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家出?(理人視点)
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とにかく、俺に求められるのは理性と忍耐のようだった。
「……あ、」
日曜の朝、起きてすぐ、茉白と目が合う。
すこし前に起きていたと思しき茉白は、頬を赤くして、目を幸せそうに細めた。
「おはよう、ございます」
「……おはよう」
なんとかそう、返事をした。
(……可愛い)
俺の腕の中にいる茉白。
曇天一転、梅雨の晴れ間の朝陽がカーテン越しに入り込んでいた。
茉白の黒い髪が、きらきらと光った。
茉白はしばらくぼんやりしていたけれど、はっと気がついたように身体を起こす。
「り、理人くん、ごめんね。狭かった?」
茉白が慌てたように薄掛けを胸の前にして、眉を下げた。
たしかに、シングルのベッドは狭いけれど全くそんなこと気にならなかった。
「全然」
「そう?」
安心したように、茉白は唇をあげた。
ほんわり可愛い。
「あの、茉白」
「なんですか?」
「良ければ」
俺も身体を起こす。頬を撫でると、茉白は幸せそうに目を細める。大きな目なのに、こうすると線みたいになるのが猫みたいで可愛い。
「はやめに、ご両親に挨拶を……」
茉白の実家が、なにをしているのかは分からない。……でかい企業の社長とかだったらどうしよう。
けれど、……まぁ、娘の結婚相手が開業してる歯科医というのは、及第点なんじゃないか? 自分で言うのもなんだけれど……まぁ、正確には叔父叔母夫婦のクリニックなんだけれど……その上、歯医者、コンビニより多いらしいけれど……。
(……あれ? ほんとに及第点か?)
そこはまぁ、将来的に頑張っていくしかない。絶対に茉白を幸せにする。
その決意とともに彼女を見ると、茉白は困ったような顔で首を振った。
「……あ、やっぱり、まだ早い、よな?」
再会したばかり。
付き合って、……高校の時の分を加算しても1ヶ月にも満たない。
「早くないです! 今すぐでもいいです!」
茉白はびっくりしたように、首をふる。
「単に、私……実家とは縁を切ったので。家出しました」
「……へ?」
にっこりと茉白は微笑む。
「大学のとき、お見合い結婚させられそうになったので、逃げてきました」
「……へえ」
びっくりしすぎて、なんだか平坦な感想しか出なかった。……お見合い。
「京都には母方の祖母がいて。このマンションも、祖母のものなんです。祖母に家出のこと話したら、ここに住まないと居場所、実家にバラすって。大学院へも行かせてくれました」
「そうなのか」
照れたように、茉白は俯く。
「いまのお給料だと、本当だったら、ここにはとても住めないんですよ……」
たしかに、立地はかなり良い。京都のオフィス街烏丸御池の、それもメイン通りの烏丸通に面したセキュリティばっちりのマンション。単身者用、とはいえ家賃は相当だと思う。
「おばあさんは、茉白の、その」
味方なのか? ストレートすぎて言葉を飲み込むけれど、茉白は頷く。
「祖母は変わってるんです」
「……変わって」
「はい」
茉白はにっこり笑って、それから首を傾げた。
「朝ごはん、食べますか?」
とりあえず交代でシャワーをあびて、簡単に用意だけして近くのカフェに向かう。
茉白は用意してくれようとしたけれど、どう見ても疲れてる。……あれだけイけば、なぁ。
烏丸三条のチェーン店のカフェ。
サンドイッチを冷蔵庫からトレイに取り出して、カウンターでアイスコーヒーをそれぞれ注文する。
「あ、えと、払いますよ?」
「いいよ」
そっと耳元でささやく。
「疲れさせたの、俺だから」
「ひゃあ!」
茉白が真っ赤になっている間に、さっさと会計してしまう。
奥まった席に茉白を座らせて、注文を受け取って向かいのソファに座る。
「どうぞ」
「いただきます……」
真っ赤なまま、茉白はアイスコーヒーにシロップを入れてストローでぐるぐるとかき混ぜる。くるくる回る、コーヒーと氷。
あんまりにも可愛いので、しばらく眺めていたけれど……何気なく、尋ねた。
「あのさ、茉白。俺としては助かった、以外の感想はないんだけれど」
「え、ぁ、はい?」
かき混ぜすぎて泡立ち始めたアイスコーヒー(茉白は気がついてない)を眺めながら、俺は続ける。
「なんでお見合い、受けなかったの?」
茉白はきょとん、とストローをかき混ぜまる手を止めた。それからそのストローを小さな口に含み、ひとくち、コーヒーを飲み込む。
するりとストローを上がっていったアイスコーヒーが、すとん、とまた下がって。
「あの」
ストローから口を離した茉白が、目元を赤くして呟くように、言う。
「好き、なひとがいたから」
どきん、とした。
数年前──茉白は恋をしていた。
お見合いから家出をするくらいに、実家と縁を切っても構わないくらいに、好きだったひとが。
嫉妬が口から溢れそう。
「……そう」
低い声に、自分でも驚く。
慌てて笑顔を貼りつけて、俺は言った。
「そいつが羨ましい。そんなに茉白に恋されて」
茉白はきょとんと首を傾げた。
「ええと」
「うん」
「あの、理人くんですよ?」
俺はふ、と息を吐いて──茉白を見つめた。
肺から空気がなくなったみたいだと、そう思った。
「……あ、」
日曜の朝、起きてすぐ、茉白と目が合う。
すこし前に起きていたと思しき茉白は、頬を赤くして、目を幸せそうに細めた。
「おはよう、ございます」
「……おはよう」
なんとかそう、返事をした。
(……可愛い)
俺の腕の中にいる茉白。
曇天一転、梅雨の晴れ間の朝陽がカーテン越しに入り込んでいた。
茉白の黒い髪が、きらきらと光った。
茉白はしばらくぼんやりしていたけれど、はっと気がついたように身体を起こす。
「り、理人くん、ごめんね。狭かった?」
茉白が慌てたように薄掛けを胸の前にして、眉を下げた。
たしかに、シングルのベッドは狭いけれど全くそんなこと気にならなかった。
「全然」
「そう?」
安心したように、茉白は唇をあげた。
ほんわり可愛い。
「あの、茉白」
「なんですか?」
「良ければ」
俺も身体を起こす。頬を撫でると、茉白は幸せそうに目を細める。大きな目なのに、こうすると線みたいになるのが猫みたいで可愛い。
「はやめに、ご両親に挨拶を……」
茉白の実家が、なにをしているのかは分からない。……でかい企業の社長とかだったらどうしよう。
けれど、……まぁ、娘の結婚相手が開業してる歯科医というのは、及第点なんじゃないか? 自分で言うのもなんだけれど……まぁ、正確には叔父叔母夫婦のクリニックなんだけれど……その上、歯医者、コンビニより多いらしいけれど……。
(……あれ? ほんとに及第点か?)
そこはまぁ、将来的に頑張っていくしかない。絶対に茉白を幸せにする。
その決意とともに彼女を見ると、茉白は困ったような顔で首を振った。
「……あ、やっぱり、まだ早い、よな?」
再会したばかり。
付き合って、……高校の時の分を加算しても1ヶ月にも満たない。
「早くないです! 今すぐでもいいです!」
茉白はびっくりしたように、首をふる。
「単に、私……実家とは縁を切ったので。家出しました」
「……へ?」
にっこりと茉白は微笑む。
「大学のとき、お見合い結婚させられそうになったので、逃げてきました」
「……へえ」
びっくりしすぎて、なんだか平坦な感想しか出なかった。……お見合い。
「京都には母方の祖母がいて。このマンションも、祖母のものなんです。祖母に家出のこと話したら、ここに住まないと居場所、実家にバラすって。大学院へも行かせてくれました」
「そうなのか」
照れたように、茉白は俯く。
「いまのお給料だと、本当だったら、ここにはとても住めないんですよ……」
たしかに、立地はかなり良い。京都のオフィス街烏丸御池の、それもメイン通りの烏丸通に面したセキュリティばっちりのマンション。単身者用、とはいえ家賃は相当だと思う。
「おばあさんは、茉白の、その」
味方なのか? ストレートすぎて言葉を飲み込むけれど、茉白は頷く。
「祖母は変わってるんです」
「……変わって」
「はい」
茉白はにっこり笑って、それから首を傾げた。
「朝ごはん、食べますか?」
とりあえず交代でシャワーをあびて、簡単に用意だけして近くのカフェに向かう。
茉白は用意してくれようとしたけれど、どう見ても疲れてる。……あれだけイけば、なぁ。
烏丸三条のチェーン店のカフェ。
サンドイッチを冷蔵庫からトレイに取り出して、カウンターでアイスコーヒーをそれぞれ注文する。
「あ、えと、払いますよ?」
「いいよ」
そっと耳元でささやく。
「疲れさせたの、俺だから」
「ひゃあ!」
茉白が真っ赤になっている間に、さっさと会計してしまう。
奥まった席に茉白を座らせて、注文を受け取って向かいのソファに座る。
「どうぞ」
「いただきます……」
真っ赤なまま、茉白はアイスコーヒーにシロップを入れてストローでぐるぐるとかき混ぜる。くるくる回る、コーヒーと氷。
あんまりにも可愛いので、しばらく眺めていたけれど……何気なく、尋ねた。
「あのさ、茉白。俺としては助かった、以外の感想はないんだけれど」
「え、ぁ、はい?」
かき混ぜすぎて泡立ち始めたアイスコーヒー(茉白は気がついてない)を眺めながら、俺は続ける。
「なんでお見合い、受けなかったの?」
茉白はきょとん、とストローをかき混ぜまる手を止めた。それからそのストローを小さな口に含み、ひとくち、コーヒーを飲み込む。
するりとストローを上がっていったアイスコーヒーが、すとん、とまた下がって。
「あの」
ストローから口を離した茉白が、目元を赤くして呟くように、言う。
「好き、なひとがいたから」
どきん、とした。
数年前──茉白は恋をしていた。
お見合いから家出をするくらいに、実家と縁を切っても構わないくらいに、好きだったひとが。
嫉妬が口から溢れそう。
「……そう」
低い声に、自分でも驚く。
慌てて笑顔を貼りつけて、俺は言った。
「そいつが羨ましい。そんなに茉白に恋されて」
茉白はきょとんと首を傾げた。
「ええと」
「うん」
「あの、理人くんですよ?」
俺はふ、と息を吐いて──茉白を見つめた。
肺から空気がなくなったみたいだと、そう思った。
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