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混乱
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「新婚さーん、どう? 新居は。らぶらぶ?」
職場でパソコンのディスプレイと睨めっこしていると、編集の吉田さんがうりうりと私の頭を撫でながら、楽しげにそう言った。私は苦笑して答える。
「らぶらぶではないですよ……」
「うそうそー。昨日もお迎え来てたじゃん超優し~い、イケメンだし言うことなくない?」
私は軽く首を傾げた。
たしかに、たしかに──びっくりするくらい、楢村くんは優しいのだ。
その小さな行動や言葉ひとつひとつに、心臓が止まっちゃうんじゃないかってくらい嬉しい。
「今日は夕方からウェディングドレスのチェックなんでしょ?」
「あ、はい」
「いいなぁ~、レンタルじゃなくてオーダーだなんて。一生に一回しか着ないのに! 愛されてるねぇ」
「……そろそろ取材、出ますね」
私はさりげなく、ノートパソコンを閉じた。
「あ、もうそんな時間か。頑張ってね~。今日どこだっけ」
「旧居留地にあるセレクトショップです。日本の伝統工芸品を現代風にアレンジしたものが中心らしくて」
「あ、そういうの好きー。可愛いのあったら連絡して~」
「了解です~」
「気をつけてねー」
にっこりと吉田さんは笑う。私も多分、笑い返した。
ビルから出ると、十二月の冷たい風が吹き抜ける。落ちた街路樹の葉が、カサカサと歩道のタイルを滑った。
「……もうすぐイルミネーションかあ」
私はまだ光をともされてない、白く冬の日を反射する電飾を見つめた。
旧居留地から市役所の方にかけて、もうすぐイルミネーションイベントが開催される。400メートルほどの間に、幾何学模様のアーチ状の電飾がトンネルのように並んでいて──なんていうか、憧れだった。
(学生の頃は……)
みんな彼氏といくんだ、ってうきうきしてて。
私は楢村くんに行きたいって言えなかった。
面倒くさがられたらどうしようって。付き合ってるわけでもないのに──って。
私から離れて行ったら、嫌だったから。
目的のセレクトショップはすぐ見つかった。イルミネーションの準備がしてある通りのほど近く、──つまりは私がドレスをお願いしているお店の近くで、瀟洒なショップが立ち並ぶ街の一角だ。
そこで、私は驚いて目を瞠る。
「由梨?」
「瀬奈! 久しぶり~」
そのお店の店長をしていたのは、私の大学時代のゼミの友達──由梨だった。いちばん仲が良くて……楢村くんのこととか、聞いてもらったり、してて。
「店長さんなの? すごい」
「雇われやけどな~」
学生時代からお洒落だった由梨らしく、シックで落ち着いた店内を見回す。
「実は取材のメールもらった時に名前見て気がついてたんやけど。びっくりするかなぁって黙っててんー」
そう言いながら、上品な箔押しの名刺を渡してくれて──慌てて私も名刺を取り出す。……で、交換する手をぴたりと止めた。
「……あの、実は来年結婚することになって」
「え、うそ、マジで!?」
「招待状を送るときにまた報告しようと思っていたんだけれど……もう、籍だけいれてて」
「あ、名字彼の? 見せて見せて」
このお店に取材のメールをしたときは、まだ入籍前で「道重」のままだった。でも、今は──
「……楢村? あの楢村? 経営学部の」
「そ、うなの……」
思わず俯く。パンプスの爪先をじっと見つめた──と、由梨が大きく笑ったのが分かった。
「あっは、ほんっま執念深いなぁあいつ!」
「……へ?」
「でもほんまにおめでとう! あれだけヘコんでたし今度はちゃんと大事にするやろ、瀬奈のこと」
由梨はニコニコと首を傾げた。──え? あれ?
(お、思ってた反応とちがう……)
きょとんと彼女を見つめると「あれ?」と由梨は眉を寄せる。
「ま、まさかまたあいつ、身体だけとか……」
「っ、ちが、今は……大事に」
大事にされてる、と上手く口にできない。──ああ、頬が熱い。
「うわ真っ赤。ほんま瀬奈わかりやすー」
「……うぅ」
「まあすごい勢いやったもんなー、瀬奈が留学したばっかのとき。土下座されそうになったもん、瀬奈の連絡先教えてくれって」
「……え?」
「後にも先にも、あの男が泣きそうな顔してるん見たんはあの時限りや」
「うそ」
「あれ? 聞いてない? あいつアホなんかな」
「聞いてない……」
「まじ? まあ結婚してるし教えちゃえ」
由梨は悪戯っぽく笑う。
「ほんまはね、未だにあたしは楢村許してへんのやけど」
「……うん」
「でも楢村な、ふっつーに瀬奈と付き合ってるつもりやってんて」
「……」
脳が一瞬、フリーズした。
「……ん?」
「せやからな、まあ初めての彼女でガッついてしまっただけで、楢村的には愛を育んでたつもりっぽいんよな……マジ童貞めんどくせ」
「うそ」
「あいつアホやんな? 瀬奈の就活に気ぃ使ってたつもりらしいで」
「……」
私はなんと言えばいいか分からなくて、ただ由梨の顔を見つめた。
だって、そんなこと、そんなこと、ひとことも──!
「アホやけどさ、一瞬揺らいだもん。連絡先、渡そうかなって思うくらいには」
「……うん」
「瀬奈は……許したん?」
由梨が私を見つめる。私は──小さく、息を吐いた。
「……許すも許さないもなくて、私はセフレでもいいと思っちゃったの」
でも、楢村くんはそんなつもりは──なかった? 本当に?
「あかんで瀬奈。そういうの」
「分かってるけど」
「でもまあ、なんというか──お互いベタ惚れやってんな」
私はどんな顔をしたんだろう。
ただ由梨は眉を下げて「泣かんといて」とそう、言ったのだった。
職場でパソコンのディスプレイと睨めっこしていると、編集の吉田さんがうりうりと私の頭を撫でながら、楽しげにそう言った。私は苦笑して答える。
「らぶらぶではないですよ……」
「うそうそー。昨日もお迎え来てたじゃん超優し~い、イケメンだし言うことなくない?」
私は軽く首を傾げた。
たしかに、たしかに──びっくりするくらい、楢村くんは優しいのだ。
その小さな行動や言葉ひとつひとつに、心臓が止まっちゃうんじゃないかってくらい嬉しい。
「今日は夕方からウェディングドレスのチェックなんでしょ?」
「あ、はい」
「いいなぁ~、レンタルじゃなくてオーダーだなんて。一生に一回しか着ないのに! 愛されてるねぇ」
「……そろそろ取材、出ますね」
私はさりげなく、ノートパソコンを閉じた。
「あ、もうそんな時間か。頑張ってね~。今日どこだっけ」
「旧居留地にあるセレクトショップです。日本の伝統工芸品を現代風にアレンジしたものが中心らしくて」
「あ、そういうの好きー。可愛いのあったら連絡して~」
「了解です~」
「気をつけてねー」
にっこりと吉田さんは笑う。私も多分、笑い返した。
ビルから出ると、十二月の冷たい風が吹き抜ける。落ちた街路樹の葉が、カサカサと歩道のタイルを滑った。
「……もうすぐイルミネーションかあ」
私はまだ光をともされてない、白く冬の日を反射する電飾を見つめた。
旧居留地から市役所の方にかけて、もうすぐイルミネーションイベントが開催される。400メートルほどの間に、幾何学模様のアーチ状の電飾がトンネルのように並んでいて──なんていうか、憧れだった。
(学生の頃は……)
みんな彼氏といくんだ、ってうきうきしてて。
私は楢村くんに行きたいって言えなかった。
面倒くさがられたらどうしようって。付き合ってるわけでもないのに──って。
私から離れて行ったら、嫌だったから。
目的のセレクトショップはすぐ見つかった。イルミネーションの準備がしてある通りのほど近く、──つまりは私がドレスをお願いしているお店の近くで、瀟洒なショップが立ち並ぶ街の一角だ。
そこで、私は驚いて目を瞠る。
「由梨?」
「瀬奈! 久しぶり~」
そのお店の店長をしていたのは、私の大学時代のゼミの友達──由梨だった。いちばん仲が良くて……楢村くんのこととか、聞いてもらったり、してて。
「店長さんなの? すごい」
「雇われやけどな~」
学生時代からお洒落だった由梨らしく、シックで落ち着いた店内を見回す。
「実は取材のメールもらった時に名前見て気がついてたんやけど。びっくりするかなぁって黙っててんー」
そう言いながら、上品な箔押しの名刺を渡してくれて──慌てて私も名刺を取り出す。……で、交換する手をぴたりと止めた。
「……あの、実は来年結婚することになって」
「え、うそ、マジで!?」
「招待状を送るときにまた報告しようと思っていたんだけれど……もう、籍だけいれてて」
「あ、名字彼の? 見せて見せて」
このお店に取材のメールをしたときは、まだ入籍前で「道重」のままだった。でも、今は──
「……楢村? あの楢村? 経営学部の」
「そ、うなの……」
思わず俯く。パンプスの爪先をじっと見つめた──と、由梨が大きく笑ったのが分かった。
「あっは、ほんっま執念深いなぁあいつ!」
「……へ?」
「でもほんまにおめでとう! あれだけヘコんでたし今度はちゃんと大事にするやろ、瀬奈のこと」
由梨はニコニコと首を傾げた。──え? あれ?
(お、思ってた反応とちがう……)
きょとんと彼女を見つめると「あれ?」と由梨は眉を寄せる。
「ま、まさかまたあいつ、身体だけとか……」
「っ、ちが、今は……大事に」
大事にされてる、と上手く口にできない。──ああ、頬が熱い。
「うわ真っ赤。ほんま瀬奈わかりやすー」
「……うぅ」
「まあすごい勢いやったもんなー、瀬奈が留学したばっかのとき。土下座されそうになったもん、瀬奈の連絡先教えてくれって」
「……え?」
「後にも先にも、あの男が泣きそうな顔してるん見たんはあの時限りや」
「うそ」
「あれ? 聞いてない? あいつアホなんかな」
「聞いてない……」
「まじ? まあ結婚してるし教えちゃえ」
由梨は悪戯っぽく笑う。
「ほんまはね、未だにあたしは楢村許してへんのやけど」
「……うん」
「でも楢村な、ふっつーに瀬奈と付き合ってるつもりやってんて」
「……」
脳が一瞬、フリーズした。
「……ん?」
「せやからな、まあ初めての彼女でガッついてしまっただけで、楢村的には愛を育んでたつもりっぽいんよな……マジ童貞めんどくせ」
「うそ」
「あいつアホやんな? 瀬奈の就活に気ぃ使ってたつもりらしいで」
「……」
私はなんと言えばいいか分からなくて、ただ由梨の顔を見つめた。
だって、そんなこと、そんなこと、ひとことも──!
「アホやけどさ、一瞬揺らいだもん。連絡先、渡そうかなって思うくらいには」
「……うん」
「瀬奈は……許したん?」
由梨が私を見つめる。私は──小さく、息を吐いた。
「……許すも許さないもなくて、私はセフレでもいいと思っちゃったの」
でも、楢村くんはそんなつもりは──なかった? 本当に?
「あかんで瀬奈。そういうの」
「分かってるけど」
「でもまあ、なんというか──お互いベタ惚れやってんな」
私はどんな顔をしたんだろう。
ただ由梨は眉を下げて「泣かんといて」とそう、言ったのだった。
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