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ひとつに蕩けて

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「お、部屋。行きましょうよう……」
「寒いか?」
「そんなんじゃ、ないですけど」

 謙一さんは玄関先で私を押し倒して、なんだかご満悦顔。ちゅ、ちゅ、と降ってくるキスは、触れては離れてなんだか物足りない。

「君が悪いんだ、あんな顔をするから」
「どんな顔ですかあ」

 一応言ってみるけど、謙一さんは笑うだけ。うう、ずるい……。

「け、謙一さんだって!」

 一応私も唇を尖らせて反論してみる。

「謙一さんだって、してたじゃないですかぁっ!」
「……ふうん?」

 謙一さんは私の顔を覗き込んで、片頬で笑った。

「どんな顔を?」
「ど、どんな顔って」

 私は頬を熱くしたまま、ぱくぱくと口を開いては閉じて──何も言えなくなる。

(だ、だって、だって!)

 頬どころか、耳まで赤いかも。

(言えないよ、──私のことが好きでたまらないって顔してた、なんて!)

 だって、そんなの、なんか自意識過剰な感じだし!
 口をモゴモゴさせつつ目線を逸らすと、謙一さんはやっぱり楽しげに目を細めた。

「ちなみに、君がしていた顔は"俺のことが好きです"って顔だ。最高に幸せなことに」
「んんっ、じ、じゃあおんなじ、ですっ……ひゃんっ」

 謙一さんが私の首筋に舌を這わせる。反射的にびくんと身体を揺らして、謙一さんの腕を掴む。

「教えてくれ、麻衣。俺はどんな顔をしていた?」

 謙一さんが低く笑う。楽しげ……っていうか、たのしげだ! ……自意識過剰ではなかったのはひと安心だけれど。

「ひ、秘密です、んっ」

 かぷりと鎖骨を噛まれて変な声が出る。やわやわと、甘噛みで痛くないのに皮膚が噛みちぎられそうな感覚……。

「ひゃ、ぁ」
「食べたくなるくらいに愛おしい、の意味が初めて分かった」

 謙一さんが鎖骨から唇を離さずに喋るから……僅かに当たる犬歯がぴりぴりと骨を刺激して。

「食べても?」

 真剣な眼差し。きりっとしたかんばせに、よく似合う……。

「っ、あの……」

 ちらちらと目線を散らしながら、でも結局目線を重ねて、私は呟くように言う。

「どう、ぞ?」

 ていうか、断るわけ、……断れるわけ、ないのに。あの真剣な視線で見つめられて。謙一さんが表情を緩める。

「……が、その前に」

 謙一さんはひょいと身体を起こして、それから私を抱き上げる。

「答え合わせをしておこうか」
「答え合わせ?」

 にこり、と謙一さんが優しく目尻を緩めた。……この目に弱い、私は。どんな表情であれ──ほんとうに。

「俺の表情、……君が愛おしくてたまらないという顔をしていたと思うのだけれど」
「……っ」
「同じ答えだったか?」
「……はぃ……」

 語尾が小声になりつつ、両手で顔を覆う。謙一さんが笑っているのが分かる。ああ、もう。

「覚えておいてくれ。俺は常に君が愛おしくて大好きで食べてしまいたいということを」
「食べ、っ……」
「比喩だぞ?」
「分かってますよう」

 自分の声とは思えない、甘ったるくて媚びるような声が出てしまう。

(……こんな女だったかなぁ、私は)

 もうすこし大人じゃなかった?
 ひとり立ちした、人間じゃなかった? ……伸二に変な形で依存していたとはいえ……こんな風、じゃなかった。

(どろどろに溶けて、作り直されてるみたい)

 青虫が、いちど蛹の中で溶けて蕩けて、蝶になるみたいに。
 どうせなら、と詮無いことをついでに思う。

(どうせなら──謙一さんと溶けて混じってしまいたい)

 離れなくていいように。
 ばちり、と謙一さんと目線が絡む。瞳に浮かぶ感情。ちゅ、と額にキスが落ちてくる。求めて、求められて。
 ああ、……幸せ、だ。
 とさりとベッドに寝かされる。

「……比喩だと言ったけれど」

 謙一さんが私の頭の横に手をつきつつ、口を開く。

「溶けてしまいたいとは思う。君と」

 ちゅ、ともう今日何度目かわからない、優しいキス。

「ひとつになりたい。ドロドロに溶けてしまってもいい」
「──あの」

 謙一さんの首後ろに腕をまわして、抱き寄せながら私も口を開く。

「似たようなことを、私も……思ってます」

 謙一さんはすこし驚いたような顔をして、それから目を細めた。

「では」

 鼻と鼻をちょこんと合わせて、謙一さんが私の頬に触れた。

「代替行為をしようか」
「代替」

 思わず復唱。謙一さんが喉で笑う。大きな手はさらさらと私の服を脱がしだして、抵抗なんてさらさら考えてない私はただされるがままに蕩けていく。
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