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枯れ尾花の幽霊

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「なにそれ?」

 華が不思議そうに言う。

「磁界の乱れは雷のせい?」
「そ」

 日和の質問に、そう答えた。

「要は雷が発生して、電界が」
「ごめん良くわかんない」

 華が眉間に指を当てて言う。

「下敷きをこすって頭の上にかざすと髪の毛が逆立つでしょ」
「うん」
「てかこないだまで受験生じゃなかった?」
「入試とともに去りぬ」
「なにもカッコいいこと言えてないよ、華?」
「あは」

 華は誤魔化すようにお茶を飲んだ。

「まぁいいや。その時、頭と下敷きの間に電界が発生してるんだ。同様に、雷雲と大地の間にもかなり大きな電界が生じてる」
「うん」
「落雷とともにそれが発生すると、磁界が乱れるーーさすがに覚えてるでしょ、コイルで実験しなかった?」

 まぁ僕は学校なんか行ってないので知らないけど。家庭教師が来る他は、だいたい動画配信サイトで勉強してるけど、塾講の配信者の人が言っていたから通常するんだろうと思う。

「あー」

 華は遠い記憶を取り戻すような顔をした。健は無言だ。こいつも忘れたな。

「やったやった」

 翔が苦笑いして答える。

「右ねじの法則」
「そのへん」

 僕は答えた。

「電流は磁界を発生させる。磁界を強くするには導線に流す電流を大きくする、って単純なように言うけれど、雷の電流は時に50万アンペアにも達する。それだけ大きな磁界が発生すれば、機械に影響が出てもおかしくないと思うよ」

 実際ラジオが乱れる、なんてのは良く聞くしね、と言い添えた。

「それで懐中電灯がついたり消えたりした訳か。まぁそれは分からんでもねーけど」

 健が質問してくる。

「そいつらが見たっていう金魚だか何だかのユーレイはなんなんだよ」
「それは磁気閃光だと思う」
「だから何なんだ、その磁気なんちゃらってのは」

 健は興味があるんだかないんだか、もぐもぐと鍋を食べ続けている。
 こいつ、華の手料理できるだけ自分の腹に入れる気だ。僕も口に運ぶけど、悲しいかな少食のたちなのだ。

「磁気閃光っていうのは」

 悔しさを押し隠しながら、僕は説明を続けた。

「強い超低周波磁界を頭部に浴びると、磁界による誘導電流が網膜を刺激する。それが、視界に光が見えているように見せるんだ」
「すまん分からん」

 あっさり言われた。

「結局、人間の神経も電気信号だから」

 ちょっとめんどくさくなって、大雑把に答える。

「視神経の電気信号を乱れさせる、って言えばわかる?」
「まぁなんとなくは」

 健の返答に、華も少し頷いた。

「その超低周波磁界は、発電設備や家電から発生するんだけど、ここ、水力発電所も怪しげなソーラー発電所も近いでしょ」
「まぁ」
「どっちかからか、発生しててもおかしくない。それから、音。低い音が聞こえてたんでしょ?」
「音?」
「人間の可聴域は20から20,000Hzなんだけど、動画サイトなんかには19Hzの低い音を流す動画が"幽霊が見える動画"なんて行って登録されてたりするよ」
「えー!」

 日和がものすごく怯えた声で言う。

「ぜえええったいヤダ!」
「まぁ、実際スマホでその音が出てるかなんて分からないけれど」

 僕は続ける。

「実際、自家発電の設備による低周波音でめまいや頭痛を引き起こした、って報告も消費者庁からあるし、裁判でも否定されなかった、から……まぁ発電所から低周波音が出ててもおかしくないんじゃない?」

 僕はまとめる。

「低周波音による、めまい、頭痛。超低周波磁界による磁気閃光による、網膜に映された光。落雷による磁界の乱れによる、機械の不具合。これがこの幽霊騒ぎの答えだよ」
「ほぇーん」

 華は感心したんだか、してないんだかよく分からない声をあげた。

「金魚の形にみえるの?」
「チラチラした光らしいから」

 僕は言う。

「見えることもあるんじゃないかな」
「そういうこった」

 健が話を強引にまとめた。

「ほら翔、お前担がれてんじゃねーか」
「担がれてはないけど、そっかあ」
「幽霊いなくて良かった」

 日和も笑って言った。

「そっかぁ。ツマンナイ」

 華が飽きた顔をした。

「いなかったのかぁ」

 そこで夕食も食べ終わった感じになり、そろそろ帰ろうかという雰囲気になった。
 窓の外も小雨になっている。
 玄関先まで皆を送ると、健がこっそり僕に言って来た。

「テキトー言いやがって」
「でもあそこ、危ないよ。暴走族とかいるらしいよ」
「まじかよ、まだいんのかよそんな奴ら」
「噂だけど」

 家庭教師の先生に聞いたのだ。あそこは危ないから近づくな、って。
 それに、廃墟なんかいつの建物か分からない。そりゃあ調べたら分かるだろうけれど、アスベストなんてあったらどうするんだ。危ないどころの騒ぎではない。
 だから、テキトーなことをつらつら並べて華からあそこへの興味を失わせた。本当のことでなくて構わない。本当「らしいこと」で華を納得させられれば十分なのだ。
 好奇心は猫をも殺す。
 僕は華が危ないモノに近づくのがとても嫌だ。

「行かなくて良かったわ」

 肩をすくめて、健は僕から離れた。

「じゃあな、もっと外で遊べよ、そのほうかメシ食えるぜ」

 僕は黙って健をにらんた。なんだ、僕が少食なの気にしてるの、知ってたのか。

「やなやつ」
「親切心だよ」

 健は僕の頭をぽん、と叩いて玄関から出て行った。むかつく。

「何話してたの?」
「華のご飯美味しかったって」
「ほんとー? また作ろうっと」

 るんるん、とキッチンへ戻る華を見て少ししまった、と思う。健の株上げてどうするんだ、僕は。
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