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絵の価値

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「……春画まであるんだね」
「まぁ芸術性は高いから」

 ヒカルはさらり、と答えた。北斎の別の筆名(というか、北斎は改名もしまくっている)、「鉄棒ぬらぬら」による春画ーー。春画っていうのは、要は大人向けの浮世絵、なんだけど……と、いうか改めてすごいネーミングセンス。画狂老人卍なんて筆名ペンネーム名乗るだけある。

「あら」

 牟田さんは微苦笑して僕らの後ろからその作品を見つめる。

「……こういうのって、どうなのかしら? いえ、詳しくはないのだけど」
「あー」

 ヒカルは肩をすくめた。こういうのって、ヒカルからは説明しにくいかな? 僕は説明を代わる。セクハラにはならないだろう。

「春画は、浮世絵師たちの技術の粋が詰まってるって言われてます」
「へえ? ごめんなさい、正直良く分からないのだけれど」
「こういうのはですね、江戸時代、本来は禁止されてました」
「でしょうね?」

 牟田さんは眇めるようにその画を見つめる。僕は気にしないようにして、淡々と続けた。

「そもそも、ハデなことーー豪奢なことは禁止されてました。江戸時代というと、華やかなイメージがありますが、……実際沢山の文化が花開いた時代ではありますが、一方で禁止事項もたくさんありました」
「ああ、日本史で習ったかも。ほとんど忘れてるけど。ええと、違反すると手鎖? なんだった?」
「山東京伝とかですかね? 手鎖50日ーー」
「ああ、そのひと」

 牟田さんは微笑む。

「幕府の監視というのは、今の感覚よりよほど多いと思います。例えば、……そうだな、家の天井のデザインにさえ、禁止事項がありました」
「天井?」
「いわゆる折り上げ天井、ですか」
「ああ、一段高くなる天井ね」
「それです。あれですら禁止で」
「あんなことも?」
「ですので、明治から残る建築には結構折り上げ天井多いらしいです。明治に入って自由になったので、ここぞとばかりに建てたとか」
「へえ」
「もちろん、浮世絵も検閲を受けていました。幕府に楯突く内容ではないか、政治的な内容ではないか、その辺はもちろん、派手なものではないか? 色を使いすぎてはいないか……、でもこういう春画は、そもそも裏ルートでしか取引されないものでした。顧客から直接注文を受けて、というのが多かったみたいです。なので、ハデなことができます。二十色刷りとか」
「20!? それはすごいわね」
「ですので、予算もギャラも多いわけです。それだけ気合の入った作品になるーー歌川北麿の春画なんかは、8000万円くらい」
「はっ」

 牟田さんは息を飲んだ。

「8000万!?」
「世界的に浮世絵人気は高まってます。国内でも、見直しが進んでますから、もっと高騰するかもーーだから、雑餉隈さんはこの美術館を作ったのかも、です」
「美術館兼、画廊だものね。はー」

 牟田さんは腕を組み直して、画を見つめ直す。

「そう言われれば、芸術的、なような、違うよう、な……」

 うーん、という感じで牟田さんはキョロキョロする。

「でもわたし、これよりはそっち」

 指差したのは別の絵。

「こういう、綺麗な絵のほうがいいわ」

 牟田さんは数歩歩いて、その絵の前に立つ。

「綺麗ね。光と陰ーー西洋絵画のように思えるわ」
「それは」

 僕はその絵を見て驚く。ぼんやりとした蝋燭の光と、その先の闇を描いたその作品は。

「葛飾応為です。へえ、こんなものまで」
「かつしかおうい?」
「北斎の娘さんの作品です」
「へぇー。才能って、ほんと遺伝なのかしら」
「……それもあるかと思いますが」

 ヒカルが微笑む。

「努力もあると思いますよ」
「そーよ、ねぇ……わたしは絵を描かないから、よく分からないけれど。へえ」

 牟田さんは感心しきり、といった風情だ。

「この、ぼんやりとした光の感じが好きだわ」
「当時、こんな描き方をする絵師は他にいなかった、なんてことも言われています」

 僕は答えた。

「へえ」
「江戸のレンブラント、とも」
「なるほどねぇ。この、丸みのある線の感じだとか、光と闇のぼんやりした境界だとかーーすてきね」

 牟田さんは少しうっとりと微笑んだ。

「ねー!」

 華の大声が奥から聞こえてくる。

「華、大声で話さないの」
「ちがうのー。いたのー」
「なにが!?」
「幽霊~」
「は!?」

 薄暗い室内、顔が見えるところまでやってきた華はにこりと笑った。

「いたよ、幽霊。みにきて!」
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