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再会
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歯が痛い。
私はほっぺたを抑えて、大学の研究室のデスクで小さく唸った。
窓の外では、シトシトと昨日から降り続く──いわゆる、宿雨。
「どした神山」
講師の谷川さんに声をかけられて、顔を上げる。
「……歯が」
「虫歯?」
「ううん、多分……親知らず、です」
「ふうん」
まさか、また生えてくるなんて。
高校の時とは、反対側の下の奥。
梅雨の湿気のせいなのか、余計に痛く感じる。同時に理人くんのことを思い出した。
未だに好きな──好きな、ひと。
つきん、と胸が痛む。
(10年も経つのに、変だよね……)
どこで、何をしてるんだろう?
……もう、結婚とか、してるのかなぁ。
あんなに格好良かったひとだもの。私と別れて、きっとすぐに新しい恋人が……。
「変な生え方してたら、抜かないと」
谷川さんの声に、ハッと現実に戻る。
「……ですね」
小さく俯いた。
虫歯の原因にも、なるらしいし……。そうなって何回も通って、ふ、ふ、フシダラな自分を自覚させられるよりは、さっさと抜いてしまった方がいい。
「この近く、いい歯医者あるけど?」
「……歯医者には行きたくありません」
つい、本音。
わかってるけど、うう、行きたくないよー。
「ガキか」
谷川さんは呆れて私をはたく。
うう、雑です……。
「お嬢様は歯医者耐性もないのか」
「お、お嬢様なんて年齢じゃ……もう立派な大人です。ていうか、お嬢様じゃありません」
単に通ってたのが女子校ってだけで。
谷川さんは、いつも私をそう揶揄う。女生徒からは(顔が良くて)人気らしいけれど、この性格を知ったら絶対人気なくなるよなぁ。
……いつかバラしてやろう。
「じゃあ行けよ。今日もう上がっていいんだろ」
「やです」
散々問答を繰り返した末に、「じゃあオレが抜いてやる」とどこからか木綿糸を取り出した谷川さんから逃れるように、赤い傘を開いて大学を飛び出した。
振り向く。
雨に濡れる、茶色い煉瓦造りの建物──京都にあるプロテスタント系私立大学。
ここが、私の職場。
エスカレーター式に東京にある女子大を卒業した私は、この大学の大学院に進学。
最初は「近くに男性がいる」ことに戸惑ったけれど(この大学は共学だ)そのままアシスタントになって、国文学研究室に居座っている、という……まぁ自主性のない人生だこと、と自分でもどこかそう思う。
「ここ、かぁ……」
大学院時代の先輩でもあり、職場の上司でもある谷川さんオススメの歯医者さんは、京都のそこそこ大通りな今出川通から一本、北に上がったところにあるこぢんまりとした歯医者さんだった。
「はるな歯科医院」
ぼう、っとその看板を眺めた。
ふと自動ドアがひらく。優しそうな、中年の女性が顔を出した。
「どうされました?」
「あ、歯が……」
先生かな? ちょっとホッとしつつ答える。
「ごめんなさい、今日ね、もう」
大きな窓に直接書いてある「診察時間」を眺める。木曜は……16時まで。
「あ、そうなんですね」
私はどこか、気が抜けて笑った。
緊張、してたんだなあ。
「じゃあまた、出直します」
「予約しておかれますか?」
「……いえ、あの」
口籠ったとき、だった。
自動ドアを飛び出てくる、紺色の服を着た、誰か。スクラブっていうんだっけか、歯医者さんのユニフォームみたいなの……と、顔を見て固まる。
「……っ」
驚いて、見つめ合う。
「……理人、くん?」
「あの、……久しぶり」
私をじっと見下ろしているのは、高校以来の……元カレ、石上理人くん、だった。
私はほっぺたを抑えて、大学の研究室のデスクで小さく唸った。
窓の外では、シトシトと昨日から降り続く──いわゆる、宿雨。
「どした神山」
講師の谷川さんに声をかけられて、顔を上げる。
「……歯が」
「虫歯?」
「ううん、多分……親知らず、です」
「ふうん」
まさか、また生えてくるなんて。
高校の時とは、反対側の下の奥。
梅雨の湿気のせいなのか、余計に痛く感じる。同時に理人くんのことを思い出した。
未だに好きな──好きな、ひと。
つきん、と胸が痛む。
(10年も経つのに、変だよね……)
どこで、何をしてるんだろう?
……もう、結婚とか、してるのかなぁ。
あんなに格好良かったひとだもの。私と別れて、きっとすぐに新しい恋人が……。
「変な生え方してたら、抜かないと」
谷川さんの声に、ハッと現実に戻る。
「……ですね」
小さく俯いた。
虫歯の原因にも、なるらしいし……。そうなって何回も通って、ふ、ふ、フシダラな自分を自覚させられるよりは、さっさと抜いてしまった方がいい。
「この近く、いい歯医者あるけど?」
「……歯医者には行きたくありません」
つい、本音。
わかってるけど、うう、行きたくないよー。
「ガキか」
谷川さんは呆れて私をはたく。
うう、雑です……。
「お嬢様は歯医者耐性もないのか」
「お、お嬢様なんて年齢じゃ……もう立派な大人です。ていうか、お嬢様じゃありません」
単に通ってたのが女子校ってだけで。
谷川さんは、いつも私をそう揶揄う。女生徒からは(顔が良くて)人気らしいけれど、この性格を知ったら絶対人気なくなるよなぁ。
……いつかバラしてやろう。
「じゃあ行けよ。今日もう上がっていいんだろ」
「やです」
散々問答を繰り返した末に、「じゃあオレが抜いてやる」とどこからか木綿糸を取り出した谷川さんから逃れるように、赤い傘を開いて大学を飛び出した。
振り向く。
雨に濡れる、茶色い煉瓦造りの建物──京都にあるプロテスタント系私立大学。
ここが、私の職場。
エスカレーター式に東京にある女子大を卒業した私は、この大学の大学院に進学。
最初は「近くに男性がいる」ことに戸惑ったけれど(この大学は共学だ)そのままアシスタントになって、国文学研究室に居座っている、という……まぁ自主性のない人生だこと、と自分でもどこかそう思う。
「ここ、かぁ……」
大学院時代の先輩でもあり、職場の上司でもある谷川さんオススメの歯医者さんは、京都のそこそこ大通りな今出川通から一本、北に上がったところにあるこぢんまりとした歯医者さんだった。
「はるな歯科医院」
ぼう、っとその看板を眺めた。
ふと自動ドアがひらく。優しそうな、中年の女性が顔を出した。
「どうされました?」
「あ、歯が……」
先生かな? ちょっとホッとしつつ答える。
「ごめんなさい、今日ね、もう」
大きな窓に直接書いてある「診察時間」を眺める。木曜は……16時まで。
「あ、そうなんですね」
私はどこか、気が抜けて笑った。
緊張、してたんだなあ。
「じゃあまた、出直します」
「予約しておかれますか?」
「……いえ、あの」
口籠ったとき、だった。
自動ドアを飛び出てくる、紺色の服を着た、誰か。スクラブっていうんだっけか、歯医者さんのユニフォームみたいなの……と、顔を見て固まる。
「……っ」
驚いて、見つめ合う。
「……理人、くん?」
「あの、……久しぶり」
私をじっと見下ろしているのは、高校以来の……元カレ、石上理人くん、だった。
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