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美術館
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そこまで大きくない部屋だけれど、折り上げ天井には華やかなシャンデリア。
中央に花が生けられたテーブルには、和洋中、沢山の料理が並べられている。
あまり食べることに興味のない僕からしても、かなりゴージャスな感じだ。
テーブルの間を、大橋さんとウエィターの彼が動き回る。忙しそうだ。
壁には沢山の浮世絵。
北斎だけじゃない。パッと見て分かるもので、広重、国芳。
(レプリカかなぁ)
それから肉筆画もある……ってことは本物もあるのかな?
残念ながら、僕にはそこまでの審美眼がないのだけれど。
「何やってたんだ」
さっそくお皿を山盛りにしている健に聞かれた。その横で翔とヒカルも笑っている。
日和は華と合流してデザートの品定めに向かったらしい。……気が早くないかな?
「入り口の絵を見てた」
僕はシンプルに答えた。
「そんなのあったっけ」
おなじくお皿を山盛りにして言う翔に、僕は肩をすくめた。ああもう、ほんとこいつらよく食べる……。
「クソみたいな絵でしょ」
ヒカルがふん、と鼻白みながら言った。
「見るたびムカつく」
父親に反発しているからか、ほかに何か理由があるのか、ヒカルは強く眉をひそめた。
「そう?」
僕は首をかしげる。
作品と、それを描いた人は別に考えるべきだ。雑餉隈さんは、まぁ人間的には、なんとなく僕も好きになれそうにないけれど。
(それに)
本当にあの絵は雑餉隈さんが描いたのか?
(……まぁいいや)
どっちでも。あれがいい作品っていうのは事実だ。
(多分、あの絵も売る気なんだろうなぁ)
あの絵も、っていうか、恐らくあれシリーズで描いてるんだろうし。
「あの絵はすてきだよ」
「……そう、かな」
ヒカルは小さく言った。
「うん。僕はあの絵、好き」
「そっか」
ヒカルは少し悲しげに笑う。なにか含んだ笑顔な気がして、さっきの熾火のような感覚が戻ってくる。
(もしかして)
ヒカルと目が合う。ヒカルはすぅっと目を逸らした。
僕は半ば確信する。
(ヒカルは、あの絵の作者を知っている)
誰だろう。
ほんの少しの好奇心に押されて、僕が口を開こうとした瞬間、華の元気すぎる声が飛び込んできた。
「ねえねぇねえねぇ」
「なぁに華」
「どうしよう、マスカルポーネチーズのパンケーキとかあるんだけど」
「食べたらいいじゃない」
僕は華の緩んだ笑顔を見ながら答えた。ゆるゆるだ。日和もにこにこしながら近寄ってくる。
既にふたりとも、お皿は山盛り。デザートはさすがに未だのようだ。
「でもデザートだもん。先にご飯食べなきゃ」
華は目線をウロウロさせながら言う。
「ていうか、早くない? デザートのこと考えるの」
「だってさぁ、食べたいデザートの量によって、ご飯の量を調節しなきゃ……」
なにそれ、そんな器用なことしてたのか。というか、いまお皿に乗ってる分はノーカンなのか。
「先に食べるのはダメなの」
「ダメだよ、ルール違反だよ」
ぴしっ、と華は指を僕に突きつけた。
「ていうか、圭くんちゃんと食べなさいよね」
「はいはい」
あまり食欲はなかったけど、仕方ない。僕は華と日和に引きずられるようにして料理満載のテーブルへ向かった。
「これも。これも。はいこれも」
「食べきれない……」
「大きくなれないよ?」
「それでも華より大きいよ」
口答えをすると、華はむっとした顔で「いいの平均だもん」と答えた。
ちょうどその時、ウエイターさんにグラスを渡された。
「乾杯がございます、お飲み物を」
「こっちはなんですか?」
飲み物の乗ったお盆を眺めて華が聞く。
「こちらからウーロン茶、オレンジジュース、マンゴージュース、グレープフルーツジュース、エルダーフラワージュースでございます」
「えーっと、じゃあマンゴーで」
「わたしも」
華と日和はマンゴージュース。
ウエイターさんと華の目が僕を見る。
「ウーロン茶で……」
緑茶がいい、とは言えない。
振り向くと、健たちも飲み物を受け取っている。
色からいうと、健と翔はウーロン茶、ヒカルはグレープフルーツジュースのようだった。
「では皆様」
雑餉隈さんの声が響く。
「改めまして、お集まりいただきお礼申し上げます」
にこにこと彼は続ける。
「この美術館には、わたくしが20年ちかく蒐集いたしました浮世絵を中心とする作品が収蔵されています。そもそも浮世絵とは、」
雑餉隈さんはざっと浮世絵について説明する。
「江戸時代に成立した絵画のジャンルで、大和絵の流れを汲み……」
華がちらりと僕の耳元で言う。……くすぐったい。
「こないだ圭くんに教えてもらった感じのことだね」
「そうだね」
軽く頷く。
「また、実はこの美術館、絵をお買い上げいただくことも可能となっております」
この言葉にへえ、と反応したのは鹿王院さんと牟田さん。
(そりゃね)
安いものではないのだから、興味を示すのはやはりこの二人になるだろう。
(なんだか雑餉隈さんの企み通りになりそうで腹立つなぁ)
僕は乾杯を待たずに、こっそりウーロン茶を飲みながら静かにため息をついた。
中央に花が生けられたテーブルには、和洋中、沢山の料理が並べられている。
あまり食べることに興味のない僕からしても、かなりゴージャスな感じだ。
テーブルの間を、大橋さんとウエィターの彼が動き回る。忙しそうだ。
壁には沢山の浮世絵。
北斎だけじゃない。パッと見て分かるもので、広重、国芳。
(レプリカかなぁ)
それから肉筆画もある……ってことは本物もあるのかな?
残念ながら、僕にはそこまでの審美眼がないのだけれど。
「何やってたんだ」
さっそくお皿を山盛りにしている健に聞かれた。その横で翔とヒカルも笑っている。
日和は華と合流してデザートの品定めに向かったらしい。……気が早くないかな?
「入り口の絵を見てた」
僕はシンプルに答えた。
「そんなのあったっけ」
おなじくお皿を山盛りにして言う翔に、僕は肩をすくめた。ああもう、ほんとこいつらよく食べる……。
「クソみたいな絵でしょ」
ヒカルがふん、と鼻白みながら言った。
「見るたびムカつく」
父親に反発しているからか、ほかに何か理由があるのか、ヒカルは強く眉をひそめた。
「そう?」
僕は首をかしげる。
作品と、それを描いた人は別に考えるべきだ。雑餉隈さんは、まぁ人間的には、なんとなく僕も好きになれそうにないけれど。
(それに)
本当にあの絵は雑餉隈さんが描いたのか?
(……まぁいいや)
どっちでも。あれがいい作品っていうのは事実だ。
(多分、あの絵も売る気なんだろうなぁ)
あの絵も、っていうか、恐らくあれシリーズで描いてるんだろうし。
「あの絵はすてきだよ」
「……そう、かな」
ヒカルは小さく言った。
「うん。僕はあの絵、好き」
「そっか」
ヒカルは少し悲しげに笑う。なにか含んだ笑顔な気がして、さっきの熾火のような感覚が戻ってくる。
(もしかして)
ヒカルと目が合う。ヒカルはすぅっと目を逸らした。
僕は半ば確信する。
(ヒカルは、あの絵の作者を知っている)
誰だろう。
ほんの少しの好奇心に押されて、僕が口を開こうとした瞬間、華の元気すぎる声が飛び込んできた。
「ねえねぇねえねぇ」
「なぁに華」
「どうしよう、マスカルポーネチーズのパンケーキとかあるんだけど」
「食べたらいいじゃない」
僕は華の緩んだ笑顔を見ながら答えた。ゆるゆるだ。日和もにこにこしながら近寄ってくる。
既にふたりとも、お皿は山盛り。デザートはさすがに未だのようだ。
「でもデザートだもん。先にご飯食べなきゃ」
華は目線をウロウロさせながら言う。
「ていうか、早くない? デザートのこと考えるの」
「だってさぁ、食べたいデザートの量によって、ご飯の量を調節しなきゃ……」
なにそれ、そんな器用なことしてたのか。というか、いまお皿に乗ってる分はノーカンなのか。
「先に食べるのはダメなの」
「ダメだよ、ルール違反だよ」
ぴしっ、と華は指を僕に突きつけた。
「ていうか、圭くんちゃんと食べなさいよね」
「はいはい」
あまり食欲はなかったけど、仕方ない。僕は華と日和に引きずられるようにして料理満載のテーブルへ向かった。
「これも。これも。はいこれも」
「食べきれない……」
「大きくなれないよ?」
「それでも華より大きいよ」
口答えをすると、華はむっとした顔で「いいの平均だもん」と答えた。
ちょうどその時、ウエイターさんにグラスを渡された。
「乾杯がございます、お飲み物を」
「こっちはなんですか?」
飲み物の乗ったお盆を眺めて華が聞く。
「こちらからウーロン茶、オレンジジュース、マンゴージュース、グレープフルーツジュース、エルダーフラワージュースでございます」
「えーっと、じゃあマンゴーで」
「わたしも」
華と日和はマンゴージュース。
ウエイターさんと華の目が僕を見る。
「ウーロン茶で……」
緑茶がいい、とは言えない。
振り向くと、健たちも飲み物を受け取っている。
色からいうと、健と翔はウーロン茶、ヒカルはグレープフルーツジュースのようだった。
「では皆様」
雑餉隈さんの声が響く。
「改めまして、お集まりいただきお礼申し上げます」
にこにこと彼は続ける。
「この美術館には、わたくしが20年ちかく蒐集いたしました浮世絵を中心とする作品が収蔵されています。そもそも浮世絵とは、」
雑餉隈さんはざっと浮世絵について説明する。
「江戸時代に成立した絵画のジャンルで、大和絵の流れを汲み……」
華がちらりと僕の耳元で言う。……くすぐったい。
「こないだ圭くんに教えてもらった感じのことだね」
「そうだね」
軽く頷く。
「また、実はこの美術館、絵をお買い上げいただくことも可能となっております」
この言葉にへえ、と反応したのは鹿王院さんと牟田さん。
(そりゃね)
安いものではないのだから、興味を示すのはやはりこの二人になるだろう。
(なんだか雑餉隈さんの企み通りになりそうで腹立つなぁ)
僕は乾杯を待たずに、こっそりウーロン茶を飲みながら静かにため息をついた。
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