ソファに深く腰掛けて休んでいる奴から、床に寝転がって寝ている奴まで、怪我人のバーゲンセール。無事そうな奴が手当に回っているが、とてもじゃないけど治療が追いついている様子はない。

 ロビーでくつろいでいた連中が、正門の自動ドアの音で俺たちの方へ振り向く。俺らに気づいた複数人の請負人が、一気にレク・ホーランこと金髪野郎に駆け寄ってきた。

「くそ、見てくれよ! 変なロボットみたいなのに襲われたんだ! レクも見ただろ!?」

「俺なんて青タンだらけだぜ、ざけんじゃねーや!! 治療薬だってタダじゃねーんだぞ!!」

「うるせー!! こちとら仲間の骨折られてんだ!! 青タンぐれーでガタガタ騒いでんじゃねーよ!!」

「ああん!? 青タンだって立派な怪我だろーが!! テメーだけが一番の被害者ヅラしてんなよダボが!!」

「おいこれ割増だよな? 報酬割増だよな? な!!」

 遠くから見ても怪我人なのは明らかだが、近くで見ると如実に傷だらけで痛々しい。顔が打撲で真っ青な奴や、全身切傷まみれで装備もイカれた奴、顔が腫れ上がって片目が開かなくなっている奴まで様々だ。

 金髪野郎は落ち着けと全員を宥めるが、興奮しているのか、誰一人として聞こうとしない。

 あとお前ら喧嘩すんな、と青タン野郎と仲間骨折したんだマンの首根っこを掴んで持ち上げる。自分より体格がいくらかデカい大の男を片腕で二人も持ち上げられ、胸ぐら掴み合っていた腕を放す。

「そのロボットってのは体が真っ白で人型で、顔はのっぺりしてて筋肉隆々で身長ニメトは軽くある大男みたいなのか?」

「そーそー!!」

「それだ!!」

「ソイツにやられたんだ!! 鬼強ーぞアイツ!! 俺ら支部の連中じゃ敵わねーよ!!」

「ありゃ本部案件だ!! 本部の奴ら呼べ本部の!!」

「いや待てレク、その言い分だとお前もカチ合ったのか!?」

「「「どーなんだ!!」」」

「だから一気に話すなって……」

 興奮してやがるのか、装備ともに満身創痍の奴らはゴリ押し気味に詰め寄る。凄まじい気迫だ。一人一人は弱いのに、流石の俺もちと後ずさりたくなる。

「カチあったよ。パーツを持ち帰ってきたところだ」

「マジか!!」

「勝ちやがったのかよあのわけわかんねーのに!!」

「またか!? またワンパンなのか!?」

「おいどーなんだブルー!? またコイツワンパン決めやがったのか!?」

「いつもどーり。どかんといっぱつ」

 まじかー!! すげー!! などとどんちゃん騒ぎ。あまりのうるささに聞こえない程度の舌打ちをかますが、鋭い眼をした御玲みれいに膝カックンされる。

「とりあえずパーツを本部に提出してくっからよ。お前らは本部からの指示を待て」 

 言われるまでもねぇぜ、と請負人たちはぞろぞろと待合ロビーのソファへと戻っていく。

 やかましい連中と別れた俺たちは金髪野郎の説明の下、未確認の存在が出た場合の試料提出の仕方の説明を受けた。

 これも金髪野郎に説明されて初めて気づいたが、請負機関のルール上、未確認とされる未知の脅威を見つけ、それに打ち勝った際は必ず試料を提出しなければならないらしい。

 もしも相手が既に知られた敵なら、換金窓口って所にある魔法陣に敵の血肉を放り込むだけで報酬が貰えるのだが、今回の場合はサンプルとしてさっき戦ったロボットのパーツを提出しなきゃならないので、換金窓口って所の魔法陣を裏返して、今日手に入れたパーツを放り込まなくちゃならない。

 今回は金髪野郎がやってくれたが、本来は自分が倒した敵が未知か既出かを自分で調べ、既出だったら換金の魔法陣に放り込んで金に変え、未知だったら魔法陣を裏返して放り込む作業を自分でやらないといけないとのことだ。

 ちなみに今までは御玲みれいが調べてくれていた。俺は当然、何も考えず目の前の敵をブチのめして金に変えるという作業をしていただけである。

「てなわけだ。今度からは自分でやれよ」

「ん? ああ」

「……やれよ? メイドにやらせるんじゃなくてな」

「あ、ああ。できればやってみるよ、うん」

 凄まじい眼光で睨んでくる金髪野郎。目を逸らしながらテキトーに頷いておく。

「さて、んじゃ作戦会議するか」

「ロボットの?」

「そうだよ」

「アレで終わりじゃねぇの?」

「どう考えてもちげぇだろ。詳しいことは本部からの報告待ちだが、最悪何者かのテロの可能性もあるしな。とりま、場所を移すぞ」

 金髪野郎に誘われ、俺たちはロビーの奥にある階段を上り、二階にある誰も近づこうともしない部屋に入った。

 ドアはこれまた自動ドアで、金髪野郎がドアの前に立つと自動で開いた。セキュリティ上、金髪野郎が同伴じゃないとこの部屋には入れない。この部屋の鍵が、金髪野郎の任務請負証に紐づいているからだ。

 じゃあなんで金髪野郎が同伴じゃないと部屋に入れないのか。それは俺らが入った部屋が北支部の執務室だからである。

 新人監督役を務める請負人のみが使える部屋で、つまりは金髪野郎専用オフィスである。

 専用オフィスと聞いて色々な技術が結集したハイテクな部屋とか、俺ン家のリビングみたいな畳敷きのクッソ広い和室風の部屋を想像していたが、部屋に入るや否や、その想像全てが粉々に打ち砕かれた。

 感想は、とにかく質素。この一言に尽きた。

 とにかく家具という家具がほとんどない。ただの鉄で作られた何の変哲のないロッカーが部屋の隅っこに一つ、部屋の中央にガラステーブルとソファが二つ。そして執務机らしきものが窓際にぽつんと置いてあるだけだ。

 ガラステーブルには物が何もなく、執務机には数本の試験管が入った試験管立てと顕微鏡みたいなもの、その顕微鏡みたいなものの台座に乗っかっている石ころという理科の実験室にしかないようなものが置いてあるのみ。正直、常日頃から使っているようには思えない感じの部屋だった。

 でも埃とか汚れとかはほとんどなく、窓も曇っている感じじゃない。不思議と掃除は行き届いている。

 使う頻度は少ないようだが、まったく部屋に立ち入っていないわけじゃないらしい。おそらく簡単な荷物や替えの服を置いておくくらいには、活用しているのだろう。

「あいかわらずなんもねーへや」

「悪かったな。基本外に出張ってっから荷物置き場としてしか使うアテがねぇのよ。とりあえず……何も出せるもんもありゃあしねぇが、テキトーに座ってくれや」

 俺の隣は御玲みれい、俺の周りにカエルたち筆頭に澄男すみお連合軍。俺たちの向かい側に金髪野郎、その隣にブルー・ペグランタンことポンチョ女が座る。

 確かに飲み物とかポットとか、人をもてなすためのものがどこにもない。ホントはジュースの一本くらいほしいが、もう既に会議を始める雰囲気が早速漂い始めている。

 ここでジュースが欲しいっていうのはなんかガキくさくて恥ずかしいので、不本意ながらも我慢することにした。

「でだ。もう一回聞くけどそんな作戦会議開くほどのことか……? 確かに支部の連中にとっては勝てない相手かもしんねぇけど俺らからしたら雑魚なわけだし……」

 早速率直に思っていたことを口走る。

 あのロボットの全能度は五百後半。金髪野郎がワンパンで潰せたように、ここにいるメンツなら誰でもやれる。

 少なくとも俺なら火の球撃つだけで消し飛ばせる自信があるし、効かなくても俺と金髪野郎の物理攻撃力は近しい。殴るだけで金髪野郎と同じ芸当ができる自信はある。

 なんなら俺以外のメンツでも肉体能力的に同じことはできるだろうし、そこまで深刻に捉える意味がよく分からない。また違う機体が出てきたら、そのときに始末する。ただそれだけでいい気がする。

「だめだ。さっきも言っただろ」

 金髪野郎は左右に首を振る。眠そうな顔をする俺に対し、腕を組んで目線を合わせてくる。

「テロの可能性もある。第一、俺ら以外も似たような奴に襲われてるんだ。どう考えても人為的に人間を襲ってるって考えるのが普通だろ」

「魔生物みたいに勝手に湧いて出てきた説は?」

「ロボットだぞ? いきもんじゃねーし、ただのてつのかたまりなんだからだれかがそーじゅーしてねーとおかしーだろ」

「操縦ねぇ……」

 御玲みれいに視線を向けるが、目線も合わせてもらえないまま肩をすくめられる。

 今回のロボットと同じような奴として、血の繋がった愚弟―――流川久三男るせんくみおが作った戦闘用アンドロイド、カオティック・ヴァズが思い浮かぶ。

 アイツは明確に自律行動していた。久三男くみおの命令に従うっていう名目こそあるが、それでも自分の意志的なものを感じる。

 俺の中でアンドロイドとは自律的に動く機械ってイメージがあるだけに、魔生物と一緒で野良のアンドロイドが、妖精王の霊力だかなんだかで地面から湧いて出てきたと考えるのが自然なのだ。

 頭おかしいんじゃねぇの、と思われるかもしれない。でも実際久三男くみおが自立して動く、人間に限りなく近いアンドロイドを作れているから、そんなのがいてもおかしくないと考えてしまう。目の前の二人はそうじゃないだろうけど。

「ブルーの言うとおり、アレは魔生物じゃない。戦闘を目的に作られたロボットだ。誰かが操縦してると考えるのが妥当だし、ぶっ壊したあたり中には人がいなかった。遠隔操作の線が濃厚だな」

「だとしたらせんもんがいだぜ。あっしはませーぶつせんもんだーから」

「なら、こんなときのむーさん辞典だ。むーさん、何か知らないか?」

 ポンチョの隙間から黒光りした百足が姿を現す。いつもと打って変わって小型のままだが、金切音だけは歪に大きい。

「なんでもかんでもしってるとおもうな、だって」

「むーさんでも知らないのか。そりゃ困ったな……」

 頭をかいて、気だるげに天井を見つめる金髪野郎。

 知識の源泉たる百足すら知らない、アンドロイド。アレは所々が朽ちて腐っていた。元々はもっと綺麗なボディをしていたのだろうが、カビやら泥やらで汚れ、朽ちているところからしてかなり年季が入ったもののようにも思える。

 どれぐらい年季が入っているのかは、俺にも分からない。そもそもな話、あのロボットが何なのかすら、分からないくらいである。百足野郎やポンチョ女、金髪野郎がメカ関係に疎いように、俺らもそこらへんは門外漢なのだ。

 素人の俺ではどれだけ頭をこねくり回しても浅い仮説しか立てられない。ロボットとかそういうのは、専門職の久三男くみおに相談するのが無難なのだ。

「偶々俺らが出くわした機体だけだったならまだ良かったが、既にこの支部の連中も何人かやられてる。つまり、俺らが出くわした機体とは別の機体もどこかに潜んでるわけだ」

「であれば、他の支部に確認をとってみるというのは? 監督という立場を使えば可能だと思うんですが」

「まあな。つってもそういうのって時々トラブルの元だから慎重にならんといかんのだが……」

「なんでだ? 情報共有は大事なんじゃねぇのか?」

「ごもっともな意見痛み入るぜ。でもな、世の中そんな優しい奴らばっかじゃねぇのさ」

 これまた深いため息をつきつつ、ソファに深くもたれかかる。他の支部に連絡しづらい理由を、苦い表情で語り始めた。

 結論から言うと、各支部にいる監督同士が連絡を取り合うこと自体はできるらしい。だが情報を他の支部と共有するってことは、自分だけが持っている情報を、他の支部に渡してしまうことを意味している。

 情報ってのは時に単純なパワーなんかよりも重要な武器になる。独り占めできたら他の支部よりたくさん報酬がもらえると考えている自分勝手な連中が一定数いて、そういう奴が寄って集って監督役を脅し、他の支部に情報を行かないようにする事例が過去にあったらしい。

 金髪野郎は腕っ節が強いから、そんな脅しに屈したりはしない。もし黙らせようものなら俺らと同じくらいの連中じゃないと無理だが、他の支部はどうか分からない。

 多勢に無勢の場合も大いに考えられるので、もしも他の支部と連絡を取り合うなら、そういう身勝手な連中の圧力に屈しないくらい強い奴が所属している支部と情報共有をしないといけないわけだ。なんとも面倒くさい話である。

「だったらそのマトモな奴が監督してる支部のアテはあんのかよ?」

「んー……あるにはあるが、ツラ合わせたことねぇし、相手が新人なんだよな。ちと不安があるんだ」

「新人? 誰だソイツ」

「少なくともお前らよりは古参だぞ。つい二、三ヶ月くらい前だったか……メキメキと頭角表してきた奴だ。確か、トト・タートとか言ったか」

「トト・タート!?」

 聞き覚えのある名前に思わず席を立つ。俺の態度に面食らったのか、落ち着けよ、と手で制してくる。

 トト・タートといえば、南支部を牛耳っている最強格。新進気鋭の新人で、超新星に因んで``霊星のタート``とかいう二つ名がつけられた請負人だ。

 最強格なのは就職する前に聞いていたが、金髪野郎と同様、監督役も務めていたのか。

「まあソイツに聞いてみるのが妥当だろうな。東と西はちと面倒だし、とっつき易い方から当たってみるか」

 俺らからは見えないが、請負証を開いて連絡を取ろうとしているのは目の動きで分かる。

 金髪野郎の話だと、請負証を使えば霊子ネットを経由して請負人同士の通話ができるらしい。俺らがよく使う霊子通信と同じ原理だ。

 久三男くみおから色々教わっているし、実際に何度も使ったことがあるので、理屈は元より身体が覚えていた。

「部屋作った。入っていいぞ」

 どうやらグループ通話のやり方も同じらしい。いわゆる精神世界にみんなが集まって話し合う部屋みたいなのを誰か一人が作って、その中にみんなが入る。そんなイメージである。

「問題は相手さんが応答してくれるかどうか……」

 無地の精神世界に現れた上座に、応答中と書かれたダイアログが表示される。

 請負証を使うと、名前を検索するだけで基本的には誰とでも話すことができる。

 相手から嫌われていてブロックされていたり、相手が「検索避け設定」にしていてそもそも検索に引っかからなかったり、特定の相手以外着信拒否設定にしている場合は無理らしいが、金髪野郎が言うには「マトモな」監督役だったら、誰とでも通話できる設定にしているはずとのこと。

 そうじゃなきゃ情報共有できないし、通話できるだけのシステムがあるのにわざわざ現地に会いに行くとかクソ面倒も甚だしい話だし、当然っちゃ当然だ。

「さぁて……出てくれよ」

 祈るように呟く金髪野郎だったが次の瞬間、応答中と書かれたダイアログが消える。俺と金髪野郎の間にワープしてくるように、青白い粒子が一か所に集まるや否や、一人の少女が上座に描かれた。

「へーい、こちら南支部新人監督役兼総括トト・タートっすー。ご用件とお名前をどーぞ」

 派手なせいかやたら目立つ黄緑色の猫耳パーカーを羽織り、にべたいジト目で周囲を見渡す女の子。

 夏だってのにパーカー着てて暑くねぇのかなと思いつつも、トト・タートと思わしきその女の子は、目線だけ金髪野郎の方へと向けた。

「北支部新人監督役、レク・ホーランだ。今日突然現れた戦闘用ロボットについて情報共有がしたくて連絡した」

 そんな端的な対応でいいのか、と思ったが、相手の顔からジト目が若干薄れ少し眼差しが強くなったのを、俺は見逃さない。

「あーはん、私んトコも襲われましてねー。被害続出っすよー。一体なんなんすかね、もう治療迫ってくる奴多くて、忙しーのなんの。首謀者に迷惑料請求してーっての」 

「俺んトコも結構な被害が出た。こっちの支部連中じゃ太刀打ちできそうにねぇ。お前はやりあったのか?」

「一応。よゆーで勝てたっすけど、確かに私らの支部連中でも勝てる奴はいなさそーっす。みんな年季入ったオッサンなんすけどねー、オッサンパワーすら超えてくスタイル。どーしよ」

 明らかに困っている風には見えない口調と態度だが、視線は金髪野郎から片時も離れていない。どうやら、情報が欲しいのは同じらしい。

「俺もカチあって、一応勝った。サンプルを持ち帰って本部に提出したが、多分本部の分析は待ってられない気がする」

「その心は?」

「短期間で俺んトコとお前んトコに被害が出てる。この分だと、他の支部も同じだろう。今は魔生物のスタンピートが起こってるが相手はロボット。何者かがテロを起こそうとしてると考えるのが自然だ」

「あーはん、妥当っすね。じゃー問題は、誰が操ってんのか。すか」

「それが分かれば苦労しねぇんだがな……お前んトコでなんか分かってることとかあるか?」

「今調べてるとこっすねー、でも相手はかなり猛者っす。中々尻尾だしやがらねー」

 行動が速い。俺は素直にそう思った。むしろ楽観的に捉えていた俺の方がノロマだったのではと思ってしまう。

 正直あのロボット程度なら物量でこない限りどうとでもなるという思いがあり、あまり危機感感じていなかったってのがあるが、そんなものは言い訳か。

「こっちも探知に長けた奴がいる。分かったことがあったら連絡するが、構わねぇよな?」

「おなしゃすー! むしろどしどし! 流石に汗だらけのオッサンたちの治療には辟易してたところなんでー……」

 手とか汗ぐっしょり、と両手をくぱくぱさせる。ベテラン同士、年季が入った請負人の会話に全く割り込めず聞き耳を立てるしかなかった俺らだったが、ようやくトト・タートの視線が俺に向く。 

 その視線は俺を品定めしているような、ねっとりとしたものだ。にべたいジト目が尚更品定めされている感を駆り立てる。相手は俺より年下のはずなのに、本能的に身構えてしまった。

「お前、つえーっすね。でも見ねー顔。新人?」

「あ? あー、ああ。まあ」

「名前は?」

澄男すみお。横にいるのが御玲みれい。そこらへんにいるぬいぐるみみたいなのは使い魔兼仲間」

「あーはん。トト・タートっす。よろしく。この分なら戦力割かなくても良さそうっすね」

 にべたいジト目で俺を品定めしていたところから一転。何か確信したような表情で、次は俺ら全員を見渡した。

 あんまりにも試されている感が半端なくて癪なので、俺も負けじと抵抗してみる。

「テメェんトコは大丈夫なのかよ?」

「新参に心配されるほど落ちぶれちゃいねーっすよ? 確かに戦力は少ないっすが、アテはあるんで」

 口の悪さが目立つのでこっちも相応の口調で言ってみたが一蹴される。

 やっぱり、新人ってレッテルがある限り、相手にされる気がしない。まだ三日くらいしか通ってない奴にあーだこーだと言われたくないってか。まあ気持ちも分からなくもないし、気に食わないが聞き流しておこう。

「戦力って話に関連して、いざってときのために連合を組めるようにしておきたい。構わねぇか?」

 不完全燃焼気味の俺をよそに、金髪野郎が話を戻す。

 個人的にそんな面倒な事態になる前にケリをつけたいところだが、戦場では何が起こるか分からない。意味があるのか分からないが、もしもその場のノリで徒党を組めるのなら戦術としてアリだ。俺はできれば独断専行で行きたいところではあるが。

「相対した奴らに聞けば徒党を組んで迎え撃つのもありって話してたし、構わねーっす」

「お互い支部の自衛はしなきゃならねぇ。だが当然、首魁を叩かなきゃ終わらんのも確かだ。戦力にならんからと支部連中を遊ばせとくわけにもいかねぇし、俺からは支部連中を出す」

「あーはん、つまり、そこにいる新人くんたちは敵首魁を叩く主力部隊ってわーけ?」 

「そういうこと。お前んトコの主戦力はお前と誰なんだ? さっきアテがあるとか言ってたが」

 ここで、精神世界に作られた真っ白い椅子に深く腰掛けていた金髪野郎が身を起こす。

 トト・タート―――こと``猫耳パーカー``を見つめる目は、猫耳パーカーが俺を品定めしてきたときと同じ視線。不敵な笑みを浮かべながら、猫耳パーカーをじっとりと見つめる。

「私の友人っす。結構腕っ節が強くて、余程のことがねー限り負けはしねーんで」

「ほう? そんな隠し玉みたいなのがいるなんざ初耳だがな」

「まー、私の個人的なツテなんで? しらねーのもどーりじゃねーすかね」

 猫耳パーカーは、ねっとりとした品定め視線を真っ向から受けながらも、顔色一つ変えず身構えもせず、ただただ涼しい顔で金髪野郎の応酬に対応する。

 にべたいジト目と金色の視線が交わる。なんだか、ものすごく割り込みにくい雰囲気が精神世界を支配した。

 正直面倒くさいような気がすると本能が訴えかけているので聞くだけに徹したいところだが、このままだと膠着状態が続いて息が詰まりそうだ。

 御玲みれい澄連すみれんも動く気配はない。俺は盛大にため息をつく。面倒ごとを押しつけられた気分である。

「ゲ、ゲフンゲフン!! 要するに、そっちはそっちで対処できるから情報の擦り合わせだけやるって感じでいいんだな?」

 わざとらしい咳払いで場を濁しつつ、齟齬のないようにとりあえず確認を促す。後からグダグダ言われて後手に回るのを避けるためだ。

 正直な話、南支部のところへ援軍に行かなきゃならんとかだと面倒だし、御玲みれいたちを差し置いてそんな真似はする気もなかったから、できるなら向こうは向こうでなんとか乗り切って欲しい。

 冷たいかもしれないけど、俺は仲間を守るので精一杯だ。他の援軍に回った結果、御玲みれいが死ぬとかいうクソ間抜けな結果だけは認めない。仮に戦いに勝てたとしても、俺の仲間が失われるようじゃなんの意味もないからだ。

「それでかまわねーっすよ。報連相さえやってくれれば文句ナシ」

 猫耳パーカーは眠そうな顔で、ぱっと見テキトーそうに承諾する。

 報連相は金髪野郎が勝手にやってくれるだろうし、俺の負担になりえない。言質は取ったから俺は俺で仲間を守りながら敵をブチのめすことだけ専念できそうだ。

「最後に一つだけ。お前は他の支部とは連絡取り合ったりはしてないのか? 俺はしてねぇんだが」

 話すことがなくなってきた。南支部の方針が分かった以上はそりゃそうだが、話の裂け目を見逃すまいと金髪野郎がメスを入れた。

 なんでそんなどうでもいいことを聞くのか全く分からん俺だったが、隣で御玲みれいが興味深そうに聞き入っている。他の支部がどうなろうとそれは他の支部がどうにかすることであって、俺らには関係ない気がするけれど。

「してないっすねー、``閃光``さんから連絡してもらわなかったら、こっちはこっちで個人的に処理するつもりだったっす」

「レクでいいぜ。てーと、他の支部とは協力してないしするつもりなし、ってことでいいか?」

「しょーみ他の支部で仲良い奴いないんでー……特に東のアイツとは犬猿の仲だし、西はよく分かんねーし。いやー、話しかけてきたのがレクパイセンで良かったっすよー」

 何故か遠い目をする猫耳パーカー。

 なんで北支部以外とは協力したくないのか、イマイチ事情が分からないが、これは俺らにとっても好都合。流石に他の支部もしゃしゃり出てくるとなると規模がデカくて尚更動きづらくなる。正直仲良くない、顔も名前も知らない奴らと連携取れる自信はないし、そもそもそんなかったるいことは気が進まない。

 俺は今いる仲間が一番大切だし、信用できるのだ。

「噂は聞いてるぜ。じゃあなんか分かったら連絡するから、そっちも報連相頼むぜ?」

 金髪野郎は苦笑いを浮かべ、猫耳パーカーに手を振る。へーい、とこれまたテキトーな返事をして、トト・タートという名の猫耳パーカー少女は精神世界から去っていった。同時に俺たちも現実世界へと意識が帰還する。

 オフィスの壁にかかっている時計を見ると、数十分は経過していた。こういうときって精神と時のなんちゃらみたいな感じでリアルの時間と大差があってしかるべきだと思うんだが、現実はそう甘くはないようだ。

「まあ今さっきだし、分かることなんてそんなにねぇか……協力がとりつけられただけでも良しとしよう」

 結論、特に得られるものはなかった。強いて得られたものを列挙するならば、南支部と場合によっては協力プレイができること、ほかの支部も俺らがいる北支部同様、謎のロボットに襲われて被害が出ていることのみである。

 ダラけるように椅子に深く腰掛ける金髪野郎を尻目に、御玲みれい澄連すみれんと霊子通信を密かに繋げる。意識を共有する先は久三男くみおだ。

『つーわけだ久三男くみお。調べろ』

『もうやった。でも結構やばいよこれ。戦力比からして、支部の人たちだけじゃ無理じゃないかな』

『あん? どういうこった?』

 久三男くみおにしては珍しく、焦りの念が霊子通信の回路を経て伝わってきた。何かヤバいことだろうと、直感が囀る。

 久三男くみおが言うには、数千体を超えるアンドロイド型の何かがついさっき突然現れ、俺らのいる武市もののふし郊外へ進軍し始めたらしい。

 俺らからしたら大したことのない鉄クズ集団だが、支部の連中と交戦になった場合、突出して強い奴でもない限りは負け確の戦力差があるのだと。まだ郊外まで距離はあるが、後一時間も経たないうちに住民の被害が出てきてもおかしくない状態で、一言で言うと結構ヤバい状態だ。

『展開が早すぎません? 本当に突然だったのですか?』

『いくら昼間寝てるとはいえ、監視体制は万全さ。実際、何か異変があったときに鳴るように設定しておいた超特大音量のアラームで今さっき起きたところだし』

『オペレーターとして昼まで寝てるのはどうかと思いますが、ついさっきということは召喚か何かでしょうか。それしか考えられない気がしますが……』

 言い淀んでいる御玲みれいの念が脳に浸透する。でも気持ちはわからなくもない。まずロボットを召喚するって何ぞや、って話だ。

 たとえばこれが悪魔召喚だとか、なんかよくわからんモンスターを召喚するとか、そんなんなら魔法とか魔術的な何かでできないこともないだろうし、感覚的に分からないこともない。

 でも、召喚されているのはロボットだ。

 ロボットってそもそも魔法とか魔術的なもので召喚できるものなのだろうか。そこらへんド素人な俺には皆目分からん話なのだが、久三男くみおの話を自分の理解力の範囲内で想像するなら、誰かがロボットを大量召喚しているとしか思えない。

『召喚的な何かというか、召喚そのものだと思うけど』

 疑問が尽きない俺と御玲みれいに対し、我らが愚弟にして万年研究者気質の久三男くみおはさも当然の事と言わんばかりに断言する。

『召喚は何も有機生命体に限った話じゃないよ。たとえば地中の奥底に埋まってる特定の無機物を魔法で探り、自分の目の前に転移させるように詠唱すれば、それはある種の召喚とも言えるし』

『ああー……言われてみれば、俺らの食料だってつい数日前までは分家派の連中から転移で送ってもらってたしな……転移魔法で無機物を呼び寄せることもできるのか……』

 任務請負人として働く前の生活を思い出す。

 俺は流川るせん本家派当主。分家派の連中に頼めば、欲しい食料を注文して転移で輸送してもらうというなんとも坊ちゃんくさいことができていた。

 今でこそ働き始めて自分で飯の材料を買うようになったが、今思えば転移させるのは何も人や生き物だけじゃない。転移魔法と聞くと``遠い場所に一瞬で移動できるクソ便利な魔法``って認識があるから先入観に囚われていたが、ただの物だって転移させることは可能なのだ。

 そう考えれば、地下に埋まっている金銀財宝とかを魔法で特定して、それを転移させることができたなら、財宝召喚みたいな感じに転移魔法を扱うことは、何ら不思議なことじゃない。俺も御玲みれいも異論なく腑に落ちた。

『まあでもたとえば召喚者に何かしらの眷属がいて、眷属召喚の能力を持っている。とかも十分ありえるけどね』

 腑に落ちた、とせっかく分からなかったことを自分なりに理解した上で飲み込もうとした矢先の何気ない発言。唐突に理解が追いつかないことを言うから、俺の脳が悲鳴をあげ始める。

『たとえば上位機種に``下位機種を無条件で服従させられるプログラム``があるなら、下位機種召喚だってできるかもしれないよ? その場合、上位機種にとって下位機種は``眷属``だし』

 反論しようとするも、完璧なうんちくの前に口が塞がれる。

 久三男くみおの言っていることは仮説にすぎないが、他に覆せる考えもない。正解だと決めつけるのは悪手だけど、そんなのは調べれば分かることだ。そこまで予想できるなら、俺がやることは一つだけ。

『ならお前はそのロボットどもを引き続き調べろ。お前の言う仮説が正しければ、そのときに報告してくれ』

『分かった。兄さんたちは敵の撃破?』

『だろうな。おそらく敵をブチ殺す主戦力として駆り出される。そんな気がする』

『兄さんはディフェンスよりアタッカーってタイプだもんね』

『まあな。守るのは仲間で十分だし』

 そうだね、と言い残し、久三男くみおが霊子通信を切る。

弥平みつひらを呼び戻した方がいいか』

『でしょうね。間違いなく大事になりそうですし』

 予定外に事が大きくなりそうな予感がして、まだ精神世界に残っている御玲みれいに意識を向けたが、どうやら御玲みれいも考えは同じらしい。

 情報を擦り合わせたいから作戦会議を開きたいところだが、久三男くみおの話だとロボットの大軍がもう進撃を始めている。呑気に話している時間はないし、俺らが家に帰る余裕もなさそうだ。というかこの状況で家に帰るとか言い出したら確実に怪しまれる。

『チッ……後手に回ってやがるな……つか相手の展開早すぎんだろ……』

『どうやってロボットの大軍を召喚し操っているのか知りませんが、久三男くみおさまをして予兆すら感じさせず軍事行動をとれるところが不気味です。早めに対処しないと』

『お前は弥平みつひらを呼び戻せ。経緯の説明とかはお前に任すから、俺はとりあえずコイツらと一緒に行動してみる』

 精神世界で一礼する御玲みれい御玲みれいが霊子通信を切った後、意識を現実に引き戻す。

 今は巫市かんなぎしの内偵をさせている、もう一人の側近兼仲間―――流川弥平るせんみつひら。アイツは隠密という役柄上、請負人としての顔も持ち合わせている。仕事増やすことになってしまってものすごく忍びない気分だが、今は緊急事態だ。奴にも協力してもらおう。

 俺らが霊子通信で密かに話している間、金髪野郎たちは百足野郎を交えてどう敵を迎撃するかを話し合っていた。

 労働者になって約数日。そんなに日が経ってないうちから強敵との遭遇とか、ホント俺ってついてない。どうしてこうなるのやら。

 金髪野郎はしばらく百足野郎とポンチョ女と話し込んでいたが、話が纏まったのか、俺たちへ突然視線を戻す。

 俺は急いで霊子通信を切るようにみんなに伝え、俺も颯爽とログアウトする。霊子通信中は意識が精神世界に飛んでいるので、この間に話しかけられると相槌すら打てない。怪しまれるのは極力避けなければ。

「ロボットの親玉を討伐する。迎撃は勿論俺らだ」

 予想通りの答えなので眉一つ動かない。

 金髪野郎は任務請負証を通して俺らの力を粗方把握している。もしも俺らがさっき戦ったロボットが久三男くみおの言う下位機種だとしたら、他の連中だと太刀打ちできない。

 支部の防衛は支部の連中に任せて、下位機種を操っている上位機種をぶっ壊す役を俺らが買って出るのが筋ではあるのだが―――。

「防衛つっても攻められたら太刀打ちできねぇんだろ? どうやって支部を守るんだ」

 そう、これは筋が通った作戦のように見えて穴がある。仮に支部を攻められたとして、支部の連中の力じゃ下位機種にすら勝ち目がないってところだ。

 一体も倒せないのに、軍団で押し寄せられたらなすすべなく蹂躙される未来しかない。ロボットとまともに戦えるのが俺らと金髪野郎たちしかいない以上、どうやって支部を守るつもりなのか。

「だから迎撃つったろ。支部を守りながら、敵を迎え撃つ。犠牲を最小限に抑えるにはそれしかない」

 ポンチョ女もうんうん、と頷いている。だが俺は眉を強く顰めた。

「相手は数千体の軍勢だぞ。俺らしかまともに戦える奴がいない以上、犠牲を最小限に抑えるとか無理だ……痛っ!?」

 突然御玲みれいに足を踏んづけられ思わず睨んでしまうが、御玲みれいのジト目の見て、俺が何をしでかしてしまったのかを悟る。案の定、金髪野郎たちは訝しげな表情を浮かべていた。

「……数千の軍勢だと? お前それ、どこ情報だ?」

「なんでひよっこのてめーが、そんなことわかんだよ。あーしらをからかってんのか?」

 そりゃそうだよね。だって数千体の軍勢がいるって情報は、さっき俺が久三男くみおから仕入れた情報だもん。コイツらが知るワケないワケで。

 知らない情報をさも知っていて当然みたいな感じで話したら、怪しまれるのは考えるまでもない。しまった。面倒なことになったぞ。

「いやー……まあ、アレだ。そんな気がする。みたいな?」

 とりあえずそれっぽいことを言って誤魔化すしかない。凄まじく無理矢理感があるが、超直感で危機を感じ取ったってことで納得してもらおう。

「はぁ? 要は勘だとでもいいてぇのか?」

「そう!! 勘!! 勘なんだよ!!」

「はなしになんねー……」

 だが、二人の表情は硬い。むしろさっきより険しくなった。ポンチョ女の目が、まるで路頭に捨てられている腐った生ゴミでも見下すような目になっていて居た堪れない。

 いや、言いたいことは分かる。俺だって流石に無理があると思った。正直超直感って何だよって、自分で思ってしまったくらいだ。

 自分のアホさをただただ再認識させられただけという結果に終わったが、これはこれで納得してもらうしかない。俺らの素性を知られるワケにはいかないのだ。

 隣で呆れたようにため息をつく御玲みれいを尻目に、二人の顔色を伺う。金髪野郎は頭を掻きむしった。

「とりあえず攻めてきたら支部で迎え撃つ。支部にはバリケードを作って簡単に攻められないようにして守りの主軸は我らがむーさんに担ってもらう」

「むーちゃんのでけーからだなら、あのてーどのろぼっとぐれーいっしゅんでけちらせっからな。なんたいこよーがかんけーねー」

「頼もしい限りだぜ」

 二人がいい感じに話がまとまりかけている。俺はそれを見逃さない。今が狙い目だ。これを逃せば、後はない。漢を見せろ。

「じゃあ支部の守りは任せるから、俺らは俺らで敵をぶっ壊しに」

「は? ダメに決まってんだろ」

 漢を見せた瞬間にこの始末。なんで、と思わず低めの声音が漏れる。さっきまで笑っていた金髪野郎の顔が、一瞬で険しくなった。

「お前らは新参なんだから、支部規模の戦闘になる場合は、俺の指揮下に入ってもらう。勝手な行動は許されねぇ」

「いやだからなんで? 誰が決めたのそんなルール」

「機関則に書いてあるわ!! 緊急時は支部で手綱持ってる奴の指揮下に入るのが決まりなんだよ!! 全員が勝手な行動してたら解決するもんも解決しねぇだろ!!」

 唐突の大剣幕。毛が抜けちまうんじゃないかってくらい頭を強くかきむしり、椅子に深く腰掛ける。

 「たく、今回の新人はマジで世話が焼けるぜ……」と小言が聞こえたが、そんなこと言われても知らんものは知らんのである。

 確かに機関則なんざあんまり興味ないのは事実ではあるんだが、正直、今は機関則なんぞ問題にしている暇はない。

御玲みれい、困ったことになったぞ。多分あの金髪野郎の作戦に乗ってたら確実に後手に回る』

 もう万策尽きた。俺の脳筋では限界なので、御玲みれい澄連すみれんに霊子通信を飛ばす。

 金髪野郎たちは敵が数千体以上もの軍勢を率いていて、更には俺らが戦った連中よりも強い敵がいるかもしれないって事実を知らない。軍勢は既に進軍を始めていて、もう悠長に話している時間も本来ならないのだ。

 今回は完全に敵の方が何枚も上手だった。誰にも悟らせず、国の外で数千もの手下を召喚して戦端の火蓋を切ろうとしている。もしも数千もの軍勢を支部の連中だけで相手取るなら、確実に犠牲は出る。それも最小限とかではなく、かなりの数の犠牲が。

 金髪野郎たちは確かに強いが、百足野郎を入れても数は二人と一匹。数千もの軍勢による侵攻を完璧に抑え込むのは無理だろうし、そうなれば支部は壊滅だ。それは金髪野郎たちが生き残ったとしても、戦略的敗北に等しい。

 だが残念なことに、それを金髪野郎たちに伝える術がない。言ってもさっきみたいにどこ情報とか言われて信じてもらえそうにないのだ。俺が新参者だから尚更だろう。

 クソが。なんでここは新参者に優しくないんだ。

『当たり前じゃないですか。あなただってぽっと出の人に信憑性のないことをあれこれ言われたくはないでしょう?』

 おっと、感情が昂りすぎて霊子通信に俺の表層心理が湧き出てしまったようだ。心を強く持たないと本音がバレてしまうな。

『こほん。話を戻すぞ。それで後手に回るから俺らは俺らで行動したい。どうする?』

『この状況で私たちだけ別行動をとると提言するのは困難ですよ。機関則で決まっている以上、勝手な行動をして被害を拡大させたら処罰は免れませんし』

『そりゃそうだが、このままだと確実にこの支部壊滅するぜ? あのロボットの軍勢が数千。生き残るだけならまだしも、支部防衛も視野に入れるなら敗北は避けられねぇ』

『確かにそうですけど……』

『あの、ちょっといいっすか』

 ずっと聞き役に徹しているカエルが、精神世界内で手を挙げる。話聞いてたのか、と半ば感心しつつ、カエルに視線を投げつける。

『思うんすけど、オレらって使い魔ポジなんすよね? だったらオレらを先遣隊として出撃させるってのはどうすか?』

 いつもと打って変わって真剣な表情のカエルに、俺と御玲みれいは顔を見合わせる。正直いつもがいつもなだけにイマイチ期待できないのだが、他に名案もない。聞くだけ聞いてみることにする。

久三男くみおさんの情報は確かに正しいっすが、それを表立って彼らに言えねぇって話でしょう? だったらオレらが直に見てきて、事実をありのままあの二人に伝えればいい。なら彼らも彼我戦力を見直して、作戦を立て直すやもしれないっすよ』

 カエルにしては冴えてんな。俺は素直にそう思った。

 カエルの言うとおり、久三男くみおの存在を大っぴらにすることはできない。俺らが流川るせんの者であることがバレる可能性が出てくるし、なにより久三男くみおの存在は秘中の秘だ。身内以外に話すワケにはいかない存在である。

 だがカエルたちこと澄連すみれんは俺らの使い魔というポジションにある。俺が派遣を指示して戦力を見極めさせれば、金髪野郎たちもおそらくだが正しい彼我戦力を認めるだろう。

 任務請負証で俺らの力を推し測ったのなら、澄連すみれんがただのぬいぐるみ集団じゃないことも理解しているはず。怪しむことあれど、蔑ろにはしないだろう。

『ならそれでいくか?』

『お待ちを。その方法は私も賛成ではあるのですけれど、正しい彼我戦力を彼らが認めたら、尚更ここから動くことを禁ずるのでは?』

 御玲みれいの言い分を交え、未来を予測する。

 敵の戦力は支部側からすれば圧倒的だ。たった一体のロボットを倒すのに、その支部の最強格が出張らなければ相手にならず、最強格以外は事実上の戦力外という体たらくである。

 たった一体でこのザマなのだから、数千もの軍勢に侵攻されたら一瞬で潰されてしまうだろう。

 今でこそ金髪野郎たちは彼我戦力を正しく把握してないからかなり落ち着いているが、俺が澄連すみれんを派遣し正しい彼我戦力を伝えたら、尚更意固地になってここから俺らを動かせないようにする可能性がある。俺や御玲みれいが抜けるだけで、支部の守りはかなり手薄になってしまうからだ。

 彼我戦力に絶望的なまでの開きがある以上、戦える奴は少しでも手元に置いておきたいと誰でも思うはずだし、それは金髪野郎だって例外じゃない。

 とどのつまり、結局は説得が必要ってワケなのか。

『一番苦手なんだがな……』

『説得は任せるっす。オレら使い魔なんで、多分説得には応じてくれないだろうし』

『サクッと丸投げしていきやがったなテメェ……まあいいや』

 いざとなったら御玲みれいに任せるか、独断専行を強行するしかない。責任だのなんだのと面倒なのがあるが、要は勝てば官軍なのだ。そこは深く考えたところで仕方のないことだろう。

『よしお前ら。澄男すみお連合軍とか自称するんなら、俺が言い渡す初仕事を見事こなしてみせろ』

『わっかりやした!! 敵の戦力を見極めて、それをコイツらに報告すりゃあいいんすね? フッ、簡単すぎてゲロが出るぜ……』

『ちと面倒だが、丁度野糞したかったところだ。野糞がてら付き合ってやるよ』

『ボクのち◯こをもってすればロボットでイくことも造作もない!! 任せてよ澄男すみおさん!!』

『俺も気合入れてパンツで索敵します。期待しててください』

 後半二匹には期待できそうにない気がするが、みんなやる気充分だ。寄り道だけが心配だが、これなら問題ないだろう。

『よし、行け!!』

 アイアイサー!! という力強い号令とともに、澄連すみれんが散開する。

 コイツらそんな忍者みたいな真似ができたのかよと内心驚きつつ、使い魔の主人らしく感情は表に出さない。

 さも当然と胸を張って堂々していたら怪しまれないと考えた俺だったが、それは甘い目測だったと悟らされる。

「おい新人。いま周りにいたぬいぐるみが突然どっかいったけど、アレお前の使い魔だったよな? どんな指示飛ばしたんだ? つかどうやって指示出した?」

「まほー……? まじゅつ? いや、そんなけはいなかった。いしんでんしん? ありえねー。さっきからへんなことばっかしやがって、せつめーしろやめんどくせー」

 虎の尾を踏むって、きっと今みたいな状況のたとえだと思う。

 俺らが久三男くみお作の霊子通信秘匿回線で、意識をつなぎ合っていることもまた、コイツらには内緒なのだ。言うわけにはもいかないし、はてさてどうしたもんか。

 俺はチラッと御玲みれいに視線を投げるが、まるで他人事と言わんばかりに紅茶を一服。

 ふざけんじゃねぇぞ主人が困ってんのに何やってんだこのクソメイドと心の中で悪態をつきつつ、俺は自信の欠片もない説明力でなんとかその場を乗り切ったのだった。

 その後、俺が使い魔とテレパシーで対話できる不思議な能力者として、不本意ながらも周知の事実となってしまうのは、また別の話である。


 カエルたちが帰還し、代表してカエルが彼我戦力を詳しく説明すると予想通りだが金髪野郎は顔色を変えた。

 カエルたち曰くどうやらさらに数を増やしているらしく、各方角にある支部に千体規模の群体に別れ、今も絶賛進軍中とのことだ。行軍速度的にロボット軍団が北支部にカチコミしかけてくるまで、あと二時間もないとのこと。

 こうしちゃいられねぇ、と金髪野郎はオフィスを飛び出す。どうやらようやく彼我戦力を理解したようでなによりだが、俺たちにとって本番はここからである。

 澄連すみれんが持ち帰った情報と照らし合わせながら、秘匿回線でみんなを繋ぎ、精神世界を創り出す。

 時間もあまりないが、手短に作戦会議を開くことにした。弥平みつひらも途中参加である。

澄男すみお様。御玲みれいとカエルたち、そして久三男くみお様など各々からの報告を受け、既に捜査を始めています』

『敵の親玉は見つかったか?』

『申し訳ありません……久三男くみお様と連携して事に当たっているのですが、どうも相手の潜伏能力の方が上回っているようです』

『マジでか!? 妖精王襲撃事件を収めた謎の巫女といい、最近冗談抜きで厄介なのがちらほら出てきてるな……もしかしたら操ってる奴がいない、って線もありうるか?』

『いや、それはないと思うよ。兄さん』

 精神世界で眼鏡の位置を中指で調整する久三男くみお。なにカッコつけてんのかなコイツ、などと思っていたら、俺たちの目の前に大量の白い人間みたいな集団がギッチギチになっている映像が映し出される。

 人工霊子衛星で捉えた、武市もののふし上空の航空写真だ。

『軍勢はものすごく秩序だって行動してる。まるで優秀な指揮官に統率されてるみたいに、動きに無駄がない。もし指揮官のいないただの集団なら、住民を襲っててもおかしくないはずだよ』

『俺らのときは問答無用だったのに……』

『敵総軍およそ二万。軍勢は住民たちを無視し、澄男すみお様たちがいる支部を目指しています。他の支部に向かっている軍勢も同様です』

 ギッチギチになりながらも、整然としている無数のロボット軍団を恨めしく見つめる。

 俺らのときは出会った瞬間に襲いかかってきた印象だった。だから俺の中では視界に入った奴は無差別なんだろうなと勝手にイメージしていたのだが、実際は違うらしい。

 弥平みつひら久三男くみおの話だと、敵対行動をとった住民にすら反応せず、ただただ各方角にある支部を目指していて、現状は戦闘行為に一切及んでいないとのこと。

 ただし数がとにかく多く既に郊外まで侵攻されてしまっており、その莫大な物量で町中を埋め尽くしているのだ。

 どんな感じなのか、航空写真を見れば分かる。隙間なく敷き詰められたロボットたちの絵面に、思わず酔ってしまいそうだ。

『そういえば澄男すみお様、本部はどういう動きで?』

 俺に向かって真剣な眼差しを向ける。

 弥平みつひらは俺らよりも先に本部昇進を果たしている任務請負官なのだが、平時は巫市かんなぎしの内偵任務に就いているため、任務請負官としての立場はあまり利用していない。急遽呼び戻したから状況を把握できていなかったのだ。

 つくづく悪いことをしたなと思いつつ、淡々と答えた。

『ついさっき動いた。なんか火災報知器みたいなサイレンが鳴り響いたと思ったらよ、フェーズS任務発令とかよく分からんアナウンスが鳴ってうるせぇのなんの』

 頭の中で火災報知器のサイレンが反響し、思わず顔を顰めながら精神世界で耳穴をほじくる。

 俺が澄連すみれんを派遣し金髪野郎たちにやっとのことで言い訳し終えた頃、事が動き出した。任務請負機関本部が万を超えるロボットの軍団に緊急性があるとようやく認識し、全ての支部に緊急任務を発布したのだ。

 フェーズS緊急任務ってのは、武市もののふし内の都市機能を大幅に麻痺させる恐れのある脅威の討伐・撃退を目標とする超高難度任務を指す。

 金髪野郎や御玲みれいの話だと、こうなると本部の請負人が出張り、彼らが支部の請負人の指揮を取るのだとか。となると俺たちはその本部の請負人の指揮下に入らされることになる。

『チッ。何処の馬の骨とも知らん奴の指揮下に入るなんざ癪だが、独断専行は最終手段だし、この際割り切るっきゃねぇか……』

『それが賢明かと。どうしようもない場合は素性を明かすリスクを背負って動くべきですが、現時点では早計です。戦況把握を厳としましょう』

 秘匿された霊子空間内で、全員が首を縦に降る。

『では澄男すみお様、私は引き続き捜査を再開します』

『待て弥平みつひら、お前一人じゃ危険だ。俺から一匹派遣するから上手く使え』

 俺は早速密偵をしにログアウトしようとした弥平みつひらを引き留める。

 弥平みつひらは決して弱くはない。肉体能力では御玲みれいと並び、人類では最強クラスの肉体を持っている。分家派当主ということもあり、戦闘技量もこの中ではピカイチである。密偵という地味な役柄とはいえ、大概の相手に負けることなどそうそうないだろう。

 だがそれは、あくまで大概の相手―――バケモン以外の強者ならばの話である。

 弥平みつひらは俺みたいに不死ってわけでもなければ、澄連すみれんみたいに純然たる人外ってわけじゃない。その強さは人類の中で最強クラスというだけであり、バケモノに太刀打ちできるほど強くない。

 相手は未知の何かだ。そんなことはあってほしくないが、もしかしたら俺たちの想像を超える怪物の可能性もある。もしもそんなのに戦わなきゃならなくなってしまったら、果たして生きて帰ってこられるだろうか。

 弥平みつひらはその役柄上、どうしても敵地へ先遣する場合が多い。人間であることも相まって、俺達の中で最も戦死する可能性の高い戦士である。

 実力を信用していないわけじゃない。むしろものすごく期待すらしている。でもこの世界、人智を超えたバケモノの存在は無視できない。そこはかとない不安が、胸中を支配していた。

『え! いや、しかし……』

 弥平みつひらの表情は芳しくない。当然だ、自分に戦力を割いてしまえば、それだけ俺の周りの戦力が下がってしまうからだ。

 遠慮なんてしなくてもいいのに。毎度のことながら慎ましい奴である。

『ロボット軍団一体一体の力はお前に満たないが、万が一に備えておいて損はねぇ。澄連すみれんの誰かを連れて行け』

『スミレン……?』

『ああ、ぬいぐるみたちのことだ。今日からコイツらは澄男すみお連合軍……略して``澄連すみれん``って呼ぶことにしたから』

『あらためてよろ、っす!』

 カエルが弥平みつひらに向かって敬礼する。他の連中も各々個性的な反応を示す中、弥平みつひらは一瞬困惑こそしたが、もはや全てを理解したのか、落ち着いた表情を見せる。

『ではミキティウスをお願いします。彼の能力は、私のバトルスタイルと相性が良い』

『わかった。ミキティウス、行け』

『了解です。弥平みつひらさんを見事パンツ教信者にしてみせます』

『いや、協力な。弥平みつひらと協力して事に当たれよって話で誰もそんなワケワカンねぇのに勧誘しろって話はしてねぇんだよ』

『なるほど! ですが安心してください。弥平みつひらさんのパンツは俺が守ります』

『パンツじゃなくて本人な!! 本人をお願いね!!』

 頭からパンツをかぶり、やる気満々なところをアピールするミキティウス。

 コイツ、大丈夫なんだろうか。ミキティウスといえば、かつて久三男くみおが作った超絶強い殺人用アンドロイド、カオティック・ヴァズをたった一人で追い詰めた猛者だ。

 暇あればパンツパンツとうるせぇのが玉に瑕だが、こうもパンツ第一主義だとちゃんと仕事してくれるのか不安になってくる。というかパンツって下着のことだと思うけど、一体パンツの何がコイツを駆り立てるのだろうか。ぬいぐるみたちの価値観というか感覚は全然分からない。

澄男すみおさん大丈夫っすよ。コイツはクソパンティウスっすが、雷属性の使い手としては一流っす。相手が機械なら尚更遅れをとることはありやせん』

『う、うん。そうなんだろうけどね……まあいいや。総隊長のお前が言うならそうなんだろう。信じるぞ』

『任せてください!!』

 そう言い残し、ミキティウスは霊子通信を切り、俺や御玲みれいの前からも姿を消した。

 雷撃の残滓を残して去るあたり、ちょっと格好良い。パンツとかワケわかんねぇこと言わなきゃ尚良いのだが。

『じゃあ僕からはヴァズを派遣するよ。戦闘経験が足りないけど、相手がロボットなら遅れは取らないと思うし』

 ありがとうございます、と弥平みつひらが一礼する。

 些か過剰戦力気味な気がするが、スリーマンセルの方が対応幅は広い。俺に破壊され、久三男くみおによって作り直された後は一度も戦ったところを見たことがないが、俺と戦ったときと遜色ない性能だろう。というか、普通にアップグレードされてそうで怖い。むしろ魔改造と言った方が正しいだろうか。

『つーわけで、弥平みつひらとミキティウスは偵察。俺と御玲みれいとその他は主戦力として支部に待機。久三男くみおとあくのだいまおうとパオングはいつも通りオペレーターを頼む』

 全員肯定の意志が俺の精神へと集約する。

 やるべきことは決まった。あとはこの異変を乗り切るだけである。親父への復讐以来となる戦い。そんなに月日は経ってないと思うのだが、何故だかかなり久しく思えてならなかった。

 しかし、このときの俺は知らなかった。今回の敵が自分の想定を軽く上回るほどに、強大な存在だったことなど―――。
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